19 安易な餌付けは、後になって問題なるので控えましょう。
今度はクマさんファミリーだー。
安易な餌付けは、後になって問題になるので控えましょう。
前世で教壇に立っているときに、野良猫に餌付けをしていた子にそんなお説教をしたっけなー。生き物とはかしこい。人間向けに味付けした食事の味や、建物の快適さを覚えるとそこに居座り、野生を失ってしまう。野生を失った動物は、エサを貰った居心地のいい場所に居座り、面倒なことになる。
そして、絶賛面倒なことになってしまっているわけだけど。
「親子だねー。」
「親子だなー。」
先日の子熊と遭遇した森の端、そこに再び拉致られた私は、ケイ兄ちゃんとともにつかず離れずの距離でクマたちを観察していた。
「ぐるる?」
「ぐるー。」
なにやら会話しているのは、昨日の子熊と二頭の親クマ(こっちはメガビック)。子熊が馬車サイズなら、親クマは倍の家サイズ。二足歩行をしたら木々から余裕で頭が飛び出す巨体だ。あの巨体が隠れる山もすごいが、そんな怪獣がでてきたら、猟友会でも無理だろうな―、いないけど。
「どうしようこれ?」
幸いなことにクマファミリーが必要以上に森を荒らしていないことだ。近隣の小動物たちには迷惑だろうけど、少なくとも見た限りで木々や花が破壊された様子はない。そして、
「ぐるる?(あっきのうの小さい人間だ。)」
なんか意思疎通が出来そうな感じなんだよねー、子熊を先頭になんかめっちゃフレンドリーに近づいてくるし。
「こんにちはー。足の調子はどう?」
「ぐる!(痛くない、ありがとう。)」
ああ、だめだ、マジに言葉通じてるよ。ファンタジーのちくしょうが。
「そうか、それは良かった。」
「ぐるるるう(我が子が世話になったようだ。)」
「ぐるるわ(感謝します、小さな子よ。)」
両親もなんかフレンドリーに頭を下げてきたよ。うん、これはだめだ。
「今日はお礼に?」
交渉ができそうじゃないか。
「お嬢・・・すごいな。」
「だまれ、ごく潰し。」
いや、ごめん、最近のケイ兄ちゃんは働きものだし、頼りになるよ。だからこっそりと逃げようとしないでください。お願いします。
「いやいや、逃げないからその手を放せお嬢。」
「いやだよー。」
逃がさん、貴様だけは。
「ぐるるう(感謝ついでに、頼みがある小さき子よ。)」
やばい、ケイ兄ちゃんと現実逃避をしている間に話が進んでしまう。
「ぐるるるう(今の時期は毛が生え変わりでな、非情にかゆいのだ。)」
「ぐるるわ(私たちは毛並みの美しさで地位が決まるの。)」
「ぐるるる(小さい子、なんとかならない?)」
「わかった、事情はわかったから、顔を近づけないで、怖い。」
そして口が臭ええ。ケモノ臭い。
「ようはブラッシングができればいいんだよね。」
あとは口臭ケアもしてやろう。いや冷静に考えればこんなモフモフな生き物のブラッシングとか楽しそうじゃん。
「というわけで、ガンテツおっちゃん。いい感じのブラシを作って。」
「クソガキ、俺たちが今忙しいの知ってて面倒な仕事を持ち込むんじゃねえ。」
というわけで、困ったときのドワーフ頼み。クマさんファミリーには待ってもらってやってきたるは、現在、ハッサム村で一番忙しい村の鍛冶場であった。
「いや、忙しいのは自業自得でしょ。」
私がもたらした蒸留という発想。そこからなんやかんや酒作りを発展させた上に、知り合いのドワーフを呼び込んで事業を拡大したのはガンテツのおっちゃんである。私は悪くない。
「いや、おまえさんが広めた卵焼きのせいで、フライパンの注文も増えて大変なんだよ。」
「食の発展といいお酒は比例するのよ。」
なんちゃって四角じゃなくて、キレイな四角のフライパンっていいよねー。卵の消費も増えてバンバンざいだ。
いやがるガンテツのおっちゃんに見せたイラストは、牛や馬の手入れに使うブラシの強化版だ。イメージは前世の犬用の鉄製ブラシ、先っぽが丸まっているのがポイント。
「なんだこりゃ、そこらの馬用のブラシじゃだめなのか。」
「できれば大きいのがいいな。」
テニスラケットぐらいのサイズを想定しているが、あの巨体を考えるともっと大きい方がいいかもしれない。
「っち、めんどくさないなー。」
「無理ならいいよ。できないならしょうがないよねー。」
切り札にしていたカクテルという酒作りの発想は教えないけど。
「くそ、ドワーフの琴線をつきやがって、こんな酒を知ったらなあ。」
「ああ、くそ、うめえ。」
「なんだこれ、酒精が強いのに、果物の香りがしやがる、なんでだ。」
これまた驚きだが、酒を何かで割るという発想もこの世界にはまだなかった。それだけ安定して酒が供給されているということもあるが、便利すぎるがゆえの向上心の無さに驚いてしまうよ。
「それでもドワーフなのか、おっちゃんたち。優れた職人は出来るか出来ないかじゃなくて、いつまでに出来ると言うものなんでしょ。」
そうじいちゃんが言っていた。
「「できらーーー。」」
若いドワーフほどこの言葉の挑発に弱いと。
「今日中にやってやる。」
「いや、仕組みは馬用ブラシと同じだ半日でいける。」
酒が入っていたこともあり実に精力的かつ強力的にドワーフたちは仕事をしてくれたよ。
「お嬢、恐ろしい子。」
ケイ兄ちゃん、一言余計だよ。それとも酒樽を運ばせたのに、一滴も飲めなかったことに対する恨み言かな?
そして、次の日。ドワーフたちが作ってくれた特製のブラシを背中に背負ったケイ兄ちゃん(私が背負ったらつぶれてしまう。)と道具の出来栄えを見たいというドワーフの若手数人を引き連れて私は再びクマたちのもとにたどり着いた。
「待たせてごめんねー。これお詫び。」
「ぐるるるる(美味。これもっと欲しい。)」
「気に入ってくれたんだ。はいどうぞ。」
空いた時間に作り置きしておいたハチミツアメを振舞いながらビビるドワーフたちを蹴飛ばしてクマたちに近寄らせる。
「な、なあ。大丈夫なんだよな。これ。」
「大丈夫じゃない?」
「なら、なんで距離をとるんだ。」
か弱い子どもを矢面に立たせるんじゃない。
「いいから、馬とか同じでいいと思うから、ごっそりやってみて。
「ぐるるるわ(よろしく頼む。)」
最初は鉄のブラシを警戒していたクマさんパパだけど、事情を説明して寝転がってもらっている。あの巨体だと4足歩行状態でも手が届かんのよねー。
「え、えええ。ままよ。」
ドワーフの一人が覚悟を決めてその背中にブラシを入れる。
「うお、なんじゃこりゃー。」
うん換毛期の毛ってびっくりするくらいとれるから驚くよねー。
「す、すげえ、俺も。」
最初のインパクトが恐怖に勝ったのか、男どもが喜々してクマパパの背中をブラッシングしていく。
「グルるるう(逆さはやめてくれ。)」
「毛の向きにそってね、全員上から下で。」
当然の注文を伝えながら私は目の前に積みあがっていく毛の量にびびっていた。
「これ大丈夫なのか?」
「ぐるるるるるわ(こっちももっと頼む。)
「いい感じみたい。」
換毛期というのは毛が生え変わる。しかしモコモコの毛皮を持っている生き物は抜け毛が絡まりそれはそれはひどいことになるらしい。だからこそ、硬めのブラシで毛をとってあげると機嫌がよくなる。
ブラッシングとトリミングとか前世の友人が自慢していたことだけど。これはすごいなー。
「ぐるるうは(私もお願いします。」
「ぐるるるう。(僕もー)」
クマパパのご機嫌な様子に、たまらずクマママと子熊もゴロンと横になる。
「これは、すごいことになるなー。」
実際、かなりの量のクマの毛が取れた。時間?それは語るまい。
ちょっとだけ手伝った私が筋肉痛にはなったよ。
「こいつは、すごい、熊の毛がこんなに手に入るなんてめったにないぞ。」
「素材にしてよし、薪にしてよしだからな。」
えっ捨てないのそれ?
ストラ「〇ルバニアファミリー?」
はる「ジジジ(ストラはクマの家に忍び込んだ女の子?)」
なんだかんだ仲間に引き入れる懐の深さです。危機感がないとか言わない。