41 この世界に著作権とか肖像権があったら大勝利だ。
ストラのやらかし案件
酒場を出た後は、農場や放牧場を視察して動物たちの状況を確認する。ハチさんたちが見回りをしているし、村人も勤勉なので大きな問題はないが、それでも見回るのが上に立つ者の役目だ。
「おお、ストラ、見回りかー。なにかあったか?」
「ああ、父ちゃん、ドワーフ達が新酒を出すから夕飯は食堂へ来いって。」
「おお、そいつはいいなー。おいみんな頑張るぞー。」
「「「おお。」」」
そして率先して働く領主とその奥方。貴族として正しいかは怪しいがトップが農作業したり動物と戯れていてもなんとなるのがハッサム村である。
「今日も異常はなし、平和だねー。」
「そういうものなんでしょうか。」
そういうものだよリットン少年。ならず者も旅人も商人もいない、変化はないけど食うには困らずいつでもお風呂に入れる。こんなに幸せなことはないよねー。
「おじょうー。」
「スト姉ちゃん。」
「せんせー。」
仕事を終わったタイミングを見計らって、村の子供たちが私に群がってくる。娘、息子たちの息子、孫世代が増えたことで子供たちは今日も元気いっぱい。村を走り回っている。自然豊かなハッサム村だが、まだ行動範囲の狭い子どもたちにとって、日々は退屈なものであり、彼らの一番の娯楽は。
「今日もお話。」
「お話聞きたい―。」
「くまさんのやつー。」
はいはいはい、わかったよ。子どもたちよ。
代わる代わるまとわりつく子どもたちの頭をなでながらリットン君の方を見ると、彼も目を輝かせている。そして、
「おう、今日はどんな話なんだ。」
なんか大きい子どもがいるのだが。
「ああ、もういつもとこ行くよー。」
「「「おおお。」」」
わいわいと村の広場に向かって歩くと暇そうなハチさんたちにクマ吉、非番のフクロウたちや大人が酒を片手に合流してきて、ちょっとした大所帯になる。
「さて、今日はなんの話をしようか。」
日差しが西に傾き始めた午後のひと時、私は前世の記憶を頼りに読み聞かせをする。もともとは子どもたちに読み書き計算を教えるついでの活動だった。しかしなんだかんだ見学希望者が増えて、大人たちの仕事も一区切りする時間に別枠で行われるようになった。
「クマさんー。」
「ハチさーん。」
「ドラゴン、ドラゴン。」
クマ吉やフクロウにまとわりつきながらキャーキャーと騒ぐ子供たちは可愛い。そして同じようにワクワクしている大人たちはあんまり可愛くない。
「よし、じゃあ今日は、「猿カニ合戦」だ。」
合戦という言葉に歓声が上がるが、話そうとするのは、あの猿カニ合戦、異世界バージョンである。
「昔々、海辺の一角に蟹の親子が住んでいました。」
蟹の親子がおにぎりを食べているとずる賢い猿が、おにぎりと柿を交換してくれと言い寄ってくる。
「おにぎりは食べるとなくなるけど、柿は植えると木が生えてくるからいつまでも食べられるよ。」
悪い顔をして猿のセリフを言うと、子どもたちが首を傾げ、大人たちはなるほどとうなづく。この話は後半の話が面白いけれど、序盤から教訓というか、考える視点がある。
即物的なおにぎりと、将来的な投資である柿。これがフェアーなトレードなのか、それとも・・・。
「俺なら交換しないな。柿なんて何年かかるんだよ。」
「桃栗三年柿八年といってな、最低でも8年だ。だがそれだけ立てば柿は食えるし、枝や落ち葉は薪になるかもしれん。」
「ねえ、ねえ柿ってあれ?森にあるやつ?」
そんな感じにちょっと議論が起こるから面白い。知識のわりにこういう道徳的というか経済的な視点というのは養われていない。そんなことを思うのは前世での経験からだろう。
「けけけ、騙されてやんのー。柿の木がそう簡単に生えてくるもんか。」
ここで正解ともとれる猿の悪辣のセリフ。ここで憤慨する子どももいれば、それはないだろという大人もいた。
数年後、蟹の親子の懸命なお世話のおかげで柿の木はすくすく育ち、たくさんの柿の木が実った。蟹の親子は大喜び。しかし、ここで問題は発生する。
「どうしようお母さん、僕たちは木を登れないよ。」
「困ったわねー。」
柿の木は立派に育ったのですが、蟹たちでは木に登ることはできません。
「そうだね、だからなにかあったら高いところに逃げるんだよね。」
「それでも油断しちゃいけない。」
このエピソードがこの世界では、森で身を守る知恵となる。オオカミなどの獣は木登りはできない。一方で猿のように登れる魔物もいるから油断してはいけないのだ。
「おや、かにさん、立派な柿の木になりましたねー。」
そこに現れたのは猿。猿はおにぎりのときのように、自分が昇って柿の木を取りにいく代わりにいくつか柿を分けてくれと取引を持ちかける。渡りに船とカニの親子は大喜びでお願いをする。
「おお、これはうまい。これもうまい。」
木に登った猿は熟しておいしい柿を次々と食べ、上機嫌。ワクワクするカニたちが催促すると。
「へへん、木を登れないカニが偉そうに。お前らは渋柿でも食べてろ。」
そういってまだ熟していない固い柿を蟹たちにいくつも投げて、そのまま柿を抱えて山へと逃げ込んでしまう。
「ひどいー。」
「最低だー。」
「食べ物で遊ぶなんて。」
これにはギャラリーも大ブーイング。
ちなみにこの時点で母カニが死んでしまうのだが、そこは割愛。なによりキャストも変える。
「しかし、そんな不法を許さない山の動物たちがいました。」
蟹が泣いて助けを求めるとくり、ハチ、臼が猿に復讐するのだが、時間を短縮するためにヒーローに登場してもらう。
「おうおうおう、それは約束が違うんじゃないかい。おさるさん。フクロウが猿の行く手をさえぎりました。」
どすの効いた声を意識してフクロウを登場させ。
「おいしそうな柿だな。よし私がとってやろう。のしのしと現れたクマさんがそっと木を揺らすと柿がどっさり落ちてきました。」
のんびり登場するのはクマ。オーバーキルになるのでクマさんは戦闘には参加させない。
「無法者に居場所はない。とブスリと猿さんをはちさんがさすと。「ひいいいいいい。」と猿は悲鳴を上げて木から落ちてしまいました。」
今回、決め手となるのはハチさん。ここだけ原作準拠。
「ありがとうございます。ハチさん、クマさん、フクロウさん。」
「いいってことよ。森の平和を守るのは我らの役目だ。」
「猿は悪い子だから、倒す。」
ヒーローとなるのは基本的にフクロウ、ハチ、クマだ。親しみもあるし、動物たちの受けもいい。ちなみに「ウサギと亀」を「クマとハチ」という追いかけっこ話では、クマ吉はアルアルと大爆笑していた。
「せっかくの柿です、皆さんも一緒に食べませんか?」
母さんカニの提案で、収穫した柿はみんなで仲良く食べました。めでたし、めでたし。
「面白かった。」
「柿育てたい。」
純粋に喜ぶ子供たちに対して、大人たちは過程のポイント、ポイントの選択を色々と議論する。
「ふるるるるる(やはり猿はろくな事をしないな。)」
「ぐるるる(あいつら臭い)」
ちなみにだが猿に同情する者はいない。差別するわけじゃないけど、この世界の猿はまじめに害獣なんだよねー。ゴリラとかパンダ的なアイドルは存在しない。
「さて、この話だけど。」
「柿っておいしそう。」
「嘘はよくないー。」
「食べ物は分け合う―。」
読後の余韻が収まったところで、感想を言うタイミングだ。
単純に面白いと思った話をすることもあれば、こういう説話的な話をすることもある。今回ならば嘘はだめとか、食べ物は分け合いましょうとかだ。その上で海の生き物にも興味を持たせられたら御の字?
「ははは、今日も面白かった、ストラまた頼むぞ。」
「辺境伯家でしっかり勉強してんだなー。」
色々舌が回るお子様と認識されている私だが、辺境伯家にいったついでに調べたという体で前世の知識やお話を村人たちに伝えて教育する。読み聞かせというのは非常にコスパのいい教育手段の一つだ。
「絵に描きたい―。」
そして、子どもたちの中で絵の上手な子たちが、求めるままに紙と絵具を渡す。するとなかなかに様になった絵でいくつか場面ができる。子どもというのは意外な才能を持っている。モデルが近くにいるというのが大きい。
羽を広げて雄々しく威嚇するフクロウに、木をゆするクマ。勇ましく突撃するハチ。このあたりが人気だねー。そして村人たちの大半は夕飯を求めて家や食堂に流れていき、夕日に染まるころには子供たちの絵を一度預かって今日はお開きとなる。
これらを整理して大きな紙に貼り直し、言葉と絵を書き足せば。なんちゃって絵本の完成である。
「ふふふ、これはなかなか。」
この世界に置いて著作権も肖像権もない。寄せ書きのような絵の集まりだが、娯楽の少ないこの世界に置いては貴重なものだ。
「ストラ様、これはどうするんですか?」
「とりあえず屋敷に置いて、好きな時に読めるようにしておくつもり。これなら私が居ないときでもお話を知れるでしょ。」
「なるほど、すごいですね。」
「じゃあ、次はリットン君がやってあげるといい。人前で話すといい勉強になるよ。」
とんでもないと慌てるリットン君だが、彼や大人の誰かが私の代わりに読み聞かせをできるようになれば私も安泰である。
そう、これは未来への投資である。まだ10冊もない絵本だけど、絵の好きな子どもたちがいるおかげで効率もあがった。たまったこれらは村の貴重な財産となる。
ロイヤリティとかは出ないから、村の外へ出すのはまだ先。村の売りにするのはもう少し先だ。
「父さんがいってましたけど、本って絵本でもすごい価値があるって。」
「それはちゃんとしたプロが作ったものだよー。手作り本なんてたかが知れてるって。」
貴重な紙や絵の具を仕入れてまでやることじゃない。トムソンにもそう言ってある。
下手に流れて、宗教とか文化に爆弾を放り込むのはまだ早い。
ストラ「著作権とか肖像権とかがあったら、ロイヤリティで左団扇なんだけどなー。」
リットン「なんですか、それ?」
ストラ「あるいは特許料とか、指導料で。」
ハルちゃん「じじじ(だめだ、こりゃ。)」
クマ吉「ぐるるる(聞いてないねー。)」