39 設定という言葉では済まされないのが現実です。
続きもの、世界事情についてもうちょっと
リットン君がギリギリついてきていることを確認して、私は用意してい置いた地図に大きな〇をいくつも書いていく。
「ちなみに、ここから先は私の推測と偏見があるからね、嘘かもしれないというのを忘れないようにね。」
「はい、常に相手はうそをついていると思えですね。」
「そうそう。」
トムソンめいい教育をしているじゃないか。
「さて、王国はさっきも言ったように王都という安全地帯を中心に資源や生活の場を求めて広がった形になったんだけど、王国の西側も似たような国家が二つあるの。」
まずは王都から西に位置する「ラジーバ」、広大な国土の大半が砂に覆われたアラビア―ンな国。
「ラジーバは砂漠に点在するオアシスを繋いだ交易路と豊富な金属資源が有名だね。」
「ああ、水が鉄よりも高い国でしたっけ?」
「そうそう、よく勉強しているね。」
過酷な砂漠である「ラジーバ」は、人間が生きるには厳しすぎる環境である。しかしながら古代の遺跡と思われるスポットがいくつも存在し精錬された金属や古代の魔導具が発掘されることがある。土壌的にも金属が多く産出することもあり、金属の生産地としての価値が非常に高い。また砂漠で生きる人々は強いし、魔法の技量も高い。軍事力という点でも侮れない国家である。
「一面、砂だらけってどんなところなんでしょう。」
「生きづらくはありそうだよねー。」
王国とは非常に友好的だ。地続きなこともあるが、お互いに持ちつ持たれつの関係である。たしか何代かごとに王族同士の婚姻もあるらしい。
「んで、この砂漠の上が、自由国家「スベン」。ここはまあ、説明がめんどくさいなー。」
「そうなんですか。」
「あり方が王国と違うんだ。まず最初にこの国は「国王」がいない。」
「えっ?」
「そうなるよねー。」
自由国家「スベン」、ようは民主主義の国である。議会制度が存在し、数年ごとに選挙で選ばれる議長が便宜上のトップということになる。んで選挙ごとにごたごたするのは、現代日本というよりは、アメリカとかに近いかもしれない。
風土的にもアメリカに近い、国の中がいくつかの州とか県と言われれる地域に分かれ、それぞれに特徴がある。そしてなんだかんだ国内での生産力とか安全性も高い。でも金属ではラジーバに、食料の質的なものでは王国に一歩及ばない。
「裕福な国だからこそ、国の方針がぶれぶれでもなんとかなっている平和な国って感じだよ。実力主義な国でもあるから、貴族社会でくすぶっている人とか、平民で才能がある子なんかはこの国を目指すって聞くね。」
ただし、飯が微妙。
「うーん、なるほど。父さんも、何かあれば「スベン」を目指すと言ってます。」
おっと、逃亡計画っぽいことは、聞かなかったことにしよう。
「それにしても、王様がいなくてまとまるんですか。」
「まあ、それがあの国のすごいところなんだけどねー。」
うちの国で内戦なんてことになったら、自然に飲まれるか周辺国家から攻め込まれる。対して「スベン」の周辺国であるうちと「ラジーバ」は領土的な野心がない。というか余裕がない。
「でも三国って仲いいんですよね。」
「そうだよ、それもあるから、「スベン」がもめているときも、ああ、またやってるなって感じらしい。」
はっきり言えば、3国は仲が良い。というより外敵に対しては色んなことを棚上げして総攻撃を仕掛ける。そういう習性を持っている。
では、その外敵とは何か。
「それは東側の帝国と公国だね。」
山脈を挟んで東側、めんどくさいことこの上ない2国、これは無視できない存在である。
「ああ、敵国でしたっけ?」
「そうだよ、バリバリに敵対してる。」
北東の巨大な領土を支配するのは、大陸でもっとも古い歴史を誇る大帝国にして、武双国家「クラント」徹底した軍閥主義国家で、厳しい自然を支配するという名目の鋼鉄信仰な国。
北西に存在するのは、エセ宗教国家「ローレシア」。大陸でも最大の人口と豊かな水源をもつこの国は、創生教とかいう、エセ宗教を国教としているやばい国だ。創生教そのものは大陸全土に広がっているが、この創生教、はっきり言えばでたらめである。(さすがにこれはリットン君には言えない。)
「精霊信仰の方が一般的な気がしますけどねー。こんなにいい子たちですし。」
「じじじ(リットン、いい子。)」
二つの国をざっと紹介したタイミングでリットン君は肩に止まっているハチさんをなでる。うん、この村で創生教なんてものを信じる人間はいないだろう。
さて、この創生教はあれだ。世界を創ったと言われる創生神なる存在をあがめ、その姿を模して造られた人間様が至高の存在であるという教義が基本である。
「厳しい大陸を開拓して楽園を作るのは人類の使命にして悲願。ドワーフや獣人たちは、そのために作られた人間の召使いである。そこまで過激なのは「ローレシア」だけだけど。ハルちゃんたちを魔獣と呼んで、敵対する意識というのはこの宗教が起因しているんだ。」
「へえ、ひどいですねー。」
「まあ、そのあたりはしょうがないというか、必要悪って感じなんだよね。」
宗教というのは道徳であり、生活の知恵なのだ。
例えば、とある宗教では、一日に一度、聖地に向かって祈りなさいというものがある。それは日の光を定期的に浴びあることで健康につながるというメリットが存在する。隣人を愛しなさいとか、悪い事をしたら地獄へ落ちるなんてのは、社会システムを支える根幹である。
日本でいうところの道徳の授業の代わりに行われる宗教の教え。それにあたるわけである。
ハチさんやクマさん達は、話は分かると言っても侮っていい存在ではない。だからこそそれを相手にするには真剣さが必要だし、時に命をかける必要がある。
リスクやリターンを考えれば戦うという選択肢はバカげている。しかし、生活圏を広げるためには危険を冒さなくてはならない。
そこで宗教が恐ろしい力を発揮する。ただの危険な獣が、倒すべきと教わって育った人間からすると不倶戴天の敵となる。限られた物資を自分たちで優先したいときに、「他の人種」や「宗派」という区切りで自分たちを正当化していく。そうやって厳しい自然を開拓して、大陸に巨大な勢力を作り上げたのが東側の2国なのである。
「難しいですねー。」
「うーん、私の読み聞かせを極端にしたものかな。大事なことを知らせるためにお話をまぜたら、なんか信じちゃったみたいな。」
「ええっと、ハチとキリギリスとかみたいな話ですか?」
「そうそう、あの話を信じてで、キリギリスを嫌いになってしまったのが「ローレシア」なんだよ。でもあの話の根本は。」
「勤勉は身を助ける。」
ほんと優秀な子だよ、トムソンの子とは思えない。今やさぐれてるけど、こういう優秀な子に教えるのは楽しい。
「まあ、そのあたりは、いずれ詳しく話してあげるけど。問題は「クラント」も「ローレシア」も山脈を挟んだ別の世界って認識でいること。そして、相容れない存在だと思っておくことだよ。」
「でも、同じ人間なんだよね。」
「うーん、あれは人間の姿をした、蛮族だからー。山賊とかと一緒かな。」
失礼極まりないことだが、この2国、ほんとろくでもない。
富国強兵、実力主義と言っているがドワーフや獣人、エルフ、精霊なんかを奴隷のように扱っている帝国に、神敵としてそういった存在を敵視して搾取するのが正義と真顔で言っている公国。彼らに共通しているのは創生教をもとにした「人類至上主義」というやつである。
我が国は、自然と共に生きる精霊信仰。砂漠の「ラジーバ」の国民の8割は獣人である。そもそも相容れない存在なのである。
世界平和?
21世紀になっても出身や領土関係でボコボコに争っている人類の愚かさを忘れてはいけない。
もちろんだけど、これらの内容をリットン君には教えていない。純粋な少年の心を汚す気はない。
「ガンテツのおっちゃんたちドワーフ達や、エルフさんに獣人さん。半魚人や人魚族なんて多種多様の人達で仲良くするのとー。人間が一番だーって、そういう人達をいじめるのだとしたら、どっちがうまくいくと思う?」
「仲良くした方がいいと思います。」
「そうそう。」
人間は中途半端である。ドワーフ達のような鍛冶技術はないし、酒も作れない。エルフたちのように長命でもなければ強くもない。身体的なスペックだけ見れば何一つ勝てるはずがない人類。なのに東大陸では人類が覇権を握っている。
だからこそ宗教の力であり、徹底した人類史上主義なんだろうけど。
馬鹿だよねー。長い歴史の中で後に引けなくなったとも言える。
「山向こうの話だからねー。でもこの二つの国の存在があるからこそ、孤立することは避けなけきゃいけない。それだけは覚えておきなよ。」
「はい。」
まあ今回教えるのは、これくらいでいいだろう。リットン君がどのような進路を志すのかわからない。だが、世界の広さを知っておくというのは悪くないはずだ。
少なくともエセ宗教家に惑わされたり、官位とかエサに村を裏切るなんてことはないだろう。
「うーーん、でもそうなるとお嬢様?」
「どうした?」
それぞれの国の簡単な情報を教わって自分なり咀嚼したリットン君は周囲を見回す。
「なんだかんだ、ハッサム村って、すごいとこなんですか?」
「ソンナコトナイヨー、タダノイナカダヨー。」
まあ、そういう結論になっちゃうよねー。
めっちゃ快適だもん、うちの村。
ストラさんの社会科の授業はおしまい。
次回は快適になったハッサム村のご紹介です。