13 王子といっても、おこちゃまである。
お見合いを陰から、こっそりのぞいてみた。
辺境伯家と王家は親戚関係にある、先代の王弟さまがリガード家に婿入りし現王とリガード様は従妹同士ということになる。
なお先王も王弟さまもバリバリ元気で引退してからは仲良く各国を周遊しているらしい。知らんけど。
そんなわけで、孫同士であるメイナ様と、第二王子であるスラート様の間に縁談が持ち上がるのは当然の流れである。
「ゲームでは、クレア様を失ってわがままなメイナ様に辟易していたスラート王子が、学園で出会った奔放で純粋なヒロインに惹かれていくだったか?」
「ジジ(ゲーム?)」
「ううん、なんでもないよ。」
独り言のつもりだったが、ハルちゃんがいたことに気づいて私はなんでもないよと誤魔化す。そしてハルちゃんに確認する。
「で、誰かいた。」
「ジジジジ(いたよ、いい匂いのする子。)」
「へえー。案内してちょうだい。」
御礼のハチミツアメを差し出しながら私はハルちゃんの後について辺境伯家を進んでいく。
「あっ先生。おはようございます。」
「おはようございます。」
すれ違う人達が挨拶をしてくれるが、私の存在に疑問は持っていない。うん、緊張感がないよなー。いや緊張感があるからかこそ、私なんかにかまってられないのかもしれない。そんなことを思いながらすいすいと辺境伯邸を進み、いくつかある入口にたどり着く。
「ジジ(こっち。)」
小さくなくハルちゃんに従って私は茂みの奥へと四つん這いで進んでいく。ツツジの木で囲まれて死角になったしげみ。大人は無理だが子どもならかくれんぼに使えそうな場所。そこには先客がいた。
「なるほど、これが。」
そこにいるかもしれないと思っていた相手がいたことに私は驚きつつも、納得していた。
「だ、だれだ。」
「しっ。」
こちらに気づいて声を上げようとする相手に指を立てて状況を思い出させる。そして相手がなにか言う前にその横のベストポジションに座って、茂みの向こうを見る。
「おお、ばっちり。」
見えるのは中庭の中央に特別に設置されたお茶会の会場だった。この日のために配置されたテーブルとパラソル。そこに座っているのは、ニコニコと微笑むメイナ様と、それを見てほほを赤くしているスラート様だった。輝く金髪に青い瞳、幼くも理知的に整った顔をしている美少年。みれば絶対忘れないであろう美貌の王子。ゲーム本編は数年後なのでまだ11歳かそこらのはずだが、洋風の美少年の顔が完成したイケメンである。うん、これはメイナ様、惚れるわー。
「おい、お前。」
「ああ、もう黙って。」
こんな面白い見世物なのに、大きな音を立ててばれたらどうするんだ。
「いや、なん。」
「これでも舐めてろ。」
うるさい口にハチミツアメを放り込んで閉じさせる。
「いいですか、こんな場所でのぞき見をしているのがばれたら怒られるんですよ、私もあなたも。わかりますか。」
ゆっくりと静かに言うと男の子はコクコクと頷く。
「すまない。お前の言う通りだ。」
うん、素直だ。燃えるような赤い髪に青い瞳、やや野性味あふれる顔をしているが、全体的な雰囲気はスラート様に似ている美少年だ。そしてこの子こそが、この国の第三王子であり、ゲームの世界では攻略対象にもなるガルーダ様だ。ちなみにスラート様とは異母兄弟というやつで、優秀な兄と比べられていろいろと歪んだ弟君が主人公と出会うことで自分の価値を再発見していくというストーリーだった。
「今のままでも充分面白いんですけどね。」
「な、なんだ。」
だからいちいち声がでかい。もう一つハチミツアメを放り込み私は、再び茂みの向こうをみる。
「のぞき見はいかがなものかと思いますけれど、辺境伯邸に気づかれずに忍び込んで、これだけの距離でお見合いを盗み見できる場所を見つける勘のよさ。戦士としては一流ですよ。って話です。」
はい、これもゲームの知識です。わんぱく奔放だった第三王子は、こっそりお出かけした第二王子のあとを着けて、辺境伯家にたどり着き、メイナ様とスラート様のお見合いの場面を盗み見してしまう。そしてその時に見たメイナ様にほれ込み、スラート様と対抗意識を燃やしてしまい、結果として劣等感を感じることになるのだ。
「そ、そうか。大したことないと思うが。馬に乗るのは好きだし、正直ここの家の警備は甘いと思う。」
「それ後で、スラート様に教えてあげるといいですよ。きっと喜びます。」
「そうか、そうだな。」
ちなみにだが、私はここでも、どうにかしようとは思っていない。
数年後に始まる学園でのゲームではどちらの王子にも関わる気もなければ、ガルーダがメイナ様に惚れて、スラート様と取り合って挫折をしたところで国の行く末には変わりはない。
何より、ここから見ている限りでお二人の相性はよいようでスラート様の顔がデレデレだ。
「メイナ様の顔が見えない。」
「そのメイナというのは美人なのか。スラートのあんな顔、初めて見たぞ。」
「美人ですよー、みたら一目惚れしちゃうかもしれませんよ。」
こちらでは椅子に腰かけるメイナ様の後ろ姿しか見えない。メイナ様がいくら美少女でもこれで一目惚れとはならないだろう。気になることがあるとすれば、ゲームでのメイナ様がフリル満載の妖精さんスタイルだったことだ。雪の女王様スタイルの今の方が断然きれいなんだけど、後ろ姿は確かに地味だ。
「ジジジ(見てくる?)」
「それはやめておこう。今日はあとで話を聞くって約束だったしね。」
面白そう、もとい心配になって安全に見守れる場所はなかったかと思ったタイミングで私は、ガルーダが見合いを覗いていたというエピソードを思い出し、ハルちゃんに特徴を伝えて探してもらったのだ。物語の強制力なのか、ガルーダの実力かわからないけど、こんなおいしいスポットを発見できた。
「おい、そのハチって。」
「静かに。」
ただこの坊ちゃん、もう飽きてるなー。目の前のお見合いよりもハルちゃんたちに興味を示しだしている。
「のぞき見をするならば、最後まで気づかれないように徹底する。それがマナーですよ。」
「そ、そうなのか。」
「はい、とくに男女のやり取りを見ているときは、絶対にその空気を壊さずに、あとになってネタにしてあげる。これ大事です。」
「お、おう覚えておく。」
めっちゃ素直、私のそれっぽい言葉に素直に従っちゃったよ。いやこの場合は単純なのか。きっとあることないこと吹き込まれて歪んでいくんだろう。
「いいですか、覗きというのはする方も、されるほうもよくないものなんです。だからするときはばれないようにする、それでいて相手にとって都合が悪いと思えることは黙って見守るものなんです。」
「ふむふむ。」
「今回の場合、これでもかと冷やかしてあげましょう。スラート王子がどれだけ顔を赤くしてニコニコしていたか、それを本人に指摘してあげるのがあなたの役目ですよ、ガルーダ王子。」
「おう。」
声を潜めながらもこちらの言葉を刻み付けるように聞くガルーダ王子。名前を知っていることにも疑問を抱いていないらしい。
「ジジジ(いい匂いのする子、面白い。)」
うん、私もそう思うよ。なんでまたこんな素直な子に育ったんだろう。
そして、この素直な男の子が、ゲームでどのように歪んでしまうのか。
気になったことばかりだが。
「なあ、そのアメもっとくれないか。」
食べ物でつられてしまうあたりがまたなんとも。いくらでもあげたくなってしまうじゃないか。
「いいですよー。ただ、気を付けてください。食べすぎると鼻血がでるから気を付けてくださいね。一日、3個までです。」
言いながら、押し付けるようにハチミツアメが詰まった袋を王子に押し付けていた。
不憫に思ったとか、惚れたとかではない。ただメイナ様と同様。目の前で不憫な運命を迎える子に対して、
「こ、こんなにいいのか。」
「いいですよー、私、これ作るの得意なんで。また欲しくなったら言ってください。次からは対価を要求しますよー。」
「対価って?」
「そうですね、お金とか珍しい食べ物でいいですよ。」
「わかった。」
「3つ目でやめといてくださいねー。」
ハチミツアメは私の特製の品だ。栄養満点の蜂蜜と目覚まし作用のあるハーブと薬草を練りこんで作った兵糧丸、エナジーバーのようなものだ。調子にのって食べ過ぎると鼻血がでて眠れなくなる。カフェインとか炭酸水が見つかればいずれはエナジードリンクも作りたいものだ。
「ありがとう。」
「ふふ、いい子ですね、ガルーダ王子は。」
宝物のようにアメ袋を持ちながら、3つ目を食べるか顔をかしげるガルーダ王子は、年相応。前世の仕事でいやというほど見た子どもの顔だった。
うん、王子といってもおこちゃまである。
まあ、この時に恵んであげたハチミツアメの所為で、面倒なことになるけれど、それはまた別の話である。
デバガメ上等
そして、さらったと王子を転がす