40 おいでませハッサム村
ハッサム村の発展具合をご紹介。(生活編」
リットン君の指摘だが、実は間違いではない。
中世ヨーロッパ風+魔法という便利なこの世界であるが、ファンタジーゲームな要素が強いためか、快適さという点に関してはゆるい。
例えば、浄化魔法なんてテンプレなものがあるおかげで清潔とか衛生は強い。魔法一発で身体もお家も清潔になるのだがから、とても楽。なので、風呂に入る習慣もなければ濡れた布で身体を拭くという習慣がない。それらは、特別な治療や娯楽的な要素のあるものだ。
次に食事。自然の力が強いおかげで実りがいいので、主食である麦や米が豊富で餓えることはほとんどない。育つ土地、育たない土地がはっきりしているので流通が必要であり、前世日本のようにお菓子や変わり種などの贅沢品を追求できる余地はあんまりなかった。
そして、健康面。治癒魔法なる特別な魔法があることに加えて、魔力のおかげが人間の生命力が高いおかげで医療は発展していない。打撲や切り傷、骨折などの外科や整形的な医療分野が異常に高いのに対して、病気対策や投薬治療などの内科的な医術は劣っている。はっきり言えば民間療法レベル。じいちゃんや私が「薬師様」ともてはやされるのはそういった下地があるからだ。腹痛、腰痛、かゆみなど命に直接かかわらないケガや病気の治療は貴族の贅沢だ。虫歯に関しては魔法のおかげでほぼ皆無。基本的に見た目のビジュアルもいいから、矯正とか整形も必要ない。
まあ、そういった事情を踏まえた上で、ハッサム村の施設を紹介していこう。
まず、村の目玉と言えば、ドワーフ謹製の大浴場だ。
「ふるるるるる(これはお嬢、お勤めご苦労様です。)」
出迎えてくれるのはホットオウルの若い子たち。やや強面の彼らは村人と協力しながら大浴場の管理をしてくれている。
「お疲れー、あとでお酒届けるねー。」
「じじじ(お疲れー。)」
「お、お疲れ様です。」
門番として立つフクロウに挨拶をしながら2人と一匹で暖簾をくぐる。中に入ると靴脱ぎ場があり更に男女に分かれた二つの入口がある。鍵はないが、靴の間違いや窃盗には燃えるような厳罰が下される。
「さて、今日は男湯だったかなー。」
24時間体制で開放されている大浴場は、当初は大きな風呂だったが、母ちゃんを筆頭とした村の女性陣の要望で大きな敷居や覗き体制が作られて男女と家族風呂に分けられている。男女風呂はいつでも自由に入れて、家族風呂は要予約だ。そして下水関係は男風呂にあり、
「ふるーーー(いい湯だ。)」
「ふるるる(酒、うまい。)」
時々休憩中の親分たちが湯船につかって、酒を飲んでいる。
「昼から飲む酒は格別ジャー。」
なんかおっちゃんたちもいるが、休憩時間なので何も言うまい。
そんな喧騒はスルーして、男風呂の奥の下水管理室と向かう。
「よし、フィルターの交換は必要なし、魔力も十分だね。」
この部屋には前世の知識と私の魔法とか、いろいろとなんやかんやした浄水装置が設置されており、これのおかげで水のほとんどはきれいなまま循環している。フィルターにたまった汚れは定期的に取り除く必要があるが、一度作ってしまえば何年も使える画期的なシステム。
材料がハチさんやクマさん由来な上に、燃料はフクロウ由来。温度調整は豚さん達、愉快な動物たちの協力のおかげなので、技術をパクられても全く問題がないのが素晴らしい。
「ああ、しまった、酒が、酒がこぼれて。」
「ふるるるう。(隠せ―、お嬢に知れたら)」
まあ、一部の馬鹿者の所為で仕事が増えることがある。
ともあれ年中無休で24時間いつでも利用できる大浴場。健康的に娯楽的にもこれほど水が使い放題なのは世界でもここだけだと思う。
そうそう。
「おらたちも入ってインですか?」
「いや、それは。」
旅の獣人たちも、ここの風呂は使用できる。
「「ありがとうございます。」」
そして大体の人はすごく感謝する。他所にも風呂はあるらしいが、抜け毛とかの問題もあって利用させてもらえないらしい。その点、うちは動物さんたちも利用する。なんならクマだって利用することがあるのだから獣人程度では動じない。
入る前に念入りに身体は洗ってもらうがな。特性の石鹸とかシャンプーで。
その結果、毛並みが美しくなるという噂が流れ、獣人にとっては憧れの地になっているとか。近々団体さんも来るらしい。
風呂上りは大浴場に併設された酒場兼食事処にご案内。ここではドワーフ達が振る舞う酒と食事を楽しむことができる。酒が飲めないお子様にはレモンとハチミツに炭酸水を混ぜたレモンソーダとか、フルーツ牛乳がおすすめである。
「うめえ。」「おいしいです。」
この一杯のために生きている。リットン君の勉強も兼ねた視察なので風呂に入るわけには行かないし、まだ10歳なので酒はNGだ。酒の肴となる塩ゆでの豆や揚げ物各種。卵焼きは甘いものから出汁入りのものまで細かい注文を受け付けているし、炊き立てご飯も注文できる。ああ、納豆とかシャケフレークが欲しい・・・。
「甘ーい。」
「なのにくどくないわー、これならいくらでも。」
お姉さまたちにはハチミツを利用したスイーツが大人気だ。ゼリーやアイスなどは貴重品だが、クッキーやパウンドケーキ、フレンチトーストなどもここでならお手軽な値段で食べることができる。
牛さんやハチさんたちに感謝だ。
そしてこの村の隠れたヒーローはクールな豚さん達だ。
「ぴゅーー。(スヤー。)」
基本的にいつでも寝ているアイスピグな姉妹だが、その周辺は動物たちにとっても快適らしく、畜産区画の牛や鶏さん達に大人気だ。彼女たち姉妹のどちらかが昼寝をしているとどこからともなく現れてリラックスしている。寝床へのこだわりがアイスピグもマメに移動するので一か所に留まることもなく運動不足にもならない。
結果として牛乳とか卵の生産量がぐっと増えた。食肉の方もなかなかに。
「スピー(ああ、お姉さん、こんにちはー。)」
「ジジジ(こんにちわー。)」
「今日もいい天気だねー。」
「すぴぴ(そうですねー、ここは日当たりがいいのです。)」
ぶもも、ここここ、と追従するのは牛の親子とニワトリさん。彼らは特にアイスピグを好み、彼女たちがいると必ずと言っていいほど近くにいる。
だから今日はほんとに搾りたてのミルクとか生みたての卵が提供されている。これは値段も安くなるというものである。
ちなみに、動物たちに無体を働くことは、この村では一番の罪である。日々の実りを与えてくれる動物たちが優先で、動物が道を歩いているときは、馬車も人も止まるのがマナーだ。それを守らない不届き者も数人いたが、ハチやフクロウにしばかれた上で、クマさんによって遠くへ捨てられる。
これは住人も例外ではない。ケイ兄ちゃんやガンテツのおっちゃんたち、あとは戻ってきたばかりの息子、娘世代の不良さん達とかも一度痛い目にあっている。
そう、動物さん優先でこそあるが、この村の治安はとてもいい。
ハチさんたちの縄張りということで、兵隊ハチさんが巡回し、重要施設にはフクロウ組が常駐。村の外にはクマさんファミリーがスタンバイ。村内の不埒ものや、目先の利益に目のくらんだ山賊なんかでは対処できないほどの戦力があるのだ動物さまさまである。精霊信仰待ったなし。
それでいて、ハチミツという商材や、ドワーフの新酒、他にもいろいろ知識チートで用意した食べ物のおかげで、村を訪れる人は多く収入も増えた。都会へ働きへでた若者たちを、両親が呼び戻すぐらいには発展した。
一年前は20世帯 100人程度の人口だったが、都会に出ていた息子娘世代やドワーフ仲間たちなどが、うわさを聞きつけて村へ帰ってきて500人ぐらいにはなっている。安定した収入があるならば都会よりも田舎で暮らしたいと思うのがお国柄というものだろう。
「やっぱり、いい村ですよね、ここ。」
改めてリットン君が感動したように私を見ていた。キラキラした目で見られるとお姉さん、照れる前に罪悪感に苛まれるんだよねー。うん、ここに至るまで色々やってるから。
「でもまあ、こんな田舎は娯楽はないよ。」
この世界の娯楽と言えば、乗馬などの狩り的な運動と、観劇や音楽などの文化的な行動。そして何より
「本がないんだよねー。」
最上級の娯楽は本である。活版印刷なんて技術はないこの世界に置いて、本というのは、一冊ずつ書き写すか、転写という魔法を使うしかない。
この転写という魔法、前世でいうところのフィルム写真のようなもので、コストが重い上に長持ちしない。だからこそ、紙に書かれた本というのは非常に貴重である。
「あれ、でもお嬢様、絵本けっこうもってません。」
ふっ、勘のいい子どもがこれだから苦手なんだよ。
次回、文化面におけるストラのやらかしをお送りします。
「都会へ行って結婚した息子が嫁さんと息子を連れて帰ってきた。」
「うわー、なにこれ都会より快適。」
「娘の病気が・・・」
「アレルギーやん。この薬!」
「や、薬師様ー。」
人口増加、もとい回復の裏には薬師の影が・・・。