18 動物と仲良くなるのに必要なのは真心ではなく、餌付けである。
クマがでたーの続き
予想以上のリアルで大きなクマを前にして冷静にパニックになる私だが、それ以上の情報が即座にもたらされた。
「あれ、まだ子供だな。巣立ちしたばかりか、親とはぐれたかわからんが、手は出さないほうがいいぞ。」
「ケイ兄ちゃん、それまじ?」
「まじまじ。」
ちょっとした馬車並みのデカさぞ。見た目もリアルガチなクマぞ。あれで子どもって。
「ああ、前に山で親子を見たことをあるけど、親グマはあれの倍ぐらいあった。」
それはもはやクマじゃないよ。クマの形をした怪獣だよ。なに、山ってそんなに人外魔境なの?
「で、なんで手をだしちゃいけないの?」
「そりゃお前、近くに親グマがいたらどうなるよ。」
なるほど、はぐれたなら探しているだろうし、独り立ちしたばかりなら仲間を呼ばれる可能性があると。
「ジジジ(一匹なら大丈夫、でも複数だとむリ。)」
「ジジ(犠牲、出る。)」
縄張りに入られてもハチ達がすぐに撃退に行かないのもそのあたりを心配してのことだろう。
「なるほどね、状況はわかった。」
わかったうえで、思うことがある。。
「ねえ、なんで私呼ばれたの?」
できることないよねー、私10歳の女の子よ。
「確かに。」
何も考えてなかったな、この男。
「いやー、お嬢ならなんとかしてくれそうじゃん。」
「じじじ(同意。)」
無茶をいうな、本来なら、逃がされる側だよねー。女子供を避難させろの避難させられる側だよ。
「だって、お嬢だし。」
やめて、一言で納得されるタイプの有能キャラじゃないから私。ついてきておいてあれだけど、無茶ぶりがすぎる。猟友会の人はどこですかー、私は反対しないし、クマ保護なんて言わないよー。
「はあ、落ち着こう。」
一通り、パニックになって気持ちを発散して冷静になる。取り乱せるうちはまだ平和だ。クマもこちらには気づいていない。
まずは原因から考えるべきだろう。
「ハルちゃん、クマって珍しい?」
「ジジジ(珍しいよ、めったに降りてこない。)」
「山の方が食い物が多いからな。普通は降りてこない。」
となると、ここまでくる特別な理由があるということだ。
例えば縄張りを追われた?だとしたらほかにも追われた生き物がいて森に異変があるはずだ。
例えば、巣立ちで新しい場所を目指している? だったら、こんな騒ぎにならない。
「・・・クマが欲しがる何かがこの近くにある?」
前世では、食料や温かい場所を求めて人里に降りてくる。山が開発されて住処を追われた適菜理由があった気がする。だけどこの世界の自然は豊富で過酷。だからこそ生き物はお互いの縄張りを出てこない。
「これってさあ。」
やめろケイ兄ちゃん、それ以上はいけない。
「ハチミツ狙いなのかねー。」
「言うな。馬鹿。」
それ以外考えられないけどさー。これ養蜂事業の影響だよねー。ハチミツのいい香りが村には漂っているんですよ。戻ってきたときから感じてたよ、甘ーい素敵な村になりつつあるよ。
「馬鹿ってバカって事実だろうが。」
「いや、そうなんだけどさあ。」
「ジジジ(ハチミツ狙い?、処す?)」
「ジジ(処す?)」
「ジ(処す!)」
ほら、不用意な一言でハチさんたちがやる気モードになってしまったじゃないか。いやだよ、クマとハチの抗争なんてみたくないよ。
「まあ、待って。ちょっとだけ、ちょっとだけ私に任せて。」
動物愛護の精神とか平和主義じゃなく、損失が予想できない恐怖から私はハチさんたちを止める。まだノープランだけど。
「って、あれあのクマケガしてない?」
何かないかと必死にクマを観察してみると、右の後ろ脚を引きずっている。
「ほんとだ、見た目にはケガをしているようではないけど。」
「そうだね、まるで踏みしめるのを嫌がっているような。」
筋や骨を痛めているのか、それとも何かを踏んで足の裏を痛めているとかそんな感じだろうか?少なくとも走って追われるということはなさそうだ。
「よし、ケイ兄ちゃん、つっこめ。」
物は試しとケイ兄ちゃんを蹴り飛ばす。まあ10歳の私の力なんてたかが知れているので、バランスを崩すだけだけど、その先にあった茂みつっこみ、わりと大きな音がでる。
「グルルルル。」
わーん、鳴き声も可愛くないー。
「わ、やべ。くる。」
「がんばれー、ちょっとそのまま引き付けておいて。」
「このやろう、あとで覚えてろ。」
めざとくケイ兄ちゃんを見つけて走ってくるクマの横に回り込むように逃げながらケイ兄ちゃんには囮になってもらう。そんな意図を察して逆方向に逃げているので、これは同意の上だ。
「やっぱり足を引きずってる。」
動きを観察すると明らかに右後ろ脚をかばっている。走ってから、痛いってリアクションをしている様子は、足にできものができたときとか正座して足がしびれていたときのような動きに似ている。まあ、人間もクマも同じ哺乳類だから似たようなものかもしれないけど。
「ひ、ひいい。」
必死に逃げ、近くの木にのぼったケイ兄ちゃんだが、クマの巨体を考えると心許ない。ただクマの行動はどこかへんなような?
「ケイ兄ちゃん、アメ、アメを投げ捨てて。」
そこで私はケイ兄ちゃんに分けていたハチミツアメの袋を思い出す。
「はっ。」
「いいから。すぐに。ぶちまけろ。」
「わ、わかった。」
震える手でケイ兄ちゃんがハチミツアメを投げると、黄色の輝きが森に広がり、クマはそれに注意を奪われる。
「ふがふが。」
そして、その匂いにつられて近くに落ちたハチミツアメに興味を示す。
「かかった。」
やはりハチミツにつられて村に近づいたのだろう。そしてハチミツアメは私特製でにおいも味も濃い。
「グモ(うまい!)」
あれれ、おかしいぞ。クマなのにまるでどこぞの美食家のようなリアクションをしている。
口に含みゆっくりとなめて、かみ砕く。そして残ったハチミツアメに近寄って食べていく。
「ケイ兄ちゃん、今のうちに。」
「おお。」
ハチミツアメに夢中になったクマは、ケイ兄ちゃんが動いても大した反応はせず、アメ探しに夢中になってしまう。
「お嬢のアメってさあ、ほんと大丈夫なのか?」
「失礼な。ちゃんとした食品だよ。」
手作りで安全安心なアメちゃんだ。まあ引くほど食いついてるけど。
「あっ、やっぱりケガしている。」
一つずつ食べることをやめて、のこったアメを集めて胡坐をかいて食べ始めるクマさん。その右足の裏には尖った木の枝がささり、実に痛々しい。
「なるほど、ハチミツの匂いにつられて村に近づいて罠を踏んだんだな。あれは痛いぞ。」
「そういうことか、じゃああれが治れば帰る?」
そう思ったら私はそそくさとクマに近づいていた。危険は承知だけど、薬師としてケガを見過ごせなかったのだ。
「グル(なんだ?)」
「ああ、ダイジョブ、喧嘩はしないよ。」
ぎろりとクマさんがこちらを睨むけれど、私は残っていたハチミツアメを見せて、クマの近くに置く。
「食べてていいからねー。」
「グルル(わからん、でも食べ物?)」
なんとなくだけどクマの言っていることが分かる。クマの知性が高いのか、私の不思議パワーなのかわからないけど、少なくとも敵意はないようだ。
「ちょっと失礼するぞ。」
恐怖が回りきる前に私は、クマに近づいて、足の枝をつかむ。
「ぐが(何をする?)」
「なーに、痛みは一舜よ。」
絶対痛いとわかっていながら、私は躊躇なくその枝を抜き取った。
「グヤ(*´Д`*)アア。(いてえええええ。)」
私にとって幸運だったことは、ハチミツアメの効果と痛みでクマが反撃しようと思わなかったことだ。
「はいはい、ちょっと我慢してねー。」
まるで消毒をいやがる子供を相手にするように、手早く傷口に軟膏を塗って包帯でまく。もしもクマが手足をばたつかせたり、噛みついてきたら一発でアウトだったなと、あとになって思うことになるが、その時の私にそんな余裕はなかった。
「うるさい、アメでもなめてろ。」
うるさい口に、ハチミツアメをいくつも放り込んで黙らせて、包帯をきつく巻く。抗生物質や消毒の知識が乏しいこの世界ではこういった傷から病気になって死んでしまうのだ。患者が嫌がっても治療は通さないとならない。
そんな決意のもとに無我夢中でクマの足を処置し、そこで我に返った。
「はい、おしまい、お大事にー。」
笑顔でそう言って、そそくさと離れ、
「逃げるよ。」
「え、今更。」
「ジジジ(意味不明。)」
困惑していたケイ兄ちゃんとハルちゃんたちを引き連れて全力疾走で村へと逃げ帰った。
「ああ、もうお嬢のやることはわからん。」
途中で私を抱えてさらに速度を上げるケイ兄ちゃんのおかげでクマを振り切ることはできたけど、二度と行くまいと思う。
「ごめん、わたしにもわからない。」
ただ足の痛みがなくなり、腹が満ちたなら元の居場所に帰ってくれるかもしれない。そんな甘い見通しはあった。
「お嬢、昨日のクマがまた村に近づいている。しかもなんか増えてる。」
次の日になってその願いは無残に散ってしまうんだけどね。
実際のクマにあったときに、ストラたちのような行動は非常に危険です。
クマの恐怖を知りたい人は「コカインベアー」という映画がおすすめです。
PS
たくさんの誤字報告をしてくだりました。ありがとうございます。忙しいを理由に勢いで書いていたことを反省し、改めて丁寧に書いて、見直しも忘れず再発に努めたいと思います。