32 お金を儲けすぎるのも考えもの という話。
帰ってきたのに、お金の話。でもストラちゃんは10歳です。
さて、ハッサム村に戻ったら少しはのんびり、というわけにはいかないのが領主の娘の悲しいところである。
「そうか、クレア様は順調に回復しているんだな。」
「うん、さすがはじいちゃんの薬だね、私の見立てが間違ってなかったのもあるけど、服薬と食事療法を続ければ、全然元気そうだったよ。」
むしろ元気すぎて引くレベルだったよ。異世界要素怖いってなったからね、普通に。
「そうか、ストラーダも、報われたか。」
「ええ、クレアが倒れてからはだいぶ無理をしていたみたいだから。」
目頭を押さえてうつむく父ちゃんとそっと励ます母ちゃん。聞けば学園時代からの友人だったらしい。まあ向こうは国の最高権力の一角で、うちは田舎の村の木っ端役人であるから、辺境伯ことストラーダ様が義理堅いということなんだろう。
「ストラ、俺からも礼を言わせてくれ。今日ほどお前がいてくれてよかったと思う日はない。」
「そりゃ、どうも。まあじいちゃんの教えのおかげだよ。」
「ふふふ、お義父様の離れに通うと言い出した時はどうなるかと思ったけど、私たちからこんな賢い子がうまれるなんて。」
「将来が楽しみであり、不安でもあるな。」
うん図太くものほほんとしたこの両親が驚愕するほどの事態が割とあったからね―最近。
「で、ストラ、お風呂はもう大丈夫なの?」
一通りの報告をした上で母ちゃんが一番気にしたのはお風呂のことだった。
「うん、フクロウさんたちも話が通じるっぽいから。時間とかルールは守ってくれそう。」
「そう、これでまたお風呂のある生活ね。」
うっとりする母ちゃんに、やれやれと首を振る父ちゃん。
「まあ、村の人間も増えたし、にぎやかになるのはいいことだが。」
「わかってるよ、やりすぎないし、ちゃんと相談するから。」
腹黒い(自称)な執事とか、狂犬のフリをした忠犬な兄ちゃんとかに。
そんなこんなで両親への報告を済ませて次に向かうのは、トムソンの執務室だ。なんだかんだ収穫期と税を納める時期なのでいつも以上に書類に埋もれていたトムソンは、私を見て悲鳴のような声で帰宅を歓迎してくれた。
「おじょうーさま、どうしましょう、あれ。」
「あれねー、見なかったことにしたいよねー。」
アレとはホットオウル達の事だろう。うん無視できないよねー。
「害がないから、父ちゃんたちは獣程度って理解だけど、ドワーフたちが食いついてるねー。」
「聞けばホットオウルの羽は、優秀な素材だとか。」
経済系とか流通系に強いトムソンだが、鍛冶とか魔物には詳しくない。いやホットオウルの存在が珍しいのもあるんだけど。
「そうだねー、そもそも存在が貴重なんだけど、羽の1枚あれば、1冬分の薪にも相当するとか、鍛冶の素材にすれば耐熱性の高い金属ができるとか、錬金術師が火のでる魔道具の材料にしているとか、色々あるよー。」
「ようするに。」
「めっちゃ有用。うまく使えば大儲け間違いなし。」
そもそもが、山とかを探索していて偶然手に入るようなブツだ。だが風呂場には捨てるほどあった。
「万が一にと思って抜けた羽は親方たちが集めていたそうですが・・・」
「うわ、市場には出せないね。売れるとか以前にこの村が乗っ取られるよ。」
私は10歳だけど、トムソンはその10歳の言葉に顔を青くする。うんフラグとかじゃないし、私の知恵と見識はトムソンごときに図れるものではない。
「ハルちゃんたちのハチミツも、かなりの貴重品なんだけどあくまで食べ物な上に、他でも獲れるもの。卵焼きの鍋とかドワーフの酒も、数が少ないから今は希少だけど、製法が広まれば落ち着く問題。だけど、あの羽はまずいよー。ドワーフのバカどもを押さえつける必要があるくらい。」
「ははは、お嬢様が帰ってくるまで待って正解だった。さすがにやばい。」
「羽を数枚持ち逃げしたら、一生遊んで暮らせるぐらい稼げるよ。」
「そうしたら、市場を崩壊させるおつもりでしょ。」
「ええ、ストラ、そんな怖い事しないよー。」
仮に逃げたらハチさんたちとクマさんファミリー、そこにフクロウ組の追撃が待っているけどね。
「いやいやいや、なに勢力拡大しているんですか。」
「ははは、今更だよ。」
以前からうちの村の収入を横領していた小悪党トムソン。そしてそれを見逃す代わりに色々と悪だくみに付き合ってもらっているんだ。悪いようにはしないけど、逃がす気もない。
「で、さあ。これが今年の帳簿?」
「はい、以前相談した通りの額面にしておきました。」
話題を変えてトムソンが目ざとく置いていた書類を手に取って確認する。
「麦の生産量は去年よりもわずかに上昇。ドワーフたちの鍛冶製品と彼らの修める人頭税による増収。ハチミツ関連もそこそこって感じだね。」
「設備投資分を考えると赤字ということになっています。」
うん、実にいい。
「すばらしい、すばらしいよ。トムソン。無理なく発展している感がでてていいよ。」
去年の帳簿を取り出して数値を比較しても、3割増しといったところだ。これなら豊作とか新商品の開発に成功したという名目でそんなに注目されない。
おっここがんばってるなぐらいになるだけだ。
「いんですかねーこれ。」
「豊作なのは父ちゃんたちも分かっているし、設備投資でトントンになるって伝えてあるから。それに辺境伯家からの礼金は税とは関係ないからねー。別帳簿だよ。」
「それを無視しても、ちょっと、いやさすがに3倍に増えた収入を誤魔化すのか。」
「逆に疑われるわ。」
ハッサム領とは名ばかりのわが村は周囲の森や山の収穫物の権利も持っている。だからとんでもない獲物を狩れたら収入が急に増えることがある。それはほかの領地でも言えることだ。
だが、うちの場合は、ハチさんとクマさんファミリーという協力な味方によって森や山での安全が確保された上に、定期的に獣や自然の恵みが確保できる。
おまけに酒で餌付けされたドワーフたちによる鍛冶仕事による生産性の向上によって農地も拡大されて生産量が増えた。あと、酒の売り上げが地味に大きい。
「ドワーフすら虜にする新酒ということで、高値で取引できました。」
うん、これはトムソンのせいだ。お主も悪よのー。
とまあ、色々やらかした結果、村の収入が3倍近くに増えたが、私はそれを適度に抑えめにして帳簿を作らせた。
なぜって、急に収入が増えたら注目されるよね。そしたら辺境伯家との関係とか愉快な動物さん達のことが広まってしまう。
先祖の七光りで領地をもらった田舎貴族。貴族とは名ばかりの田舎者。という理由からわが村は侮られ、無視されている。同時に色々な義務とかしがらみを誤魔化しているのである。
「結局さあ、うちの領地って、ひいおじい様の武功でもらった領地とは名ばかりの島流しだからねー。」
じいさまも父ちゃんも詳しくは言わないけど、当時の武勇伝というのは王子たちも知っていることだった。「あのハッサム」というのはゲームの中でよく聞くフレーズなんだけど。
平民出身ながら勇敢な武官であったひいおじい様。薬師として各所に影響力を持つじいちゃんのどちらかのことだけど・・・。
「そんな田舎者が急に儲けだした。なんてことになったらどうなる。しかもそこの家令はどうも怪しいってなったら。」
「ははは、今回の分は、万が一のために貯蓄していたということにしておきましょう。」
「そうだね、バレなきゃいいし、ばれても今回なら言い訳が効く。」
これは混乱を防ぐための致し方ない処置だ。
前世の学校現場でもそういうことがあったけなー。校外学習とかの費用は飲み物の一本まで細かく費用を計算して帳簿を作っているようにみせて、一部のメンドクサイ計算は教師が自腹で払っていることもあった。一方で研究費という名目で補助金をもらえるために、普段使いの道具とか消耗品の領収書をため込んでカードゲームのように帳簿デッキを組んでいる人もいた。
教材費なんか、まさにそれだった。色々と必要な申請書類を必死に用意したのに、一部の自称やり手な教師がとんでもない提案をして予算をかっさらっていく。ああ、思い出すだけで腹が立つ。企業と手を組んで最新のPCとかプロジェクターを1人占めしておいて、校内での使用マニュアルの作成とか説明を丸投げしたアイツ・・・
うん、過去のことは忘れよう。
今の問題は帳簿のそれである。こんな田舎の村の帳簿をわざわざ見る奴はいない。が、3倍に増えたらさすがに目立つ。そうでなくても悪目立ちしそうだしねー。
「とりあえず、この件はここだけにするわよ。」
「はい、悪魔に魂を売る所存であります。まあ、もう、ほどほどでいいんですけどねー。」
「うん、息子さんの学費も充分に蓄えられてると思います。」
だからといって足を洗うことは許さんけどな。
そんなこんなで腹黒い気持ちになった私は、そのまま調理場に向かった。こういう時はやっぱり料理だ。面白そうなお菓子を色々作るぞー。
気づいた範囲で訂正はいれていきますが、初期ではストラさんが7歳だったり10歳だったりします。
まあ、10歳が基本なので、そちらを信用してください。
そして、新動物が増える前に話が長くなってしまった。




