2 悪役令嬢と言われるにはそれなりに理由がある?いや、これは周囲が悪いでしょ。
初手からやらかしたストラちゃんの運命はいかに。
パニック状態の会場から、案内されたのはリガード家の御屋敷の数多くあるゲストルームの一つだった。そこでホットミルクを飲まされて、ふかふかのソファーに座りながら私たちはメイナ様が泣き止むのをまった。本来なら別室にすべきだけど、メイナ様が思いのほか強い力で私や母様にしがみついてしまったからだ。
「ご、ごめんなさい。わたし。」
「いえ、もともとは私の不用意な言動が原因ですので。」
落ち着いたメイナ様は、私たちにしがみついて泣いていたことにまずは赤面し、次に私のほほに赤いモミジがついていることに顔を青ざめた。そこで取り乱さずに対面のソファーに座りなおして即座に謝罪の言葉がでたあたり、さすが貴族令嬢である。
「だれか、ストラ嬢の手当てを。」
「いえ、大丈夫です。濡れた布を貸していただければ大丈夫です。」
ここにきて、状況のあらましを察したリガード卿の言葉をやんわりと断る。うん、痛いけど、じりじりするけど、7歳の身体にはしんどいが、冷やしておけば大丈夫だ。
「ストラ、何があったか話せる?」
そんな様子の私に母ちゃんがうながし、私は冷静に言葉を選ぶ。
「私が悪いんです。メイナ様のドレスがうらやましくて、自分のドレスがおさがりだとか、小さな村だからと愚痴を言ったら、貴族としてふさわしくないと、メイナ様が怒ってくださったのです。」
「ち、ちがうの。お父様、私が私が悪いの。私がカッとなって叩いちゃっただけなの。ストラ様は悪くないわ。」
「メイナ様、うちは、木っ端貴族です。ストラで結構です。」
「おめえ、そういうとこだぞ。」
父ちゃんがごつんと拳を落とす。
「そうやって田舎っぽいことばっかいうから。貴族らしくないんだ。だからメイナ様も怒るんだ。」
「うう、ごめんよ、とうちゃ、父様。」
私の口が悪いのは家族は理解している。だからこそ父ちゃんの拳骨も理解できる。
「ハッサム、そこまですることないだろう。」
「い、いやストラーダ、今回は、うちの娘が。」
「いやいや、どんな理由があれ、祝いの席で手を上げたうちが悪い。」
うん、なんか親し気じゃない?
「ストラ、父ちゃんとストラーダ様と私は学園で同級生だったのよ。」
「まじで。」
「言い方。」
「はい。」
いやいや、だからか、だから家みたいな田舎貴族がメイナ様の誕生パーティーに招待されたのか。無茶ぶりが過ぎる。
「ストラ嬢。改めて娘の蛮行を謝罪しよう。この通りだ。」
やめて、偉い人がポンポン頭を下げないでください。いたたまれない。
「待ってください。メイナ様の話をきちんと聞かないで、勝手に悪いことにしないでください。」
とっさに私はそう反していた。
「はっ?」
「今は私しか、状況を話せていません。それで私を罰するならともかく、メイナ様の話を聞かずに一方的に謝罪されるのはおかしいです。」
貴族的にも将来的にもだ。ここでへんにしこりが残ればメイナ様が成長して悪役令嬢になったときがやばい。それに彼女はまだ子供だ。どんな結果になっても話は聞くべきなのだ。
「うっそれは。」
「ストラーダ、せっかちなのは学園から変わってませんね。」
ふふふと笑うのは母ちゃんだ。うん、こういうときって女の方が冷静よね。
「メイナ様、何があったか、何を思ったか話してくれませんか。ゆっくりでいいです。何が嫌で、今どうしたいか。」
母ちゃんの援護で黙った大人連中を横目に、私は努めて冷静にメイナ様を促した。この場合、進行役を当事者である私がするのはおかしいのだが、状況的にしかたない。
「え、ええっとね。うらやましかったの。」
「はい。」
「あなたがお母さまからのおさがりを着ていることや一緒に繕ったって聞いて。」
「そうなんですか。」
「そ、それに、家族総出って、みんな一緒ってことでしょ、わたし。わたしは。」
「うんうん。」
聞きだすときの基本は肯定的な拝聴だ。相手の言葉を否定せず肯定する。問い詰めるのではなく、相手が思ったことをただ聞き出す。カウンセリングマインドと呼ばれる心構えは徐々に相手の気持ちを引き出していく。
「わたし、うれしかったの。同い年の友達ができるって。父様も母様もよく話してたハッサムの家の子で、私と同い年の女の子がいるって。」
「そうだったんですか、ありがとうございます。」
うんうんと聞きだす私に対して、メイナ様の目には涙がたまり、周囲の大人は息をのんでいる。
「で、でもね、何を話していいかわからなかった。だから、父様がいってた田舎者って言葉を使っちゃったの、だって父様、そのときとても楽しそうだったから。」
「そうですか、楽しそうだったんですね。」
「うん、悪い言葉って分かってたのに、ごめんなさい。でもでも、私、わたしも。」
「うんうん、そうですね。」
「私も母様と一緒にドレスを用意したかったの。それで私もあなたみたいにドレスのことを話したかったの。ラブシルクってこと以外、このドレスのこと知らなかったの。」
そこまで話してメイナ様が再び決壊した。ボロボロと涙を流し、顔を覆う。うん、これはいいけど。
「ストラーダ、何をしているの、メイナ様をだきしめて。」
「え、ええ。」
「「さっさとしなさい。」」
私と母ちゃんの言葉にストラーダ様は、おずおずとメイナ様を抱きしめる。そしてメイナ様は再び大声を上げて泣き出す。
「メイナ様のお母さま。クレアも私たちと同級生だっただけどね。」
「・・・もしかして。」
気まずい空気の中、母ちゃんがそっと教えてくれた。
メイナ様のお母さまであるクレアさまは、もともと身体が弱く、母親としてメイナ様と過ごせる機会がなかなか持てずにいたんだそうだ。病気がちなために、一緒に過ごす時間が少なく、最近は寝たきりなことが多く、私の話したような家族のような思い出も少なかったらしい。いやそれよりも、
「私としては、母ちゃんたちが、辺境伯様と縁があったことがおどろきなんだけど。」
「ふふふ、アナタたちが生まれてからは手紙のやり取りだけしかしてなかったからね。」
だったら事前に話しておいてほしかった。知ってたらあんなことはさすがに言わない。
「ストラの口の悪さを失念していた。ただ、まあ。」
父ちゃんよ、言いたいことがあればはっきりと言えよ。まあ、結果として彼女の人となりはわかった。致命的なまでの愛情不足とコミュニケーション経験の不足、メイナ・リガードというわがままな令嬢の下地はこれなのだ。
「いやいや、これは親が悪い。」
そこまで考えて、私はまた空気を読まずにそんな言葉がでてしまった。
「リガード卿、メリル様。今すぐクレアさま?、メリル様のお母さまのところへ案内してください。いや、いますぐ案内しろ。」
高ぶった思いで素が出てしまう、だが、そんなことを言っている場合じゃない。
この世界で、身体が弱いって、普通にやばいから。
ストラ「今更だけど不敬罪とか言われたたら、やばい。」
メリル「この子、すごい。」
メリルパパ「ふむ、すごい子だ。」
父ちゃん「心臓が4つは消えたぞ。」
母ちゃん「メリル様みたいな素直な子が欲しい。」
すったもんだのスタートダッシュ。次回からは小悪魔に小市民に活躍するぞ。