大いなる自然には、大いなる化け物が存在する。2
サル狩りの王子様視点です。
時間は半日ほど巻き戻る。
「いけークマ吉。穴をほるだ。」
「ぐるるる(なにそれー?)
ノリノリなのか、やけっぱちなのか分からないがともかくテンションの高い少女がまたがる巨大なクマが地面をばりばりと削っていく。ものすごい音だが作業は素早く丁寧で、近くで見学していた、王子たちや王城の兵士たちに泥や石が飛ぶことはなかった。
「な、なんだこれ。」
かわりに衝撃が走っていたようである。
兵士たちが色めきだつのはしょうがない面がある。
辺境にて、外敵や自然の驚異から人々を守ることを任務として野営や狩りなどがメインの辺境伯家の兵士たちと違って、王城の兵士たちの仕事は、治安維持と式典で対人戦を想定したものがメインだ。中には森や野生のケモノを見たこともないなんて兵士もいる。王子たちが選りすぐった兵士たちは、狩りの経験や知識のある者で猿狩りの危険も大切さも分かっている、いや分かっていたというべきだろう。
「あのクマ、魔物じゃないのか、サルよりもあいつを討伐すべきじゃないのか。」
「しっ、よく見ろ、ちゃんと少女の言葉に従っているしふるまいには知性がある。あれは精霊だ。」
「しかし。」
信仰の違いや経験の違い、そういった言葉では片づけられない衝撃が彼らの目の前でくりひろげられていた。
「ジジジ(ストラー、集めてきたよ。)」
「ナイス、兵士さんたちのところに並べておいて。」
少女に従うのはクマだけではなかった。大量のハチたちが、まっすぐに加工された枝を次々に運んでくる。無駄な枝が落とされた、その先端は槍のように尖っている。
「ジジジ(どんどん持ってくるねー。)」
次々に運ばれる枝と、掘られていく落とし穴、魔法か夢かと思われる光景を前に兵士たちが呆然としてしまうのは仕方ない。
「ははは、すげえな、薬師様。この枝を穴の底にさしていけばいいんだな。」
「むう、すさまじいな。メイナの言葉がなければ逃げ出したいぞ。」
そんな中、真っ先に動き出したのはお二人の王子たちだった。
「はい、そこはそれなりに柔らかいので投げいれば大丈夫ですよ。」
「「おう。」」
少女の言葉に競うように枝を拾っては穴の底に投げ込んでいく王子たち。ガルーダ王子は持ち前の性質と数度の出会いの経験からクマやハチに親しみを持っていたし、スラート王子は婚約者の言葉を信じ、婚約者を守るという使命感から恐怖を麻痺させていた。
それゆえの行動だが、若い二人の王子が見せた勇ましい姿に、兵士たちもやっと我に返る。
「総員、作戦通りに準備をせよ。王子たちに遅れるな―!。」
「槍をもて、これだけお膳立てされて、不備などだすなよー。」
隊長たちの激が飛び、兵士たちは慌てて棒の山に走っていく。しかし、その動きにはまだ躊躇いと動揺があり、その作業はお世辞にも早いとはいえない。
「なあ、あれだけのま、戦力が辺境伯家にあるなら、それだけで充分じゃないのか。」
「いや、それこそ、辺境伯家に叛意ありと捉える貴族もでてくるかもしれない。」
「聞けば、あの少女はさらに田舎の領地から来たとか、もしかして隣国の・・・。」
「いや、あれは魔女だ。魔物を操り言葉巧みに王子たちを・・・。」
一番の原因は、少女の言葉によって動かされているということだった。
辺境伯からの言葉ならまだ納得がいく。田舎とはいえ、辺境伯は現王の親族であり、辺境伯という言葉こそあるが領都の発展は王都とそん色ない。
田舎とか野蛮と陰口をたたくのは、王都出身の貴族の子飼いの兵士や関係者だ。それで表立って言わないのは、すでに別の現場へ行ったクマやハチたちの存在が恐ろしいからだ。
理に適った作戦に、効率的な支援。それが分かっているからこそそれを発案、指示しているのが10歳程度の少女ということが気になってしまい、動きを阻害してしまう。
「まずいな、兵士たちの士気が低い。」
そういった機微に目ざとく気づきながらスラート王子は焦っていた。先日の醜態もあって、彼もまた薬師の少女を苦手としているため、兵士たちの気持ちが分かる。だからこそ強く言うことができないでいた。
「あれ、まだこれだけ?」
そう思っていると、再びクマにのった薬師が兵士たちの前に現れた。そして、ほとんど残っているやりの山を見て首をかしげる。
「気を利かせて辺境伯側よりも少ないエリアを任せたのに・・・まあ慣れてないならしょうがないか。」
それは、野戦の準備のことだろうか、それとも自身の従えているケモノたちのことだろうか。ただ、聞こえるように言っているあたり、わざとだ。
「仕方ない、ハルちゃんお願い。」
「ジジジジ(だらしないなー。)」
頭の上のハチに指示を出す少女。見ていた兵士たちは、言葉こそわからないがハチたちやクマが、どこか呆れているような顔をしているのを感じた。
「ジジジジ(手伝うよー。)」
「ジジ(了解。)」
一匹の針を筆頭に無数のハチたちが自分たちが運んできた棒の山に取り付き、2匹で一本ずつ棒を持って空中へと飛んでいく。
「な・・・。」
地面に対して直角に並んだ棒の数。それは異様な光景だった。だが。
「ジジジ(離せ)」
号令の下に一斉に離された棒は、高さと重力によって次々に穴の底にささっていく。
「すげー、なんだあの精度。こええー。」
全員が凍り付く中、ガルーダだけが少女に近づいていった。
「すげえな、薬師様、これができるなら、ハチたちで全部できるんじゃねえの。」
「うーーん、あんまりやるとハチの気配でサルたちが逃げちゃんですよ。あとは流石にハチたちにはつらいみたいです。」
「たしかに、こんな光景みたら、俺だって逃げ出すよ。マジで味方でよかった。ほんとありがとう。」
「ジジジ(うん、いい子いい子。)」
「ジジ(勇敢な子。お前も頑張れ。)」
素直に頭を下げるガルーダ王子に、一部のハチたちが群がっていく。
のちに語られることになるが、知性のあるハチは気に入った生き物を守護することがあるらしい。このとき、ガルーダ王子の素直な行動はハチたちに気に入られていたのだ。
「が、ガルーダ、失礼のないようにな。」
「スラート兄ー、見てみろよ、こんなにモコモコでかわいいのにすげえよなー。」
弟を思って慌ててやってきたスラート王子。だが若干の怯えが隠せていない。
「ジジジ(誰?)」
「ああ、俺の兄貴のスラート兄貴だ。俺なんかよりずっと賢いし、強いんだぜ。」
「ぐるるるる(たしかに、パパに剣を向けたって聞いた)」
「クマ吉、ハチッズ、この人達は国の王子様達よ失礼のないようにね。」
そういってクマたちを止める少女。だが馬上ならぬ、クマの上で物理的に一番失礼なことをしていることには気づいていない。
「薬師殿、ご助力感謝する。しかし、ここは我らが持ち場。我らの威信にかけて準備は間に合わせるゆえ、薬師どのは、薬師殿の役目を。」
立派なことを言っているが、スラート王子の心中は、婚約者であるメイナと背後の辺境伯家の人達の安全の確保であった。
クマやハチの気配が強いとグレイモンキーたちの誘導に失敗する可能性がある。そのため、ハチたちは周囲に分散して、偵察し、薬師とクマは、兵士たちのさらに後方で最終防衛をする役割だった。
つまりは、兵士たちは、クマやハチ以下である。
スラート王子はそれを理解していた。理解した上で、ガルーダやメイナの安全のためにそんなことは些細な物だと割り切っていた。
「分かりました、スラート王子。勝手な手出しをして失礼しました。ご武運を。」
それをわかっているのか、いないのか、薬師は丁寧に礼をしてクマたちとともにさっていく。
「兵士たちよ。今回、我々は援軍だ。慣れぬ森での戦いということで、精霊殿や辺境伯家のご助力を得て準備をしている。だが、それでいいのか?」
薬師たちが去ったあとで、スラート王子は兵士たちに吠えた。
「援軍だ。お手伝いだ。だが、それでいいのか、誇りある貴君らがこのままでは、お膳立てされた戦場の添え物で終わってしまうぞ。いいのか?」
クマやハチ以下の扱いで。
ただのお手伝いで?
「槍を持て、こんな準備、すぐに終わらせるのだ。」
違う。
ここで、功を焦って勝手な行動をするならば、彼らは愚物だろう。だが、彼らは王子の護衛も兼ねた精鋭たちであった。高いプライドを持ちながらも、作戦の意味を理解し、自分たちの役割も正しく理解していた。
役に不満がないわけではない。だが不満を飲み込んで仕事はできる。
「スラート王子の顔に泥を塗るわけにはいかない。」
そして、その根源は彼らに激を飛ばした若き王子の姿にあった。
恐怖やプライドをひた隠し、民と愛する者のために踏ん張っている。そんな姿は、若き日の自分たちを思い出させる微笑ましいものであり、人の上に立つもののカリスマであった。
扱いに対する鬱憤や、傷ついたプライド。それらはよどみなく任務を達成し、サルたちに叩きつけてやればいい。
もくもくと作業していく中、研ぎ澄まされていった殺気。
のちになって、辺境伯家の兵士たちの戦場よりも凄惨なサルたちの被害は、目を覆いたくなるものだったという。
ストラ「実は、めっちゃ働いてます。」
ガルーダ「薬師様ーすげー、クマすげー、ハチすげー。」
王城兵士「サルぜっころ」
グレイモンキー「出番なくやられました。」