任務同行
その日から父さんから諜報や暗殺に関する様々な技術を教わった。父さんは元々人体の研究に携わっていたらしく、いろんなことを知っていた。僕の属性を2つだけだと断定したのもそこかららしい。
「俺が解剖した人間のほとんど、魔族もそうだが、2つの適正がある者しかいなかったんだ。しかし全属性の適正あり、か。お前は女神様に愛されているな」
どうやらこの世界で女神は属性を選出し、授ける役割を担っているそうだ。だから全ての属性を付与することができたのだろう。それにしても、あの少女に女神なんて称号はちと重すぎるんじゃないですかねぇ...?
学んだのはそれだけではない。父さん直々に「魔流」の剣技を指南してもらった。
魔流を使えるのは魔族の遺伝子を持つもののみであり、人間相手には使うなよ、と強めに警告された。
どれも強力故に覚えるのが困難であり、完全記憶をフル活用しても技をまだ4/13しかマスターできていない。覚えた技は、
・黒網...網目のような軌跡を描く技。効果は魔法の相殺。軌跡だけでも効果を発揮する。
・黒糸...糸のような軌跡を描く技。描いた軌跡は糸となる。糸は剣の延長として機能し、使えば使うほど伸びる。効果は2分前後。
・黒爪...地面に剣を刺す衝撃を軌跡とする技。角度によって一方向・多方向が調節できる。
・黒波...波のような軌跡を描く技。上の技たちは闇属性で不変だが、この技は属性を好きにチェンジできる。ただし自分の使用属性に限る。一見地味な技だが、僕なら誰が相手でも確実に弱点をつけるチート技である。
魔流の中には使うだけで地形が変わってしまうような技もあるらしい。父さんは数少ない流派皆伝の剣士だという。多才で本当に尊敬する。
ある日の夜、
「レイ、付いてきなさい」
「何処へお向かいで?」
「人間が私達魔族の領土に情報詮索のために踏み入ったそうだ。今から対処に向かう」
「承知しました」
初めて父さんの任務についていく。僕が成長した証だろう。そう考えると少しうれしい。
僕たちは馬車で人間と魔族の境界線にやってきた。
「いましたね、父さん」
「ああ」
黒ずくめの服を着た人間が4人。恐らく先程言っていた人間側の情報部隊。
「どのように始末しますか?」
「もう少し接近しよう。そうでないと攻撃が当たらない」
「?狙撃銃などはないのですか?」
「?なんだそれは。聞いたことのないものだな。爆弾かなにかか?」
「...」
絶句した。そういえば、と女神との会話を思い出す。
「あ、そうそう!あの世界、魔法が発展してる代わりに、技術発展は君の世界の中世とか古代くらいだから!想像しておいたほうがカルチャーショック受けなくて済むかもね!」
たしかにそうだ。あるわけがなかった。じゃあ大人しく接近を...って待て。
「父さん、僕が今から行うことを誰にも言わないと約束してくださいますか」
「...?なにか手立てがあるのか?」
まず『情報共有』を「物質生成」とリンクさせて僕の前世でのお気に入り、
「モシン・ナガン」を生成項目にいれる。必要な材料は全て僕の魔力内で全自動で揃えてくれるから材料がわからなくても問題ない。
「2級魔法「物質生成」!」
目の前の地面に魔法陣が現れ、愛銃が4機姿を現す。
「レイ、それは?」
「これが狙撃銃です、父さん」
そう言いながら僕は再び「物質生成」を使って物を創る。
「この流線型の金属は?」
「これは弾薬。コレを狙撃銃に入れて使います」
サバゲー以来だ、弾薬詰めるのは。とはいっても今回はBB弾ではなく実弾だけど。友達に誘われてよく遊んだっけ。遮蔽物の間から撃ち抜くのが好きだった。
スコープ越しに標的を視る。
(弾数上限は最高5発。外しても何も問題はないが、銃が知れ渡るのは結構まずい。久しぶりだし、装填にも時間がかかるだろう。4発で仕留める)
分身を3体つくり、それぞれに配置する。習得直後は思考をバラバラにするのに時間がかかったが、今ではノータイムで思考の共有ができるようになった。
(行くぞ。)
(((了解)))
(3,2,1,ファイア!)
4つの流星が夜風を切り裂き、それぞれの頭部に炸裂した。赤い四輪の華が闇夜に咲く。
「任務完了です、父さん」
「レイ、お前は一体...」
「さあ、帰りましょう。母さんが待っています」
「あ、ああ。そうだな」
馬車に揺られながら僕は考える。
あの瞬間、僕は人を殺したのだと。そんな経験、前世・現世ともにしたことなんてなかった。
僕は一体これからどうなっていくのだろう。いつか、こんな事を考えないくらいになってしまうのだろうか。そう考えると恐ろしくなった。僕の殺しはー
「お前にとって先程の殺しは、間違いだったと思うか?」
思考が読まれ、思わず反射で答える。
「!いいえ。我ら魔族のための、必要な殺しでした」
「ならば、前を向け」
顔を上げると、父さんは微笑んでいた。諜報員としてではなく、一人の優しい父がそこにいた。さっきの質問も、葛藤を抱えた僕を励ますためのものだったのだ。
「正しいと思うのならば前を向け。後悔がないのならば胸を張れ。少なくともお前の取った 行動は、奪った命より多くの奪われるはずの命を救った。俺が保証する」
「父さん...」
そうだ。僕は私利私欲のために殺したのではない。多くの命を救う殺しをしたのだ。自分のやった殺人を正当化するつもりは毛頭ないけれど、
「僕は、前を向くよ」
「いい子だ。それが一番いい」
今日はスパイとして以上に、人として大事なことを教わった。絶対に忘れない。
✢
「先生、ですか」
「ああ」
あれから10年ほど経った今日、父に呼ばれた。先日14歳の誕生日を迎え、もう少しで地球の年齢を越えると思った矢先の呼び出しだ。なんでも、魔法・剣技ともに上位の人が僕に付いてくれるらしい。
「その者は『神童』と呼ばれていたようだ。魔法も剣の腕もどれもが高水準。小国の兵士では 歯が立たないくらい強いらしい」
「もし父さんのときと同じように模擬戦をするとなったら、『魔流』は...」
「大丈夫だ。こちらの事情は知っている。なんせ俺達の親戚にあたる家系だからな」
ほう。となると、相手も魔流を使うと考えていい。だがこちらが圧倒的に不利。
同流派の打ち合いは、より洗練された者に軍配が上がるのがほとんどだ。魔法の奇襲だって読まれてしまうだろう。だったら、魔法と体術での勝負が安全牌。でもあくまで模擬戦だ。実力は把握した方が良い。
「負けても心配はいらない。五百年に一人の逸材と称されるのだからな」
と父さんはいうが、僕は真逆だ。
逸材だからこそ、勝ちたい。
僕は自分の部屋で対策を練る。
まず剣技。さっきも考えたが、これは絶対に使おう。勝負と言っても実力を測るものだ。練習したものがどこまで通用するかを見てみたい。
次に魔法。恐らく僕の主砲となる。神童といえどもSランクまで完璧とは考えにくい。
しかも僕には『魔法適性』があるから、どんな属性だったとしても必ずアドを取れる。
最後にスキル。『諜報員』を使うかどうか。隠形で近づいたとしても察知されるかもしれない。しかもこれは職業柄秘匿すべき能力になるだろう。本当に危なくなったら使おう。
とはいえ、僕だけこんなに対策をするのは面白くない。相手に、ひと泡吹かせるような作戦を練っておこう。