42 酒は飲めでも、飲ませるな。
酒と金と女、それが戦争の火種となる。
ハッサム村の名物。
まずは何と言っても、ハチ様達の全面協力のもと提供されるハチミツとそれらの加工品。薬草とスパイスも混ぜたハチミツアメにハチミツクッキー。砂糖も使ったパウンドケーキにパンケーキ。蜜蝋や巣のかけらを利用した美容クリームや傷薬。これらは基本的に私が量産して、村人に振る舞ったり、辺境伯家や王子様達への土産としている。ガルーダ王子いわく、王城でも好評とのことだけど、一番の顧客は動物さん達だ。彼らが村や私に協力的なのもはこのご褒美が大事だ。
次に大事なのは、酒と素材につられたドワーフ達が作る便利な道具。卵焼き用の四角いフライパンに、クマの毛を加工したブラシとトリミング用の金属の櫛。歯ブラシも徐々に浸透にしつつあるが、酒造りのための蒸留器やクマの毛やフクロウの羽を使った魔道具。これはハッサム村のドワーフ達にしか作れない。(もとい作らせない)
この世界、もとい大陸の事情を鑑みたとき、ドワーフはレアキャラであり、王国ではめったに見かけない。ガンテツのおっちゃんがハッサム村に住みついたことが謎なのだが、ドワーフがいるというだけでハッサム村はもっと発展しているはずなのだ。
「無い袖は振れねえっての。金属がないんだよ。」
と言いながら、限られた素材で色々作っているんだよね。普段はただの呑兵衛なのに。
以前はじいちゃん特製の薬しか売りのなかったハッサム村だが、この1年でいろいろ発展した。これだけ売りがあればしばらくは安泰である。
「お嬢、酒を隠そうとするな。よこせー。」
「いやだー。」
そう、だから酒を販売したり、ドワーフ達に渡したりすることはない。ここにある酒は私が成人するまで保管するんだ。
「うるさーい、お金は払ったじゃん。これは仕事、私がだした仕事なーの。」
「それならその時にまた作ってやるから、今はそれを渡せ―。」
そもそもなんで気づいたんだ、こいつら。
「こそこそ、酒をため込んで、わしらが気づかないわけがなかろう。」
「何に使うかわからんが、どうせ新作の酒だろ?」
村の片隅、ほぼ森といった場所にこっそ作った保管庫。表向きは、何かあったときの緊急物資として作ってあるいくつかのデコイを躱して、本命のここを嗅ぎつけた嗅覚は恐ろしい。
が、この酒の権利は私にある。お金は払って購入しているし、未成年なので飲んだりもしていない。
「絶対、うまい新酒だろ?」
それらの酒をベースにちょろっと試したこともあるけれど、それはそれ、これはこれだ。
前世も今世も酒は優秀な商材であると、同時に恐ろしい火種となりかねない。
古代では、酒や酒器をめぐって争いが起きたし、戦国時代では酒器としても使える陶器の器が、城と同等の価値を持ったという逸話もある。酒の生産地や材料を巡った小競り合いや侵略の理由になることだってある。
今はドワーフ特製というキャッチフレーズや、精霊さんというインパクトのおかげでほとんどの人間はハッサム村に価値を見出していない。幸運に恵まれた田舎の村。いずれは頭打ちになるだろう。程度の認識であり、生み落とされたもので、同利益を上げるか、そう考えているだろう。
金の卵どころか、魔法で周囲を金塊に返るレベルのポテンシャルがあること。それが世間にばれるのは、今じゃない。
積極的に酒を外に出すわけにはいかない。そして酒は寝かせることで味も価値も増すという。
「結構なことを言っているがな、それは結局、うまい酒を隠しもっているってことだろ?」
「は?」
ただまあ、そんな理屈はドワーフ達には通じない。
鍛治のスペシャリストで、土や火の声を聞くと言われるドワーフ。その性質や特徴的な体躯、なにより性格で他の種族との折り合いがつけづらく、各地の山脈に引きこもっている彼ら。
そんな彼らを動かすのは、未知の技術と、酒である。
「安心しろ、お嬢が心配するまでもなく、酒も酒造りの方法も信用のあるやつしか教えてないし。礼金もたっぷりもらって村に納めてるだろ。」
「いつもの無茶ぶりだって答えてるじゃないか。安心しろ、お嬢の言っていることはもう手遅れだ。」
口々にまっとうなことを言っている。ドワーフの価値観と人間の価値観は異なる。だが倫理観とか法とかは基本的に同じだし、ドワーフたちもそこはわきまえている。
「「「だから、その新酒を、味見させてください。」」」
だが、酒を前にしたときの行動力と嗅覚は、恐ろしい。
新酒を作ったとは一言も言っていないのに気付きやがった。
正確には新酒ではなく、新しい保存法である。保存とか貯蔵という概念が乏しいこの世界では、うまい酒はできた傍から飲み干されていく。そんな飲み方をしても材料が豊富なので、作ればいい。
ダイエットでいうなら、食べた分、動けばいい。この場合は呑んだ分、働けばいいというやつだ。
しかし、前世日本人であり、ブラックな職場で働いた経験から私には「寝かせる」という概念にこだわりがあった。100年古酒とか、ビンテージワイン。前世では縁のなかったソレラを呑んでみたい。そう思ったのだ。
酒というのは、甘味をきっかけにした発酵食品である。
太古日本の酒は、茹でた米に、噛んで甘くした米を混ぜ込んで作る口噛み酒と言われている。唾液によってデンプンが糖に変わることで、糖分が発生し、空気中の菌がそれらを分解してアルコールに返る。
ワインこと、葡萄酒も、絞ったブドウをタルで保管して、発酵させて作る。
個人的な予想としては、食べ残しとか、別のものを作ろうとしていたものを放置したら、なんかうまかったというのが酒の始まりじゃないかと私は思っている。
が、問題としては、発酵である。
前世で漫画や趣味程度に読んだ書籍の中には、欧州のワイン蔵の話などもあった。日当たりや温度に湿度、安定した環境で寝かせることで、酒はうまくなる。
といっても、その辺に放置してはいけない。一般に30度を超えると酒の成分はだめになるし、酒の種類や状態によって適切な環境は異なる。だからこそ酒造は水や気候にあった場所に酒蔵を作る。この世界でもワインの名産地なんてものがある。
この蔵は、前世の知識やワイン工房を見学した経験などを駆使して作った保管庫の一つである。第一目的は酒の保管、あわよくば酒の熟成に適切な条件を探れればと思っていくつか作った隠し倉庫の一つ。
「なんで、よりにもよって一番いい感じの場所を見つけるのよ。」
「「「他の場所も見当はついているが。」」」
おのれ、呑兵衛どもめ。
場所は秘密にしているし、食料保管庫として製作した蔵の一角をこっそり改造したはずの場所を嗅ぎつけるだけでなく、いくつかある中で一番期待値が高い蔵を狙い撃ちしやがった。
あっちなみにだが、飲んだわけじゃない。細心の注意を払って香りを確認した上で、フクロウ組の組長に味見させた結果だ。
「ふるるるる(わし、何も言ってないよ。)」
その親分は、他のフクロウたちとドワーフたちによって簀巻きにされていた。酒の1人占めは重罪らしい。
「だーかーら、これはまだ飲ませらんないの。親分には特別に味見してもらっただけで、本来なら1年から5年は寝かせたいんだから。」
「なんだと、そんなことしたら、酒がまずくなるだろ。」
「酒だって食べ物なんだぞ。医者が消毒につかうのとは違うんだよ。」
「熟成だって、教えたでしょー。」
蒸留にカクテル、そして熟成。呑兵衛向けのカードはすでに何枚も切ってきたけど、
「そうだ、だから半年は待ったじゃないか。」
「充分にうまい、匂いでわかる。」
酒が減るからと蒸留はためらい気味に、うまくなるからとカクテルは嬉々して。熟成に関しては、旨そうと思ったタイミングで飲んでしまうのでうまくいかない。見張りを立てても、その見張りが我慢できず、金庫にいれると熟成はうまくいかない。
だからこそ、ドワーフたちは、私やフクロウ組が管理する隠し蔵には手を出していなかった。しかし、フクロウ親分が味見をしていた事実を知り、こうして押しかけてきたというわけだ。
「味見、味見だから。」
「ふざけるな、そしたら最後、飲みつくすだろうが。」
「そしたら、また作る。今度は倍作るから。」
冗談じゃない。ここの酒は私が成人した時に飲むようにスペシャル使用なので、断固として拒否する。
「ふるるるう(うまかった、なればこそ更にうまくなるなら待つべきだ。)」
「ふるるう(しかし、ドワーフたちの気持ちもわかる。そして、わしらもちょっと飲みたい。)」
ちなみにドワーフ並みの呑兵衛であるフクロウ組は、親分に嫉妬こそしたが冷静である。寿命が長い彼らにとっては2,3年は誤差なのだろう。だから、場所は教えてもドワーフに加勢することはない。むしろヒートアップして暴力沙汰になりそうになったら止めてくれるだろう。
「ぐぬぬ、だめか、だめなのか。」
「うん、これだけはだめ、絶対美味しくなるから。」
最適な条件でできた酒。それを味見したい気持ちはよくわかる。前世の記憶もある10歳児には呑兵衛たちの気持ちもわかる。
だが。
「ここで我慢するからうまいのよ、絶対ダメ。」
うまい酒を飲みたいからこそ、飲んでほしいからこそ、私は心を鬼にする。
「5年、いや3年経ったら、みんなにも配るから。ハチさんとフクロウに誓うわ。」
精霊を主とした最大の誓い。これを破れば名誉も信頼も地に落ちる。そこまでする価値がある。
「わ、わかった。そこまで言うなら、我慢しよう。」
「ありがとう。うん、わかった、他のところの酒を飲んでいいから、感想を聞かせてね。」
ためらいもなく他の場所はばらしておく。交渉なんてめんどくさい、最大の利益を守るために他のカードをベットする。その覚悟をもってやっと呑兵衛どもは引き下がった。
「うまい。」
「口あたりがまろやかになるか。なんというか角が取れた味だ。」
「新鮮なのも旨いが、これはこれで。」
1年寝かせたワインを飲みながら口々に感想を述べるドワーフ達を恨めしそうに見る。
「ジジジ(ストラも飲めばいいのに。)」
そうい訳にはいかないんだよ。
私の身体はまだ10歳。成長期の真っ最中である身体で酒を飲めば確実に影響がでる。
お酒は20歳になってからを守る気はないが、少なくとも15歳ぐらいになるまでは酒は飲まない。飲みたいけど飲まない。
ならばこそ、その期間を利用して最高の酒を造る。
いや、はっきりと宣言しよう。
世界とか国とか関係なく、おいしいお酒を飲みたい。そのためならなんだってするぞ、私は。
ストラ「この蔵の中身を呑んだら・・・。」
ドワーフ一同「はーい。」
それでも後日、無謀な酒泥棒がいたとか、いないとか。