21 衛生と清潔さと快適さは共存するが別物である。前半
色々と便利なものが増える裏には、きっとこんなことがある。
月日は過ぎて半年ほど。暑い夏とか収穫とか色々あったけど、特別なトラブルはなく。気づいたらハッサム村に冬の気配が近づいていた。
「冬支度のほうは、大丈夫なのかー?」
「大丈夫みたいだよ。今年は豊作だって。」
「それはよかったねー、やっぱりハチさんのご加護だねー。」
ストーブを囲みながらじいちゃんたちと一緒に作業をする。おじいちゃん子、おばあちゃん子である私としては一番心が穏やかな時間だ。
「で、強壮剤が多いのはなんでだ?」
そして一番緊張する瞬間でもあった。
「・・・ガンテツのおっちゃんたちに存在がばれた。」
「馬鹿者が。」
怒鳴るわけでなく淡々と叱るじいちゃんに私はいたたまれくなくなる。
強壮剤というのは、じいちゃんの秘薬から私が魔改造した一品だ。滋養強壮効果のある薬草とハチミツ、そこに炭酸水を混ぜたノンアルコールの栄養ドリンクのことだ。はい、そうですエナジードリンクでございます。カフェインっぽい成分もたっぷり入っているから飲んだら徹夜明けでもお目目くっきりな代物だ。
炭酸水、この世界にあったんだよねー。しかも薬草を溶かしてできるお手軽なものが、見た目はアレ、お風呂にいれる入浴剤みたいなやつ。
臨床実験で村人数名に無料で配布したのが悪かったとは思っています。ワーカホリックなドワーフたちが食いついた。
「これ、飲みすぎはよくないと、ちゃんと言ってあるな―。」
「うん、最悪、死ぬって言っておいた。」
カフェインの過剰摂取も、見せかけの元気による過労も前世では厄介だったしねー。ちなみに痛み止めとかと併用するとマジでやばいです。
「あとはクマが喜ぶ。」
ドワーフたちには供給量を制限している。今日の大量生産は、少量でも腹にたまるとクマパパが気に入ったからだ。ハチミツアメや強壮剤はクマさんたちに大好評で、それを対価に村周辺の防衛をしてくれるし、山で捕らえた獲物を持ってきたりしている。ハチさんたちと同様に交易が成立してしまっているのだ。問題があるとしたら、その供給源が私であること、そして獲物をどう処理するかが悩ましい事だ。
「張り切るのはいいが、急ぎ過ぎないようにな。」
クマさんやハチさんたちと私や村が交流を持つようになってもじいちゃんたちは平常運転だ。
「そうねー、周り回って苦労するのはストラちゃんだからねー。」
「わかってるよー。」
そうは言ってもねー。勝手に動いた流れは私ごときには止められないよ。
ここ最近は特にそうだ。この半年もいろいろあった。
さて、うっかり渡したカクテルのレシピと、いろんな道具の図案。ドワーフの若手衆はすぐにでも実行しようとしたけど、ガンテツのおっちゃんの雷が落ちた。フェンス作りの件も含めて若手衆は禁酒な上に、蒸留器やフライパンなどの細々した製作を押し付けられた。
「なのに、完成させるとはねー。」
それでも馬鹿どもはやり遂げた。エナジードリンクを飲んで徹夜に近い生活を続けて一か月、色々な試作品を作り続け、歯ブラシと掃除用のブラシ、そして毛筆用のペンを完成させたのだ。
歯ブラシは、クマさんたちの毛を短く切ったものを指サイズの木枠に一本一本植え付けて毛先を整えたもの。素材はともかく形と感触は前世の歯ブラシと言えるものだった。この世界、洗浄魔法なるものでデンタルケアーもできるし、なぜか虫歯の治療には回復魔法が有効だ。
それでも歯ブラシをした後の歯のすっきり感。それを記憶しているからこそ、歯ブラシはかなりありがたかった。
「ぐるる。(くすぐったい。)」
「はいはい、すぐに終わりますからねー。」
一番の恩恵はクマさんファミリーだったろう。大きめに作った歯ブラシで口の中をきれいにしてあげると口臭も収まり、すっきりした様子だった。それを見て徐々にだが村の中で広まりつつある。
「ぐるるは(白い歯も素敵。)」
掃除用のブラシは、ハチの巣や厩舎を傷つけずに手早く掃除できるとハルちゃんや家畜たちに大好評で、増産が決まった。
意外なのが毛筆用のペンだ。ようは習字用の筆なのだけれど、これが受けた。丈夫な毛先は癖こそあるが羽ペンよりも使いやすいと好評となり、徐々に細くなっていき、今では鉛筆ほどの細さの物が開発された。なんでも加工したクマさんの毛とガラスペンの構造を利用した、万年筆のようなものらしい。うん、ドワーフたちの意識の高さによってよくわからないものができてしまった。
ほどほどのタイミングでガラスペンとか万年筆の構図を提案してやろうと思う。
そうそう、ブラッシング道具は家畜の世話にも有効ということが分かり、村の酪農家さんたちから徐々に広まり各家で需要が高まっている。
これらの新商品とそれがもたらす利益はそれなりだった。裏金執事もこれにはにっこり、ウハウハで金勘定をしているよ。
とイイ感じのことばかりのようだが。
「し、死ぬ―。」
「ね、眠いー。」
それらはドワーフたちのブラックな労働環境の上に成り立っていることを忘れてはならない。
「なあ、こいつらバカなのか?」
「馬鹿なんだと思うよ。」
死屍累々の作業場にて、1人だけ余裕そうなガンテツのおっちゃんと私はそんなことを話していた。仕事は振ってないよー、彼らが必要以上に色々やっているだけだ。
「焚きつけておいてよくいう。ドワーフは酒と創作には寝食を忘れるからなー。」
ちょろいなー。いやでも新しい酒の製法につられてやってきたんだよねー、この人達。
「ドワーフの国も豊かなもんだ、だけど作るもんが決まっているから若いやつらには退屈だったんだろう。だからこそ、新しい素材やお前さんにノリノリだったわけだ。若いってのはいいねー。」
ということらしい。まあ気持ちはわからないでもない。工場のライン作業とか、通販のピッキングやラッピングのバイトって目が死んでる人が多かったからなー。ドワーフにとっては新しいモノを作ることは娯楽なのだろう。私は欲しいモノが手にはいり、ドワーフたちは楽しんだ、コスパの悪さを無視すればどちらにとっても幸せなことなのだが・・・。
「くせえー。」
これは数日は確実に身体を洗っていない。
「ははは、ドワーフは穴暮らしだからな、これはまだましな方だ。」
うんわかった、何があってもドワーフの国にはいかないことにする。それはさておき、薬師としても前世日本人としてもこの状況はいただけない。
「よし、風呂を作ろう。」
「風呂?」
目についたのは大鍋、それで湯を沸かして身体ふくぐらいのことをしているけれど、やはり風呂。それもこの連中を放り込めるぐらい大きなものが欲しい。ドラム缶風呂や五右衛門風呂ではない、ちゃんとしたやつ。
「おいおい、やめてくれよ、仕事を増やすのは。」
「大丈夫、私にいい考えがある。」
クマさんファミリーが居着いて一か月。私の大いなる風呂計画はこの時から半年近くかかるプロジェクトとなった。
長くなりそうなので、いったん区切ります。
次回「ストラ、風呂を作る」です。
お楽しみに