5 悪人を成敗、そんな面倒なことはしない。
帰ってきた実家で、ストラさんが大暴れ?
領地改革がんばるぞー
「ひぐ、ストラ、行ってしまうんですか?」
「いや、私は私でやることあるので。」
「先生、まだ教えてもらうことが。」
「一から十まで教えてもらおうと思わないでください。基本は教えました。あとは試行錯誤です。」
辺境伯家から帰るときは大変だった。
私になついてしまったメイナ様はめっちゃ泣くし、料理人たちはぎりぎりまで質問攻めにされた。領地で仕事があると、薬師の修業があるからとストラーダ様がとりなしてくれなかったら私は帰れなかったかもしれない。まあ定期的にクレア様の診断も兼ねて遊びに行くことを約束されたけど、
あのまま囲い込まれなかっただけもよしとしよう。
それはされおき、ここがあのゲームの世界だとして私は何をすればいいか。
いわゆる恋愛ゲームである学園編がスタートするまであと数年ほどある。が、メイナ嬢との出会いも含めて物語の伏線、私が辺境伯のパーティーでお披露目された前後から伏線が始まっている。それも乙女ゲー特有の試練的なサムシングだ。
「、こんなところにきてどうした。」
「父ちゃんのお手伝いにきた。」
「はは、そうか。」
「掃除をする。」
ふんすとやる気をだして訪れたのは父ちゃんの執務室だ。
お世辞にも父ちゃんは仕事ができるとは言えない。料理とか農作業できるし、人柄もいい。ただ計算は苦手で収益とか税金の計算は、人任せ。じいちゃんやばあ様が現役だったころはそれで問題なかったし、今もそれなりにうまくいっている。
(やっぱり。)
トントンと書類をまとめながら内容をざっと確認すると、目当ての情報はすぐにわかった。
「じゃあ、それをトムソンのところへ持っててくれ。」
「あい、任された。」
このお手伝いは何度かしたことがある。よくよく考えれば大事な書類を子どもに運ばせるのはだめだよねー。
「トムソン、入るよー。」
「おや、お嬢様ありがとうございます。」
トムソンの仕事場は一階の端っこだ。権威とかを示さないといけない父ちゃんに対して、少しでも効率よく仕事をするためにわざわざ仕事部屋を作って、領内のいろんなことを調整している。
「では、そちらに置いていただけますか。」
せわしなく動き回りながらトムソンは私に言う。小さな村とはいえ、仕事は多く、トムソンはいつもせわしなく動いているけど。
「トムソン、せっかくだからお茶にしよう。すぐに来るから。」
「・・・いや。」
「働きすぎだよ、休むついでお話に付き合って。」
子どもの他愛のない気遣い。年上を気遣う思いでの誘いに、トムソンはため息をついてやれやれと首をふる。
「少しだけですよ。」
「うん、ありがとう。」
狭いテーブルを片付けて、メイドさんが持ってきてくれたお茶を置いて向き合って座る。
さて、どう料理してくれようか?
「ねえ、この伝票とこの書類って同じ商品だよねー。」
「えっそうですよ、ああそうか先代様の作る薬の売り上げの記録ですから、お嬢様も知っている言葉があったんですね。」
「うん、まあそんな感じ。」
単純な興味を装っていくつかの伝票をトムソンに確認していく。そして分かることはうちの薬の大半が個人取引であること。リガード家をはじめ何件もの貴族家が定期的に家の薬を買っていることだ。
「やっぱり、相手によって値段が変わるんだねー。距離とか?」
数件の取引記録を指さしながら、聞いてみる。これはだれもが疑問に思うことだが。
「ストラ様は勉強は熱心ですねー。確かにこれは移動コストや付き合いの関係ですね。例えばリガード辺境伯家とのお取引は付き合いもありますので。」
「そこそこの値段で融通して、便宜を図ってもらうんでしょ。」
「その通りです。まあそのあたりの交渉は大旦那様が行っていたそうです。」
それはじいちゃんによる診察だろう。今でこそ温室と調合場所に閉じこもってのんびりと薬作りをしている。1番人気は飲みすぎのときに胃腸の調子を整える丸薬、2番人気は血流の流れを促して代謝を上げて、アレを含めて色々と元気になる薬だ。ほかにも細々したものがあるけれど、この伝票を見る限りでは商材のメインはこの二つだ。
「この二つってさあ、最近は私が作ってるんだ。」
「そうなのです、ストラ様が大旦那様の教えを受けていることは知っていましたが、その年で領のメイン商材を手掛けているとは、これは将来が楽しみですなー。」
「まあ材料の関係があるから、これ以上量は増やせないよ。」
「そ、そうですか、そこにお気づきですか。」
ちょっと残念そうな顔になるトムソンだが、警戒の色の方が強い。
「安心しなよ、トムソンが売り上げの一部をちょろまかしても、私は黙ってるから。」
「はっ。」
不意打ち気味にそういって、事前に仕分けていた決算書類と伝票を並べ見せる。
「伝票には薬の個数と単価がキチンと記載されている。決算書類はそれぞれの取引の総額だけ。だから気づけた。」
「な、なにを、金額はあってるんでしょ。」
「手数料、この場合は技術料なのかなー。取引相手によって違いがあるのはそういうところでしょ。なのに薬の単価が違いが少なすぎる。」
そうでなくても薬は生ものだ。時期によって手に入りにくい材料などは他から取り寄せている、それをもとに値段を決めているはずなのに、貴族家単位で見たときに薬の単価がすべて同じなのはおかしい。
「な、なっ。」
「何より、明らかに取引の数が少ないよ。私もっと作ってるもん。」
「それはーあれですもしもの時のために当家で保管しているもので。」
「だから、怒らないって言ってるじゃん。父ちゃんにもじっちゃんにも言わないからさあー。」
認めちゃいなよ。
にっこりとほほえむとトムソンはがっくりとうなだれた。そして立ち上がって近くの金庫から書類の束を見せる。
「これは・・・2年前の。」
「はい、2年ほど前から、売り上げの一部を改ざんしてへそくりをしておりました。」
「へそくりねー、うんへそくりってことにしておくよ。でもこれ10年ぐらいやってるんじゃない。」
「な、なぜ。」
「トムソンって優秀だもん。だから昔の記録を調べたんだ。父ちゃんの部屋にあるやつ。」
「薬師様、大旦那のお孫様ということでただの娘ではないと思っていましたが、これほどの才知とは、降参です。お嬢様のご想像通りです。」
「ああ、うん。」
ごめんねと心の中で謝っておく。いくら私に前世の知識があっても巧妙に隠されたトムソンの横領に気づくことはできなかった。それこそ、あると確信して探したからこそ見つけることができたのだ。
ゲームの世界で、トムソンは領地の資金を横領していた。連動して色んな悪さに手を出しゲーム開始時のハッサムの村はわりと悲しい状態になっている。ただトムソンの横領の理由は。
「リットン君のためだよね?」
「なっ、なぜ。」
すべては優秀な息子であるトムソンの将来を思ってのことだった。学園への進学資金や出世のためのあれやこれ。トムソンは息子のリットン君のために色々やった結果、後戻りができない領域に足をつっこんでしまい、最終的にヒロインとリットンによって断罪される。そういう話だった。
ただ、この時の横領は致命的じゃない。まだ小遣い程度だ。
「これ、父ちゃんに報告したら、息子さんも裁かれるよ。」
村といっても領地で貴族の持ち物だ。それに手を出した平民はその家族も未来は明るいとは言えない。
「む、息子は関係ありません。わ、悪いのは私だけなんです。」
これはゲームと同じセリフだ。何もしなければ数年後に聞くことになるセリフ。ヒロインはその言葉を受けて、彼の隠し財産を受け取ることを理由として仲良くなっていたジャックの身分を保証した。しかし、親の罪への罪悪感からリットン君は影からヒロインを支えるというなんともいえないエンディングとなったはずだ。
「あくまで父ちゃんに報告したらだよ。税金じゃなくて、あくまでハッサム家の収益の問題だから。気づかれず決算処理をしてしまった以上、私が説明しないと差額も横領額もわからないまま。トムソンが罪にとわれることはないーー。」
「は、はあ。」
「でも、これ以上はちょっとまずいよねー。」
横領の怖いところは中毒性だ。金勘定というのは面倒な上に、1円だって計算ミスは許されない。そんな手間をかけた過程で、ふとバレずにお金がちょろまかせてしまう。最初は少額でも、徐々に金額が増える。面倒だからこそ周囲もなかなか気づかない。
前世では遠足や宿泊学習の費用がそうだった。業者を通して決算すれば集金までやってくれるのだが、1円でも節約するために細かい折衝や計算も教師の仕事だった。総額を試算し見積もりを出す。その上でアレルギーや突然の欠席などの児童の分などを計算して、最終的に集金のお知らせをだす。1円でも安くするために、何件も交渉したり、持ち込みの物資などを節約。割り切れずに数円程度のあまり分をどうやって調達するかで神経をとがらせたものだ。それでいて、会計の監査の期限が厳しくチェックは甘かった。
いや、横領はしてないよ、横領できちゃうなって思っただけだ。
それはともかくとして、トムソンはここで止めておく必要がある。
「わ、私はなにをすれば。」
まくし立てたおかげか、もともとの性格か、トムソンはこれ以上は抵抗する気はないようだった。
「うん、私は、やりたいことがあるんだ。うまくいけば、かなり儲かりそうなこと。」
「儲かるですか?」
根本的な問題は、ハッサム村とハッサム家に金がないことだ。優秀な従僕の身内へ支援や福利厚生というのは貴族としては当然だ。だが片田舎の小さな村、特産品はじいちゃんこと薬師が細々と作っている薬。それでカツカツなのだ。ここから抜け出すためにトムソンがこっそり横領を企んだものも、ハッサム家が不甲斐ないからとも言える。
「投資というのは、そういうものだよ。トムソン君。」
そういって手をだして握手を求める。
これは悪意の提案だ。本来ならば父ちゃんや母ちゃんに話を通して資金を工面してもらって計画書とかを書いて実行すべきことだけど。
ぶっちゃけめんどくさい。
「もしかして、法に触れるようなことですか?」
「ああ、それは大丈夫。ただ成功するかちょっと不安なだけ。」
いくつかあるプランの中には、御禁制のあれやこれを調合するというプランもあるけど、それはじっちゃんが許してくれないだろう。
「・・・わかりました。ですが、法に触れる、危険なものと判断できた場合は旦那様に報告させていただきます。」
「それでいいよ。」
私としてもストッパーはありがたい。それに薬をはじめとした村の物流を管理しているトムソンなら、私の思い付きもうまいこと、きっといい感じにしてくれるはずだろう。
がっちりと握手をする。まだどこか不安そうな顔なトムソンだけど、安心してほしい。
少なくとも損はさせない自信はある。
ストラ「これであなたも共犯者」
トムソン「悪魔に魂を売ったかもしれない。」
父ちゃん「俺にもお茶が欲しい。」
トムソンがしていたのは、異なる販売書類を用意して、実際よりも売り上げを安く見積もって、差額をピンハネしたものです。ハッサム村産のお薬は実はかなりの貴重品。
1番人気は 整腸剤的な胃薬
2番人気は、精力剤