88 苦しいときに頼られるということは、満たされていれば、ゾンザイなものよ。
本件がフィクションです。一定の集団をけなす意図はありません。
帝国の精兵が、自然の脅威に殲滅されていたのと同じ時期の王都にて。
「以下の理由により、この創生教の教会も立ち退きをお願いします。」
「ま、待ってください、ここは王国でも最後の創生教教会の拠点なんです、ここを無くしてしまったら、信徒たちは何をよりどころに。」
縋りつく神官を冷たく押しのけながら、王族直属の査察官と兵士達が教会の中へと入っていく。
「ま、まってください。そこは創生神様の彫像でして。」
「そうだな、お前たち丁寧に扱え、狙いはその下だ。」
「いや、そもそも触るなんて恐れ多いんです。」
「うるせ、証拠は挙がってんだ。」
邪魔する神官たちは次々と取り押さえられた。彫像の下の土台には、宝石や貴金属、怪しげな魔道具の数々がでてくる。
「質素と清貧を貴ぶ創生教にしては、ずいぶんと派手な趣味をお持ちですね。」
「そ、それは信徒たちから寄進されたものでした。」
「ほんとだな。」
「はい、神に誓って。」
神官の顔は真剣だった。彼の頭の中でどのような変換があったものか、それとも本当に寄進だと思っているのか、何も知らなければ査察官もだまされていたかもしれない。
「寄進されたものを換金して、教会の活動資金にしているのですが、人目に触れる場所に保管するのは、教義に反するということで、畏れも多くも創生神様の身元で浄化の最中だったのです。」
浄財。教会に財産を寄進することで、己の欲深さを反省して、死後と精神の安寧を図る。創生教が山脈を渡って百年近く、王国ではこの習慣が一般化し、貴族などが財産や遺産を寄進することは徳の高いこととと言われていた。
「では、教徒は盗賊らしいな。」
だというのに、査察官の目は冷たく侮蔑の含んだものだった。
「な、なにを。」
「この魔道具は特別製でな。貴重な効果ゆえに、特定の場所から動かされると特殊な音波をだすんだ。専用の魔道具でしか検知できないが、近づけば場所が分かるようになっている。」
査察官が持ち上げた魔道具を神官の顔に近づけると、わずかな振動がしていた。言われて初めてわかるほどの些細な仕掛けを前に、神官はこの事態が入念に計画されていたものだと理解した。
「貴様ら―、最初から我らをはめたな。」
「酒場のうわさ話をうのみにして、盗みに入ったお前が言うことか?」
絡繰りはシンプルだった。
行きつけの酒場で聞いた。きな臭い噂。とある貴族が急死し、遺族が遺産を持て余しているという噂だ。その貴族は嫌われ者で、税金を払ってまで遺産を相続したいという遺族がおらず、街外れの倉庫に放置されている。
これは自分たちの使命だ。神官たちはその話をすぐに調べ始めた。貴族がもめ事や税金を嫌って遺産を教会に寄進することは多かった。創生教の信頼が下がってしまい、ここ一年はほとんど行われていなかったことだが、それまでは当たり前に行われていたことだ。
「悲しき縁は我らで引き受けるべきだ。」
そうして、神官たちは手慣れた様子で、倉庫を調べあげ、噂になってた遺産を教会へと運び込んだ。
「魔道具は、専門機関が試作しているもの。装飾品は触媒と善意の提供による私物だ。お前たちがしたことはただの窃盗だ。」
「なっ我らを、だましたのか?」
「盗人猛々しいことで。私有地への侵入と器物破損、盗難。強制捜査には充分な罪状だな。」
「虚偽な情報、虚言は神罰の対象ですぞ。」
「寄進って嘘をついたのはお前たちだろ?」
「我らは、望まぬ諍いを事前に諫めただけだ。」
「ああ、やっぱり本家筋の神官はマジで話が通じないな。連れていけ。」
もう聞いてられないと査察官は部下に指示を出し、神官たちを後ろでに縛り連れ出していく。
「やめろ、我らは創生神様の使徒、ローレシアから正式派遣された高官でもあるんだぞ。」
「その高官のことごとくがやらかしてんだろ、ローレシアからは破門の書状が届いているぞ。」
「なっばかな。」
査察官の言葉に神官は目を見開く。信じたくない、だが同じように他の神官たちが破門にされた経過を知っていた彼らの中には、ついに自分たちの番かというあきらめも生まれた。
「2年前だ、2年前からおかしかったんだ。」
王都や大陸で権威と尊敬を集めていた創生教の凋落。太陽が毎日登るように当たり前に続くと思った権威はこの2年でどん底まで失墜していた。
きっかけは、辺境伯家の奥方が不治の病から快復したことだ。
手足の反応が鈍ることから衰弱していく貴族病の末期。寝たきりになった辺境伯婦人を癒す術は創生教の技術の中にはなかった。できることは教義に基づく、身体を清めるという療養食の提案と、病が他の者が映らないように隔離することの提案だった。
「貴様らは、我妻を殺すつもりだったのだな。」
奇跡的な回復、これぞ神の御業とホクホク顔で、訪れた当時の神官長を待っていのは、怒りに震える辺境伯その人であった。
「ご、誤解です。」
「貴様らの提案した治療を止めたら、妻はすぐに回復した。それが何よりの証拠だ。」
その後に、辺境伯から語られる治療とその理由。神官長も取り巻きたちも理解できなかった、が、自分たちがまずい立場だというのは理解した。
「わ、我らは教義と神の意志にしたがって。」
「それが間違っている。聞けば診察を行った神官もろくにみずに貴族病と判断したらしいな。回復魔法に胡坐をかいて、考えることをやめているようだな。その傲慢、すぐに正さねば身の破滅となると心せよ。」
この時、辺境伯の言葉を真摯に受け止めていれば、創生教に未来は残されていた。
「なんだあのものは。」
「我ら神の使徒に対してなんたるものぐさ。そのうち天罰がくだりますぞ。」
「まったくだ。なんなら。」
100年近い営みは彼らを傲慢にしていた。体系化された回復魔法と治療術。健康に生きるためには創生教に頼らなければならない。大陸において創生教が力を持つ根拠はそれだった。しかし、その怠慢は技術の発展の停滞を招き、偏った知識となり、最盛期の半分も力も残っていなかった。
はじめは貴族病の治療を望む貴族は目に見えて減ったことだった。生活習慣が原因の貴族病は初期症状ならば教会の回復魔法で症状を緩和することができた。塩や肉の食べ過ぎで貴族病が悪化するということでそれらを排除した「教会の白い食事」を提供すればそれでよかった。だが、その治療を依頼する貴族たちが極端に減り、気づけば貴族が創生教に頼ることがなくなった。
聞けば、辺境の薬師なる人物の考えた食事の改善と薬によって多くの貴族の症状が緩和されたらしい。その情報を得たときにはもう手遅れだった。
「創生教のバカ高いお布施や寄進よりも安価で、効果がある。」
「続けないといけないのはあれですが、習慣というのは大事ですなー。」
のんきな貴族同士の会話に、歯噛みした。
「おのれ、辺境伯め器の小さい事を。このままでは済まさないぞ。」
創生教にとって大きな収入源の一つ。あくまで一つが自然消滅しただけだった。ここでも心を入れ替えるチャンスはあった。
「辺境伯家は、創生神をないがしろにした。だからこそグレイエイプが集まったんだ。」
噂を脚色して広めたら、グレイエイプを犠牲ゼロで殲滅したという戦果に上書きされた。
「辺境伯家の娘は、魔女だ。かの者は魔物を操り、世に害を為そうとしている。ハチミツは魔女が堕落をもたらすために持ち込んだのだ。」
辺境伯の娘が精霊と会話ができるというわさを知れば、悪意マシマシで信徒に教えた。ついでに当時人気だったハチミツをけなして、自分たちで抱え込んで転売を企んだ。
「辺境伯家のメイナ様の魔法はすばらしい。」
「辻馬車の事故に居合わせたところ、無償でその場の人達を治療したとか。」
悪意は真実によってあっさりと覆えされた。おまけに第2王子の婚約者をけなしたということで、もともと距離が離れていた王族とは致命的絶交された。
「ハチミツ転売、違法な薬物を混ぜたな。」
ハチミツのかさましと転売をきっかけに、教会にガサ入れが入り、神官長は横領や賄賂などの悪事がばれて即時捕縛。
「まだだ、我らには信徒たちがいる。本国も黙っていない。」
神官長たちは、そう思っていた。もともとは思想による侵略のためにローレシアから送り込まれた彼らだ。本国ではそれなりの地位があり、王都でも信徒はそれなりにいた。
いたはずだった。
「は、破門。なぜだ。私は。」
山脈を挟んだ本国から助けは来ず、代わりに破門と、法の裁きをという書状を裁判の場で知らされた。
「我らは何のために?」
神官長の慟哭。宗教と過去の実績というものに守られて育った彼には、自分たちの境遇もそれが自業自得であることも理解できなかった。
「ははは、ならば次の神官長は私だな。」
あとに続くものも、考えが甘かった。責任は前の神官長が取った。自分や創生教には傷はつかない。大人しくしていれば、また。
それもまた滅びの傲慢へと続く傲慢。その後、創生教は力を失い、ほとんどが精霊信仰へと改宗するか、ローレシアへと帰っていた。その教義を守り質素に地域に貢献していた教会は形を変えることをためらわず生き残った。
「というわけで、三国から創生教の影響力は根絶したぞ。」
「これで、ストラちゃん、メイナも安心ね。」
どこぞの親馬鹿な辺境伯家の会話を、聞いていたハチの精霊は、その事実を伝えるかどうか、首をかしげるのであった。
「じじじ(とりあえず賢い子、ストラには報告で。)」
なお、その報告を聞いたストラは、聞こえないふりを決め込んだという。
ストラさんがブチ切れた白い食事の元凶が創生教だったという事実。
エセ宗教国家「ローレシア」。大陸でも最大の人口と豊かな水源をもつこの国は、創生教とかいう、エセ宗教を国教としているやばい国だ。創生教そのものは大陸全土に広がっているが、この創生教、はっきり言えばでたらめである。(王国上層部の認識)




