37 転売、コピー商品はどこにでもある、だからといって許されるわけじゃない。
商売な話。
私はトムソン。家名はない、祖父が少年時代に、先々代のハッサム様にスカウトされた縁で、領地の運営や経理の真似事をしている。
祖父は体力こそなかったが先々代の根気のある指導のおかげで父や私も経理の基礎を理解し、気づけば金庫番なんて名誉な役職をいただき今日にいたる。まあ初期の頃の記録はぐちゃぐちゃでなんだかんだ無駄遣いも多かった。
貴族というのはおおらかなタイプと吝嗇なタイプがいる。日々の生活が維持できれば細かいことは気にせず言われたままに出費をするのは当代のハッサム様は前者である。そして、銅貨の一枚でも安く済ませて儲けを求めるタイプが後者だ。それぞれに要員はあるが、ハッサム様は、私たちを信頼して帳簿を任せてくれるちょろい、もとい温和な人達だ。
「ハチミツは全部はけてるみたいだねー。」
しかし、次代のハッサム様、ストラお嬢様は完全に吝嗇家である。いや希代の謀略家、ギャンブラーとも言える。10歳にして経理の不自然さを理解して私の悪事を暴き、その上で自分の取り分を要求し、それらを投資して村の設備を発展させた。
養蜂に大浴場、肥料の開発。表立っては投資と利益がトントンになるようになっているが、ドワーフたちを巻き込んだ、ブラシや金属製品、何より酒造による利益はバカにならない。私が息子の将来を思ってこそこそため込んだ利益以上の報酬もいただき、私自身も引き返せないところへと来ている自覚はある。
だが私はまだお嬢様の底を見切れていなかった。
「ええ、それはもう。貴重かつ、大変美味なハチミツは貴族の方々を中心に好評であります。市場にでれば即座に売り切れてしまうのです。」
「そうですか、それは良かったです。ねーハルちゃん。」
「じじじ(疑わしい。)」
村娘の恰好に白衣を羽織り、肩には魔物とも精霊とも言われるハチを乗せた少女。ストラ・ハッサムお嬢様は、出入りの商人とそんな話をしながら子供らしくほほ笑んでいた。
「一方で困った話もあがっています。人気商品ですから、ある程度の転売は覚悟していたのですが、コピー品やかさまし品なども出回り始めているようでして、商品をお預かりした立場としては心ぐるしい限りです。」
やれやれと首を振る商人。わりと古くからの付き合いであるが、この男はけして善良ではない。うちのような僻地にまで行商に来てくれる貴重な商人であるが、一方で先々代の作った薬の一部の個人的な取引もしており、それを高額で売って儲けている。持ちつ持たれつの関係ではあるが、信用までは出来ない相手だ。
「そうですか、困りましたねー。ハチミツはここの特産と考えていたけど。」
「それでしたら。」
困ったような顔をするお嬢様に、商人は喜々して喰いついた。
ああ、やっぱり、こいつも
「取り扱う商人を限定されてはいかがでしょうか、現状はいくつかの行商人が買い付けるかお土産程度に買っていくだけです。そこで私どもがハチミツの取り扱いを一手に引き受けるという形にすれば、商品の取り扱いも責任もって行えますし、交渉の手間もはじけます。」
過去にそうやって薬の専売を持ち掛けてきた商人は多かった。田舎出身のものなら、定期的な収入につながる美味い話とも思えるが。
「お嬢さま。」
「いいですねー、じゃあハチミツの販売はお任せします。樽売りも許可しましょう。」
「い、いいんですか。」
「はい、うちの村の規模では瓶詰めにして商品にするには人手が足りません。そちらが加工から流通を引き受けてくださるなら、こちらとしてもありがたいのです。」
とんでもない提案である。
いくらハチミツが貴重とはいえ、原価はたかが知れている。そこに輸送費や瓶詰などの手間賃を加味した販売価格なのに、樽で売るということは、
「よ、よろしいのですか。それではこちらがあまりに。」
「いいですよー儲けちゃってください。こんな田舎まで仕入れに来ていただけるだけでもありがたいんです。」
変に欲をだすことで、商人が来なくなる。それが一番避けるべきことだ。だが、これはあまりに・・・
「そうですか、その心意気、しかと受け取らせていただきます。今後も今まで通り、いやこれまで以上に活発な取引をさせていただきます。」
商人は感心したフリをしつつ、欲深な顔を隠しきれていなかった。そして即座に書面に書類を準備して、定期的なハチミツの販売契約とその後の権利、あとはその他細々とした生活必需品の取引の確約だ。
事前に打ち合わせをしていなかったら、私は全力で止めていただろう。
わずかな儲けはあるが、それ以上に大損である。村で瓶詰めするだけで数倍にも価値がつくハチミツ、それを手間という理由でこんなに薄利で契約するなんてとんでもない。
「そうだ、ちょうど獲れたてのハチミツが工房にあるはずなので、」
「早速買い取らせていただきます。」
商人は喜々して、飛びついた。彼の頭の中ではこの商材にどのような価値づけをして大儲けをするかで一杯だろう。素人の私でも分かる、この商材はかつてないほどのポテンシャルを秘めているのだ。
そうして馬車にハチミツの樽を満載にした商人は、多額の礼金を置いて帰っていた。
その姿が見送ったのち、周囲に目がないことを確認したうえで、ストラお嬢様は。
「ちょろいわ。」
と非常に悪い顔になっていた。
「本当ですか?私としては。」
「それはトムソンが村の事情しか知らないからだよ。」
ニコニコと笑うストラお嬢様は、指を一本たてる。
「たしかに、ハチミツは大人気、辺境伯家や領都、王都でも大人気で品薄になっている。それは事実の一面だよ。」
この世界のハチさんは超強い。だからこそ、ハチミツは、貴重な甘味だ。それこそハッサム村で売り出さなければ貴族でもめったに食べられない幻の食材だった。
「幻だからこその希少価値。だけどさ、その幻はそろそろ消えちゃうよ。」
指畳んでグーにする。0という意味だろうか。
「ハチミツの供給はこれから、一気に増える。供給が増えると価値は下がる。」
「どういうことでしょうか?」
「うーん、根本的な問題は、うちがどうやってハチミツを取っているかなのよ。」
「それは、お嬢様の。」
「違うよ、養蜂箱のおかげだよ。うちほどじゃなくても、養蜂箱を設置することで、他の場所でもハチミツは採取できるって話。」
「あっ、そういえば。」
事の始まりは、お嬢様の思い付きだった。養蜂箱というハチミツを取り出しやすくなおかつハチにとって快適な環境を用意するというものだった。
「試行錯誤はある程度、必要だけど。めざとい人達は、ハチミツじゃなくて養蜂箱に興味をもつよねー。 辺境伯家でも養蜂事業がはじまるみたいだし。」
「・・・それは。」
ここに来てトムソンもお嬢様の意図がわかった。
養蜂事業が各地で広まれば、ハッサム村の特産と思われたハチミツの価値は相対的に下がる。それでも価値がある商材であることに変わりはない。しかし辺境伯家が取り扱うハチミツがライバルとなると話は別である。
「下手に目立てば、貴族ににらまれる。がんばってブランド化すれば競合相手として生き残れるかもしれないけど、希少価値を売りにしてアクドク儲ければ。」
「終わりですな―。」
こうなると商人たちは徹底してブランド力を維持しないといけない。高額な転売やカサマシなんてもってのほかだ。世の中の流れを読み切れずに高級ブランド志向でいけば待っているのは破産。状況をみて、良心的な商売を続けるしかない。
「そして、残るのは?」
「わずかな利益の取引というわけですな。」
悪辣だ、非情な悪辣な取引である。ハチミツそのものは優れた商材であり、現状も夢がある。しかし、商人が王都にたどり着くころには、お嬢様の言っていることが情報として集まるはずだ。そうなると未加工のハチミツという微妙な商材が残るのみ。利益がある上に書面での契約がある以上、取引をやめることはできない。
「ギリギリ、損をしないというのがまた。」
「損はさせてないよー。まあブラックかもだけど。」
ブラック、お嬢様がときどきいう。儲けよりも労力が勝るときに使う言葉だ。
「相手がより儲けていると思うと、商人は悔しがるものですよ。」
「そしたら、お酒を売ってあげればいんだよ。」
ニコニコのお嬢様。だがこれは慈悲でなく交渉のカードだ。
「そのころには、酒作りのノウハウが。」
「出回ってるかもしれないよー。ドワーフってさ、酒に関してはかなりオープンなんだよね。それこそ私たちがどうこうできることじゃないから。」
困ったよねーと笑うお嬢様
改めて、あのときに彼女の提案に乗ってよかった。
少なくともの息子には多額の金と進路を残せる。そう思ってトムソンは溜息をつくのであった。
ストラ「まあ、ぶっちゃけると酒の売り上げとドワーフたちの働きで左団扇。」
ガンテツ「やめてー過労死するー。」