161 色恋というのは得てして、食欲に負けるものらしい。
まだまだ王子のお話です。
取り付く島もないことに気づいた使者たちは、それ以上は余計な事は言わず、すごすごと去っていた。何を企んでいたかは知らないが、外交の使者としては力不足だったように思える。
「まあ、タイミングも最高だったってのもあるけどな。」
東屋に1人残ってお茶を飲みながら、メイナスは、自分の対応を採点する。
彼的にはまずまずだと思う。
アクアラーズの開発のかじ取りや、メイナスの王太子内定は、つい昨日、急ピッチでまとめ上げられたことだ。自分も含めた国の上層部が夜遅くまで、話し合いというの名の押し付け合いをおこない。メイナスの役割は次期王となった。なってしまった。
「やっぱり、納得いかねー。」
いずれは王位をつぎ、父のような立派な王となるものだと思っていた。だが、なんか違う。もっとこう、歓迎とか賞賛を受けて、厳かに選ばれるものだと思っていた。
王太子になったというのに、自分の周囲にはノウキンな兵士達ばかりで、賢い文官とか、きれいな女官などがいないのも寂しい。昨日の今日のことだし、今は城中が猫の手もも借りたいほど忙しい、それを差し引いても自分の人望に自信がなくなってしまう。
王子として弱みを見せるわけにはいかない。だが、この心情を誰かに愚痴りたい。
恋人とか、伴侶じゃなくてもいいから、一緒にのんびりお茶を飲む相手が欲しい・・・。
そう思っていたら、不意に東屋の裏から、ガサゴソと物音がし、目を向けると見知った相手だった。
「なんでそこにいるんだ、ロザート?」
「ふふ、見事にあしらわれましてね、メイナス様。」
寂しんぼな彼の様子をクスクスと笑いながら現れたのは、彼の友人であり、ラジーバでも最強と名高い傭兵、ロザートだった。
「そういや、お前も戻ってたんだな。お帰り。」
「あら、ひどい。いつもなら、いの一番に模擬戦だ、訓練だと声をかけてくださっていたのに、私には飽きてしまわれましたか?」
よよよと、わざとらしい泣き真似をしながら許可も取らずに対面に座る。王子である自分に対して、このように遠慮のない態度を取れるのは家族以外では彼女だけだ。
「とりあえず、私にもお茶ください。」
「お前なあ。俺、王子よ。昨日王太子になったのよ。」
「わー、すごいですねー。」
敬意のかけらもない態度に呆れつつ、メイナスはテーブルの水瓶をとってお茶の準備をする。部下が気を利かせて多めに用意していてくれたので、急に現れたロザートの分も問題ない。
「で、とりあえず、色々聞きたいんだが。」
お茶の入ったカップを置きながら、メイナスは友人の姿をじっと見て、訪ねた。
「その大事に抱えているツボはなんだ?」
ロザートは、なぜか、大きなツボを大事に抱えていた。
子ども並みに大きなツボで、木の蓋で厳重に封はされているが、見た目はシンプルなツボだった。それを大事に抱え、メイナスと話している間も時折、蓋を開けて覗き込んでは中身を確認している。まるで意味がわからない。
突然現れたことも、つい最近まで彼女が付き添っていた聖女のこととか、色々聞きたいことはあれど、まず第一にそれが気になってしまった。
「ああ、これですか。これは聖女様に教えてもらった糠漬けです。」
「糠漬け?」
聞き覚えのない言葉に、首をかしげるとロザートはツボをテーブルに置いた。覗き込むと、湿った砂のようなものがみっちりとつまっていた。砂のように見えるが、どこか果物を思わせる香りがする。
「食い物か?」
「はい、穀物の皮と塩水を混ぜたものに野菜を漬け込んだものです。ストラ様に教えていただいたのですが、これがまた、実に奥深くて、ツボが手放せないんです。」
ストラ様。聞きたくない名前であると同時に、納得の相手だった。
「これを食うのか?砂にしか見えないけど。」
「それは食べません。あと勝手に触らないでください、毛やばい菌がはいったらどうするんですか。」
摘まもうとしたら、パチンと弾かれた。地味に痛いし、ちょっと傷つく。
「ああ、もう、そこお皿を借りますよ。」
ツボを手元に引き寄せたロザートは、テーブルに置いてあった皿に、ツボの中から取り出した野菜を置いた。
「これはきゅうりか?」
「ええ、まだ、数が少ないから、特別ですよ。お替りはなしです。」
お替りする前提かい。そんなことを思いつつ、メイナスは野菜に手を伸ばし。
「いや、まずは、一口もらうな。」
手づかみはお行儀が悪いと思いなおして、テーブルにあったフォークで切り分ける。
やや硬い手ごたえを感じつつ切り分けると、獲れたてのきゅうりのように瑞々しいのに、実はしまっている。匂いを嗅ぐといきゅうりの匂いとともに、やはり果物のような匂いがする。この時点で美味しそうだった。
「ふむ、毒では・・・。」
パクリと口に含み。目を見開いた。
「なんと、複雑な味だ。」
きゅうりといえば栄養と水分が豊富で、砂漠ではお世話になることが多い野菜だ。しかし、味が薄く、草の匂いが濃いので、塩をかけたり他の野菜と一緒に食べたりするものだ。
だというのに、糠漬けと言われるきゅうりは、香りが甘く複雑で美味い。実が詰まっているからかシャキシャキとした歯ごたえがあり美味い。ほのかに酸っぱく、滋味深く、美味い。塩気を感じる味がお茶と合い美味い。今まで自分が食べてきたきゅうりはなんだったのか?そう思うぐらい複雑で言葉にできない味で美味い。
「お、おか。」
「お替りはありませんよ。残りは私のです。」
皿にだされた一本をあっという間に食べ切ってもまだ食べたくなって、ツボに手が伸びた。だが、触れる前に、遠ざけられ隠されてしまった。
「野菜を塩漬けにしたり、乾かしたりする話は聞いたことがあったが、これはすごいな。」
「糠に着けることで、糠の味と塩気が育つそうです。昨晩から漬け込んだのですが、この通りです。」
丁寧な言葉遣いながら、どこか誇らしげで上機嫌な友人は珍しい。
「漬け込めばいいのか?」
「そうは言っても単純ではありません。混ぜる塩水の分量や、かき混ぜる頻度などを間違えればすぐに乾いたり、腐ったりします。特にラジーバは乾燥している上に、気温が高いので保管場所にも気をつかなわければなりません。ストラ様からこの秘術を授かって数か月、何度も失敗しましたが、つい先日、納得のいく出来のものが作れるようになりました。」
「えっ、お前、聖女の護衛の間にそれ作ってたの?」
「はい、ストラ様の砂上船は保管場所として最適でした。」
言いながら、ロザートが手を突っ込んで糠をかき混ぜると、独特の香りが鼻に届く。
「って、まてお前、今水・・・。」
「はい、糠作りには必須の魔法ということで、密かに教え請うていたのですが、先日精霊王との謁見をきっかけに、魔法で水を作れるようになりました。コップ一杯程度ですが、どこでも糠床作りができるようになりました。」
もっと誇るところがあるだろう。
ラジーバの砂漠に置いて、水は金よりも貴重だ。しかも、獣人はその性質から水魔法を生み出すことを苦手としている。天才と名高い弟だって水魔法の習得は諦めているし、ストラ嬢が、聖女だ魔女だと言われているのは規格外の水量を生み出すからだ。
コップ一杯程度の水が命を分けることもある砂漠に置いて、ストラ嬢がいなければ、ロザートの魔法は、奇跡扱いされているだろうに・・・。
いや、ストラ嬢がいるから、自分の価値に気づいてないのか?
「水に困らない生活というのは素晴らしいですね。これで、王城に残ってもぬか漬けの研究が続けられます。」
「いや、そう言う問題じゃ、うん?王城に残る?」
水魔法のインパクトが吹っ飛ぶワードがあったような?
「はい、王城は水が豊富とはいえ、研究に水を使い込むのは外聞が悪いですから。塩に関してはアクアラーズから買い付ける予定です。」
「えっ、お前、聖女について王国へ行くんじゃないの?」
ロザートは獣人だが、精霊と聖女に対する信仰心が突き抜けている。王城へも気楽に出入りしているが無位無官で雇われ傭兵であり、そのフットワークも軽い。
そのフットワークの軽さと実力を買って、弟が、聖女を王城に迎えるまでの護衛として雇った。だというのに、気づいたら聖女に心酔しその旅に同行していた。こっそり教えてくれたが、報酬の金額は弟の払った金額3倍だった。やりがいも報酬も規格外のヘッドハンティング。それならば、今後は国をでて聖女についていくものとばかりだと思っていた。。
「ストラ様は素晴らしいお方です。私の忠誠と信仰はあの方のものです。ですが、ラジーバは私の育った国ですから。」
さも当然に言い切る友人の笑顔がまぶしくて、彼は目をそらした。なぜかわからないが、ほほは熱い。なんだか、すごくかわいいと思ってしまった。
「どうしました・・・まったく、しかたないですね。あと一本だけですよ。」
「いや、ちが。」
視線を逸らした先にあったのがぬか漬けのツボだったので、まだ食べたいのかと呆れられてしまった。だが、ここで否定すると、更に厄介なことになりそうだ。
コホンと咳払いをして、メイナスは居住まいを正した。
「貰おう。」
「高くつきますよ。」
「わかった、専用の倉とツボを手配する。あとは塩か?穀物に関しては」
「倉とツボだけで結構です。野菜と塩は自分で用意しますので。」
逃がさんとばかりに、手を掴まれ、真顔で要求された。
こいつ、これは、狙っていたな。
そこそこの付き合いから、ロザートがこういうちゃっかりした性格なことは知っていた。最強の傭兵だ、なんだと言われているが、目的のためなら手段を選ばないのがロザートだ。
「場所の候補は決まっているんです、オアシスの端っこなんですが、少々、木を切り倒して広げればいい感じになりそうで。」
オアシスは王城の一部、それを利用するには、王族であっても煩雑な手続きがいる。それが一般人であるロザートであるならば年単位の手間となるだろう。
「貴重という割には、ほいほいだしたわけだ。俺の分も用意してくれよ。」
「お任せを。メイナス国王陛下。」
茶化した態度で答える友人に、メイナスは完全降伏し、頭の中ではオアシスの改造の段取りが組まれ始めていた。
彼だって、バカではない。オアシスの維持が計画的に行われていることも、そこに割り込むことの難しさも理解している。それこそ、無体して、痛い目にもあった。
それでも王になるのだから、このくらいのわがままを通してもいいじゃないか。
それだけ、糠漬けはおいしかったし、気心の知れたロザートがラジーバに残ると言ってくれたことが嬉しかった。
数年後、ストラが伝え、傭兵ロザートが完成させたラジーバ産の糠漬けは、王城に留まらずラジーバ全体で好んで食されるようになった。保存が効き、栄養もある漬け物は、旅の必需品となるポテンシャルを秘めていた。聖女がもたらし、最強の傭兵であるロザートが広めたことも大きい。気づけば、糠漬けはラジーバの国民食となり、伝統なった。
また、簡単そうでありながら丁寧に世話をしなければならないぬか床は、各家庭で作られるようになり、漬け方や野菜の種類は家庭ごとに個性がでるようになり、ぬか床が嫁入り道具の一つとなったのは、更に10年ほど経ってからのことである。
ストラ「あれ、だれ?」
ジレン「王子の前だとあんな感じなんです。」
親しい間柄ゆえのオフモードなロザートさんを書きたかった。カップリングとしては考えていたのですが、ストラに仕えるために、メイナス王子がフラれる展開から、色々あって、このような形に落ち着きました。




