1 言葉を肯定したら、公爵令嬢にガチ説教された。
新しい話です。
テーマは「小市民がヒロインになったらこうなる。」です。
なるほど、ここはやっぱり。
「何を黙っているんですの、ストラ嬢?」
目の前に立つ美少女を前に私は、見惚れつつも古い記憶、もはやただの知識となっていたものを思い出していた。
「いえ、失礼しました、メイナ様。」
慌てて礼をとるが、いかんせん7歳の身体では満足なカーテシーにはならずどこかよちよちとしたものになってしまう。あれだ、他の子がしている姿は微笑ましいんだけど、客観的に自分の姿を考えると恥ずかしいなあ。
「あらあら、田舎者は挨拶も田舎風なのね。」
ええ、まったくもってその通りです。こんな豪華な服も初めて着ましたよ。それに対して目の前の美少女はこちらを馬鹿にしている姿すら、めっちゃさまになっていた。
メイナ・リガード。私の住んでいるハッサム村を含めたリガード領を治めるリガード辺境伯の1人娘で生粋のお嬢様だ。
辺境伯という言葉で田舎者と勘違いするやつがいるが、辺境伯とは貴族階級のトップである公爵と同等の地位を持っている。そして公爵の地位は王家の親族、分家にあたる人達だ。
そうメイナ様は名実ともにお姫様というわけだ。
対して私は、ひいおじい様が戦功で拝領した小さな村を治める男爵家の娘にすぎない。領民も20家庭、100人も満たないただの村だ。こんな場所に呼ばれていることすら不思議でしかない?
父ちゃんも母ちゃんも気配を消して壁際でじっとしている。慣れない正装が恐ろしく似合ってない、私もだけど。
(せっかくだから、御馳走を食べようなんて思ったのがまずかったか。)
主催者である辺境伯様に挨拶して、壁に隠れた両親と別れて並ぶ料理に手を伸ばそうとしたタイミングでなぜか、メイナ嬢に話しかけられたんだけど。こちらとしては心当たりはない。
「ごきげんよう、ストラ嬢。その田舎風のドレス、とてもお似合いですわ。」
これである。皮肉とかすっ飛ばして毒舌美少女児だわ、これ。
金髪と金色に輝く瞳。陶器のようにすべすべしながら子供特有の赤みをおびた健康な肌。着ているのは豪華に膨らみヒラヒラがたくさんついたお姫様ドレス。すげえ、漫画みたいだ。
うん、漫画?
そう思ったとき、対して役に立たない前世の知識というやつが激流のごとく私をよぎった。
私こと、ストラ・ハッサムには前世の記憶がある。詳しくは語りたくないが、小学校で教師をしていた。こと小学校の先生というのはブラックだ。朝は授業の準備のために5時に出勤し、放課後は次の日の準備や研修で9時過ぎまで働く。それでも終わらない仕事や地域活動への参加のために休日も出勤。月の残業時間が90時間、100時間越えは当たり前。それを辛いと言えば、そんなことで教師が務まるか叱責され、飲み会ではブラックなことを誇りに思う同僚たちの狂言に気が狂いそうになる。そんな限界な状況でもちょっとしたミスをすれば烈火のごとく攻められるし、生意気な子どもを指導すればそれが歪んで伝わり拡散される。上司である管理職は保護者の言葉を100%肯定でなまじ証拠を残せばなじられるし、残業記録だって真面目につけていたら、「私の立場を考えろ」と言われて抹消された。
うん、思い出すだけで気が遠くなる。前世の最期とか家族、同僚の名前なんてものは思い出せないが、この屈辱的な記憶と教師としてため込んだ知識だけは、今世のストラに引き継がれている。
だから、田舎の男爵令嬢という地位も悪くない。なんだかんだみんな優しいし、魔法なんてファンタジーな力でインフラが整っている。トイレは水洗だし、お風呂だって入れる。冷蔵庫だってあるんだよ。
贅沢ができるほどじゃないけど、牧歌的で平和な暮らし。私はそれなりに気に入ってたんだけど。
(これって、やっぱりあのゲームの回想シーンなんだよねー。)
その役に立たない記憶の中にあったゲームのワンシーン。ヒロインのライバルとなる悪役令嬢メイナとの出会いの回想シーンであった。
メイナひでえとか。残念美少女とかコメントされるぐらいメイナの振る舞いは当時からひどく、田舎者である主人公(私か)を馬鹿にし、わがままばかりを言って辺境をボロボロにしてしまう。そんな話だったけど。
「な、なにを黙っていますの、何か言わないんですか?」
ただ目の前にいる美少女にはそんな雰囲気はない。これは私の精神が7歳のそれではないからだろう。前世と合わせたらアラサーだからねー私。
「いやいや、メイナ様のいう通りの田舎者でして。」
これは何度か読んだことのある転生物といわれる話ではないだろうか。再び浮かんだ疑問を前に私は
少しだけ考える。なんてことはなく、この先は反射的に出た言葉だ。
「いやーうちの家というか村ってほんと田舎なので平和だけが取り柄で何もないですからねー。名物とか特産品もないし農産物の出来もそこそこ。おじい様の作る薬を貴族様達がご厚意で買っていただけるから持っているような、ほんと風が吹けば吹き飛ぶような田舎なんです。」
「えっ?」
皮肉とかクレームを言ってくる相手はね、適当に相槌をうったり頭を下げたりして相手の機嫌が収まるの待てばいい。なんて処世術があるのは前世の知識で知っていた。だが、
「こんな素敵な場所で気おくれしまくりでしてね、見てくださいよ、このドレスも無理やり裾上げして母様のドレスを仕立ててくれたんですけど気を抜くと引きずってしまうんです。」
だが、そんな前世があるからこそ、私は自分にウソをつかないことに決めていた。
「そ、そうなのお母さまのドレスなのね。」
「はい、というかおばあ様の子供時代に仕立てたものをおばあ様から母様へ、そして私へって感じですね。だからところどころ痛みがあるんですけど、なんとか繕ってます。」
元はいい生地だったんだけどーねー、さすがにボロボロで当て布も多い。だから、見る人が見れば不格好ものだ。言いながらも周囲の貴族な人々があざける様に私を見ているのが分かる。
「まあ、服というのはそういうものですから、」
布というのは作るのに手間がかかる高価なものだ。原料になる植物や毛皮、虫の糸をよって糸を作り、その意図を織って生地を作る。それを染めて作ったのが布であり、加工品が服だ。
前世でも学校の授業の一環で蚕の飼育なんてことをしたけど、育てるだけで数か月、近隣の場所から桑の葉を集めて、フンの処理をしてと大変だった。それでも取れた絹糸はわずかなもので、シルクが高い理由を身をもって知ったものだ。
高い着物だってそうだ、何百万とする着物は適切な管理をすれば何代ももつし、反物、つまり着物の生地はそれだけで宝物として取り扱われていた。その点、
「魔法で洗うのも簡単ですし、保存も容易です。だからこそ代々の服を大事にする。そこに込められた歴史や思い出というものも、服の魅力の一つなのだと私は思っています。」
まあ、私のドレスは他所からもらった中古のドレスを必死に繕っておばあ様の代から使っているものだけどね。まともな縫製技術なんて田舎にはないから、なかなかに田舎臭いから、田舎者と言われてもしょうがない。
「だから、メイナ様のドレスが正直うらやましいです。」
ここでヨイショを忘れてはいけない。
「ええ、今日のために特別に作っていただいた、ラブシルクの生地で作ってもらった一品物よ。」
ラブシルク?やっぱり蚕なのかなー。うちの村では見ることのできないキラキラな光沢だ。だけど、なんだろう、前世で見た化学繊維のコスプレ衣装みたい・・・。いやいやさすがにそれは口にださないよ。
「素敵ですね。」
「ええ、お母さまが選んでくれたの。」
ここにきて、花のようにメイナ様が微笑む。先ほどまでのいじわるな様子ではなく年相応の幼くも柔らかい笑み、うん美少女ってのはどんな顔もきれいだけど、子どもは笑顔が一番だね。
「うらやましい、私もそんな素敵なドレスを着てみたいものです。」
「あら、あなたのドレスも素敵よ。」
「いやいや、こんなのお古ですよ。今回はリガード卿のご厚意で私たち一家も招待されましたけど、本来ならこの時期は、家族総出で畑の準備をしている時期ですから。」
「家族総出?」
「はい、なにせ人手不足なんで、私みたいな子どもも手伝わないと回らないんですよ。」
典型的な田舎貴族。これがあっているかわからないが少なくともうちの村では、子どもも貴重な働き手だ。遊び半分の仕事から力仕事、なんでもするよ。
「だから、今回のご招待には驚きました。舞い上がってか、母と一緒に古ダンスからドレス取り出して慌てて繕い直したんですよ。」
「そ、そうだったのね。」
ほかの貴族様が如何かは知らないけど、少なくとも我が家はそうです。まあ、前世で読んだお貴族様生活なんてものが私に向いているかはわからない。
あれ、というかなぜ私は、こんなことをメイナ様相手に話しているのだろうか?少なくとも私のような田舎者はヒロインどころか、悪役令嬢の取り巻きにもなれないぞ。
これは早々に切り上げるべきだ。そう思ったのが悪かったかもしれない。
「いやいや、ホントそうです。うちなんてひいおじい様の活躍のおかげで小さな村を預けていただいているだけのただの田舎者なんですよ。だからそんなきらびやかなものより、おさがりを来て、家族ぐるみでちっぽけな村を維持するのが精いっぱいなんです。この前もハチミツを取り合って家族で喧嘩したり、寒いからっていまだに一緒に寝たりしているんですから。」
「いい加減になさい」
ぱちーん。
色々とまくし立てて逃げようとしたら、突然メイナ様が大きな声でそう言って、私をびんたした。びんたよ、びんた、それもかなりの威力で。
「えっ。」
「いい加減になさい。貴族が、自分の領地や領民を卑下していいわけないじゃない。それになによ、さっきから、家族総出とか、お母様と夜なべして繕ったとか、わたしだって、私だって・・・わあああ。」
やばいと思ったときはもう遅かった。
火の付いたように泣き出した子どもは急にはおさまらない。ヒリヒリするほほを抑えながら私は泣きじゃくるメリル様を見ることしかできない。
「ひぐ、ひぐ。貴族は、上に立つものは己と家族と領民を、ひぐ。大事にするの。馬鹿にされたら自慢返すぐらいじゃないと、ひぐ、いけないのに。わああああ。」
なんとか聞き取れたことから推理するに、私の自嘲がお気に召さなかったらしい。
いやいや、だからって急に泣く?いや、こんな風に突然泣き出す子って結構いたけど。
「どうした、メイナ。」
その泣き声に真っ先に近づいてきたのは、ナイスミドルなおじ様だった。がっしりと鍛えられた身体に前世のスーツを思わせるような礼服をびしっと着こなした気品のある立ち居振る舞い、それでいて甘いマスク。だれであろう、メリル様の御父上である。ストラーダ・リガード卿。辺境伯様の登場である。
「やべえ、終わったー。」
漏れたつぶやきが聞かれることはなかった。けれども、顔を真っ赤にしているメイナ様と直前まで話していた私、状況証拠はギルティだ。
「おい、ストラ。メイナ様に何をしたんだ。」
「ええっと、とう、お父様。私もなにがなんだか。」
慌ててやってきた父ちゃんと、母ちゃんも私が悪いと判断する。うん、いや私が悪いよこれは。
「ストラ、その顔、何があったの?」
慌てる父ちゃんに対して、母ちゃんは冷静に私とメイナ様を見比べて目ざとく私のほほが赤くなっていることに気づいて顔を確認する。
「ええっと、大丈夫、大したことじゃない。」
「何言ってるの。女の子の顔よ、あとが残ったらどうするの。」
いやそこでその言葉はまずいよ母ちゃん。さらにややこしいことに。
「顔、どういうことだ。」
「ひぐ、ひぐ、だって。」
ほら、母ちゃんの言葉で私の状態に気づいたリガード卿がメイナ様に聞いちゃったじゃん。泣いてる子は。
「リガード卿、メリル様、失礼します。」
しゃあない。私はジンジンと痛むほほを無視して、そっとメイナ様を抱きしめる。
「ごめんなさい、メイナ様。私の言葉が気に障ったんですよね。」
「ひぐ、はなせ。」
子どものように、(いや7歳は子どもか。)むずがって振りほどこうとするメイナ様の抵抗を無視してぎゅっとその頭を抱きしめる。
「だいじょうぶです、だいじょうぶ。」
状況は分からないけど、泣いている子だ、それも女の子、今必要なのは状況の把握ではなく安心させてあげることだ。
「あらあら、そういうことかしら?」
私の行動に何かを察したのか、母ちゃんが私ごとメイナ様を抱きしめる。
「リガード卿。娘が何かメリル様のゴキゲンを損ねてしまったようです。ですが、今は場所を変えていただけないでしょうか?」
「あ、ああ。」
やんわりとそれでいて有無を言わせぬ母ちゃんの態度にリガード卿はたじろ気つつも同意してくれ、私たちは会場を後にすることになった。
「ひぐひぐ。」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
「そうですよ、メリル様、少し静かな場所で休みましょう。」
何がなんだかわからない。ただ私ごとメイナ様をキャリーする母ちゃん、地味にすごいなー。
なまじ客観的に自分と家族を評価できるからこそ、ストラちゃんは7歳でも辛辣です。
小さい子が泣いているときは、事情の把握の前に、まずは落ち着かせてあげましょう。