8 おじいちゃんはなんだかんだすごかった。
色々やっているストラちゃんの源泉に触れるお話?
教育という名目のもとの読み聞かせに、ちびっ子たちへの仕込み、ついでに周囲の探索をする。そんな充実した日々を送っているストラちゃん10歳だけど、本来は領主?の娘である。
「じゃあ、いってくるねー。」
「ああ、おやじによろしくな。」
朝は早起きして、家の掃除と朝ごはんと弁当の準備。それが終われば弁当をじいちゃんたちに届け、午前中は薬師の仕事を手伝ったり修業をつけられたりする。
「ジジジ(ストラー、私もいくー。)」
「あら、ハルちゃんおはよう。」
家を出ると待ち構えていたハチの一団に取り囲まれ挨拶をかわして歩き出す。ハルちゃんと名付けた一匹は私の肩に止まり、残りは護衛らしく周囲を飛んでいる。
養蜂事業の拡大の成果はまだ出ていないけれど、ハチたちと仲良くなれたことは大きい。とくにケー兄ちゃんやハークスさん一家、そして私は外に出ると常にハチたちに囲まれる。
「ハルちゃんは女王になるのにここにいていいの?」
「ジジ(まだ修業中だから。)」
肩に止まって相槌をうつハルちゃんは、8人いる王女様の1人だ。残りのお姉さまは村の各地に分蜂して村を中心に勢力を広げつつある。末っ子のハルちゃんは分蜂には早いらしく私と一緒に行動しては読み聞かせの物語や村の探検に意欲的だ。
「ジジジ(薬師のところ?)」
「そうだよ、午前中はお仕事。」
「ジ(手伝う。)」
ふふ、ありがとう。割と力持ちなハチたちがいると色々助かるのだ。養蜂箱を設置して一か月、気づけばハチたちと過ごす光景が当たり前になっている。
さて、じいちゃん、大旦那、薬師様、いろんな名前で呼ばれている先代のハッサム当主の家は村外れにある森の一角にある。
部分的に切り抜かれた場所は日当たりがいいので一年を通して温かく、近くに湧き水が沸いていることもあり薬になる薬草の生育がしやすいのだ。じいちゃんは現役時代からこの場所を整備して薬師として名を売り、引退と同時にこの場所に引きこもるようになったそうだ。
「じいちゃんー、ばあちゃん。」
家が見えたあたりで大きな声で声をかけて扉に近づいていく。するとガチャガチャと鍵が開く音がして、中からばあちゃんが顔をだした。
「おやおや、ストラ、今日も元気だねー。」
「えへへ、おはよう。」
出会い頭にぎゅっと抱きしめられると母ちゃんとは違う薬草っぽいいい匂いに包まれる。
「ハルちゃんも元気そうねー。」
「ジ(おはよう。)」
朗らかなばーちゃんは、年の割にはかなりしっかりした足腰で私たちを案内し、ハチたちにも優しく接するおおらかな人だ。
「じいちゃん、おはよう。」
「おう、おはよう。」
対してじいちゃんは仕事人間で無愛想。一日の基本を作業台で過ごし、ひどいと寝食を忘れてしまう、孫が来ても変わらない。
「これちゃんと食べてね。」
「ああ、分かってるよ。」
こちらに背中を向けながら作業を続けるじいちゃんも相変わらずだ。
「今日も頼むぞ。3番と5番全部収穫していい。」
「はーい。」
弁当をテーブルに置いて、外にでる。
1番から10番まで番号付けされた薬草園には、様々な色と香りがある。
「ジジ(不思議な匂い。とるの?)」
「うん、5番は根っこを使うだけだから、花は好きにしていいよ。」
5番の畑にはタンポポのような黄色の花が咲いた薬草だ。「ライオン草」と言われ根っこに栄養が豊富で風邪の引きはじめや頭痛に効くと言われている。
「ジジ(面白い味―)。」
そして花びらとみつは、一部のハチたちに好評で、根っこを残してモグモグされている。食べかすからまた生えてくるので、最近では完全にハチ任せになっている。
「さてと。」
いつも通りの見事な仕事を確認しつつ、私は私で3番の畑に向かう。こちらは低木がいくつもならんでいて、ゆずのような実がいくつもできている。「ラッカの実」と呼ばれるこの実の皮は解毒作用があり、実には麻酔効果があると言われる。本来持つ毒素を皮と実に分けて育つようにじいちゃんが品種改良したものらしいけど、気を付けないと肌がかぶれるので、私とじいちゃんにしか採取と取り扱いはできない。
「山椒に胡椒、ハーブもいい感じだねー。」
ラッカの実を収穫して、他の畑からも適当に採取する。
「ジジ(終わったよー。)」
同時にハチたちがきれいに剥ぎ取ったライオン草の根っこを持ってきてくれる。うん、この根っこを剥くのが面倒なんだ。ハチ様様である。
「じいちゃん持ってきたよ。」
「ほうか。じゃあ、頭痛薬と酔い止めを頼む。」
「ええ、またー。いい加減あきたよ。」
「これが基本だからな。目をつぶっても作れるようになりなさい。」
無茶を言うな、無茶を。
山と積まれた材料を前に、げんなりしつつも手袋とマスクをつけて作業台に座る。
量りやスポイト、計量カップなどは貴重品ではあるが、この世界にも存在する。だが、原料をすり潰したり、水に溶かしたりなどして成分を抽出するところから始めないといけないので、調剤は料理のように簡単なものではない。しかも感覚派のじいちゃんは細かい分量などを記録しているわけではなく、作業は見て覚える、効果は身をもって覚えるという教え方だ。
「ライオン草と水を1:3。こっちの薬草を大匙で一杯。これをゆっくり混ぜて。」
「ははは、ストラは豆だねー。これならば誰でも作れそうだよ。」
ぶつぶつとメモを取りながら慎重に薬を調剤していく私に、ばあちゃんは微笑ましく眺めている。いやね、じいちゃんの感覚的な調剤を見ながら、計量カップや量りで数値的なデーターに置きかえ、マニュアル化していく。ただ素材の質や気候などで変わるから微調整は感覚だよりになる。
私のメモを見て、誰かが真似をしてもきっと同じ効果の薬は作れないだろう。
「ほほほ、ばあさんもストラも中々だが、こればかりは経験だからのう。長年の経験と培われた勘というものだ。まあストラは筋がいい。十年もしないうちに、わし以上の薬師になるぞ。」
「ははは、それは無理。」
じいちゃんはそうやってほめてくれるが私が一つの調剤を終える前に、10は終えている。それも、貴族様から手紙で依頼された個別のオーダーのものだ。
「いやってほど調剤をしてきたからなー。こればかりは教えられんよ。」
幼い私が、クスリの作り方を教えて欲しいと言ったときと同じ言葉をじいちゃんは言う。だけれどもその言葉が私を発奮させるのまた事実だ。
前世では、いろんなことにマニュアルがあった。料理にDIY、裁縫に理科の実験、教育にだってマニュアルがあった。だけど、マニュアルだけではたどり着けないものがある。
ちなみに教育ほどマニュアルが役に立たないものはない。
特にひどいのは、行き過ぎなほど最先端な学校が出している、指導マニュアルだった。教師の第一声から子供の発言の予想とそれに対する反応パターン。最先端と言われる授業参観が子どもを巻き込んだお遊戯会のようなもので鳥肌がたったのを覚えている。
その点、じいちゃんは積極的に私に何か教えてくれることはなかった。代わりに質問にはなんでも答えてくれたし、本当にやばい素材は未だに扱わせてくれない。私が薬師になれるかどうかは私のやる気と資質次第。そんな無責任な師弟関係が私には居心地がいい。
「ジジジ(匂い変わった。)」
「でしょ、すごいよねー、組み合わせるだけでも効果も香りも変わるんだ。」
邪魔しないように私の周囲を飛びながら観察するハチたちも調剤による色やにおいの変化に興味深々だ。ハチにも薬って効果あるのかなー? うんやめておこう。それよりも
「そういえばさあ、じいちゃん。」
「なんだ。」
「じいちゃんの頭痛薬ってさあ。「ベンの葉」って要らないんじゃないかなー。」
ベンの葉というのは、薬草の一種だが、それ自体に特別な効能がない。だけど乾燥して粉末状にしたこの葉っぱを混ぜると薬効が高まり、クスリが長持ちするとされている。前世で言えば保存薬のような役割をしている。
「そもそも、頭痛薬の材料って腐りにくいものばかりだし。薬効も落ちにくいよねー。それに」
ハルちゃんたち、ハチ部隊が以前に気づいたことだけど。
「じいちゃんとばあちゃんようの薬には、使ってないよねー。「ベンの葉」。」
「おお、やっと気づいたか。もっと時間がかかるかとも思ったが。」
私の指摘にじいちゃんが振り返ってニンマリと笑う。あっこれは悪いことを考えているときの顔だ。
「ストラ、「ベンの葉」を混ぜた場合、クスリが長持ちする代わりに、とんでもない副作用があるよな。」
「副作用、あっ、味がめっちゃ苦くなること?」
「そうだ。」
なにかと便利な「ベンの葉」だけど、ものすごく苦い。子どもなら思わず吐き出してしまうし、大人でも飲むと半日は舌に味が残る。良薬は口に苦しを体現したような薬草だ。
私や村の人間たちはこの苦みが嫌で、日々健康には気を使っている、それくらいだ。
「貴族ってのはさ、苦いほどありがたがるんだよ。」
ケラケラと笑うじいちゃんに、ふふふと上品に笑うばあちゃん。
「この薬なあ。ひどい飲みすぎのときに飲まれることが多いんだよ。「ベンの葉」の苦みが気にならないほどの二日酔いの頭痛によく効くんだーこれが。」
「私も若いときはお世話になったわ。朝まで飲んでも、この薬でけろっと、酔いが覚めるのよ。」
そうなのか、ばあちゃん、こんな見た目だけど酒好き?
「昔ほどは飲めないけどねー、お酒は好きよ。」
「ははは、ばあさんは、上品にウワバミだからな。」
ちょっとと、じいちゃんの肩をパンパンするばあちゃん。ほんと仲いいな二人。
「で、なんで苦いより、苦くない方がありがたいと思うんだけど。」
前世では苦い薬を飲ませるためにオブラートやゼリーもあったくらいだ。なんならハチミツをつかった甘い薬なんてものを考えていたりしたけど
「味がしないと効いたかどうか、不安になるだってよ。それにな、クスリはちょっとまずいくらいがちょうどいいんだよ。」
「そうかなー。美味しい方がいいと思うけど。」
「そんなことしたら、薬を飲みたくなって、病気になる人がでてくるわよ。」
納得しかねる私にばあちゃんがそんな冗談を言う。
ああでもたしかに
前世でもエナジードリンクとか栄養ドリンクはそこそこ美味しいから、飲みすぎになる人いたなー。
「苦い薬を飲んで、身体を治しつつ、もうならないぞって心も正す。薬ってのはそういう役目があってもいいと思うんだよ。」
「なるほど、なんとなくわかった。」
二日酔いがノーリスクで治るなら、酒のみからすればうれしいだろう。だけど、飲みすぎの二日酔いの苦しみを知っている人間は、多少は酒に気を付けるようになる。転んだ時の消毒の染みた痛みを感じたときに、次は気を付けようと思うものだ。
「まあ、分かんねえ奴は、何度でも繰り返すけどな。」
からからと笑うじいちゃん。
うん、どうやらこの世界でも酒におぼれる大人はいるようだ。
「やっぱり、じいちゃんはすごいなー。」
身体だけでなく、心を正す薬。じいちゃんはなんだかんだすごい。
8人いるお嬢は
ファスちゃん
セカちゃん
ミっちゃん
四つ葉ちゃん
ゴロちゃん
ロッキー
ナナちゃん、
ハルちゃんとなります。




