141 砂漠の海辺は海鮮に溢れていた。
転生、海と言えば海鮮である。
砂漠を爆走させつつ、行く先々に砂ドームと砂ダムを作りながら一週間。通常では1、2か月ほどかかると言われた道のりを乗り越えた先には、前世で見慣れた青色があった。
「驚異的ですね。さすがはクマ吉どの。本来ならば最低でも一か月、隊商なら数か月の旅となります。」
「海の塩は貴重ですから定期便があるとはいえ、最近は海路が充実していますので、王国やスベンを経由したほうが安上がりだとか。」
聞かれなくても解説してくれる獣人コンビが指さす先に見えるのは、一面に広がる水平線。ぽつぽつと見える船影は帆船だろうか、独特の三角形のフォルムのおかげで船だとよくわかる。
「あれは?」
「スベンからの商業船ではないかと、スベンとラジーバは海岸線がつながっていますら。あのように商船が行き来しているんです。聞けば別の大陸へも行くことがあるとか。」
「へー。」
まだ遠いのでその大きさは分からないが、帆船という言葉と形はファンタジーな感じがしてロマンがあった。前世の帆船と言えば、神奈川県にある高層ビルの近くに展示してある実物をみた記憶があるが、木の船で海を渡ったと聞いたときは、本当かと首をかしげたものだ?
それはそれとして、海である。
海と言えば、海の幸、海鮮である。
「ははは、これぞ転生特典。」
街の入門手続きや宿の手続きはロザードさんに丸投げし、ジレンさんを引きずるように市場へと突撃した私は、居並ぶ屋台の商品と漂う磯の香りに歓声を上げる。
馬車がすれ違えるほどのメイン通りに、並んだ屋台。色とりどりの海の幸や果物、それらを材料とした総菜の数々。台湾やタイの屋台街を思わせる雰囲気ながら、どことなく懐かしい匂いがするのは、みそと醤油だろうか。これは期待値が上がる。
「アクアラーズは海辺ですが果物も有名ですね。」
「それはあとで、とりあえず、やはりまずは海老か。」
とりあえず目についた赤い甲殻な串焼きの屋台に突撃して購入する。
「これはデザートシュリンプですね、海辺の砂漠を行き来する生き物で、掃除屋と言われています。」
ジレンさんの解説は、まんま海老だった。
事前に殻の向かれた抜き身の海老を串にさして網焼きにした串焼き。焼きすぎて表面は少し硬かったが、それおかげでプリプッリの身と旨味が閉じ込められていて、シンプルにうまい。前世以来だから20年ぶり、こんな風に屋台で食べたのは学生時代だから・・・うんこれ以上は考えてはいけない。
「殻付きはないの?」
だが、海老やカニと言えば殻ごと調理してだろう。殻のだしが上手い。
「おや、お嬢ちゃん、分かってるねー。これは観光客向けにあらかじめ、殻をむいたのを売っているんだ。殻付きは、反対側の屋台にあるよ。」
「ありがとう。ちなみに、貝をつぼ焼きとかは?あと、焼く前のって買える?」
「ははは、そっちは殻付きの隣だ。むき身は、商店通りの方だな。」
「ありがとう、とりあえずもう一本だけ買ってくわ。」
「ははは、アクアラーズにようこそ。」
気のいいおっちゃんに感謝しつつ、もう一本の海老の串焼きを食べつつ、めっちゃエビフライが食べたくなった。
教えてもらった殻付きの海老の屋台はなんとお頭つきだった。見た目はクルマエビ、なのにサイズはイセエビ級という私得すぎるものだ。
「ストラ様、ダイジョブですか。」
「いやいや、頭が一番おいしんだよ、海老は。」
ためらわずに買うのは当然として、熱々の頭をもぎ取って首から中身を吸う。お頭つきの刺身で頭をどうするかは意見が分かれると思うけど私は最初に吸う派だ。海老のエキスが詰まっていて私は好き。
「うーん、ビックシュリンプは久しぶりです。」
ジレンさんは殻ごとバリバリと食べているが、周囲の驚きから一般的な食べ方ではないだろう。なにより殻を捨てるゴミ箱がきちんと設置してある。生ごみと櫛が分別されているあたり、衛生面もきっちりしている。
「これはどこに?」
「殻とかは海に捨てれば魚の餌になるよ。」
「なるほど、エコだねー。」
「殻までうまいからな、海老ってやつは。」
なんてことを言いつつ、隣の屋台を見れば、サザエっぽい貝とか、ホタテっぽい貝が網で焼かれてジュージュー言っていた。
「こっちも頂戴。殻ごとね。」
「あいよ。」
注文すれば、さっと醤油をかけて殻ごと木皿に載せて渡される。うんうん、磯焼きは殻から食べてこそだ。サザエは丸ごと出し、内臓っぽいところも含めて丸ごと食べれるのがいいし、ホタテは醤油と染み出た汁を殻から直接すするのも上手い。
ああ・・・、お米かお酒が欲しい。
海辺の屋台と言えば、貝やエビの屋台を期待するのは日本人のメンタルなのだろうか?
あとはイカだな、イカ。醤油ベースで焼かれたイカ焼きと言えばお祭りでも定番だ。
「お嬢ちゃん、通だねー。ここに来る旅人は肉か魚ばかり食べて、うちみたいな店は避けちゃうんだけどね。あとは、度胸試しとか言って食べるんだよ。」
「何言ってんのよ、屋台で焼き立てを食べるなら、海老か貝でしょ。」
刺身を食べるならお店。焼き魚は主食とともに食べたい。干物はお土産だ。
「そうなんだよ、貝も海老も痛むのが早いからな。新鮮なものはここでしか食べれないんだよ。」
すっかりゴキゲンな店主と、御機嫌な客である私。海老や貝はそこそこのお値段だが、ここでしか味わえない美味にためらう気はない。
明らかな太客で上客、そうなると今度は屋台の方からおよびがかかる。
「嬢ちゃん、これ食ってみるか。」
と差し出されたはの串焼きのタコ足だった。足一本を丸ごと串刺しにして焼いた豪快な一品。いいねーこういうのが一番うまい。
「ありがとう、ああ、いいねー、このタコのあっさりとした味と噛み応え、イカ、イカはないの?」
「なんとクラケーンまで所望ときたか。おーい、エッジ、お前んとこ、今日はクラーケンだったよな。今すぐもってこい。」
そういって届けられたのは見事なイカ焼きだった。これだよ、これ。
「これは、ぜったい酒と合いますな。」
「飲んでもいいですよ。」
未成年な身体が憎い。だが、健康を考えるならばここは我慢だ。
「じじじ(貝うまい。)」
「ふるるるる(魚は久しぶりだが、いいなー。)」
「くるるるるる(殻を取り除くと味が整いますねー)」
「ぐるるるる(海の魚は、川とは違うんだねー。)」
精霊さん達も一緒になって、わいわいと屋台をめぐる。その物珍しさもあって、次々に味自慢の屋台から声がかかり、次々に海鮮の美味が振る舞われた。
クラムチャウダーに、アクアパッツァ、塩焼きの切り身のサンドイッチ。王国ではお目にかかれない海鮮まみれの食事は大変すばらしかった。アサリっぽい貝の入った味噌汁には涙が流れそうになった。なんでも味噌と醤油は、船便で届けられるので、この街では一般的な調味料らしい。
「揚げ物がない・・・。」
唯一の不満は、揚げ物系がなかったことだ。海辺なら油は手に入ると思うのだけど。
「じじじ(確かに、あげたら、美味しいそう。)」
「だよねー、ハルちゃん分かってる。」
うん、これはもうあれだ。ツバキ油を作るしかないな。
ストラ「タコでも、サザエでもフグでもなんでもこいやー。」
市場のおっちゃん「嬢ちゃんいける口だねー。」
ロザード「お酒はダメですよ。」
もっといろいろあるけど、とりあえず海鮮に惹かれるのは元日本人のメンタルです。




