65 いい加減、植物学を受講したい・・・。
そろそろ勉強をさせたいし、勉強したい時期?
場外負けという不完全燃焼な結果になったが、プレール君が素直に負けを認めて、必要以上に絡んでくることはなくなった。
「あそこで、炎系の魔法を使われたらアウトでしたし。」
滑りやすく燃えやすい液体がバラまかれたことにきちんと気づいて負けを認められたのはいいことだ。
ちなみに、可燃性の液体をバラまいて火属性の攻撃の威力と範囲を上げるコンボはゲームでもよくつかわれていたテクニックである。
「平和だわー。」
朝の込み合う食堂でそんなことを思うのは、今日に限ってはリットン君もメイナ様もいないからだ。野菜のごった煮にベーコンを入れたスープとゆで卵と焼きなおした食パン、質より量な庶民食?を適量もらって食べる。一応貴族な私だけど、こういう食事のほうが好みなので、食事は誘われない限りは食堂でとるようにしている。
貴族や金持ち向けの高級食堂もあるにはある。だがお上品なわりに量も少なく味も薄い。だからここに忍び込んでいる人もいる。
「ああ、今日も塩味のスープ。どうにかならないかねー。」
これみよがしにチラチラと私を見ているダメ人間。いい年こいた大人が学生向けの食堂で朝食をとってるんだじゃないよ。
「教授ならハーブととか香辛料を用意できるでしょうに。」
ため息とともに私はゆで卵をスープに落としてかき混ぜる。塩味は確か塩味だ。だが、若い身体はシンプルな塩味がいい時もある。
「ストラ―、いい感じの持ってないの?」
「生憎と切らしてまして。」
「うう、それじゃあ、塩味でスープを飲めと。」
「いやですよ、というかたかるな。」
むーと目を細める相手の名前は、キャシー・オオガナ先生。無造作に伸ばされた黒髪を一本に縛り、ヨレヨレの白衣で隠されているスタイルはそこそこ。肌は十代の少女のソレ。というった残念な美少女。
「いっそ、果物でもつけてみたらいいんじゃないですか?」
「おお、それいいね。不味かったら、それを理由に休めばいいし。」
「いや、働けよ、ダメ教師。」
そして畏れ多くも私が学園へ来た理由の一つである「植物学」の先生でもある。その見た目に反して祖父母もお世話になったという超ベテラン。というのも。
「エルフはね、そこにいるだけで価値があるんだよ。存在するだけ尊いというやつだ。」
にんまりと笑う彼女の長い髪からは特徴的な長い耳がはえている。そう、エルフだ。ドワーフや獣人に並んでファンタジーならではの不思議生物。
この世界のエルフも他の物語と同じように長生きで見た目が整っている。が、森ともに生きるとかベジタリアンという特徴はなく、肉も食べる。キャシー先生はその典型で、何でも食べるし、酒も大好きらしい。
長い寿命を持て余して酒造りとモノづくりに入れ込んだのがドワーフなら、長い寿命を持て余して学問や魔術に入れ込んだのがエルフである。だから学園には彼女以外にも何人もエルフがいるし、生徒の中にもいる。
長い寿命の中で培われたエルフの知識。そういえば聞こえはいいが、長い寿命を持つがゆえに、この世界のエルフさんたちは基本キャシー先生のようにダメ人間のような大人が多い。
「おいおい、なんだい、その顔は。これでも私は植物と薬草の生育に関してはこの国の生き字引と言われいるだぞー。」
「そうですかーすごいですねー。」
気がなく返事をしながら食事をするが、キャシー先生の視線は、私の手元に集中していた。
「ありませんし、あげませんよ。」
「ええー。」
「私は塩味で満足なので。」
キャシー先生がわざわざここにいるのは、私がひそかに持ち込んだり作り置きしたりしている調味料各種をたかるためだ。豆から作った醤油もどきや味噌もどき、入学して速攻で作ったマヨネーズに、学園で観賞用に植えられていた唐辛子をパクってなんちゃって七味とかキムチも準備中。入学して1週間も経たないが、食事事情に関してはかなり充実している。
「で、キャシー先生、今日の授業は?」
「畑の管理だけだよー。やり方は先輩たちに聞いてねー。」
実習という名目で畑の管理を生徒に丸投げしている給料泥棒。それが今ご執心なのが私の調味料というわけだ。まあ、単純な味付けの多いこの世界で私の調味料が目新しいのはわかるが。
「あっ、気になる植物があったら使っていいからねー。だからさあ。」
「だから、もってねえって言ってるじゃないですか。」
教師としてそれでいいのか。
キャシー・オオガナ先生は、私の想像をはるかに超えた変人だった。
そして、私の想像を超えてすごい人だったりはするだよねー。
ストラ「農業と植物学は違う?」
キャシー「気長にやろうよ。」