14 王子と言っても人間なのだと俺は気づいた。
ガルダ―王子様の視点です。
その日はなんだか城の連中がそわそわしていた。
面白さを感じて先に、辺境伯家に忍び込む。王都から数時間ほど馬を駆り、近くの茂みに隠れて辺境伯家に忍び込む。父上も昔していたという話を聞いて以来、何度かチャレンジしたことだが、その日は初めてうまく行った。
うまいこと茂みに隠れて覗いてみればスラートのやつは、辺境伯の娘相手にめっちゃデレデレしていた。普段のすまし顔はどこへいったのか、ほほを赤く染めてニコニコと会話をしている。そんな奴を見たのは初めてだった。辺境伯の娘、たしかメイナといったか、それとあったのはずいぶんと昔のことだが、それほどの相手か、とか思っていたらもっと変な場面に遭遇した。
「だ、だれだ。」
「しっ。」
現れたのは変な奴だった。
学者のような白い白衣を着て、数匹のハチを手足のように従えている。そしてさも当然のように俺の横にしゃがみこんで堂々と覗きを始めている。
「おい、お前。」
「ああ、もう黙って。」
明らかに不審な女をとがめようと思ったら逆に怒られた。思えば女に怒られるなんて母上以外では初めてだったかもしれない。
「いや、なん。」
「これでも舐めてろ。」
食い下がろうとしたら、口に何かを放り込まれた。それは恐ろしくうまいアメだった。ほんのりと優しいハチミツの味なのにどこか刺激的な感じがし、なめるほどに元気がでる。そのうまさに俺は黙り、そして冷静になる。
「いいですか、こんな場所でのぞき見をしているのがばれたら怒られるんですよ、私もあなたも。わかりますか。」
女の言っていることはもっともだった。俺も王子だが、だからこそ悪戯をしたら怒られる。
「すまない。お前の言う通りだ。」
ならばこの場はおとなしくしているのが一番だ。そういう意味で答えると、女はちらりと俺のことを観察し、再びスラート達を見ている、そして、
「今のままでも充分面白いんですけどね。」
「な、なんだ。」
思わず大きな声がでたら、もう一つアメを放り込まれた。女はこちらはみない。
「のぞき見はいかがなものかと思いますけれど、辺境伯邸に気づかれずに忍び込んで、これだけの距離でお見合いを盗み見できる場所を見つける勘のよさ。戦士としては一流ですよ。って話です。」
そんな風にほめられたの初めてだった。というか、悪戯をしている自覚があるのに、堂々としている奴というのも初めてだが。
「そ、そうか。大したことないと思うが。馬に乗るのは好きだし、正直ここの家の警備は甘いと思う。」
「それ後で、スラート様に教えてあげるといいですよ。きっと喜びます。」
「そうか、そうだな。」
気づけば俺は、この女に興味を持っていた。面白そう、というのが一番で、アメがうまいが2番。それ以上に悪さをしていて堂々としている姿がどこかかっこいい。
「メイナ様の顔が見えない。」
「そのメイナというのは美人なのか。スラートのあんな顔、初めて見たぞ。」
「美人ですよー、みたら一目惚れしちゃうかもしれませんよ。」
不満そうでどこまでも楽しそうな女の様子に俺は首をかしげる。幼い頃にスラートも俺もメイナとは会ったことがある。だがほかの子どもと変わらない感じがした記憶しかない。ここから見ている限りその後ろ姿は地味だ。令嬢というのはもっとフリフリな飾りつけをしているものではないのだろうか。
「ジジジ(見てくる?)」
「それはやめておこう。今日はあとで話を聞くって約束だったしね。」
「おい、そのハチって。」
「静かに。」
ハチと会話する女の印象が強かったのかもしれない。俺の興味はスラートの面白い顔と面白そうな女にばかり向いていた。
「のぞき見をするならば、最後まで気づかれないように徹底する。それがマナーですよ。」
「そ、そうなのか。」
「はい、とくに男女のやり取りを見ているときは、絶対にその空気を壊さずに、あとになってネタにしてあげる。これ大事です。」
「お、おう覚えておく。」
なるほど、そんなマナーがあったのか。確かに、城で覗きをしているときは、我慢できなくて声を出したり、笑いだしたりして見つかり怒られる。
「いいですか、覗きというのはする方も、されるほうもよくないものなんです。だからするときはばれないようにする、それでいて相手にとって都合が悪いと思えることは黙って見守るものなんです。」
「ふむふむ。」
「今回の場合、これでもかと冷やかしてあげましょう。スラート王子がどれだけ顔を赤くしてニコニコしていたか、それを本人に指摘してあげるのがあなたの役目ですよ、ガルーダ王子。」
「おう。」
気づけば俺は、目の前の女を尊敬していた。きっとこの女はこの瞬間に見つかっても堂々と乗り切って素知らぬ顔で日々を過ごすに違いない。
怒られて、へこんで、悪さばかりしている俺とはだいぶ違うのだろう。
すごいと思った。
かっこいいと思った。
こんな風になりたいと思った。
帰り道は、自分でも驚くほど身体が軽かった。おそらくは女からもらったアメのおかげだろう。二つ舐めただけなのに、満腹まで食べたようにエネルギーを感じた。食べ過ぎると鼻血がでるというのもなんとなくなっとくできるぐらいすごいアメだ。
「それにこんなに、すごいやつ、すごい人なんだろうな。」
改めて実感するのは女のすごさだ。確か薬師と名乗っていたか。世の中にはすごいやつがいるらしい。
「ガルーダ王子、どこへ行っていたんですか。」
「ううん、ちょっとな。」
城に戻れば、慌てたように従僕とメイドが俺を取り囲む。こっそり抜け出した俺を逃がさないという意思が感じられる。いつもなら、もう少し遊んでしまうのだが。
「勝手に出かけて悪かった。どこに行ったかは内緒だが、詫びにこれをやる。」
機嫌がいい、というよりはあの女ならこうやって振る舞うんじゃないかと思って俺は、女からもらったアメを一つずつ彼女たちに手渡していく。
「これは。」
「ハチミツアメというらしい、なめると元気がでるぞ。」
「はあ。」
疑わし気な奴らの前で俺は、三つ目のアメを口に含んで見せる。ああ、やっぱりうまい。
「で、ではありがたく。」
俺が食べたのを見て、観念したように食べるメイドたち、だがその顔がすぐに
「な、なにこれー。」
うっとりと崩れだす。うん女はやっぱり甘い物が好きだな。
「ガルーダ王子、これはいったい。」
「ハチミツアメだ。とある人からもらった。」
そういって俺は、うっとりとしている彼女たちの間を縫って自室へと足を運ぶ。大丈夫、今日はもう逃げないよ。
歪む前に、変な方向に軌道修正された結果天然な王子様が誕生してしまった。




