87 食料が落ち着くと争いは割りと怒らない。
国外での出来事。
全く関係ないざまあ回。
大陸を分断する巨大な山脈。豊かで厳しい自然の象徴のような場所は、精霊たちの楽園であり、人間にとっては、足を踏み入れてはいけない禁断の地。
「撤退、撤退。」
「なんて数だ。新型の火砲でも焼け石に水じゃないか。」
「撤退、撤退。」
「おい、指揮官はどこだ。」
「指揮官なら、とっくにオオカミの腹の中だ。食われたくなかったらお前らも逃げろ。」
地獄絵図。山脈の北側ではその言葉は相応しい凄惨な光景が広がっていた。鋼鉄の鎧で武装した兵士達を追い回すのは無数のオオカミたちと巨大な角を生やした鹿。
本来ならば食う食われるの関係になる彼らは、傲慢で無遠慮に侵入してきた帝国の兵士たちを前にして、共闘して外敵に襲い掛かった。
「どうして、鹿とオオカミが協力しているんだ?」
「ひるむな、しょせんは獣だ。火砲の敵じゃない。」
その様子に最初は驚いた兵士達だったが、最初の動揺は少なかった。
「ただの獣に、人類の英知の力を教えてやるんだ。」
兵を鼓舞する指揮官も兵士達にも勝算があった。いな、勝算しかなかった。
大陸の北東の巨大な領土を支配するのは、大陸でもっとも古い歴史を誇る大帝国にして、武双国家「クラント」徹底した軍閥主義国家で、厳しい自然を支配するという名目の鋼鉄信仰な国。彼らはそこに所属する兵士達であり、今回の任務に当たって最新の装備を与えられていた。
鋼鉄の鎧は頑丈さと動きやすさを両立させ、並みの攻撃ならびくともしない。
最新型の火砲は、従来の威力のまま小型化に成功し、兵士が1人で携行、運用までできる。やや威力は落ちたが、連射力とその数によって戦場を焼き尽くすほどに凶悪なものだった。
補給路を確保すれば、山脈の精霊や魔物たち、その先の王国ですら侵略できる。帝国の首脳陣がそう思うほどに最新の装備は有能、だった。
「こいつら、死ぬのが怖くないのか。死体を盾にして突っ込んできやがる。」
「やばい回り込まれた。援護を。」
鹿たちは巨体と角を削られながらも突進を止めることはなく。相応の被害を出しながらも群れは兵士達にたどり着いた。オオカミたちは燃える炎や倒れる鹿や仲間に気を取られることなく縦横無尽に走り回って狙いを定めさせない。その角や牙が兵士達の鎧を貫くことはなかったが、その質量までは防げない。襲い掛かられバランスを崩せば鎧はただの重しとなり、関節や首元などのわずかな隙間に攻撃が殺到する。最初の数人がやられた時点で、大半の兵士達の心は折れていた。
「なぜだ、昨年の寒さで、精霊や魔物は弱っているはず。」
「それなのに、なんで、こんなに・・・。」
木々が枯れてむき出しになった砂利のような足場というのも悪かった。見上げる形で布陣した帝国兵に対して、山肌を駆けおりる狼や鹿は、大量の土砂の流れも生み出し、兵士達を絡めとっていく。暴発こそなかったが火砲を落としてしまった兵士達は真っ先にオオカミに狙われ、反撃しようとする兵士は鹿に突撃された。
「撤退、撤退。」
最初の衝突の時点で、撤退の判断をした指揮官は優秀であった。だが、この山肌に誘い出された時点で勝敗は決まっていた。
「山脈にはいってはならない。言いつけ通りじゃないか。」
「何が迷信だ。くそ野郎。」
そもそも山脈にはいるべきじゃなかった。そう思ったときには手遅れだった。先祖代々伝わってきた教えを無視した自分たちの愚かさを悟ったとき、生き残っている兵士はほとんど残っていなかった。
動かなくなった人間達を食い漁る鹿とオオカミ。豊富な餌を前に彼らが争うこともない。互いの仲間の
死体を食らうモノもいるが、この戦いで死んでしまった仲間も貴重な糧ではある。久しぶりのごちそうを前に、仲良くすることはなくても、無視し合うぐらいの分別はある。
「ぐるるるわ(愚かだな。)」
「ぐるるるは(やはり北からくる人間はろくでもない。)」
「ふるるるる(犬どもと食いあうのがふさわしい。)」
山頂からそれを見下ろしていのは、巨大なクマの夫婦とフクロウ組の面々であった。
「ふるるるる(やっぱり北に行かなくてよかったすね。親分。)」
「ふるるるる(あの村はいいところだ。何より酒がうまい。)」
「ぐるわ(飯もな。)」
美味しい食事を思い出して笑いあうクマとフクロウ。周辺のヌシである彼らがこのように仲良くすることは本来ではありえない。だが、ハッサム村とその周辺での快適な生活により彼らは種族を超えて仲良くなっていた。
今回の帝国の襲撃も、ハチ達が事前に察し、クマたちが山肌をいじって足場を悪くしたうえで、フクロウたちが周辺の害獣であったオオカミと鹿をこの場所に追いやることで、意図的に作られた地獄だった。
「じじじ(では、我らは報告へ行ってまいります。)」
「ぐるるるは(息子にもよろしくお願いします。)」
「じじ(了解)。」
「ふるるる(今日は酒盛りじゃな。)」
それなりの数の人間、オオカミ、鹿が地獄へ落ちた。
落とした当人たちは気にした様子はない。精霊かれすれば、人間も獣も大差ない。自分たちと意思疎通のできる、あの面白い女の子や、彼女の仲間で自分たちに友好的な村人は特別なお気に入りなだけだ。
ストラやハッサム村の人達と交流を持った彼らは、風呂やトリミング、酒などといった快適な娯楽を知ってしまった。そして、この居心地の良い場所を守るためなら、自分たちの力を平然とふるうし、他の精霊とも手を組む。
結果として、帝国の最精鋭部隊は、その実力を発揮することなく壊滅し、帝国の理不尽な侵略行為に大きな後れがでることになった。
その立役者である精霊たち、そして元凶となった少女には預かり知らぬところである。
王国と学園が平和な分のしわ寄せが北側の国家によっている。
ストラ「いや、自業自得でしょ。触らぬ神にたたりなし。」