27 権威とか利権なんてものは実益と下心の前には無力である。 と、王子は弟を語る。
前回に引き続きスラート王子視点
惚気る王子にご期待ください。
愛らしくも愛おしい婚約者との出会い。それは私の生活に色をつけてくれた。
教師やメイドなど、普段から接している人間にも性格や好みがある。歴史家の教師は、淡々と事実を語るだけかと思っていたが、古代史とくに建国時代の様々な怪しい仮説を嬉々して調べていた。メイドの多くは私のことを恐れ多いと思いつつ、ガルーダやアルバ兄さまになついている。前者はともかく、後者はちょっとへこんだ。
「ははは、だってお前笑わないし、話しかけないから。」
そんな時に、ふらっと現れたガルーダと世間話なんてのも初めてだったし、弱音ともとれる自己評価を漏らしたらガルーダはゲラゲラと笑ってそういった。
「笑うなよ。気づいたら結構気になるんだから。」
人を見ていなかった自分への反省、もあるけど一番は原因を確認して万が一にもメイナに嫌われないようにしたい。恥を忍んでガルーダに相談したのもそのためだ。
「いいんじゃないの。自分のわからないことを聞けるなんて、かっこいいと思うぞ、兄貴。」
「そ、そうか?」
自分史上でも上位にくる情けなさなのだが、ガルーダは悪意なく笑っていた。
「つまらないプライドで、知らぬは一時の恥、聞かぬは一生の損だったかな。薬師様がそう言ってた。」
「なるほど、含蓄のある言葉だな。」
脳裏にあの生意気な顔が浮かぶが、いかにも言いそうな言葉だと思う。
「そうやって聞いてみればいいんだよ。それで自分に悪いところがあるなら直せばいいし、相手のことが気になるなら言葉にするんだ。」
「それができたら苦労しない。」
二つ年下のガルーダは年齢よりも幼く素直だ。だからこそ表裏無く接することができるが、俺には難しい。
「そうかねー、でも兄貴ってメイドたちの間だと人気なんだけどなー。なあ、チヨ。」
そして、王族同士の会話なのに、あっさりとメイドを巻き込める。それができることがどれだけすごいか本人は理解していない。
「はっ、メイドたちの中では大人の魅力にあふれるアルバス様よりも、国王陛下の凛々しさを受け継ぎ将来イケメンになるだろうと、スラート王子様が一番人気です。クールな視線で睨んでほしいとか、ふんでほしいなんて趣向の不届きものもいるようですが、ほとんどはクール系美少年しかカタンだそうです。」
「えっどういうこと?」
「失礼、口が滑りました。要するにスラート王子は彫像のようなものなのです。」
なんか不穏な言葉を言ったあとでチヨが咳払いをして、言い方を変えた。
「触れることが畏れ多い。そこにあるだけで美しいと思われる人気なのではないでしょうか。そもそも我々は王子様達と気軽に話すことは立場的に許されません。万が一粗相があった場合というのもありますが、それが我々とスラート様たちの関係なのでございます。」
「そ、そうだったね。」
身分が低いモノが高いモノに気楽に話しかけることはマナー的にNG。それは勉強したことだ。それぞれに立場や仕事があり、基本的に身分が高いほど多忙である。だからこそ身分が下の相手が気を遣うことで円滑なコミュニケーションがとれるという理由だが。
「その割にはガルーダはよく話しかけられてないか?」
「そ、それは。」
言い淀むチヨに変わって、ガルーダが答えた。
「俺は暇なのが分かりやすいんだって。休憩時間とか自習のタイミングは顔を見ると分かるらしい。」
なるほど、確かに。たまに一緒に勉強しているときと今みたいに遊んでいるときで面白いくらい表情が変わる。
「はは、兄貴にもわかるのか。これは無理だなー。」
「いや、取り繕うことは覚えような。お前も王子なんだから。」
「うう、分かってるよ。」
なるほど、こういうことか。とチヨを見ると目をそらして顔を赤くしていた。
「え、ええっとその、ガルーダ様は考えがわかりやすくてちょろいと言いますか、あれなんです。それでいてスラート様は隙がなく、いつも何か考えている印象がありまして、話しかけてお邪魔してはと思うのです。下手に邪魔すると「スラート様見守り隊」にしばかれまして。」
「いや、それなに。」
「おっと失言でした。忘れてください。」
しれっと言い切り、それ以上は絶対に話さない。なんだかんだチヨも変わり者だ。特にガルーダの近くだと色々とおかしい気がする。
「まあ、チヨはそこが面白いし可愛いと思うぞ。それにすっごく強いから頼りになるんだ。」
「ガルーダ様。」
それを理解して傍に置いているガルーダもなかなかだ。さらっと好意を口にする様は聞いているこちらが赤面しそうになる。当の本人は顔を真っ赤にして身をよじっている。
なにこれ、超面白い。
「うん、まあスラート兄貴は、もう少し自分から話しかけてあげたらいいんじゃないか?きっとみんなも喜ぶと思うぞ。」
「ああ、だがどんな話を?」
「わかんねえーそれこそメイサ様だっけ、婚約者とどんな話をしているんだ?」
「ふむ。」
メイナと話すことと言えば、季節や天気の話、そしてお互いの近況などだろうか。
「どんな勉強をしたとか、どんな本を読んだとかだな。」
当たり障りなく言葉にすると、ガルーダは途端につまらなそうな顔になる。
「いやー、固いわー。」
「固いですねー。それなのにあんなにキラキラお話をされているんですから不思議です。」
「固いってなんだよ。」
柔軟性には自信があるぞ。なんなら武芸も僕の方が強いだろうに。
「ははは、真面目すぎるやつのことを、お固いやつっていうんだって。ちなみにスラートはきっとツンデレじゃないかって言ってたな。ツンデレっていうのは、気持ちが素直にだせないやつのことな。」
「うぐ。」
言われるとそうかもしれない。王子として振る舞いなさいと日々言われてきた。それでいてアルバ兄さんは自由奔放な上に行動が遅いし、ガルーダはそそっかしい。そんな二人を見てきたからこそ
「俺がしっかりしないといけないと思うんだろうが。」
思い出すとムッとしてしまう。
「そもそも、お前が授業を抜け出すから、僕への時間と期待が増えるんだよ。もっと自由時間が欲しいよ、僕だって。」
「うっごめん。」
「ガルーダ様、完全に藪蛇でしたね。」
チヨにも言われるぞ。
「わかった、わかったよ。兄貴にまで迷惑をかけてたとは思わなかったんだ、ちゃんと勉強するよ。」
「ちゃんとも何もない、お前も勉強を楽しむことを覚えろ。」
兄としてここはきっちりと話しておこう。僕のように根本的な意識改革が必要かもしれない。
「例えば、そうだな。お前はなんで獣を狩りすぎてはいけないんだと思う?」
「ああ、そういえば先生がそんなことを言っていたな。山菜とかも根こそぎはだめだって。」
そう、狩りの時間に教わったのはそれだけだった。だがその先がある。
「ウサギは草を食べる、そのウサギを狐やオオカミが、更に大型の獣が狐やオオカミが狩る。俺たち人間は、そのどれも狩るよな。」
「ああ、ウサギ鍋もオオカミの干し肉も旨いよな。」
じゅるりとよだれを飲み込むような音がする。
「例えばウサギをすべて狩ったとしよう。すると草木が必要以上に育ってしまい、畑に被害がでる。ウサギを食べる狐やオオカミが餌を求めて人里に降りてくるかもしれない。そういうことが考えられるんだ。」
「ああ、確かに。畑の手入れは大変だって聞いたなー。」
「そうだ、農家の中には鳥や豚を放し飼いにして畑の草を食べさせるものもいるそうだ。本来なら鳥や豚は畑を荒らす害獣だ。だからと言って鳥や豚を狩りつくすのではなく、バランスを保たないといけないということだ。」
受け売りだが、数ある話の中でも特に実感がわき、ガルーダにもわかりやすいと思った話だ。
「すげえ、兄貴の話ってめっちゃ分かりやすいぞ。たしかにそれなら狩りすぎるのはよくないな。」
「ここからは僕の考えだけど、これは動物と人間の陣取りゲームのようなものなんだと思う。」
ウサギにしろ、鳥にしろ懸命に生きている。そんな中で害獣や食力になる動物を選んで狩っているし、オオカミや猿などを狩っている一方で王城では馬や犬を飼っている。生かすも殺すも人間次第、バランスを崩さないように、管理するのもまた我々の役目なんだろう。
「うん、兄貴の話って面白いな。なあ、いっそ兄貴の勉強に混ぜてくれよ。できる範囲でいいからさあ。」
「はっ?」
急になにを言い出すんだろうか?勉強の意識は変わったようだが、なぜそうなる?
「スラート様、不敬を承知で申し上げますが、今の話、まるで教師、いや劇場の話し家のようでした。恐れ多いですがガルーダ様がここまで素直に話を聞き、理解と興味を示されたのは初めてです。」
「それって、バカにしてない?」
「ええ、してます。ガルーダ様はもう少し思慮深く、知識を蓄える大切さをしるべきです。」
「ぐうう。」
なんとも仲良しのやりとりだけど。チヨ、確かに馬鹿にしているよねー。うん、僕もこいつはバカだと思うけど。
王子教育というのは、次代を育てるという目的のほかに、貴族の権力争いの舞台でもある。どんな教師を誰が教えたか、教師を推薦した貴族はだれか。それが王家からの信頼の証明であり、貴族にとっては名誉と実績になる。
そして、次の王になるのは、3人の中の誰か、決まっていない。
次代の王へと推したい、あるいはその時のために恩を売りたい。そういった面倒なしがらみがあるのだ。
「1人より2人のほうが効率がいいって。俺が足を引っ張る手間もあるかもだけど、移動とか準備の手間を考えたら絶対いいと思うぞ。」
「うん?」
「それにさあ。ぶっちゃけた話、次の王ってスラートがなるんだろ?」
「はっ?」
こいつはなんてことを言っているんだろうか?仮に王子が王にならないと宣言したり、断言したりすることの意味を分かっているのだろうか。
「アルバ兄もそう言ってたぞ。」
何吹き込んでんだ、あのバカ。
「今のは聞かなかったことにするぞ。チヨも忘れろ。」
「は、はい。」
さすがにチヨは分かっているらしい。最終的に決めるのは父上だが、兄弟で内々に決めましたなんて怒られるじゃすまない。
「そうじゃなくても、進度の違いがあるんだ。全部は無理だぞ。」
「わかってるよー、取り急ぎ、マナーとか武術の訓練は一緒にしてくれよ。そのあたりなら確実に一緒にできると思うぞ。そうしたら、スラートも辺境伯家へ行く時間が増やせるはずだ。」
「僕は欲しいのは自由時間だ。」
けしてメイナと過ごす時間を増やしたいわけじゃない。
「というか、何が狙いだ。絶対、なにか企んでるだろ。」
あの勉強嫌いのガルーダがこんなに殊勝なことを言うわけがない。特に最近はやけにずるがしこい。
「実はさあ、辺境伯家の近くの森でグレイモンキーが増えてるんだって。」
「なんだと。」
何を隠しているのかと思ったらとんでもないことを口走りやがった。
「グレイモンキー、ほんとか規模は?」
「まだ少ないらしいけど、あいつらは餌さえあれば一月で馬鹿みたいに増えるんだろ。」
よく勉強している。
グレイモンキーは、子ども程度の大きさの猿だ。灰色の毛皮に長い手足を使って木々を渡る魔物だ。ずるがしこく、個体数が少ないうちはおとなしいが、数が増えるとそれを盾に人里やほかの動物の縄張りにも広がっていく。力もそこそこだが木の棒や投石などの道具を使うこともあり厄介な存在だ。
「それは、一大事じゃないか。」
「いや、落ち着け、兄貴。」
直接的な脅威は低いが畑や自然を荒らすグレイモンキーの被害は無視できない。それがメイナの、いや辺境伯家となれば大変なことだ。
「で、それを近衛の先生に話したんだけど。俺らの実戦訓練にちょうどいいかもって言ってたんだよ。ただ、時間とか準備に時間がかかるかもって。」
「すぐに準備させる。」
今は一時でも惜しい。上に立つものがくだらないプライドや人間関係なんぞで準備が遅れてしまうのは問題。
「近衛の先生なら、俺たちを平等に評価してくれるはずだ。ガルーダ、その提案を今すぐ伝えにいくぞ。ほかの連中は俺が黙らせる。」
俺、王子としての顔をここで使わずになんとする。
「ははは、そう言ってくれると思ったぜ。さすがはスラート兄貴だ。決断力も説得力も違う。」
手放しで喜ぶガルーダを引き連れて、兵舎へとずんずんと歩いていく。
本来なら俺たち王子が城から出るときは父上や母上の許可がいるが、実践訓練というならば話は別だ。色々とごり押してしまえばいい。
派閥?利権?予算? 知ったこっちゃない。
国民の危機を前に、そんなことを言うやつなんて黙らせる。
のちに「スラートの勇断」と言われたこの暴走。
とある兵士は、王子らしく、実に堂々としていて民を思う姿であったと称した。
とある役人は、目先の行動に囚われる若さの暴走と称した。
「めっちゃちょろかったな。兄貴。」
「ええ、まさかガルーダ様の予想通りになるとは思いませんでした。」
「ふふふ、これで俺も実戦に参加だ。チヨ、一緒に来てくれるよな。」
「はい、御身は私が身命を賭してお守りします。」
とある王子とメイドは、そのチョロさを心配しつつ、親しみを覚えてたという。
「だーかーらー。そういう話を報告しなくていいっての、聞きたくない、聞きたくないから。」
とある片田舎の薬師は、メイドから聞かされた話に耳を塞いだという。
スラート「辺境伯家の平和は私が守る。」
ガルーダ「ちょろい。」
チヨ「私は、あくまでガルーダ王子のメイドです、やましいことは考えていません。」