159 金の匂いに敏感なやつほど厄介な存在はいない。
外交的なお話。王様はちゃんと王様でした。
砂漠には不釣り合いの厚着の男は、流れる汗をふきながら、謁見の間に現れた。いくつもの装飾品に上等な生地、機能性よりも見た目を優先した格好は、権威や財力を示す意味はあれどラジーバという国を理解しているとは言い難いものだった。
「スベンの外務担当を務めている、グラスコフと申します。この度は、栄えある獣王様にお目通りが叶い光栄の至りであります。」
毎回毎回、ご苦労なことだ。
過去の対談を思い返しながら、マクベス王はその言葉をぐっと飲みこんだ。
厳しい環境ゆえに、見た目よりも実力を評価する文化のラジーバに対して、相手はあえてそのような恰好をしてくる。それは暴力よりも財力と人望が権力につながるスベンという国の気質を示すものであり、同時に、自分たちを油断させるための仕掛けでもある。見かけ倒しの弱そうな男、そう感じさせる服装やふるまいをすることで、マクベスや官僚たちを油断させ、自分たちに有利な言質をとる、彼らの戦術なのだ。
代々の王にしかり、獣人の多くがそうやって煮え湯を飲まされてきた。
「使者が来るのは5年ぶりか、そちらの長は何回変わったんだ?」
「これは手厳しい。我らは獣人様方のように、芯の通った強さを持たぬ故、常に試行錯誤の日々でありまして。」
能ある鷹は爪を隠すというが、それは違う、どん欲な物ほど、キバを隠す。人畜無害のフリをして、もらえるものはいくらでも懐にしまい込み、搾り取ろうとする。こちらに対してへりくだった態度であるが、それでも油断ならない相手。隙あらば、獣人でもラジーバでも帝国でも食い物にする。その悪食と節操の無さは、理解しがたいものだが、それゆえに信用できる国。グラスコフの態度は、そんなスベンを象徴するような男だった。
「それがそちらの在り方であろう。必要とあれば名前も首も差し替える。そうやって正しくあろうとするのは間違っていない。」
「ははは。そういっていただけると。」
自由国家スベンは民主主義国家だ。選挙によって選ばれた議員たち、その中からさらに投票で選ばれた代表を中心とした合議制で国の方針が決まる。
他国を騙して、自国の利益の追求に走ることもあれば、へそを曲げた子供のように引き篭もることもある。積極的に外交に動いて平和を訴えることもあれば、軍備を増強して、他国へちょっかいをだすこともある。
すべては時の流れと長の気分次第。いや、国の気分に応じた長が選ばれるのだ。
日和見、八方美人? それでもつい先日まで殺し合いをしていた国であっても長が変われば笑顔で握手を求める胆力は本物である。そうすることで、国民を飢えさせないという結果につなげるのだ。
「で、今回の要件は?」
「はい、この度、スベンでは新たな長、ゲラルディーニ・プルが選ばれました。それをきっかけにラジーバをはじめた各国へごあいさつを。そして、ラジーバに至っては新たな交易の提案をさせていただきたく。」
「よい、そのゲラルディーニとやらが、我らの国を荒さぬ限りは変わらぬ付き合いを約束しよう。」
他国から承認。それを求めて使者をだすかどうかも長によって変わる。砂漠を超えて王城にくるコストを考えれば無しで済ませることもある。関係が変わらないのであれば、ラジーバとしても長がどうなろうと興味がない。なので、使者を送り込みのは、国内向けのアピールか、それを口実になにやら企むこともある。
今回は後者のようだ。
「はい、ゲラルディーニとスベン議会は、アクアラーズの港の共同開発を検討しております。」
「共同開発?」
「はい、先日の帝国の侵攻のさい、海路による物流の価値が高まりました。そこで中継点であるアクアラーズの価値がスベンを含めた各国で上がっているのです。」
よくもぬけぬけと言えたものである。帝国が海路で侵入できたのは、スベンが手引きをしたからだ。防衛のために兵力をだす一方で、一部の勢力が皇帝とその手勢を招き入れ、王国へと素通りさせた。証拠こそないが、故意にせよ、怠慢にせよ、3国同盟への裏切りである。
そこに。どんな目的であったがは知らないが、皇帝は降伏すると、スベンは知らぬ存ぜぬを貫いた。だが、裏切りと怠慢の事実は消えず、王国とラジーバから抗議を受けて、前任者が退陣したことはほんの数か月前だ。今回の長交代を考えれば、たった数か月で3回以上、長が変わっている・
それを忘れて、価値が上がったという。言葉遊びもここまでくると笑えてくる。
「価値か、補給としての機能はすでにあると思うが?」
「いえ、恐れながら、舟の大型化が進む現状、今の形では不十分かと。早急に頑丈で大きな港を作ることが、必要だと愚行しています。」
そこから、グラスコフは、港ができることへのラジーバとスベンのメリット、大型船が沖合に留まることへのリスクを説明した。そして護岸工事における技術として、アクアラーズで最近行われている砂ダムの技術であるコンクリートの存在の価値について懇切丁寧に説明した。
「今回、海路で立ち寄らせていただきましたが、コンクリート、あの技術は素晴らしいです。建築という概念がひっくり返る革新的な技術であります。あれほど早く頑丈な建材となるならば、今まで困難とされてきたアクアラーズの護岸工事も成功するでしょう。」
「で、あるか。」
「無論、利用させていただく手前、工事にかかる資金の9割はスベンから出資させていただきます。コンクリートに関しても多少は融通いただきたいですが、我々としては、完成した港の一部の使用許可を頂けれがそれで結構です。権利や技術に関しては、ラジーバのものとするという承認と証書を預かってきています。」
(金に対する嗅覚は獣人以上だな。)
へりくだり礼を尽くした態度に、ラジーバにとって有利な条件。一見するとラジーバやマクベスに対して敬意を払い、裏切りに対する贖罪のようにも思える。
だが、狙いはアクアラーズの街で生み出された新たな建材の取引、そして、工事とそれを取り扱う名目で砂漠に合法的にスベンの人間を送り込むことであるのは明らかだ。他国の領土に自分たちが入っても問題なかったという事績と言質をとることだろう。そして、ラジーバ国内に拠点を作り、ゆくゆくは・・・。
そんな考えが透けて見えている。
「なお、今回ご協力いただいた場合、謝礼として、物資と金貨も用意があります。」
そういって渡された証書には護岸工事の資金提供と、優先的に港を利用させてもらうことへの謝礼、技術に関する守秘義務などが記載されていた。同封された目録に記されていた内容は、かなりの金額とラジーバでは貴重な物資が含まれていた。
「なかなかに我らを高く買っているようだな。」
「それはもう、砂漠は獣人様方の土地であり、その協力がなければ、我らは通り抜けることすら叶いませんので。」
武名で名高いとはいえ、マクベスも王として経験も知恵もある。グラスコフという男やスベンという国家は善意や敬意や贖罪からこのような条約を持ってきているわけでないことは気づいている。
出資や謝礼と取り繕っているが、実際は土地売買。工事を通してアクアラーズとその周辺の利権を確保し、コンクリートの技術や緑化した土地の権利を主張するつもりなのだろう。了承すれば最後、王家公認で土地が買い取られていくだろう。
その絵地図を描いたのは、実際にアクアラーズの工事を見たあとか?
情報伝達の速さと金の匂いを嗅ぎつける嗅覚、何よりこちらに気づかせない判断の早さは侮れない。
ストラからの話を聞いていなければ、自分はともかく、息子たちや側近の誰かが好条件にほいほいと食いついて、後々に残る楔を打ち込まれていたと思う。
となると、この場での答えは決まっている。
「いや、それはいい。我らの関係は今まで通りだ。」
「し、しかし。」
「構わん。砂漠は人が生きるには過酷すぎる土地だ。そこを預かるは獣人の務めでもある。スベンの人間にその負担を強いる気はない。港については、そちらの期待する以上の規模をこちらで用意する。建材の技術に関しても、現場での学びを許す。」
「技術を公開すると?」
「構わん、我らにとっては日曜大工と変わらぬ技術である。なにより、王家が持つものではなく、アクアラーズと個人が持っている知恵ゆえな。そんなものでこれほどの謝礼は受け取れん。」
技術などくれてやる。そもそも発案者はあの少女である。すぐに大陸中に広まるであろうものを、自慢げにもっていても意味などない。
港の工事と今後の管理も今後のことを考えれば、ラジーバ単独で実行可能だ。一番の難題であった建材の確保も目途がたった今、多少の出費のために借りを作るほうがデメリットだ。
「新たなる長への祝儀と思ってくれ。ラジーバは新たなるスベンを歓迎しよう。」
これがただの外交であれば大正解だろう。スベンは金貨の一枚も払わずにこれからできる新しい港を使用する権利と、新しい建材の技術を得ることになる。これを断って、謝礼を渡すとなると逆に問題である。しかも祝儀という名目もあるとなれば断ることはなお難しい。
「わ、わかりました。マクベス王とラジーバの好意に深く感謝いたします。」
表面上は友好的に、それでいてラジーバの領土を削り取る姦計になど、一歩だって譲る気はない。
(どうだ、我かて、やるときはやるのだぞ。)
自分たちのやりとりをどこかから覗きにしているであろう少女の顔が浮かびマクベスは内心笑う。
やべー、いたたまれない。
急に訪れたスベンからの使者とそれの相手をするマクベス王の様子をこっそり観察しながら、私は頭を抱えていた。
ラジーバの緑化が進めば、周辺国が興味を持つことは予想していた。そして一番に態度を変えてくるのはスベンだろうとも思っていた。あの国はそういう国だ。
ただまさか、片手間で考えたなんちゃってアスファルトの所為でこんなに早く接触してくると思わなかった。たしかに加工が容易く、一度乾けば頑丈な建材となれば需要はある。その技術とその可能性によって、領土売買なんてことが起こるとはおもわず、いざとなれば助言するつもりだった私は、フリーズして使い物にならなくなっていた。
そして、マクベス王は言われるまでもなく、現時点での最適解を出していた。
そりゃそうだ。ただのノウキンが国のトップになれるわけがない。王国をはじめ各国へ遊学経験のあるのはマルクスだけでなく、マクベス王その人だってそうだ。はなから器が違う。
「自分の傲慢さに死にたくなるわ。」
「いやいや、ストラ、君がああやってがっつり教え込んでくれたからこそ、父上の判断に側近たちが落ち着いていられるんだ。」
ポンポンと型を叩かれながらマルクスに励まされるのは余計にみじめだ。だがここで反論してもしょうがないので、ぐっとこらえることしかできない。
所詮は教師の生兵法。子どもの悪知恵レベル。本物には敵わない。
そんな風に思うのは一体何度目だろうか?
ストラ「いきって、大暴れした自分を殺したい。」
ハルちゃん「ジジジ(いつものことじゃん。」
なんだかんだ、王様はちゃんとしているので、ストラさんの出番はなかった・・・。




