36 色々注意されるときって、分かっていてもつらいよねー
11歳になったストラさん。それでもまだまだ修行中です。
11歳になりました。だからと言って私の日常は相変わらず姦しい。愉快な動物たちと愉快なドワーフたちと一緒になって村を騒がせながら、子どもたちに読み聞かせをしたり、トムソンの書類仕事を手伝ったり、昼寝したりとやることは意外と多い。
それでも小さいころ、それこそ物心がついて勝手に歩けるようになったころから毎日のようにじいちゃんの作業場へ行く習慣だけは守っている。というか、むしろ最近では一番の安らぎの時間となっているまである。
「じいちゃん、終わったよ。」
「おう、じゃあ今日は胃薬と化粧水かのー。」
腰と膝の悪い爺ちゃんに変わって薬草を採取して戸棚に入れる。朝の手伝いが終わればじいちゃんから指示された薬の調合をする。すりつぶして汁を取り出したり、小鍋でグツグツと煮込む、そうやって成分を抽出して固めたものを用途に合わせて調合していく。見た目は白い粉でしかないそれらを見極め保管する。なにより薬効を引き出す組み合わせを再現する。これは薬師の腕の見せどころである。このあたりは匂いと感覚、なんというか経験値的なものだ。
ぶっちゃけ一番簡単な胃薬とかの調合を任してもらえるようになったのも10歳になってからだ。ぶっちゃけると辺境伯家での治療行為は、モグリのそれ、医療関係の法整備がちゃんなされてないからこその抜け道的なあれだ。うん、やべえー。
「ほとんどおじい様と変わらないわね、ストラも一人前ね。」
「おいおい、事実だとしても、自惚れるのは早いぞ。」
仕上がった薬を見せると、ばあちゃんは手放しで、じいちゃんは窘めつつほめてくれる。じいちゃんがほめてくれるようになったのは最近なんだけどね。
薬も転じれば毒となる。そんな当たり前のことだけど、命に関るこれは遊びではない。じいちゃんの判断は間違いではなく、未だに危険な薬物とか効果の強い薬の調合は任せてもらっていない。自信がないわけではないが、地味に命に関りそうな案件は私としても尻ごみしてしまう。
「ところで、ストラ、リガード家の奥方の治療はどうなっているんだ?」
そんなことを考えていると、不意にじいちゃんが話をふってきた。これは珍しい。
「ええっと、経過は順調みたいだよ。生薬と食事の改善で脚気の症状は収まってるし、血色もよくなってるし、このまま回復するんじゃないかなー。」
クレア様は、運がよかった。わたしという知識に関してはチートな私が診たこと。そしてこの世界において、医学的造形と権威のあるじいちゃんの存在を知っていたことだ。
「普通に考えたらやばいよねー。10歳の子どもの提案でばっさりと環境を変えたんだから。」
「まあ、あそこの坊ちゃんはそれなりに柔軟なやつだからな。あいつとつるんで色々やっている中で、貴族とか平民といった偏見を抜きに見る目が養われている。ほかの連中に同じような対応ができるとは思わないことだ。」
「わかってるって。」
勢いで色々やらかしたけど、かなりヒヤリハットな出来事だった。不敬罪を問われるならまだしも、魔女裁判にかけられても文句は言えない。全力で逃げるけどね。
「ふん、うまくいったのが、運がよかった。それを理解しているならいいが。」
じいちゃんはそこで区切って、トレイに載せた薬のセットをこちらに回す。これは・・・
「いいの、これ?」
「そう判断できたなら問題ない、やってみろ。」
これは神経痛に効く薬の材料だ。前世で言うところの痛風とか帯状疱疹後神経痛とかみたいな動くだけでも痛みがあって辛い人に処方する系のあれだ。神経の反応を抑えて痛みを和らげるもので麻酔のような
もの。健康な人間が摂取すると酩酊感とかしびれなどの副作用がある。配分を間違えた場合もそのしかり。
「配合は知っているな。」
「う、うん。」
じいちゃんの配合は見ているし、記録も熟読している。知識として理解はしているが実践は初めてだ。
「やってみろ。」
「気を付けてね、ネコトコの根は猛毒よ。」
ばあちゃんは心配そうに見守る中、私はマスクと手袋で武装して台の前に座りなおした。ネコトコの根は加工済みで毒性は少ない。ほかの薬品も事前に処理は済ませてあるらしく毒性は低いけど油断はできない。
「まずは、ネコトコの根の粉末を適量の水に溶かす。色が青くなれば成功。」
ここで大事なのは水に入れるのではなく、粉末に水をかけて溶かすことだ。その上で、他の薬品を少しずつ混ぜながら、湯煎していく。このあたりは前世と違う感覚だが、何度も繰り返してきたから、もう慣れた。
「温度調整をするのは、取り出したい薬効があるから。」
「その通り。なんでその温度かというのは先人の知恵だ。幾度もチャレンジした記録と研鑽だ。心して覚えなさい。」
じいちゃんがどこからこれらの知識を仕入れたのか知らない。ひい爺さんは武力馬鹿で、ひいばあさんはそれを支えた戦術馬鹿だったらしい。戦うことしかできなかったという昔話を聞く。
「苦労したさ。それなりにな。」
そんな昔話をしながら、自分たちのことを祖父母たちが話すことはない。まあそのうち聞けるだろう。
「最後は冷やして瓶にうつして完成っと。」
危険性さえ無視すればやっていることはいつもの延長上、それなりに緊張したがそつなく出来たのではないだろうか。
「あらあら、ストラは本当に器用ね。まさか「息修めの薬」をこんなに簡単に調合してしまうなんて。」
「これもまた歴史の積み重ねだな。教えを丁寧に実践している。」
完成した赤い薬を前に、じいちゃんも満足げだった。
テストは合格、ということでいいんだろう。
「ストラ、覚えておけ。」
だが不意にその眉間にしわが寄り、怖いくらい真剣な顔で二人が私の肩に手をおいた。
「薬は使い方次第では毒になる。」
「ストラちゃんはそのあたりをよく理解しているわよね。」
コクコクと私は頷く。それは前世からの常識だ。
「この薬が作れたなら、ここの薬草で作れる薬はすべて作れるだろう。」
「それも一人でね。」
いや、大変だからやらないけどね。管理とかも含めてじいちゃんたちを頼りにさせてもらうよ。
「それでいい、調薬も治療も決して1人でやってはいけない。必ず誰かと一緒にするんだ。わしも重要と思った治療には必ずばあさんの知恵を借りるようにしてきた。」
「それは、どういう?」
私は理解が追い付かず首をかしげる。薬師としての知恵はじいちゃんが最強である。ばあちゃんはあくまでお手伝いさんのはずだけど。
「そうだな、例えばクレア嬢の診断の件だが、もしもの時があった場合のことをお前は考えただろう?」
「う、うん。」
「考えて最善という治療を行った。善意からな。それはすばらしいことだ。」
ぽんと私の頭に手を置いてじいちゃんは続ける。
「だが、もしも間違えていたら。脚気とお前が呼んだ病気は「貴族病」と言われる病だが、その原因は栄養の偏りのほかに、古傷などによる心臓の働きが弱まったことや毒などが原因なこともある。その場合。」
「うっ!」
じいちゃんが上げた理由だった場合、私の処方は間違っている。下手したら病状を悪化させていたかもしれない。
「うわー、まじで運がよかった。」
今更ながら冷や汗がでる。思えば、世の教師時代の知識は、学校という現場で子どもに教えることが前提となっているものだ。間違えてもなんだかんだ替えが効くし、安全だった。
「大丈夫よ、うまくいくと分かったからこそ、おじいちゃんも私も見守っていたのよ。「貴族病」の大半はそうだし、クレアちゃんの状況からしても同じ判断をするはずだわ。」
励ますようにばあちゃんが強く肩をつかむと、自然と涙が出そうになった。
何が前世チートだ。
何が、薬師の孫だ。
この世界では10歳の餓鬼でしかなく、命を預かる覚悟もできていなかった。
「命を相手にする怖さを理解できているようなら、1人前だ。わしの若い頃もこれくらいの分別があったならなー。」
「貴方の場合は、先生にけつを叩かれてましたからねー。」
「先生?」
「ええ、私たちの恩師で、学園で働いているわ。私たちの薬学の知識はその人から教わったの。」
なんか気になるワードがでてきたけど、今は泣かないようにするのが精一杯だ。
「今の震えを忘れてはならない。それで忘れるな。お前は未熟者だ、悩んでいいし、頼っていい。」
「まだまだ長生きをしないといけませんね。」
ありがとう、と私はばあちゃんに抱き着いた。
ゲームでは学園へ通う前に、祖父母は本格的に隠居してどこかへ行ってしまう。だがそれはきっと自分たちの薬学の知識を誰かに正しく伝えるためだったんだろう。と今なら思える。
祖父母たちが、先生とやら引き継いだこの世界に有るまじき知識。異物と思える「薬学」。
それが何ゆえに起こったことなのか、私にはわからない。
ゲームのシナリオには関わらず平穏な田舎暮らし。それを目指すことは変わらない。
ただ、祖父母が私を認めて授けてくれた薬学とその心構えは大事にしていこう。
責任とか役目は前世で散々懲りて、捨てたい筆頭の荷物だけど、これぐらいは背負っていこう。
そんなことを思いながら、私はその日、師匠から「薬師」として一人前と認められたのだった。
色々やってるけど、モラルは高い。