4 見た目とかマナーの前に、うまいが勝たなくてどうする。
脚気といえば食事療法
王道の前世チートによる貴族の食事革命
パーティーのごちそうを作るために厨房はかなり忙しそうだった。
「メイナ様、ちょっと失礼しますね。」
そんな喧騒を前に私はメイナ様の頭を白い布でさっとまとめて、自分も同じようにする。
「ストラ、これは?」
「料理人にとって厨房は戦場です。だからこそマナーは大事なんですよ。」
髪の毛が料理に混じったりしたら首じゃすまなそうだもんな、ここ。ともあれマナーは守りつつも遠慮も躊躇もする気はない。
「たのもー。」
勢いよく扉を開ければ、やや血走った目で睨まれる。うんうん、職人だわ、超怖い。
「め、メイナ様、そちらのかたは。」
「クレアさま、奥様の食事を作っているのはだれ?」
近くにいた料理人がおずおずと聞いてくるが、それを無視して質問をする。
「え、ええっと料理長ですが。」
「そう、ありがとう。」
料理長となれば、一番忙しそうに料理をしている大きな帽子をかぶっている人だろう。
「あなたが料理長ね。奥様にだす食事はどうなっているか教えてくれる。」
「なんだ、おチビちゃん、急に来ていきなり何言ってるんだ。」
料理長は40代のベテランに片足があがったぐらいの人だった。白いコック服を盛り上がるようにムキムキな筋肉といかつい顔。街中であったらチンピラと勘違いしそうなくらい人相が悪いが、この程度でびびってられない。
「質問に答えなさい。クレアさまは普段、どんな食事なの?」
「ロックさん、ストラさんの質問に答えて。」
「お、おお。」
全く物怖じしない私と、私の服の裾をつかみながらも引く気配のないメイナ様の様子に、料理長はやや怯む。子どもとはいえ、真剣な顔で詰めよればそれなりに迫力があるのだ。内心ビビりまくりだけどね私は。
「こ、こっちだ。ちょうど、夕餉の用意をしてこれから持っていかせるところだ。」
身体をずらしてロック料理長が見せた調理台、そこにあった料理は、豪華だがひどいものだった。
ゆでて柔らかくした野菜に、白パンに粥、目玉焼きが添えられているけれどなぜか黄身がない。
「奥様は今、噛むのもしんどいそうなんでな、野菜はゆでて柔らかくして、白パンも粥もよく煮込んで柔らかくしている。」
「黄身がないのはなんで。」
「そりゃお前、黄身を食べすぎると肌が黄色くなるんだ。今の奥様に。」
「馬鹿野郎。」
上品に乗せられた皿をひっくり返したいほどの怒りを覚えたけれどもったいないので、バクバクと食べる。うん、やっぱり。
「成人病の患者の食事じゃないんだぞ。こんなまずいもん食わせるとかあんた、それでも料理人か。」
ゆで汁を捨てているせいで野菜は味気ないし、栄養も減っている。白パンと粥では栄養が偏るし、白身だけの卵焼きに至っては塩も砂糖も使ってないから味が薄い。
「肉や豆、果物をもっといれなさいよ。これはバランスが偏るっての。」
「い、いやこれは王都で流行りの。」
「ダイエット食だろ、こんなの。」
色々言う料理長を前に、私は奥様向けの食事を食べ切ってしまう。薄味で微妙な味だけどお残しはいけないからね。そして分かった。これは栄養が偏って身体がおかしくなるわけだ。
「色々言いたいことあるけどさあ。料理人として、この料理をどう思う?これは食材に対する冒とくじゃない?奥様が笑顔でこれを食べると思う?」
「そ、それは。」
料理長だってわかっているのだろう。だが、クレア様の容態は病気という扱いだから、病人食だったのだろう。
「いい、クレア様の症状は栄養の偏りと栄養不足なの。だからあんたの腕次第でどうとでもなるの。」
「はっ!」
私の言葉に思うことがあったのか、料理長の目が見開かれるが、私は気にせず調理場に立つ。
まず目に入ったのは、フライパンだ。今日のメインである肉料理を焼いていたのかまだ肉の脂とソースが鍋に残っている。それなら。
「これ、使えるわね。」
テーブルにあった卵を割ってカチャカチャ混ぜてそのままフライパンに投入。ソースと脂を絡めるように混ぜて卵焼きにする。
「お、おい、奥様に肉は。」
「これは肉じゃなくて、肉の脂よ。」
クレア様の現状を考えるとあまりよくないかもしれないが、今は炭水化物以外の栄養が不足している。豚肉にはビタミンも脂質もあるし、油を絡めた卵焼きは癖が強いがおいしいはずだ。卵の栄養は言うまでもないよねー。
大き目の寸胴鍋でグツグツと煮てあるスープからスープだけをとって味見する。うん、素材の味が染み出てうまい。これはカップに注いでしまおう。
「お、おい。それはスープだろ。」
「スープとしてだしたら残されたんじゃない?」
「な、なぜそれを。」
そりゃゆで野菜だけを出そうとするぐらいだ、スープはきついのかもしれない。だが小さめのカップで飲み物として飲む分にはいいだろう。豆乳とかもいいかもしれない。
「スープで米を煮てもいいかもね。味と栄養が染みるから食べやすいかもしれない。」
「お、おお。」
今は面倒なので意見だけにとどめて、卵焼きを皿にもって、レタスを2枚ほどとトマトをカットして乗せる。さすがは辺境伯、野菜も果物も新鮮でおいしそうだ。
「お、おい、生ものは。」
「これくらいは食べさせないとだめよ。」
色どりって大事だ。あとはリンゴを剥いて添えておく。
「とりあえずはこんなところね。メイナ様、味見をしてもらえますか。」
卵焼きの端っこをスプーンですくってメイナ様に突き出す。
「お、おいおい、それはさすがにメイナ様に変なものを。」
「おいひい。」
料理長が止めにはいるが、その前にメイナ様が歓声を上げる。
「なにこれ、卵焼きなのに、卵焼きじゃないみたい。」
「出来立てですからねー。」
よし、これで仕込みは充分だ。
「お邪魔したわね。」
「いや、まて、それをクレア様に出すのか。」
「ええ、今のクレア様にはこういう食事が必要だから。」
「く、なんだお前。ただ動きは素人じゃない。」
うん、前世は自炊もしてたし、今世でも色々やってるからねー。
「わかった、だが俺もいく。クレア様に万が一があったら困るからな。」
「上等。」
職人気質なところは好ましい。
ストラーダ様達は私の指示に忠実だったらしく、クレア様は最上階にあるもともとの寝室に運ばれていた。
「あら、空気ってこんなにおいしいのね。」
「クレア、顔色がよくなってるじゃないか。」
「あなた、そうね、空を見たのが久しぶりだからかしら?」
窓の外の星空を見ながらクレア様は柔らかく微笑んでいた。
「お、お母さま?」
メイナ様もその様子に驚いているようだった。
「病は気からという言葉があります。健康な人でも、閉じこもったり空気の循環が悪い場所で寝てばかりだと健康を害するんですよ。」
誰に聞かせるわけでもない言葉と共に寝室に入った私を出迎えたのは、辺境伯ご夫妻と父ちゃんと母ちゃんだった。
「す、ストラ。そちらのかたは?」
「当家の料理長を務めているロックと言います。今回はクレア様の食事の改善とうかがっていますが。」
父ちゃんがめっちゃびびってるけど、そりゃそうだろう。ロックさん怖いから。
そんなロックさんもクレア様の様子に驚いているようだった。
「ロック、食事の改善とは。」
「は、こちらのお嬢様が。」
ストラーダ様の質問にロックさんが私をちらりと見てから、蓋をした皿を運んでいく。料理人としてここはゆずれないとのことだ。
「こ、これは。」
「卵焼きと野菜、スープになります。」
「そ、そう。」
蓋をとった瞬間にあがった湯気と香りにクレア様が目を丸くする。そうだよねー、あの白いご飯ばかり食べてたあとで、色鮮やかな食事って驚くよねー。
「卵の黄身は体によくないのでは?」
「ストラーダ様、それは食べ過ぎた場合です。卵の黄身は栄養が豊富なので、食べ過ぎると太りやすくなり血液の流れを悪くすると言われています。」
コレステロールである。だがそれは肉全般に言えることだ。
「ですが、今のクレア様には貴重な栄養となります。」
細かいことを言ってもしょうがないので簡潔に言ってクレア様の様子を確認する。
「ふふふ、料理ってこんなにも華やかなものだったわね。忘れてたわ。」
震える手でフォークを取って、クレア様が最初に食べたのはトマトだった。
「すっぱ、でもおいしい?」
「身体がすっぱい味を求めている証拠です。」
軽く塩を振っただけのトマトってめっちゃうまいよねー。そして卵だけど。
「お母さま、卵焼きもとてもおいしかったですわ。」
「メイナ、アナタも。」
「はい、味見をさせていただきました。ストラが言うには、元気になるための栄養がたくさん入っているそうです。」
「そ、そうなの。」
ここに来るまでにメイナ様と料理長には説明をしておいた。炭水化物、脂質、たんぱく質などの栄養素の話はややこしいが。
「なるほど、ストラ嬢は、本当に薬師殿のお弟子様なのだな。」
うん?
ちらっと母ちゃんを見ればいい顔をしていた。おそらく私のことを話してくれたんだろう。そしてすごいなじいちゃんの知名度。
「しかし、このような食事は聞いたことがありませんな。病気の場合は消化の良いものと水分で代謝を高めて、悪いものがでていくのを待つものでは?」
「それは、貴族病の対処です。」
貴族病、暴飲暴食と偏食な貴族に良くおこる心不全などをともなうあれ、ようは生活習慣病、あるいは成人病と言われるやつだ。
「そうなの。たしかに私の症状は貴族病とは違うみたいだけど。」
だからこそ、奇病と扱われ、うつるかもしれないとあんな部屋に隔離されていたんだろう。
「これは脚気と呼ばれる病気です。白米やパンばかりを食べているとなりやすい病で、栄養状態が改善されれば、快復は可能です。」
だから、食え。
「そ、そうなのね。」
それでもクレア様は躊躇してしまう。この時の私はしらなかったけど、それだけ卵に対する偏見は根深く、病人が食べてはいけないものと言われていたらしい。
「お母さま、私も食べます。」
動けない状況で動いたのは、メイナ様だった。ベットに近寄りスプーンで卵焼きをすくって食べる。
「おいしい、いつもの卵焼きよりも味が濃厚で、塩もちょうどいい。」
「メイナ・・・えい。」
おいしさに顔をほころばせるメイナ様をみて、クレア様も覚悟を決めて卵を口に運ぶ。
「こ、これは。おいしいわ。」
ポロリと落ちたのは涙だった。
「卵焼きってこんなにおいしいものだったかしら。いや食事って。」
それは感動の涙だった。そして、希望の涙。
「奥様・・・。よかった。」
いや、お前が泣くんかい料理長。
「嬢ちゃん、いや薬師様、俺にもっと教えてくれ。奥様に必要な料理を。奥様が笑顔になる料理を。」
頭を下げてそんなことをいう料理長、軽い恐怖を覚えながら私は改めてクレア様を見る。
最初にあったときの弱弱しさはどこへいったのか、クレア様はモリモリと食事を平らげ、満足げな顔になった。
「ありがとうございます。久方ぶりに食事のおいしさを思い出しましたわ。」
にっこりと微笑む顔色はまだよくはない。ただその目には力が宿っていた。
「クレア、よかった。よかった。」
「母様。」
ストラーダとメイナ様がそんなクレア様を抱きしめて、涙を流していた。家族が元気に食事をしている姿って安心するよねー。
それにしても。
「効果ありすぎじゃね?」
目に見えてクレア様の体調がよくなっている。部屋を整えて、食事を変えた、それだけでここまで効果がでるものだろうか?
「それではクレア様、今はお休みください。食べて休む、適度に運動する。そうやって身体のバランスを整えてください。そうすればきっと。」
うかつなことは言えない。ここは前世とは違い、魔法とかいうファンタジーな要素があるのだ。きっとそれがなんやかんやいい感じにしてくれたんだろう。そう思っておく。
「そうだな、ストラ嬢、それにお前たちも感謝する。」
ストラーダ様の言葉をきっかけに、そそくさと父ちゃんと母ちゃんが私を抱える。
「そうですね、ここからは家族水入らずですごしてください。」
「俺たちはここらで失礼させてもらうよ。」
見事な連携で部屋から出ていくハッサム一家。うん、こういう逃げ足は血を感じる。
「よし、帰るぞ。」
「そうだね、父ちゃん、どさくさに紛れて逃げよう。」
もとを正せば私のやらかしだ。その後もなんやかんや色々やらかしたのだ、これは逃げるしかない。
「ま、まってくれ。話がまだ。」
しかし、そんな思いとは裏腹に私たちは、ロックさんに捕まってしまった。
「色々聞かせてくれ、御礼はする。」
「ははは、お手柔らかに。」
その後、ロック料理長以下、厨房で様々な健康風な料理を披露することになり、私が解放されたは二日後だった。
なお父ちゃんと母ちゃんは先に帰っていた。ひどくない?
ストラ「医食同源なんて言葉をつかうことになるとわ。」
メリル「素敵。」
ストラーダ「意外と妻が重い。」
クレア「ははは、ぶっとばしますわよ、旦那様。」