58 教育者にまともな奴はいない。(個人の感想です。)
さらっと試験が終わっています。
ゲームの世界と異なる。もとい解像度の違いであるが、学園はちゃんと学園している。
「うむ、順当だね。」
張り出された試験結果、そんなものに興味はなく試験番号ごとに返された答案用紙を見ながら私は、リットン君と中庭のベンチに腰かけていた。
「ねえ、お嬢。なんで試験結果を貼りだすんでしょう?個別で返すだけでいいんじゃないでしょうか?」
「それはこれが試験ではないのに、試験の体裁をとっているからだよ。」
自分の結果に驚き喜んでいたリットン君が不意に真面目な顔で聞いてきたので、私は皮肉でかえすことにした。
「この学園は王国でもトップクラスのエリート校。入学資格を得る段階でそれなりの審査があるんだ。」
家柄を問うほどではないけど、親の職業や犯罪歴なんてものはチェックされ、一般教養学以外を希望する場合、入学希望のレポートは本人が書く必要があり、これらを偽造したり、替え玉なんてしたら当人や親族も在籍資格を失うことになる。賄賂とか寄付金なんてものも通用しない。
「そうですね、僕もハッサム家と辺境伯様の推薦があるから入学できたわけだし。」
「そうだよー、だから下手な成績になったら大変だよー。」
「おどかさないでくださいよ。」
推薦する側もされる側もそれなりのリスクがある。
だが、同時にプライドも面子もある。
「あそこは、実技と学科、あと総合の順位が張り出されている。成績上位になれば、その生徒だけじゃなく、それを推薦した人の株も上がるってわけ、逆もまたしかりで。」
「そうみたいですね、みんな真っ先に見にいってますし。うーん僕は。」
「気になるなら、空いてから見にいけばいいと思うよ。」
自分のランキングが気になるというのは若いねー。
ただ元教師からすれば、ランキングとかくそどうでもいい。教師は100点満点が取れるように指導しているはずで、順位や点数よりも失点した理由を復習して卒業までに学習を修めてくれればいい。
90点の学年トップよりも、テスト内容を相談に来る70点の方が好感が持てた。まあ、クレーマーじみたことを言ってくる保護者とか迷惑でしかなかったけど・・・。
「大事なのは、テストの内容だよ、リットン君。入学後に関係なくても復習して課題を見つけることが大事だから。」
「はい。」
素直に解答用紙とにらめっこを始めるリットン君。まあ、見せてもらった限りでは、数学系の証明問題と言語のニュアンスに若干のミスがあった以外はほぼ満点だった。その上で実技もそこそこ真面目にこなせていたから、上位に入ってるんだろうけどねー。
「お嬢は、ほぼ満点だから、することないんじゃないですか。」
「いや、うーん。」
かくいう私も似たようなものだ。だが、意図的に消した答えを筆圧から再現して採点するってどれだけだよ。鉛筆とか消しゴムが一般にまで普及している上に、試験用紙は高級紙、丁寧に書いたからこそ、消してもあとが残っていたらしい。
いや、わたしもやったことあるよー、ノートとか机の落書きを復旧して、いじめの証拠を掴んだこともある。
『実にユニークな解答だ。ハッサムの見識と教育の高さに敬意をもって教室へ歓迎しよう。植物学教授ヒギリ・ラプラス。』
丁寧に赤インクで私の解答を再現した上で添えられたメッセージが不気味にすぎた。
私の希望は、植物学。リットン君の付き合いで経済学と歴史学も受けるつもりだけど、メインは植物学。じいちゃんたちが世話になった恩師に会うこと。
「たぶん、この人なんだろうなー。」
この丁寧に、一つ一つこちらの手の内を暴こうとしていく気配がばあちゃんのそれだ。
「おや、もしかして、君がストラ・ハッサム君かな?」
小粋な採点結果を眺めていると、不意に影が差した。
「はあ、そうですが。」
見上げるとやや小太りなおっさんが私を見ていた。とりあえず話しかけられる心当たりはないが。
「医学教室の先生ですか?」
「ほう、私を知っているのかね?いかにも、私が医学教室の教授のヴォルト・デナスだ。」
嬉しそうな顔で見下ろす教授。いやすいません知りません。
「ふふふ、なんだ、きちんと学園のことを勉強していたんだね、感心感心。」
「すいません、名前まで、というか教授が医学教室の先生なのが見当がついただけでして。」
「はい?」
いや、あれだ。 いかにも研究職系の医者って雰囲気なんだもん。
「服装に清潔感がありますし、手がきれいだったので。」
医療関係者に置いて手は大事である。手袋などで保護しつつも清潔で健康に保つことで、治療の精度や患者に与える安心感が変わってくる。だからこそ私も手には一層気を使っている。
「ほう、現場を離れ気味ではあるけど、確かに医者の心得を忘れたわけじゃないよ。」
ぽっこりでたお腹とやや悪い肌色を見る限りでは医者の不養生っぽいけどねー。
「しかし、噂というか評判通り、確かに医学へ心得があるようだね。さすがは薬師の孫だ。」
それあんまり好きじゃないんだよなー。
「光栄です。で、医学教室の先生がどのような御用兼でしょうか?」
どの世界でも医学系ってはのエリートの集まりである。学園でも3年生以上が、専門的に学ぶ教室となっている。1年のぺーぺーな新入生が選ぶような教室ではない。
なにより私は、医学教室に関わる気はまったくないんだけど。
「ふむ、謙遜だったか。いやー、よかった。うぬぼれの多いだけの若者ならお断りだと思っていたが。」
しかし、ヴォルト教授は何か自分の都合の良い方向に勘違いをしているようで。
「合格だ、君が望むなら明日からでも医学教室に来たまえ。」
「えっいやですけど。」
何言ってんだこのおっさん?
前回から話が飛んだように見えますが、何があったかは次回で説明。