90 ストラ、国家奉仕に駆り出される。
不穏なお話。
会話ばかりっす。
色々と騒がしくも平和な日々がすぎ、気づけば学園へ入学して1年が経っていた。
「そうか、今年の収支もなんとかなりそうなんだ。」
トムソンと父ちゃん、ついでにアサギリ村から送られた大量の報告書を読み終えた私は、疲労感を感じつつも、そこに書かれた数字の大きさに満足していた。
「表向きでは赤字なし、へそくりもたまってるし、アサギリ村からのマージンも今後は期待できるとなると、リットン君の代で独立なんてこともできるかもねー。」
「ジジジ(それだと困るんじゃないの?)」
「まあね、でも、リットン君を縛るのはちょっとあれじゃん。」
「ふるるるる(村も手狭になりつつある、新しい場所の開拓はありかもな。リットン坊なら安心だ。)」
「ぴゅー(今の村のはちょっとうるさい。)」
「そうだね、あっつサンちゃん、これ跡形もなく燃やしていいから。」
ほとんど寝に帰るだけの寮の一室。保護者からの手紙の体で送られてきた不正経理の証拠の隠滅を図る。いやさあ、送るなって言ってんのに送ってくるんだよねー。父ちゃんは純粋に村がすごいって自慢で、トムソンにいたっては裏切っていませんという意思表示なんだろうけど。
「万が一、手紙を見られたらアウトだってのに。」
領地の経済状況なんて、普通は手紙で送るようなものじゃない。それを具体的な金額まで手紙に書くって。
「お嬢。今、大丈夫ですか?」
そんな風に頭を抱えて居たら不意に扉がノックされ、私は慌てて窓を開けて換気をする。何かを燃やしていたという痕跡すら残すわけにはいかない。一分も満たない時間でそれをなし、私は立ち上がる。
「うん、いいよ。」
がちゃっと扉を開けて入ってきたのはリットン君だった。まあ私の部屋に入ってくるのは彼かメイナ様ぐらいだけど。
「邪魔するぞ、ストラ・ハッサム。」
「お帰りくださいやがれです、王子。」(本日は良い天気ですね。スラート王子。)
だから、アナタは来るなよ、王子。
「メイナの友人でなけれ不敬罪で切り捨てるところだぞ。全く。」
リットン君が運び込んだテーブルセットに腰を掛けるスラート王子。
「ははは、魔女討伐でもなされますか?」
「そうやって過去の事をいつまでもネタにするとこだぞ、お前。」
「なんのことですか、ただ、片田舎の木っ端貴族相手に無体を働く王子って評判が広まらないといいですねー。」
「お嬢、そのくらいで。」
リットン君に諫められて私は、ペロリと舌をだし、スラート王子もスンと態度を改める。どうにかマウントをとりたい王子を躱して揶揄う私。それを諫めるリットン君やメイナ様。このやりとりはもう挨拶みたいなものだ。
お互いに面倒な案件を先延ばしにしたい・・・。
「・・・先に言っておくが、これはメイナには内緒で頼む。今日、俺はここに来ていない。そういう風に頼む。」
「北の方で何かあったんですか?」
メイナ様に内緒での頼み事。彼女に内緒でプレゼント選びとかなら微笑ましいけど。王子がこれ見よがしに持っている手紙の所為で、そんな青春な内容でないことは明らかだ。
上質な白い紙に赤いインクでの縁取り。封をするのは、深紅の蝋と王家を示す大鷲のマーク。
「見たくないなー。いっそ燃やしちゃだめ?」
「王家の印を見て、その発言はさすがに尊敬する。」
苦笑しながらも押し付けれれ手紙を受け取る。
封蝋、シーリングスタンプといえばファンタジーの定番のようなイメージがあるけれど、ペーパーナイフを使ってはがすときは気を使う。万が一にも傷をつけてしまうのはさすがにまずい。
「・・・これまじですか?」
「父上、国王からの願いだ。」
思わず確認をとってから手紙を再度見る。
『 国王 ケツァルの名に置いて、ストラ・ハッサムに、ボルド将軍の陣営への出向を命じる。』
めっちゃシンプルな文言。だからこそ隙のないの勅命である。
「ボルド将軍って、あのボルド大将のことですよね?」
「そうだ、事実的な軍部のトップ。此度は北の二国の動きを牽制するために自ら軍を率いて北伐を予定されている。」
「はっ?北伐?冗談ですよね。」
「冗談じゃない。少なくとも世間向けにはな。」
この世界の軍の基準は、前世と似ている。。
元帥、大将、中将、小将と呼ばれる将官と言われる戦略や方針を決める首脳陣
大佐、中佐、小佐と呼ばれる各軍団の指揮官
大尉、中尉、小尉と呼ばれる実行部隊レベルでの指揮官。
軍曹や、曹長といった一般兵に序列はない。これは魔法による高度な伝達技術のおかげで現場レベルの判断がしやすいからとか授業で習った。
それはさておき、このボルド将軍、あらため、ボルド大将は国軍のナンバー2ということになる。
当然だが、私に面識はない。
「なんで、またそんな大物のところへ出向命令が?」
そもそも、出向といっても、私はまだ未成年で働いているわけではない。
出向とは、もともと所属している組織に籍は置いたまま、協力企業や組織へ働きにでることだ。ロボットが集まって戦うゲームとかがまさにそれだ。
「そこは、いろいろと事情がある。現時点でお前の立場は王国の学生。ということになっている。」
「ああ、分かりました。それ以上はいいっす。」
出向って言葉を使わないと、私が国軍に取り込まれる可能性もあるってことはわかった。
「ちなみに精霊たちも連れてきていい。むしろ連れ的ほしいと言われた。」
「・・・私、これでも忙しいんですけど、勉強も本格的になってきましたし。」
断りてー。向こうの下心が透けて見えて面倒な事この上ない。
「安心しろ。ボルド将軍は気さくな人だし、北伐への同行や精霊様の助力をとか考えているわけではない。」
「ほんとですか?」
スラート王子の言葉だが、私は疑ってしまう。
自慢じゃないが、私にはじいちゃん直伝の薬師としての腕がある。回復魔法があるこの世界でも、魔力は有限である。厳しい軍事行動の中で、薬師の知識と技量はとんでもなく貴重なものだ。
さらに、行軍となれば私はためらいなくクマ吉たち精霊さんたちの力を借りる。ハッサム村の発展を知る人間なら、私たちが快適に過ごすための行動だけでも利があると考えるだろう。
「本当だ。そこは念を押してある。もうぶっちゃけるが、ボルド将軍の要求は北伐前の兵士達の健康診断だ。軍医もいるが、北方へ行くにあたり少しでも対策をしたいということだ。」
じーーーー。
「隠し事をする気はない。山岳部を行軍する可能性も考慮して 専門家の意見を聞きたい。という具申に対して、父上、国王陛下がお前を推薦したんだ。」
「あやしい。」
私にその知識や能力があることは分かる。だが、13歳になったばかりの小娘に、そんなことをさせるだろうか?
「わかった。わかったよ。ボルド将軍はベテランでな。ハッサム開祖のファンなんだ。」
ああ、なんかめっちゃ強かったというひい爺ちゃんとひいばあちゃんか。武功の果てにハッサム村をもらったというのは聞いていたけど。
「それでお前祖父。薬師様に打診が言ったらしいのだが。老骨に激務は厳しいとのことでな。」
じいちゃん、いやばあちゃんかな?
「その返事として、孫はもう一人前だから国のために役立ててくださいと丁寧なお手紙をいただいた。」
「あんのーーーくそじじい。」
私を売ったな。自分が引きこもるために孫を売りやがった。
「でも信じますか?孫馬鹿じゃないですか?」
「それをお前がいうか?自分の評判くらいわかってるだろ。」
ぐっ、それを言われると。
「貴族病の画期的な治療法と予防法の発見。精霊と心を通わし、学園はじまって以来の才女。辺境伯家長女であるメイナ様に友人扱いされる。」
「はいはい、わかりました。わかりましたから。」
ニヤニヤと笑うスラート王子。この野郎、逃げ道がないことが分かって、この手紙を持ってきたな。
「リットン君は置いてきますからね。」
「わかっている、こちらでもフォローはする。存分に国のために奉仕してきたまえ。薬師殿。」
過去一いい顔で勝ち誇るスラート王子。
次期国王としては、実に頼りになる。
その時は、まだ私は楽観していた。まだ、これが戦争になるなんて気づいていなかったから・・・。
ストラ「働きたくないでござる。」
スラート「がんばってくれ薬師殿(ざまあ。)」
気づけば13歳になっていたストラさん。そして、もうすぐエピソード0に帰結します。