68 料理の神髄は試行錯誤にこそある。
ストラちゃんによる飯テロたーいむ
カレーを作るとき、それは周囲に匂いテロをしているという自覚を忘れてはいけない。
「ストラ、それはなに?」
「ハッサム嬢、なんだこれは。」
「薬師様、めっちゃいい匂いじゃん、ナニコレ、食べ物?」
カレールーを休ませている間、フォルクス先輩と一緒にスパイスの確認をしていたら、充満しているカレーの匂いにとりあえず国のトップの3人が厨房に突撃してきた。
「ガルーダ様、スラート様、お待ちください。厨房に入るときはちゃんと清潔になさらないと。」
「みなさん、ほんとごめんなさい、もう少しだけ待ってください。」
止めるフリをしながらさらっと入ってくるチヨさんを涙目で止めるリットン君。たくましくなったね。
「がんばれーリットン君、完成までもう少しだ―。」
「お嬢、優雅にお茶の準備をしている場合ですか。」
「そうだね、そろそろ、夕食の仕込みもはじまるから場所を変えないとだねー。」
「現実逃避している場合ですか。」
いやだってさあ。
「ははは、ストラちゃんさすがに王子たちは無視できないんじゃないか。」
「ですねー、鍋だけもらって移動しましょう。」
微妙にかみ合わない会話をしながら、ハチさんたちに頼んでカレーを仕込んでいた大鍋を持ち出すことにした。ちょうどいいところに、便利な王子もいるし。
「スラート様、わりと機密なものになりそうなんで、ゲストハウスを貸してください。」
「お前、王族を便利屋扱いするな。」
むっ、今日は素直じゃないなー。この匂いの誘惑に負けてないだと。
「お、畏れながら、スラート王子、彼女の言葉は事実かと。」
「えったしかフォッコ家のフォルクスだったか。」
「はい、スラート様、僭越ながら、この先は秘匿するべき技術となります。ですから。」
「わ、わかった。俺のゲストハウスへ招待しよう。ガルーダ、お前たちも来るか。」
「おう、薬師様の新作なら見逃せないっての。」
さらっとガルーダ王子を巻き込むあたり、スラート王子も分かってるなー。
そんなわけで、学園で高水準のセキュリティーを誇る王族のゲストハウス。学生の住居ながらトップクラスの設備とスタッフのいる厨房に私たちは鍋ごと乗り込んだわけだ。
「カレーと言えばたまねぎ、じゃがいも、にんじん。そして豚肉。」
ちゃっかりもらった厨房の食材を焼いて煮込んで下準備。そこにカレールーを投入。本来ならばもっと煮込んだ方が美味しいのだが、久しぶりのカレーなので私も待ち切れない。
「ジャガイモにニンジンか、スープなどに入れるが、主流とは言えないな。」
「たまねぎもそうですねー、野菜ならトマトとか、レタスもありますし。」
「ああ、さすがメイナ様、トマトもいいですねー、味に深みがでます。」
トマト入りカレーとかいいよね、なんならトマトケチャップでもいい。あの酸味が味を引き立てる。しかし、今作りたいのは王道のカレーライス。アレンジや冒険はまた今度でいい。
「で、これがカレールーというやつか。」
「見た目はチョコみたいですね。匂いがすごい。」
ガルーダ王子と御付きのチヨさんは、残っているカレールーに興味津々のご様子。まあ、日本企業の作り出したカレールーには遠く及ばないけど、気になるよねー。
「スープの素をこのような形で別に作っておく。なるほど旅先での食事や。」
「兵站としての価値もあると思われます。」
「そうだな、遠征先の食事のというのはどうにも味気ないものになるが・・・。」
ファルクス先輩は、全力でスラート王子にプレゼンしている。フォルクス先輩からすると、自分の領地の新たな特産品ができるかどうかのアレである。力も入るというものだが。
安心してほしい。
カレーのポテンシャルはヤバイ。特にこの世界では。
「では、このカレーをライスにかけて、お召し上がりください。」
夕飯ように炊いてあったライスを分けてもらい、さらにもってカレーをかける。香りと見た目は前世のカレーライスとそっくりだ。ああ福神漬けとかトンカツが欲しい。
「茶色いな。」
「本当に食べ物なんでしょうか?」
いや、食ってみなさいよ。ためらうお歴々を前に私は待ち切れずカレーを口に運ぶ。
「ああ、カレーだ、これこそカレーだ。」
程よい辛みと独特の香り、ライスに絡みつくとろみと旨味は少々薄い。例えるならばコスパ優先で大量生産された、小麦粉主体のなんちゃってカレー。それでもカレーはカレーだ。
「あら、思った以上に辛い。」
「見た目以上に味が複雑だ。」
感動する私に釣られて口に運んだのはメイナ様とガルーダ王子。
「辛いですが、その先にどこか深みが、これを何と言えば。」
「初めて食べる、だがうまい。おかわり。」
いや、早いよガルーダ王子。ライスの残量大丈夫か?
「なるほど、これは。」
「ライスに何かをかけて食べるというのも新しいですが、何よりこのスープ、とろみがありライスと絡んで何ともうまいです。そして、この香りがすごい、なんだこれ止まらない。」
「・・・(感動で言葉もない。」
もう一声と思ったカレーだけど、塩味や素材の味ばかりのこの世界において、カレーの香りと味の複雑さはとんでもない暴力となり、そこにいた人達の胃袋を攻撃する。
「す、スラート王子、できたら。私たちにも」
「薬師どのの新作ならば、我々にも。」
気づけば厨房にいたゲストハウスの人達までカレーを求めるしまつ、そうだね、カレーはこういうところがあるんだよねー。
「う、うむ。しかし。」
「構いませんよ。まだまだありますから。なんなら、すぐに作れますから。」
人数と鍋の大きさを見比べながらためらうスラート王子だけど、カレーの良い所は、すぐに作れることだ。(ルーさえあれだけど。)
「でしたら、お手伝いを。」
「私たちも皮むきや切り分けを。」
ずんずんくるスタッフさん。調理担当っぽいコックさん達はともかく、御付きのメイドさんっぽいひとたちまで集まってない?
「「「こんないい匂いをばらまいて、お預けはひどいです。」」」
うん、正直すまんかった。
結果として私は、それなりに作っておいたカレールーを惜しげもなく使い、ゲストハウスにいる人たち全員にカレーを振舞うことになった。
ライスが足らなくなって、パンにつけて食べる人がいたことは反省。だが、それでも満足してもらえたようでよかった。
「なあなあ、ストラちゃん、先生にもまた作ってね。」
さらっと植物学のダメエルフは混ざっていたりもしたが、それが原因で、カレーとそれのもととなるスパイスの活用法は、学園でも専門の研究チームが作られることとなる。
チームリーダーはフォルクス先輩。
「カレー、私はこれと出会うために生まれてきた。」
ちょっとヤバイ思想になっている気もするけど、気にしない。
出来ることならばカレー用のミックススパイスを量産してください。とひそかに祈っておく。
ストラ「カレーにはライス、ここは譲れない。」
メイナ「トマトを入れても美味しいわね。」
スラート「牛肉をいれたい。」
ガルーダ―「もっと辛いのが好みだな。唐辛子とかどばーといれようぜ。」
一人暮らしとかしているとですね、塩味とか醤油味がベースになりがちなんですよ。そんな中、カレーの存在ってやばいですよねー。




