143 薬師の従者は意外と図太い
一方その頃、なお話です。
なぜ、僕はここにいるのだろうか?
「ストラは今頃、オアシスについたころかしら?」
空を見上げてどこか遠くにいるであろう友人に思いをはせるのは、メイナ・リガード様。僕が仕えているハッサム家の寄り親であるリガード辺境伯様の一人娘であらせられる。さらには第二王子であるスラート様の婚約者で次期国母とも噂されるる高貴な人であらせられます。
「そうですね、砂漠の旅は過酷ですが、兄もいるので、予定通りなら王城について寛がれている頃だと思います。」
相槌を打たれるのは、ラジーバの王女である、ソフィア・ルーサー様。王国へ留学中の彼女は、王位継承権こそないですが、獣人の中でも特別な血筋であり、その姿や所作には気品があります。
そんなロイヤルなお二人が、交流を深めるのはおかしなことではありません。学友であり、地位的にも思考的にも釣り合いのとれるお二人は、普段から仲がいいですし、両国の関係を考えればメリットしかありません。
それに比べて僕は、田舎出身の元平民です。お嬢の謀略によってなんちゃって爵位をいただいていますが、だからこそ、この場に、しかも同じテーブルでお茶をいただくなんてことは不敬ではないだろうか。
「やはり、僕は失礼したほうが。」
「まて、俺を1人にするな。」
そう思って離れようとすると、僕の腕はつかまれて座りなおします。その力が意外と強いのだから相手の本気も分かるというもの。
「スラート様、僕は庶民ですよ。お嬢もいないのにこの場にいるのは。」
「いいから、気にするな。ここは学園だし、お前は俺の友人だ。」
友人? 畏れ多いことです。勘弁してください。
僕の腕を掴んで逃がそうとしないのは、この国の第二王子であり、王太子候補ナンバー1と言われているスラート王子様です。僕やお嬢の一つ先輩で、成績は学年トップ。武芸に関しては、若くしてベテランの兵士並みとのこと。眉目秀麗、才色兼備、文武両道、あらゆる賛辞が役不足になりそうなくらい、かっこよくて、優秀なお方です。
「あの二人の会話に俺だけではついていけん。」
唯一の欠点は、婚約者であるメイナ様にベタぼれなことでしょうか?いや、お嬢曰く、数少ないチャームポイントらしいです。
「お二人はどう思われますか?」
「「えっ?」」
こそこそと話していたら、不意に水を向けられてそろって間抜けな声をあげてしまいました。これは反省です。女性との会話ではどんな時も気を抜いてはいけないといお嬢に言われていたのに。
「ええっと。」
スラート王子は目を泳がせながら、言葉を考えています。これは聞いていませんでしたね。仕方ありません。僕は覚悟を決めて会話に加わります。
話題は、お嬢が今どのあたりかでしたね。
「僕の予想では、海、アクアラーズを目指して旅立っているのではないかと。」
「まあ、流石にそれは気が早いのではないですか?」
「いえ、お嬢は、海を見るのが一番の楽しみだと言ってましたので、もしかしたらと、僕は砂漠の旅がどれほどかは知りませんが、クマ吉さん達がいるし、なによりお嬢ですから。」
主であるストラ様のことをお嬢と呼ぶのは癖なので気にしない。
「そ、そうだな、王都までの道のりは2か月と聞くが、緊急の使者などは一か月でたどり着くとも聞く。クマ吉殿の速さを考えれば、お役目を果たして海を目指しているかもしれない。しかし、マルクス王子たちも一緒となるとそうはいかないのではないだろうか、そのあたりはどうなんだソフィア嬢。」
不敬云々が怖くて静かにしていた僕が、会話に参加し、スラート王子は全力で乗っかりました。そうです、今はお嬢がどこら辺を旅をしているかという話だったんですよ、王子。
「・・・距離的には海までいけますけど。ラクダの足よりも物資が持ちませんわ。一日に進める距離も限られていますし、補給や休息を考えると、進んでも王都あたりではないかと。」
「そうですね、砂漠は昼夜の寒暖差が厳しく、夜の移動は命がけとか。」
「それは俺も本で読んだことがある。昼は水が渇き、夜は凍るだったか。」
「まあ、それはまたすごいですわね。」
いや、メイナ様。その話をお嬢にさんざんして注意をうながしていましたよね。まあ、余計な事は言いませんが。
と、このように元平民の木っ端貴族でありながら、僕は学園でもトップクラスに高貴な人達と会話をする栄誉を授かっています。
「まあ、ハッサム嬢なら、砂漠の旅にもすぐに対応して何か面白い物を考えていそうだな。」
「すでにですわ、まさか陸に船を走らせるなんて、思いつくのはあの子ぐらいです。」
「あれか・・・。本当に動くのか?」
「見送りに行った者からの報告では、砂漠を馬並みの速度で駆けていき、すぐに姿が見えなくなったそうですって。さすがはお義姉様です。愚兄の思惑とは外れてしまいましたが。」
・・・口を挟めない。
こんなロイヤルな人達の話題がなんでお嬢なんですかね?
僕の主人であるストラ・ハッサム様は、自称片田舎の木っ端貴族だ。だが、その才能と行動力に関しては異常である。先々代のハッサム様から幼少のころから薬学の手ほどきをうけ、言葉を話すころには、色々と周囲を巻き込んで村を改革していった。
風の精霊であるハチ様達と協力して行っている養蜂事業に、ドワーフ達を抱き込んでの工作活動、子どもたちへの読み聞かせや若者向けのブートキャンプ。
本人曰く、穏やかなで豊かな生活のためらしいが、いつも忙しなく動き回っているイメージだ。
そんなお嬢の一番の協力者は、僕の父でありハッサム系の家令を務めるボスピンだ。平民出身ながら先生代のころから3代にわたってハッサム家に仕えてきた父は、その経験を生かして、資金や渉外などでお嬢を助け、お嬢の思い付きをいくつも形にして、ハッサム村の発展に貢献した。
僕がこうして学園で勉強できているのも、父の貢献に対する褒美的な物が大きい。僕自身も父やお嬢たちから色々と教えてもらったからこそ、学園で落ちこぼれずに済んでいると思う。
が、まさか王子様や王女様達と一緒にお茶をするなんて経験をするとは思ってなかった。
「リットンさん、例の船は王国では使えないの?」
「ええっと、できなくはないんですが、地面への影響が大きいし長持ちしないそうです。雪山とか砂地みたく地面が柔らかいところか、轍が残っても問題ない場所ならいけるそうです。」
「なるほど、そうなると馬車のほうが効率がいいわけか。」
「ラジーバとしては、砂漠の物資輸送のために幾つか購入したいですね。」
「となると、境界線で乗り換える感じになるか。ハッサム嬢のように組み替える仕組みは面白いが、積みかえたほうが、早そうだ。」
「となると、境界線に専用の施設、いや街ができますわね。」
「発展はありがたいが、今度は街を作るというのか、あいつは。」
「その場合、権利はどちらになるんでしょうか?」
なにやら難しい話になっています。お嬢ならここで別の話題を出して話を逸らすのでしょうが、僕にはできません。いや、話題が元平民な僕には重すぎます。
本来なら、国境線というのは国同士の衝突を避けるために放置するのが一般的です。川や土地の境目を境界として、お互いに少し離れた場所に関所などを作り出入りを管理します。その曖昧な領域は緩衝地帯などとも呼ばれ、旅人や商人もそこでは大人しくしておくというのがマナーなのです。
ラジーバと王国のの場合は、砂漠を目安とした国境があり、砂漠の付近では、お互いに不可侵、困ったときは助け合いという関係だそうです。
「しかし、集配所を作るとなると。」
「そこを関所とする方が効率が。」
ここで、問題になるのは、両国の関係が変わってきていることです。
近年までは、王国からは食料を、ラジーバからは砂漠の魔物素材や傭兵などの戦力が行き来していました。獣人たちが修行として各地を旅することで、労働力や戦力を提供し、その対価として食料を持ち帰る。そうい関係だったそうです。
しかし、つい最近、平和を脅かす一つの国が弱体化しました。
そう、北の帝国です。なにかとちょっかいをかけてきた帝国の皇帝が降伏したことで、平和になったのはいいのですが、戦力的な需要は緩やかに減りつつあります。その一方で、王国では、ラジーバやその先にある海から送られてくる食品や加工品などの需要が高まり、砂漠を超えてくる隊商の数は増加しています。ここに砂上船なんてものが実用化されれば、両国の流通はより活発になるでしょう。
というのは、最近の授業で話題に上がっていました。
「カレーの材料はなんとしても確保したいからな。」
「スベンからの塩も安定とは言えませんし、やはり砂漠を横断するルートが・・・。」
「ラジーバとしても、王国の商品は魅力的ですし、何より魔法の需要は高まっていますので、軍縮で手の空いた方々をお招きできれば。」
やばい、これって僕ごときが口を挟めることじゃない。
そう思って僕は、スラート王子のお付きの人達にちらちらと視線を送ります。学生と大人という違いこそありますが、従者という立場は同じで、こういう空気になるとそれとなく用事を頼んで離席のきっかけをくれます。
『助けてください。』
『すまん、無理だ。』
しかし、お嬢がいない今、彼らは僕を助けてくれなくなりました。
「砂上船はいいとして、リットン、ストラは海で何をするつもりかしら?」
「さ、さあ、僕にはわかりかねます。たしか、海鮮三昧だーっていってましたけど。」
「海鮮、つまり海の食材を輸入する販路を求めているということか、可能なのか?いや、砂上船を改造して、冷凍機能を持たせれば砂漠を超えられるかもしれない。」
あれれ、おかしいぞ。お嬢は観光旅行って言ってましたけど・・・。
「リットン様、詳しく。お義姉様は、どんな海鮮を所望されてましたか?」
優雅なお茶会が、尋問に変わってしまった。
なるほど、僕は従者でなく、重要参考人だったらしい。
『助けて。』
『がんばれ。』
ダメ元で、アイコンタクトを送ってみるが、やっぱり助けてくれない。そもそも僕もあの人達と一緒に後ろで控えている立場の人なんですよ。どうしてこうなった。
リットン「あーあー、庶民がいていい場所じゃない。聞いていい話じゃない。」
ソフィア メイナ スラート「まあまあ、いいじゃないの。」
そこにいなくても、影響力を期待されるストラ様である。




