97 薬師、国王に要求する。
やっと王城へ到着です。
王城というのは、政庁であり、象徴である。そして防衛の要である。いくつもの城壁と迷路のような作りの通路と複数の建物。籠城も想定しているため畑や井戸も存在し、機能と規模を考えればそれだけ街という規模。そんな王城を中心に広がる王都を走る中央通り、一番格式の高いその道で、一際、豪華な馬車に私は乗せられていた。
「シンデレラ城って機能的じゃないよねー。」
窓から見える王城の大きさは、かの夢の国の城が玩具に見えるほど立派なものだ。、
「ストラ、あんまり変な姿勢だと、服がしわになるわよ。」
「はーい。」
居住性を追求しているがゆえに、馬車の窓は小さく、外を見ようとするどうしても変な姿勢になってしまう。となると今の豪華な恰好でこの動きはまずかった。
足元が見えないロングスカート、胸元に止められたチューブトップの上着とフリフリがいっぱいついた上着。カラーリングは黒(ピンクや黄色は断固拒否した。)だが、イメージは ウエディングドレスだ。というか、ドレスと聞くとウエディングドレスぐらいしか浮かばないぐらいの女子力しかない。ゴシック?イブニング?なにそれ知らない。
「よくお似合いです。お義姉様は肌が白いので、ドレスの色とコントラストが素敵です。」
「あら、ソフィア様の衣装も素敵ですわ。スタイルがいいから、身体のラインが出ても卑しくないです。」
ソフィア様が着ているのは、きゅっと絞ったズボンとトップス、おへそ丸出しなエキゾチックな恰好は、アラジンのお姫様のようである。うん、活動的な彼女にはめっちゃ似合ってる。
「ラジーバの正装ですよね。これはもう大変なことになりそうね。」
私たちの恰好にため息をつくメイナ様だけど、この人が一番すごい。
マーメイドラインのシンプルなドレスながら、装飾品は、大粒のブルーサファイアと金細工。一見清楚で地味に見えるけど、ドレスの総額と気品では彼女に勝る貴人はそうはいないだろう。スラート王子の独占欲も怖いが、身に着けている衣装からメイナ様が今回の件でかなり怒っていることは分かる。
私が着ているドレスも、メイナ様が用意してくださったものだし、装飾品にはさりげなく辺境伯家の家紋を模した飾りが彫られている。揃いのドレスと言われたときは、マジでビビったよ。
「これだけ素敵だよ、こんどお互いのドレスを着てみたいですわ。」
「そうね、今回の件が片付いたら、またお泊り会をしましょう。それならストラも参加するでしょ?」
「ああ、いいですねー、懐かしい。」
お泊り会。年ごろの女の子同士ということで、往診のついでにメイナ様と夜中までおしゃべりをしたり、お菓子を食べたりしたのはいい思い出だ。クレア様とかチヨさんとかも加わったりしてなかなかににぎやかだった。いわゆる女子会だ。
「なんですか、それすごい楽しそうです。」
そんな風に和やかな馬車での移動だった。
そして、これがなかったら私は王城で、ブチ切れていただろう。
馬車から降りて歩かされること数十分。そのまま通されたのは謁見の間と言われるホールだった。
居並ぶは重鎮と思われる十数人のおじさんとおばさん。それをお世話をしている使用人や敬語の兵士達を含めると100人はいるホールの中央、玉座に腰かける国王と3人の王女。
マナーと礼儀に従ってかしずく私。(メイナ様とソフィア様は先に入室して、王子たちの近く。)
「面をあげよ。直答を許す。」
鷹揚にそう告げる国王の言葉に、ホールには動揺が走る。
「陛下、それは、さすがに。」
「それでは王家の威信が。」
まあ、そんな感じ。そもそも入るときの口上から、ぶしつけな視線の時点で相当あれだが。
(わかってる、大人しくしてます。)
私の正体を知っているメイナ様たちは、めっちゃハラハラしている様子だったけど、大丈夫、大人しくしていよう。
「お前たちは、この娘の功績を理解していないということだな?」
少なくとも国王の視線に私への侮りがない限りは。
「此度の流行り病。対応を誤れば国家存亡の危機であったことは周知の事実。その上で、我が息子スラートやその未来の妻であるメイナ・リガードを治療し、奥義ともいえる知識を惜しげもなく伝えて、病の被害を最低限にした。これほどの偉業を貴様らはできるのか?」
「・・・口が過ぎました。」
正論パンチすげえ。そして黙りつつもこちらを睨むなよ側近っぽいおじさん。そして私への謝罪はないんだ。そうか、ふーーん。
「では、ストラ・ハッサム男爵令嬢。改めて此度の働き大儀であった。そしてこの場を借りて伝えたい、我が親族にして国の要であるリガード、その細君であるクレア・リガードの治療、心から感謝する。」
そこまで言って王は、私に頭を下げた。
「陛下。」
これはさすがにと、他の側近が声を上げるが、私はまっすぐにその状況を受け止めた。
「不治の病と言われた、クレアがそれになったと聞いたとき、私は絶望した。そしてここにいない辺境伯の絶望がどれほどのものであったか。知らぬ者はおらん。こういった形になってしまったが、どうしても直接、礼を言いたかった。」
と微笑む王様。その様子にうなづきつつ、私は内心焦っていた。
(何考えてんだ、このくそオヤジ。)
ここで、クレア様と貴族病(脚気)の治療法の話がでるのは結構まずい。私は目の前の病人とメイナ様の気持ちを汲んで治療をした。それだけだ。
だが、流行り病を救ったイケてる薬師様が、かつて辺境伯家の奥方を治療をしていたと事実はわりとまずい。ここに来て、メイナ様の用意してくれたドレスとか装飾品もまずい。
「そうか、あれはスラート派か。」
「ガルーダ様とも懇意にしていると聞くぞ。王子が振る舞うハチミツアメは、あのモノからゆずってもらっていると以前お聞きした。」
今回ははしかの治療法を広めた功績で呼び出されたものだと思っていたので油断してた。舐められるのは嫌だけど、あんまり目立ちたくもない。
ここで判断を誤ると、王位継承権をめぐる権力争いに巻き込まれかねなない。
「無論、言葉だけの感謝だけで済ませるつもりはない。ストラ・ハッサム嬢。望む褒美を言いたまえ、爵位でも土地でも財産でも、望むモノを与えよう。」
その言葉に、一部の側近たちが気まずそうに顔をそらす。これは、手紙の不手際がしっかりと伝わってますねー。
(さて、どうしたものか?)
ハッサムの開祖であるひいおじい様は、褒美にハッサム村をもらったらしい。ということは土地を求めれば、厄介な土地をつかまされる可能性もある。爵位も同じようなものだ。かといって金には困ってない・・・。
(あっそうだ?)
「では、王や関係者に話す際、私の口調について不問にする権利をください。」
私が求めたのは、金や利権などの報酬ではなく名誉的なご褒美。王の前で帽子と取らないとか、仮面をつけたままでも不敬罪としないという類のもの。
「なっ。なんだ、それはふざけているのか?」
「ふざけてはいませんよ。実利よりも名誉と、今後の快適さを求めだけです。なにせ、私は田舎者なので、作法も口調も品がないそうなので。」
嫌味たっぷりに言いながら、周囲を見る。
「何より、流行り病や北伐でゴタゴタしているこの状況で、私1人のために、王や王城の人達の手を煩わせるのは忍びないのです。」
言い分としては謙虚なものだ。国の現状を正しく理解して、献身している貴族と見えるだろう。金も手続きもない、王様が許可を出すだけの簡単なお仕事。
反対する理由もないよねー。ただ、田舎者が口調が
「よかろう、ストラ・ハッサム。そなたが薬師として意見を述べるとき、その言動については一切の不敬を問わないことを、王の名の下に保証しよう。ただし、それにより不当な要求は、通さんぞ。」
「ありがとうございます。」
よし、言質をとった。この空気をぶち壊してやる。
「では、さっそく。この馬鹿どもが、なんでマスクしないでべらべらしゃべってんだ。今すぐマスクをつけるか、口を閉じろ。あと、距離を取れ、無駄に感染を広げるな!」
ずっと言いたかった。
「はっ。」
「私の報告書を見たんですよね。だから陛下と王女様達は適切な距離を取ってるし、口元を隠していらっしゃいます。ならば、臣下にも徹底させろ。」
ぱっとみても顔が熱っぽいのを化粧で誤魔化している人も見える。なんなら咳っぽいのを隠しているやからまでいる。
「使用人さん達は、すぐにマスクをつけて。浄化魔法が使える人間はすぐに自分と周囲にかけなさい。」
「・・・えっ?」
それまで謙虚で、大人しかった少女のいきなりの言葉に固まる空気。そんなもんは慣れたもんだ。
「医者の言うことが聞けないの。万が一陛下たちに何かあったらどうするの?」
緊急時に置いて大事なことは礼儀やマナーではない。あの感染症とかインフルエンザが流行っているときは、飛沫感染を防ぐためにマスクや適切な距離感は大事だった。あと体調管理。
「スラート王子、陛下と女王をすぐに別室へ。ガルーダ王子様達は、入口で検温をお願いします。道具はここに。」
「「わ、わかった。」」
すたすたと動いて、使いやすい王子をパシリにする。
「あと、そこの緑の襟の人とそっちの奥のメイドさんはこっちに来て。私が直接診ます。」
ぱっとみて明らかに体調の悪そうな2人をを見つけてホールの隅に寝かせる。メイドさんは大丈夫っぽいけど、緑の襟の偉そうなおっさんには発疹らしきものが見えた。
「そこの貴女、医務室に連絡してベットを用意させて。マスクと消毒は徹底ね。」
「は、はい。」
びしっと指をさして指示をだした従僕さんがコクコクとうなづき。すばやく退室させられた王族と、出入り口の前で仁王立ちするガルーダ王子はとマルクス王子。そこまで状況が整って、やっと空気が動き出す。
「な、な、な。」
「これは、治療行為です。流行り病を流行らせたいなら、どうぞ勝手に動いてください。」
口をパクパクさせて怒りをあらわにする貴族もいたが、発疹のあるおじさんを見せれば黙って従った。
「なんだか、懐かしい。うちもこうやって支配されたのよねー、あの時。」
「メイナ様、手伝ってくださるのはありがたいですが、それは余計です。」
メイナ様にも退室していただきたい。だが、快復して抗体のある彼女や、感染対策を徹底していた、ガルーダ王子とお付きのチヨちゃん、マルクス王子とソフィア様達。この状況で確実に頼れるのは彼女たちしかしない。
まあ、悩んでいる場合じゃない。
この間違った阿呆どもに、行き過ぎた指導をしてやるとしよう。
ストラ「王様怖い、権力怖いよ。」
国王「どの口がいうか。」
リットン「僕はハルちゃんたちとお留守番してました。」
ちなみにストラたち子ども組はそれっぽいデザインのマスクをちゃんとしていました。
メイナ様のブルーサファイアと金細工はスラート王子の目と髪に合わせたものです。ゆえに、ストラは青とか金色、あと赤系の色(ガルーダ王子カラー)は断固拒否しています。