生きてます。死んだけど
目が覚めた。
周りが騒がしいので事故現場のままかと思ったがどうも薄暗い。少なくとも外ではなく、壁があって薄明かりに照らされている。天井はよく見えないが、白っぽい感じだ。
体が布に包まれているあたり、病院に運ばれたのだろうか。よくあの状態から復活したものだ。
「……!! ……!!」
男の声。その声に聞き覚えは無く、何を言っているか分からない。
周囲を見ると、赤い髪の男がベッドで横になる金髪の女性の手を取り、お互い涙を流しながら何か喋っているのが見えた。多分声の主だろう。
知らない人だが、多分夫婦だろうなぁという雰囲気は伝わってくる。でも夫婦にしては若いな、二十代前半くらいだ。俺とそんなに変わらないな。
あと二人とも物凄い顔がいい。泣いている姿が絵になる。こんなん存在していいのかよ羨ましい。
とにかく目が覚めたので、状況確認のために身を起こす。しかし首や腕に力が入らず起き上がれない。
嫌な汗が流れる。事故で首が折れて力が入らないなら最悪だ。少なくとも、首から下は動かせないだろう。
せっかく助かったのに起き上がれないのは致命的すぎる。
とりあえず周りの情報が欲しい。赤い髪の男が近づいて来たので、声をかけてみる事にした。
「あー」
思ったより高い声が出た。それに上手く発音できない。例えるなら赤ちゃんの喋り声のような、そんな声だった。
男はそんな俺の声を聞いて目を見開くと、手を震わせながらも、俺を抱き上げた。
「──────!!」
男が歓喜の声で叫ぶ。この男、やけにデカイ。それに男子高校生の俺を軽々持ち上げている。ありえないだろう。
赤くてちっちゃい手が、俺の手があるはずの位置にある。
非常に、ひっじょうに受け入れ難い非現実的な仮説だが。
もしかして、俺この2人の赤ちゃんになってないか?
♢♢♢
目が覚めてから3日が経過した。どうやら俺の仮説は正しかったらしく、鏡に映る俺の姿はあの男と同じ赤い髪の生えた、赤紫の瞳の赤ちゃんだった。
小さい手足に自由の効かない体。俺を抱いてゆらゆら揺らす母親と、ぺたぺた触ってくる父親。何語かすら分からない会話も、感じる情報全てがこれは現実だと認識している。とりあえずこの二人は両親と呼ぶ事にしよう。
両親以外にも、この家には白髪のおじいちゃんと黒髪のおばあちゃんがいた。祖父母かと思ったが、執事とメイドっぽい服装だったので違いそうだ。
まあなんだ。これは異世界転生ってヤツだな。両親も執事さんもメイドさんも、皆有り得ないくらいの美男美女ばかり。
家は石造りの壁で、光源は蝋燭。壁には沢山の絵と鏡が飾ってある。文明レベルはいかにもな中世ヨーロッパだ。窓の外にでっかい庭が広がっているあたり、わりと裕福な家の生まれっぽい。ラノベ愛読者だった俺には簡単な考察だ。
にしても転生か。トラックに轢かれて死ぬとか何年前のテンプレだよ。
正直、前世に後悔が無い訳じゃない。失うのは惜しいくらい良い人生だったと思ってるし、やり残した事だってある。死ぬ前に、前世の両親とも少しくらいは話しておきたかった。
そんな俺の後悔など露知らず、こっちの両親達はゆるみきった顔で俺のほっぺたをつつき、指を握らせようとしてくる。おいおい親父さん。もういないいないばあで喜ぶ歳じゃないぜ?
2人ともいい笑顔だ。この笑顔を見てるとなんだかこっちまで釣られて嫌な事も忘れられる。何の因果か2人の元に生まれてしまった以上、こっちの両親は悲しませないようにしないとな。
♢♢♢
時の流れは早いもので、この世界に転生して3年が経過しようとしていた。もう1、2ヶ月もすれば3歳だ。
3年もあれば言語は会得できるようで、今や読み書き、固有名詞もバッチリ丸だ。その代わりやる事が無くなって暇を持て余しているがね。
この世界にはネットやソシャゲみたいな娯楽が無い。あるのは本だけだ。そんな訳で俺は今日も本を読み漁る。すると赤い髪の男がニコニコしながら近づいてきた。
「ノア。またお勉強かい?
お前はお利口さんだなぁ! よーしよしよし」
ノア・スティア。
それが今の俺の名前だ。ここルカナ王国の子爵貴族で、父のラメク・スティアと母のテノシー・スティアの間に産まれた長男。
昔から読めもしない本を読んでいて、何故かいきなり流暢に喋りだした影響だろう。不思議な子だと思われているようで、ラメク達は俺にとんでもなく甘い。
不器用にわっしゃわしゃと俺を撫で終わった後、ラメクは俺が持ってる本に目を向ける。
「ノアはその本が好きだな。面白いかい?」
読んでいた本は『勇者伝記』という物語だった。
剣士と魔術師の2人が、世界を恐怖に陥れた魔王を討伐する旅に出て旅の中で成長する。そんなよくある冒険活劇。
剣士、魔術師、魔王、これら単語で分かるが内容が圧倒的にファンタジー作品なので、暇つぶしにはちょうどいい。しかも全9章くらいあってボリューム満点だ。
「面白いです。僕も魔法、使ってみたいです」
「そうかそうか、ノアは魔法が好きか。
父さんも昔は自分の生得魔法がどんな物か気になって気になって、夜も眠れなかったなぁ」
物語の中には生得魔法という、その人だけが持つ唯一無二の魔法がある。剣士は時間を操る魔法で、魔術士は傷を癒す魔法だ。
二人は剣と魔法で人々の悩みのタネである魔獣を倒す。そうして問題を解決し、人と関わり、彼らは成長していくのだ。
ラメクは俺を喜ばせようとしているのか、魔法が使えるんだと話を合わせてくれている。父としての努力が見えてちょっと微笑ましい。
「父さんは生得魔法が爆発を起こす魔法でなぁ。よく自爆で両手と屋敷の壁を吹き飛ばして親父に怒られたもんさ」
「自爆……え、自爆?」
「ああ、また痛いんだこれが。昔はこれのせいで怪我が絶えなくてなぁ……」
ラメクは謎の苦労話を始めた。しかも内容がグロい。中身が高校生だからいいけど、2歳の子供にする話かそれ。
まあ嘘を言ってるのは丸わかりだ。ラメクには両手が付いてる。ラメクの言った通りなら今頃両手なんて無い。
ふっふっふ。嘘をつかれた仕返しに、無茶ぶりを言って困らせてやるぜ。
「父さんも魔法が使えるのですか?
僕見てみたいです!」
「そういえば見せた事は無かったな。よし、いい機会だ。おーいスープ! 狩りに行く! 馬の準備をしてくれ!」
一切狼狽える様子もなく俺の提案を了承し、ラメクが声を上げた。
もしかして本当に魔法があるのだろうか。いやまさかそんな訳ないだろう。こっちに転生してから今まで見た事ないし。
しかし異世界転生があるんだ、魔法くらいあってもいいんじゃないか?
遠くから『かしこまりました』と声がする。スープは白髪のおじいちゃんの名前だ。
♢♢♢
ラメクに連れられ外に出る。俺は生まれてからほぼ屋敷に篭っている状態なので、実に約3年ぶりの外出だった。
「いい風ね。あ、ノアノア。あそこにお馬さんみたいな雲があるわよ」
「本当だ。あそこに人参みたいな雲もありますよ」
視界を遮る建物は無く、見える空が広い。
なだらかな丘や疎らに生える木々が綺麗だ。地平線の果までよく見えて、吹く風が心地いい。緑と黄金色の平原を、ラメクとテノシーがそれぞれ乗っている二頭の馬がぱっかぱっかと歩いていく。
高くて揺れるのでちょっと怖い。ラメクが背中にいるので大丈夫だとは思うが、落ちたら大怪我じゃ済まないな。
「ノアは大きくなったら騎士学園に通う。今のうちに馬にも慣れておくんだぞ」
「確か騎士になるために通う学園でしたよね。僕は騎士になるのですか?」
「ああそうだ。貴族号を継ぐには、まず騎士になる必要があるからな。お前は長男だし、父さんや母さんのような立派な騎士になって領地を継ぐんだ!」
ラメクは腰に携えている剣をチャキッと動かし、ふんすと騎士である事を自慢する。この両親は貴族であると同時に騎士だ。
ルカナ王国では貴族号を持つには先に騎士号の所持が必須らしい。つまりどんな偉い貴族の子供であろうが、騎士でなければ貴族号を世襲できないのだ。女性も例外では無い。随分血気盛んな国だな。
とまあそんな訳で、スティア家の世継ぎを期待されている俺もいずれは騎士にならなければいけない。
だが俺は人を殺したくはないし、殺されたくもない。
いざ本当に殺し合いをしろと言われれば、少なくとも現代日本に住む一般人なら誰だって躊躇する。俺も例外では無い。戦いは妄想で無双するだけで十分だ。
戦いの中に身を置くのは怖いというそんな当然の感覚を、俺は生まれる前から身につけてしまっている。
「父さん。僕戦うのはちょっと……」
「なんだ怖いのか。男の子は強くないと女の子にモテないぞ!!」
それは困るな、前世もモテなかったのに。
ラメクは鬼モテで困っていたらしい。
「嘘よノア。パパは学園にいた頃はしょっちゅう怪我して他の女の子に笑われてたのよ。その度に私が治してたんだから」
嘘らしい。しょうもない嘘ばっかつくなこの父親は。
そんなラメクとテノシーの馴れ初めを聞いていると、遠くで獲物の索敵をしていたスープが戻ってくる。眉間に皺を寄せ、かなり焦った様子だ。
「ラメク様、ご報告です。西南の村に魔獣の出現を確認しました」
「何だと!? 状況はどうだ!」
ラメクの顔が張り詰める。只事ではない。
「現地の村民で対処していますが、現状では防衛線の決壊も時間の問題かと」
「よし、すぐに向かう!」
ラメクは俺を持ち上げてテノシーに渡すと、スープと共に急いで走って行く。
遅れてテノシーも馬を走らせ、西南の方角に向かう。
馬を走らせている間のテノシーの表情が暗い。困惑、焦燥といった雰囲気を醸し出している。
俺は行き先に何があるかは分からない。だが間違いなく、何か悪い物がある。という事だけは分かっていた。
♢♢♢
数分ほど走ると建物群が見えてくる。木でできた小さな家が連なり、村を形成していた。家々を繋ぐ草の生えた砂利道には、馬車が何度も往復したであろう轍がある。
家や道以外の場所には一面に麦と畑が広がっていて、農村部らしいのどかな光景だ。
しかし村の雰囲気は、のどかとは程遠かった。
村の外れで鎌、鍬、角材と各々武器を持った村人が、自分達よりも一回りほど大きい狼と戦っている。
暗い銀色の狼だった。目は怪しい赤に光り、身体から黒いオーラを放っている。
思わず顔を歪めてしまう。その姿を見ていると何故か異様な嫌悪感が湧いてくるのだ。
「グルルァ!!」
「やめろ! 来るな、来るなぁぁ!!」
転倒した村人の1人に狼の爪が襲い掛かる。
ふっと、前方にいたラメクの姿が馬上から消えた。
村人までは距離にして百メートル以上。ラメクはその距離を一瞬で駆け抜け、剣で爪を弾き飛ばした。
「ウオオオオオッ!!」
剣が狼を両断。剣の残像は半月を描き、狼の身体がずれ落ちる。
直後に狼の肉体は爆散し、飛び散った体は黒い霧になって消滅していく。
「無事か? もう大丈夫だ」
「領主様……! ありがとうございます!」
「領主様だ、領主様が来たぞ!」
戦場の士気が上がった。テノシーと共に馬から降りて様子を見る。
ラメクは戦場を縦横無尽に駆け回り、鮮やかな手腕で狼達を次々と倒していった。狼の攻撃を容易く受け流し、首を落とす。明らかに他とは動きが違う。
それもそうだ。ラメクは戦闘を学んだ戦いのプロ、騎士なのだ。
騎士は戦場の花形、なんて言葉を聞いた事がある。正にその言葉を体現していた。
その光景を見ていると不思議な感覚を覚える。自然と鼓動が高まり、かっこいいとしか考えられなくなる。まるでアクション映画でも見ているかのようだ。
「一匹そっちに行ったぞ! 止めろ!」
釣られてその声の方を向く。
防衛線から漏れ出た一匹がこちらに向かって来ていた。
「無知、豪炎、虚脱、視線、指先、迫害と遁走、自責と否定、逃避の行先、偽装と重圧」
横にいたテノシーが腕を前に出し、何かを詠唱する。
詠唱の最中、彼女の前方にはサッカーボールほどの火の玉が渦巻く。テノシーが詠唱を終えると、それは狼に向かって放たれた。
魔法。
確証は無いが、そう確信した。
「ガガアッ!」
火の玉と正面衝突して狼は怯み、そのまま炎に包まれる。
だが奴は止まらない。俺に噛み付かんと牙を剥き出しにして迫る。魔法に意識を奪われていた俺の反応は遅れた。気がつけば狼の姿は目前にあったのだ。
「ノア!」
叫ぶ。身の危険を感じたその瞬間、赤い何かが視界に入り込んで、
狼の首が落ちた。
「え?」
死体は目の前で黒い霧となって消えていく。
俺は何が起きたか理解できず、戸惑っていた。
「よし。テノシー、ノア。怪我は無いか?」
名前を呼ばれて我に帰る。
赤い髪の男は剣に付いた血を振り払うと、カチャンと鞘に納める。先程まで戦っていたとは思えないような、爽やかな笑顔で俺を抱き上げた。
「ラメク! 大丈夫、私もノアも無事よ」
「ラメク様、魔獣の掃討を確認致しました。ひとまずは安心かと」
遅れてぞろぞろと集まってくる村人。俺の感じていた感覚を皆も感じていたのだろう。皆いきいきとして、ピンチに現れた救世主に憧憬の眼差しを向けて讃えている。
村人達と話すラメクの顔は、どこかキラキラと輝いて見えた。
かっこよかった。
はっきり言おう、憧れた。
確かに戦うのは怖い。けれど、ラメクのようになりたいと、思ってしまった。
うん、よし、決めた。
せっかくの新しい人生なんだ。挑戦しなくてどうする。なろう、あんな風に。
今度こそ、普通のままでは終わらない。
なってやる。この世界で、主人公に。