79 無理すれば偉いのではない。
ファンタジーな世界の医療事情なお話です。
ギックリ腰や骨折の場合、治療で大事なことは安静にすることだ。ベルトやギブスなど固定し、骨や筋肉が回復するのを待つ必要がある。無茶なことをすれば骨や筋肉がおかしな方向で治ってしまい、動きに癖が残る。悪化した場合は、骨や筋肉を外科的な手術で繋ぎなおす必要がでてくる。
「先輩に必要なのは、回復魔法ではなく、休養です。」
まあそれ以前にね、腰痛ってまじで動けないから、寝返りをうったり、起き上がるたびに激痛が走るし、痛みのせいで力が入らないから座った状態かまともに立てないときもある。
「ぐががががが。」
「いやだから、無理に動くなっての。」
鬼のように痛い。魔女の一撃とか言われるほどの衝撃はすべての気力を奪う。そんな痛みの中起き上がろうとするカイル先輩の根性はもはや変態のそれであった。
「ぐ、しかし、今日の訓練で。」
「だから休めって言ってんだろうか。」
「ぎゃあああああ。」
起き上がろうとする腰を狙って軽くたたいただけで絶叫があがる。うん、これはやばいなー。
「ハッサム君。これは?」
「重症ですねー。」
外科とか整形は専門外なんだけどなー。と先生を見るけど処置なしと肩をすくめられてしまう。
「痛み止めに回復魔法と手段はあるけど、まずは休まないとねー。前よりひどくなってるでしょ、痛み。」
「ぐっそれは。でもこの程度。我慢できます。まだやれます。」
先生の忠告に先輩はそう答える。根性はすごいけど。それではだめだ。
「痛みには慣れています。これを超えた先にこそ、強さが待っているんです。だから先生、回復魔法を。」
「ああもう、ダメって言ってんでしょうが。」
なんかうるさいので私は、薬品をしみ込ませた布を、カイル先輩の顔にかぶせる。
「がっ、な、なにを、すーーーーー。」
よし効き目は抜群だ。
「なにそれ?」
「自衛用に調合した眠り薬です、即効性はあるんですけど、効果は一時的です。」
あと揮発性が高いので、布などにしみこませないと効果が弱い。
「ちょっと詳しく知りたいなー。やばくないこの効果?」
「身体に害はないですよ。眠らない患者をおとなしくさせるための薬ですから。」
それ、なんてクロロホルムって指摘は聞かないぞ。
ちなみに、実際のクロロホルムにはドラマとか漫画みたいな即効性はありません。あれはフィクションです。これはファンタジーな世界の不思議な薬品を調合したものです。これでも薬師の孫なので。
他の患者の診断もあるからと、あとは任せたと出て行ってしまう先生を見送りながら、私は考える。
「どうしたもんかねー、この子。」
先輩だが、前世を含めると私の方が年上である。だからこそ無軌道な若者の行動は予測できる。
「寝てれば治るじゃないからねー、腰と骨は。」
最近の若い子は骨が弱いとか言われた世代の私ですが、前世の職場もやばかった。運動能力の平均値は下がる一方なのに、学校現場で求められる運動の水準がやばかった。別にいいじゃん、逆上がりができなくても、二重飛びが出来なくても生きていけるんだからさあ。
そんな中、生真面目な子ほど、こうやって身体を壊していた。部活やクラブチームでレギュラーをとるために寝食を忘れて練習する。その反動で、宿題や課題はほとんどやらず、学校では寝てばかり、妙に自信家で大人の言うことは聞かないクソガキは無視すればいい。だけど真面目な子は休むことができずに、気を貼り続けてどこかで擦り切れてしまう。同じことが塾狂いの子にも言えたけど、教える立場としては、後者の方が辛かった・・・。
ここでカイル先輩を放置して帰ることは可能だ。私にそこまでの義理はないし、保健室での処置は充分なものだった。安静にして回復を待つか、無理を通すか、それはカイル先輩次第。
倒れていた先輩を保健室へ運んだ時点で、私は義務を果たしている。
「じじじ(帰らないの?)」
はあ、メンドクサイ。メイナ様には内緒にしてほしい。
先輩が目を覚ますまでの10分ほどの時間に、私は仕込みを完了させた。
「こ、ここは?」
「保健室ですよー、記憶も飛んじゃいまなしたかー。」
「いや、覚えている。迷惑をかけたようだ。すまない。」
不機嫌を隠そうとしない私の態度に、カイル先輩は申し訳なさそうな顔で謝るがすぐに異変に気付く。
「すまん、なんか。」
「身体が動かないですか、そりゃそうですよ、強めの痛み止めを処方したので。」
「痛み止め?」
「効果が強い分、あと30分ぐらいは寝ててくださいね。」
「ああ、あの痛みが嘘のようだ。怖いぐらい。」
怖いぐらい効くからねー、眠くなる成分なしで使うのはさすがにやばいお薬だ。
「先輩、ちゃんと食べないとだめですよ。脱水症状の一歩前だったのか、クスリもごくごく飲んでましたよ。」
「そ、そうなのか。」
そういうことにしておこう。決して、水魔法で無理やり流し込んだとかじゃないよ。それはさておき、腰の痛むときは、痛み止めも大事だ。あの痛みは日常生活に支障がでるからねー。
「そうか、効果はどれくらい続くんだ。」
「腰の件も含めて、今日はこのまま帰って休まれることをお勧めします。」
「そ、そこをなんとか。痛みが治まるなら、訓練が。」
強情だなー。そういえば、エナジードリンクとかアッパー系のいけないお薬を使ってでも働こうとするのは日本人の特性だったけ? ここはファンタジーの世界だけど。
「き、聞いてくれ、俺はの家は代々近衛をしている。そしてスラート様やガルーダ様と年の近い俺は、王子たちを守るために強くならなければならないんだ。そのために・・・。」
「ああ、そういうのはいいんで。」
理由とかマジ興味ない。熱血とか青春とか使命感みたいなものは、勝手にやってくれればいい。
「カイル先輩が本気なのはわかりました。ただ方向性は間違っています。」
「はっ?」
「強くなりたいから訓練するというのが間違いです。訓練だけで強くなれるなら、英雄も将軍も必要ないでしょ?」
私にできること、いや薬師のできることは、クスリの処方と、快復までの道筋を示すことだ。
「見た限りですけど、先輩、ちゃんと寝てないし、食べてないですね。」
「ぐっ。」
「技術を磨くには訓練も大事でしょう、ですが、それを支える肉体を作るには、正しい食事と適度な休息が大事なんです。もうぶっちゃけますけど、唇とか口の中もケガしやすくなってません?」
「そ、それは。」
「それは典型的な野菜不足ですね。」
野菜不足にビタミン不足。偏った食事と睡眠不足は肌荒れにも症状がでている。顔面偏差値が高いせいで気づきにくいが、よく見るとほんとやばいわこの子。クレア様とは逆の意味で危ない。
「失礼ながら、お通じとか?」
「ええっと。」
「もういいです。」
スポーツ医学や栄養学、これらは専門外。だが前世日本人の食へのこだわりと、薬師の孫として、ハッサム村の食事事情を改善してきた私を舐めてもらっては困る。
「普段の食事はパンが中心ですか?」
「あ、ああ。短い時間で食べれるからな。」
「あとはお肉、きっとパンにはさんで食べてる感じで。」
「そ、そうだ。さすが薬師のお弟子様、なのか?そうだな、干し肉とパンを部屋にストックしてそれを、訓練後に食べるようにしている。肉を食べないと筋肉が育たないからなー。」
典型的な偏食ですやん。
「そのうち、病気になりますよ。」
ストックさせているということは、白パンではなく黒パンや乾パンの類だろう。それが悪いわけじゃないが、ビタミン不足になる可能性は高い。干し肉は脂肪分が減りタンパク質が増える。だからただのお肉よりもヘルシーという考えもあるが、そればかりで塩分過多だ。
油分、脂質だってエネルギーの生成に必要な栄養であるし、それ以上に野菜が足りてないから身体が悲鳴を上げてるよ、これ。
「し、しかし栄養補給はちゃんとしているぞ。それこそ、薬師どのハチミツアメやエナジードリンクをよく。」
「それだよ。馬鹿。」
「ぎゃっ」
がさついたほっぺをぺちぺちするとカイル先輩がうめく。うん、これ口の中ボロボロだねー。
「まあ、解決法はわかったけど。」
くっそメンドクサイけど、これはあれだ。作らないとならないなー。アレを
ストラ「万能薬とか、やせ薬って夢だから、夢なんだよねー。」
サンちゃん「ふるるるるる(なんの話?)」
クレア・ストラーダ メイナ様の母親で辺境伯婦人 かつて脚気と栄養失調で死にかけたところをストラが救った過去がある。「ep.3 2 悪役令嬢と言われるにはそれなりに理由がある?いや、これは周囲が悪いでしょ。」より