132 薬師は、精霊を見つける。
砂漠の旅を再開します。
最初の街で色々とやらかしたが、私達の旅はまだ序盤だ。王都へ行って、国王の親書を獣王に渡すとか、土壌改善の計画の許可とかをもぎ取とるとかをやらなといけない。旅立って2か月ほど経っているが、まだまだ王国へ帰れる気がしないのは、もう考えまい。
「ここから王都であるアラジルまでは、2週間。この船ならが数日とかからないかもな。」
ラグナードを出発した私達は、砂上船(クマ吉動力)で砂漠を駆け抜け王都を目指していた。道中はサハラ砂漠のような砂だらけの砂砂漠、遠くには赤い色の山なども見えるけれど、砂漠を突っ切って王都経由で各地を目指した方が便がいいらしい。
「砂漠はその性質上、方角がつかめない。だが、王都から各都市までは、道しるべが作られているので、迷わずに進むことができるのだ。」
というのがマルクス王子の解説だったが、目印を頼りに進んでいくとジグザクに進んでいるように見えて結果としてはまっすぐ進んでいるから不思議だ。これは微妙な高低差のある地形による錯覚で、砂上船クラスの視点でやっとわかることらしい。人の足だと道しるべがないと、まっすぐ歩いているつもりでもグルグルと同じところを回ってしまうそうだ。うん、ファンタジー。
「じじじ(飛んだ方が早いんじゃない。)」
それはそう。
さて、砂漠の旅というのはともかく地味だ、朝早くの比較的気温の低いタイミングで出発し、午後を少しすぎたら、その日の野営場所を見つけて準備をする。砂漠の夜は、息が凍り付くほどまで冷え込み、魔物や動物も活発になる。早めに安全な場所を確保しないと命に関わるそうだ。
「もっとも、それも先人の知恵だな。街ほどではないが、各地の安全な地形に、簡易的に作られた休憩所などは旅人たちの間で共有されている。」
「それって、地図にはしないのですか?」
「そこは、防衛のためにだな。王国もそうだろう。」
「確かに精密な物は国家機密ですわ。」
航空戦力が皆無なこの世界において、兵士や物資の通り道は重要な戦略要素である。そうでなくても測量にはとんでもない手間とコストがかかる。おいそれと他人に見せられるものではない。
「となると、これは大丈夫なんですかねー?」
「うん、精霊の御業ということで。」
甲板で話ながら、マルクス王子と一緒に振り返れば、そこには、砂上船が作った轍が道のようになっている。放っておけば、いずれは砂に埋もれて、元に戻るだろう。しかし、ラグナードの人達は、この轍をもとに街道の整備をすると張り切っていた。
「女神さまの残してくれた道しるべだ。気合をいれろー。」
「「「「おお!」」」」
主導しているのは、サラさん達、5人。立つ鳥跡を濁さずと、砂ドームとか砂ダムを破壊しようと思っていたら、役場の人とか斡旋所の人達から泣きつかれた。かといって管理の仕方を説明している時間はなかったので、特訓中に私から説明を受けていたサラさん達に白羽の矢が立った。
本当は、観光中の護衛兼お手伝いさんにしたかったんだけどね。
「いえいえ、ストラ様の偉業のお手伝いができるとなれば、一同も喜ぶことでしょう。」
「街道が出来れば、生活に豊かになる。このチャンスは逃せない。」
代わりと言ってはなんだけど、サラさん達と試合をした凄腕獣人のロザードさんとジレンさんが護衛として私達に合流している。もともと王都からマルクス王子を迎えに来ていた彼らが護衛に加わることで、人的な問題はない。
「我らを手足としてお使いください。」
ええ、面倒。王都についたら、また求人をしないといけないな。
そんなこんなで旅をすること数日。目的地である王都との中間地点、砂漠の真っ只中を進んでいるときでした。
「ぐるるるるる(止まるよー。)」
吠えるように声を上げてクマ吉が減速をする。
「どしたん?」
「ぐるるるる(西から魔物、それも結構大きい。)」
「ジジジ(総員に通達。)」
こちらを気遣ってゆっくりと止まりながらも、クマ吉の警告はハチさん達を通じて周囲の護衛にもつ伝わり、全員が即座に砂上船に集まった。
「ストラ様、魔物とは?」
「ぐるるる(地面をゴリゴリと近づいてる。)」
「ええっと、地面をって。あれか。」
説明をしようとしたら、遠くで砂が巻き上がる。まるで噴火のように噴出した砂は風に運ばれてこちらまで飛んできて視界が悪くなるが、そこからさらに地面がボコボコと盛り上がり、それはこちらに向かって向かってきていた。
「ワームだ。」
「まじか、なんでこんな場所に。」
「いや、まて、あのサイズはマザーだ、逃げろ。」
慌てる王子達一行を横目に、私はめっちゃテンションが上がっていた。
だって、ワームだよ。砂漠のワームといえば、モンゴリアンデスワームというUMAが有名だけど、トレマーズという地上版ジョーズみたいなモンスターが有名だ。大体がミミズを巨大化したような化け物だけど、砂漠でファンタジーといえば、やはりワームだ。
「おお、キバがいっぱい。」
そのままくればいいのに、わざわざ飛び上がってその巨体と大きな口を見せるサービス精神。でっかいミミズのようでありながら、顔の大半が口になっており、その中はとげとげだらけでトンネルマシーンみたいになっている。
「尻尾は見えないか。」
砂煙のせいで尻尾は見えないが、胴体がえらのようになっており、そこから砂を吐き出すのは、狩りゲーのモンスターのようだ。
「いやー、眼福だわ。」
ゲームでは、身体の一部が飛び出したグラフィックしかなかったし、サイズ感は分からなかったが、砂漠であの巨体はテンションが上がる。
「ジジジ(ストラ、どうする。)」
「クマ吉、地面を固めて、あとは飛び出た瞬間にあのでっかい口に叩き込め―。」
「ぐるるるる(承知)。」
私の指示でクマ吉が砂地を踏み知る。そこに込められた魔力によって周囲の砂が固まり硬くなる。魔力によるものなので一時的ななものだけど、船の下から不意打ちなんてことにはならないだろう。まあ、これは保険だ。
ざばーーーん。
実際、固めた砂に意味はなく、ワームは砂上船の近くで飛び上がり、その口で砂上船にかじりつこうととびかかってきた。本来ならば絶望する場面だろうけど、こちらには精霊さんという最強のチートがあるので、ひやりとはしても、恐怖はない。
「ジジジ(放て―。)」
「ふるるるる(しゃらくせー。)」
あかん、
「ふぇるちゃん冷やして―。」
「ぴゅううう(面倒。)」
ハチさんたちによって生み出される風の刃と空気弾がワームの口の中をずたずたにし、そこにサンちゃんの火炎弾が引火する。
圧縮された空気に火、後は分かるね。
どがーん。
運がいい事に爆発は、空気弾に誘導されワームの体内に集中して起こったため、私達の被害は少なかった。それでも衝撃で王子達は吹っ飛び、とっさに船にしがみついた私と精霊さんたちには巻き上がった砂が降り積もって、船ごと、埋もれてしまった。
「ぺ、ぺぺ。うう、砂まみれ。」
「ジジジ(すごい爆発)。」
「ふるるるる(かかか、派手だったなー。)」
とっさに風魔法で防いだけど、それ以上の砂で全身が砂まみれ。これはやりすぎてしまったなー。
「ジジジ(救助急げー。)」
「ジジジ(掘り出せー。)」
王子たちは、兵隊ハチ達がすぐに回収へいきました。
さて、ワームというのは砂漠の魔物らしい。小型の個体は直径50センチで、長さは5メートルほどで、全身がゴムのように伸び縮みして獲物を丸呑みし、体内にあるキバで削り取る様に捕食するらしい。歯は溶かして固めると金属のように使えるし、肉は美味くて皮は丈夫と捨てるところがない良い魔物ですが。
「マザーワームを見たら、積み荷を捨てて逃げろと言われていてな。」
掘り返され砂を払われて、治療を施されながら、マルクス王子はマザーワームの死骸もとい残骸を見ながら、震え声でそんなことを言っていた。
「マザーワーム?」
「ああ、あの大型のものだ、体長は数十メートルから100メートルを超えるとも言われている。積み荷や軍隊を丸呑みすると言われている。」
なるほど、出会ったらアウト系の化け物でしたか。あれ、倒したらまずい?
「いや、マザーワームは災害そのものだからな。発見されたら、軍が動いて、追い払うなり討伐するなり対策をする。」
「ほうほう。」
「ちなみに狩りの方法としては、罠を張って、口を塞ぎ、集団で囲む。あるいはワームの横を並走してえらの隙間を狙うなどだな。罠が失敗すれば退却、罠で口を塞いでもその巨体に押しつぶされて結構な犠牲がでる。」
「そうですか、今回は被害がなくてよかったですねー。」
いや、砂上船の掃除という意味では私が被害者か。
「はあ、精霊様も一緒だし、俺は慣れているからいいがな、ストラ嬢。」
すっとぼける私にため息をつきながらマルクス王子は、そっと私の後ろを指さす。
「彼らの対処はあなたがしてくれ。」
はい、後ろで、側近さんとロザードさんとジレンさんが目をキラキラさせて拝んでますねー。知らんけど。
「とりあえず、魔法って便利だねってことで。」
なんなら火薬でもつくってあげようかなー。いや責任転嫁のために技術革命を起こすのはまずいか。
それはさておき、魔物を討伐したならば、素材は回収すべきだろう。マザーでもなんでもワームはワーム、素材は貴重なのでまずは回収しなくてはいけない。
「ぐるるるる(美味しい。)」
「まだ、たべちゃだめよ、ちゃんと引っ張り出して。」
地上にでていた頭部はばくはつによって吹き飛んでいた。そこで、残った身体をクマ吉に頼んで砂に埋もれていた残りを外に引っ張り出す。半分ほど吹き飛ばしたので、残っている身体は20メートルほどだった。それでもかなりでかい。
「尻尾は・・・普通か。」
双頭になっているとか、でっかい肛門があるのかと思ったけどなんか、蛇のようにシュっとした感じだった。代わりにえらのようなものが無数に存在し、そこからは透明な体液らしきものがわずかに漏れている。捕食したものをすりつぶし、老廃物はそこから排出しているんだろう。
「魚とも蛇とも違う。いやーファンタジーだね。」
しげしげと死骸を観察しながら、異世界らしい展開に私はテンションが上がっていた。精霊は魔力で生きる。けれど、ワームは、これぞ不思議生物って感じのメカニズムをもっていて実に興味深い。
グロクナイカ? 虫だとか死骸で驚いていたら田舎では生きてけないですよ。
「ぐるるるる(まって、まだ生きてる?)」
とりあえず素材を思ってナイフを手にしたら、クマ吉が何かに気づいて死骸の匂いを嗅ぎ始める。
「ぐるるるる(ここ、ここ。)」
そして尻尾の近くの一か所をその手でバンバン叩く。まって素材が痛む。
「まって、まって、もしかして卵?」
「ぐるるる(たぶん違う。仲間)」
仲間?それって。
「ぐるるるる(ストラ、ここ捌いて)」
食欲以外は控えめなクマ吉の慌てように急かされながら、クマ吉の言った場所を引き裂いていく。まるでカメムシのような匂いとともに、透明な体液がどろどろと流れるが、クマ吉はそこに手を突っ込んでワームの身体をべりべりとはいでいく。
「ぐううううう。(ひ、光?)」
ベロンと向かれたその中、砂まみれ唾液塗れで蹲っていたのは、白いクマさんでした。
「まじで、精霊?」
「じじじ(残念ながら)」
「ふるるるる(弱ってるけど。)」
精霊さんがそう言うなら、そうなんだろうけど。
ラジーバにも精霊さんがいるとは聞いていたけど・・・。
「えっなに、精霊って食べられるの?」
「ぴゅううう(そう言う問題じゃないと思う。)」
ストラ「砂漠とファンタジーと言えば、デスワームよねー。」
マルクス「知らない、そんな常識。」
クマ吉君の全長が10メートルぐらい。まっすぐにすればワームでも丸呑みにできたというわけで。




