160 メイナス王子、王子やめるってよ。
もう1人の王子の話。
最近、弟が怖い。
メイナス・ルーサーは日課の鍛錬に励みながら、そんなことを思う。
腕力も狩りの腕も自分の方が上だし、自分は長子だ。国を荒さないためにと、弟は自分を立ててくれるし、話し合いもできる。ただ、ある一点においてのみは、絶対に譲らない。
「兄上は彼女に近寄らないでください。話はもう済んでいます。」
そういって半眼で自分を睨む弟の目は、まるで毒虫を見るように淀んでいた。確かに最初の出会いは、自分が悪かった。配慮の足りない行動だったと反省している。その謝罪も兼ねて、質問があり、声をかけただけのなのに、その扱いだった。
逆らえば噛みちぎられる。ありえないと思いつつも、あの目を前にすると尻尾が根元から消えたような恐怖を感じた。
思い人を見つけた獣人は恐ろしい。
かつて母が自分に教え、ことあるごとに妹からからかわれたことを、メイナスは最近やっと理解した。
弟であるマルクス・ルーサーが、ストラ・ハッサムに惚れているのは、誰の目にも明らかだ。あの堅物で自分以上に無鉄砲でノウキンな思考だった弟が、ある時を境に嘘のように落ち着いた。獣人こそ最強であり、自分が一番強く賢くなるんだと、自分や父親に噛みついていた男が、たった一人の女に付き添い、甲斐甲斐しく世話を焼き、甘い言葉をささやいていた。それは微笑ましくもあるが、それに反比例するように周囲の特にメイナスに対する扱いが雑になっていた。真面目な話、何かあれば、あいつは自分を容赦なく切り捨てるだろう。
マルクスは怖いし、その思い人であるハッサム嬢はもっと怖い。なにかあれば笑いながら、自分の尻尾や耳を切り落とす、そういう女傑だ。言動がすべて正論であり、理不尽とも思えないのがまたツライ・・・
先日、王城に戻ってきて早々に父であるマクベス王をボコボコにしながらも笑って許されてたし。ボコボコにした理由も、自分の話を遮らせないためだとか、流石にそこまで獣人も馬鹿じゃないと抗議したいが、それすらも封殺された。
「はあー。なんだかなー。」
木刀をふるいながら、自分の立場を改めて考えてる。
獣人は実力主義であり、生まれた順番や血筋に関係なく最も優秀な者が王となる。
だが、血筋や才能は無視できるものでない、なにより王家の人間は単純に強い。そんな中でも自分は他の兄弟たちよりも頭一つ抜けて強いし、賢い。狩りの腕前はもちろんのこと、模擬戦では父上とも良い勝負になるし、周辺諸国の事情や、砂漠の魔物の生態などについては、人一倍見識がある。それだけで王になれるわけではないが、自分が王位継承権を持つ中でもっとも有力な候補なのは確かだった。
「おや、そこにいらっしゃるのは、メイナス王子ではありませんか?」
そんなことを考えていたらから、鍛錬場に入ってきた客の存在に気づけなかった。戦士としては失態だと思いつつ、話しかけられた以上、王子としては対応をしないといけない。彼は鍛錬を中断して、客へと向きなおる。
「そういう、アンタは、スベンの使者さんか?」
「おお、メイナス王子に私達を知ってもらえるとは、光栄ですな。」
誰が見てもそうだろに、どうにもお世辞が下手すぎる。ラジーバの気候にはそぐわないきっちりした服装に華美な装飾品、汗を拭きながら笑顔を浮かべるのは、スベンの人間ぐらいだ。
「で、何か用か?」
「いえいえ、ラジーバのオアシスを見学させていただいていたところ、メイナス王子をお見かけしまして、その鍛錬の力強さに見惚れてしまったんです。」
「ああ、そういうのいいから。」
自分が短気なことは自覚している。だが、心無いお世辞を言われても嬉しくないし、そんなことをしなくても、話を聞く度量はある。
「こっちだ。そこの東屋で、冷たい茶でも飲みながら話を聞こう。」
外交の一環で、王子である自分にコンタクトをとることは良くある話だ。国王であるマクベスに話す前に、自分に話して感触をつかむ、あるいは、いい感じに口添えをしてもらうのが目的だろう。
どうにも、自分はチョロい王子と思われているようなので、こういう手合いには慣れている。
「そっちの事情は分かり切っているから、要件を言ってくれ。対応できるかどうかはそれから判断する。」
近くにいた侍女にお茶の準備をさせつつ、さっさと話を進める。
「はは、これは手厳しい。」
言いながら、相手の目にわずかながら嘲りの気配が見える。礼儀も知らないケダモノめ、そんなことを思っているに違いない。
「実は、スベンは国家として、ラジーバへの更なる協力関係を模索しているんです。」
「・・・具体的には?」
「ええっと、まずはアクアラーズの港の共同開発です。日を追うごとに高まる海路による流通の流れを鑑みると、あの町に大型船が停泊できる港を作りたいと思っています。」
「それなら、もう、工事がはじまってるぞ?」
「はっ?」
「別に秘密でもないから、今頃父上から、伝わってると思うが。」
アクアラーズの開発。その必要性は前々から議題に上がっていた。建材や費用の問題で不可能とも言われいてたが、薬師を名乗る女があっさりと解決策を見つけてしまった。アスファルトという鉱物資源とそれをもとに作られるコンクリートという建材。これの価値を見出したアクアラーズの住人たちからの上奏があったのはついこないだ、工事の承認は即座に降りて、今頃は工事が始まっているだろう。
「なんと、アクアラーズの開発をラジーバが?」
「砂漠の民が砂漠を開発する。別におかしなことじゃないだろ?」
実際、そんな単純な話ではない。
港とは、利益を生むが、作るのも維持するのも金がかかる。現時点では立ち寄った船の物資の補給程度の役割しか果たしていないアクアラーズには、大規模な港を維持する資金力はなく、国としても、そんな余裕はなかった。
そういった中で、スベン側からの開発協力の提案は、ありがたい話であると同時に、厄介なものだ。どんなに取り繕っても、スベンの協力で港を開発した場合は、港の権利の一部はスベンのものとなるし、維持していく上で、資金という生命線を握られることになる。これは今後の外交において弱みとなってしまう。
国によっては、そういった恩を忘れて、踏み倒すかもしれないが、獣人はそんなことはしない。
だからこそ、ラジーバだけで、港を開発、維持する目途が立ったのは、ハッサム嬢に感謝である。
「で、ですが、ここは1つ、スベンも開発に関わらせていただけないでしょうか?」
「すまんな、これは父上の決めたことだ。俺にはどうすることもできない。」
港なんてできれば、同じと思っていたが、誰が作ったかが大事であることを、過去に父からは説教混じりに諭された。だからこそ、マルクスも対応する気はない。
「しかしながら、港の開発や意地には莫大な資金が必要となります。それをラジーバだけで行うというのは、大変ですぞ。」
「そうだろうな。」
実際、大変だろう。だが、それを回収する目途はある。それをスベンの人間に教える気はない。
「実は、メイナス王子にだからこそお話しますがね。」
こちらの態度が変わらないとみると、スベンの人間は周囲に聞こえないように声を潜めて、そう前置きした。
「今回の一件はラジーバとスベンの今後を左右する重大な案件になると、我々は考えています。アクアラーズの港としての重要性は、今後の大陸の隆盛を決めるものなんです。」
それはそうだろう。だからこそ、ラジーバは単独でそれをおこないたいのだ。
「スベンに悪意はありません。ただ、このままラジーバや、マクベス王が意地を見せたときに、帝国やエセ宗教国家に付け入る隙を与えるのではないか、それを危惧しているんです。」
「そんなことはならないよ。」
「いいえ、畏れながら、事態は思った以上に切迫しています。だからこそ、マクベス王の判断は、いささか、古いものと我々は判断しています。」
そこは聞かなかったことにしよう。外交の使者が言っていい言葉じゃない。
「聞けば、弟君のマルクス殿は、王国への留学を経て、すっかり王国びいきになっていらっしゃるとか。そうなると、ますますアクアラーズと海への開発は遅れるのではないでしょうか。」
「ふーん。」
情報が古いはそっちもだろう。そう思ったが、余計な事は言わずに先を促す。
「時代は動いております。世界にもラジーバにも新しい風が必要なのではないでしょうか。我々と協力して、広大で立派な港を作り出せば、そのきっかけとなるでしょう。」
「何が言いたい?」
言いたいことは分かっているが、あえて、彼は先を促した。同時にこの話は自分の胸の中にしまっておくことを決意する。
「革新的な改革と、開発、これは。メイナス王子が王位になることへの後押しとなるでしょう。」
にやりと笑う顔には、善意ではなく欲望が見て取れた。
ようは、自分たちと協力して、アクアラーズを開発し、その功績で王位へつけと。
最近のラジーバの情勢を知っている人間なら、自分とマルクス、あとはどこぞへと放蕩している叔父上の誰かが次代の王になるかに興味を持つだろう。その中で、王国への留学で一気に立場を良くしているマルクスに、自分が焦っている。使者たちはそう思っているのだろう。
だから、わざわざ、自分のところへ挨拶にきた。
なるほど、自分はずいぶんとなめられたものだ。
「ああ、親切で言ってくれていると思うから追求はしなけいど、それも余計だぞ。」
自分もう少し王位に自信をもっていたら、この甘言に乗っていただろう。あるいは、余計なことをするなと怒りくるっていたかもしれない。
「俺、昨日の段階に正式に王太子に任命されたから。」
「ええええ。」
「うん、そう思うよね。俺もそう思うもん。」
それは昨日のことだった。
マクベス王がボコボコにされ、その後、刻み付けるようにストラ嬢から語られたラジーバの未来構造や、精霊王の存在。その情報に目を白黒させていると、弟であるマルクスが高らかに宣言した。
「今は、ラジーバにとって革新のとき、なればメイナス兄上こそ、獣王にふさわしい。私は今、この時をもって、王位継承権を放棄し、兄と国のために、この身を捧げることを誓う。」
そう言って、王位継承権のあっさりと廃棄、自分に向かって忠義を誓いやがった。
結果として、まだ曖昧だった自分の立場が、王太子として正式に決まり、近いうちに嫁を迎えて、王位をつがなければならない。
「お、驚きました・・・。いや、おめでとうございます。」
「俺もびっくりだ。」
なんだかんだ、王位を諦めていなかった弟があっさりと手放したこともそうだが、あっさり了承した父と周囲もおかしい。なんか待ってましたとばかりにお見合いの話が来た。
「だからな、アクアラーズについては、父上が直々に赴き、責任をもって開発を行う予定だ。これはスベンの新しい首長就任への祝儀とラジーバの代替わりも兼ねている。驚くほど立派な港になる予定だから、楽しみにしていてくれ。」
改めて、彼の名前は、メイナス・ルーサー。本人の意向はともかく、昨日、王太子になり、王になることが確定した、ラジーバの新たなるリーダーである。
メイナス「こんなんでも王子なので、世界情勢は理解している。」
マルクス「兄上が王となるならな、安心ですね。」
メイナス「押し付けたと違う?」
長くなったので区切ります。兄弟の真意と、メイナスの話は次回も続きます。




