131 そして、彼らは英雄となった。
バトル編最終章
さて、最終戦というのは名ばかりで、名勝負の数々を見たギャラリーはもう満足といった感の空気の中、残っていたのは、この一件の発端になった犬野郎だった。
「ふざけるな、なんで俺の相手がこんなガキなんだ。」
「弱い犬ほど、良く吠える。」
キレ気味に詰め寄る犬野郎君。若手のホープということもあり、勢いはあるが、いかんせん人数合わせのオマケ感がひどい。まあ、先の4戦を見ていても、闘志を失っていないことだけは、評価しよう。
バッキバッキに折られて再起不能にならないことを祈ろう。
「けっ、数合わせのオマケが、毛無女のくせに生意気なんだよ。」
吠える犬野郎君だが、スィットちゃんはどこ吹く風。屈伸や背伸びなどをしてまったりと準備している。たった二週間前までは、自分にこびへつらっていた彼女のその態度に、犬野郎は顔をぴくぴくと痙攣させ、地団駄をふむ。
なんとも小物、噛ませ犬感がすごい。
戦いは一方的なものだった。
「はじめ。」
挨拶とともに拳を固めて殴りかかる犬野郎。スィットちゃんは踏み込む様に攻撃をかわし、そのまま犬野郎の背後に回り込み。
「はい、一本。」
持っていたナイフで、その背中のケガの一部を刈り取る。
「なっ、この。」
撫でるような感触に、自分が攻撃されたことに気づいて振り返る犬野郎。だが、そこにはもう彼女はいない。
「次。」
ショリ。
いつの間にか背後に回り込んだスィットちゃんが、僅かに毛を刈り取る。その感触に気づいて犬野郎が背後を振り返るが。
「くそ。」
そこにはもう彼女はいない。
「ひっ。」
ショリ。
そして、またわずかに刈り取られる毛。先の二回は背中だったが、今度は右足の毛だった。
「この、卑怯者。」
ぐるぐると回って相手の姿を探すが、獣人の優れた知覚能力をもってしてもその姿を捕らえることは叶わず。次々に全身の毛を狩られていく。
「く、くそ。」
姿を捕らえられない恐怖に立ち向かいながら、犬野郎は走ってその場から距離を取る。いったん距離をとって相手を見つけようとしたのだろう。
ショリ。
だが、10メートルほど走って足を止めた瞬間に再び撫でるよな感触が背中に走る。
「ひいいいいい。」
ショリ、ショリ、ショリ。
恐怖で足を止めれば、ここぞとばかりに毛が刈られていく。こうなると犬野郎は、その攻撃をたよりに死角に入りこんだ相手を探して攻撃を続けるしかない。
ショリ、ショリ。
だが、必死に駆けまわって、敵を捉えとする勢いは見事であり、滑稽だった。
だが、無意味だ。
、降参するその瞬間まで彼は、相手の姿を捕らえることはなかった。
「えげつない。」
「なんだかんだ、あの子が一番強いですから。」
「あいつとだけは喧嘩したくない。」
「姉としては、誇らしいが。」
仲間にまでドン引きされるなから、スィットちゃんはニコニコと私のもとに戻ってきた。
「ストラ様、勝ちました。」
「うんうん、えらいねー、頑張ったね。」
その頭をなでながら、私は少しだけ犬野郎に同情した。
ハチさん達の特訓で、砂地に隠れるという戦法を身に着けた彼女は、2週間の特訓の中で相手の死角に潜り込んで気配を消す技術を極限まで高めていた。相手の視野を理解し、その死角に潜り込む。声や音で誘導することで、相手の視線を誘導して、そこから消えたように振る舞う姿は、メンバーの中でもっとも実践的で、才能を感じる結果となった。
「なんだかんだ、情けない。」
「終始クルクル回っているだけだったな。」
「最後の最後にがっかりだ。しょせんは数合わせか。」
なにがえげつないかというと、周囲からは、スィットちゃんのしていることが理解できないことだ。あくまで相手の死角に潜り込む技術なので、複数の相手は効果が薄く、関係ない人には、犬野郎の近くでうろうろしているだけにしか見えなかっただろう。
彼女の強さはタイマンで向かい合ったときにこそ、その恐怖が分かるのだ。
「く、くうううう。」
ゆえに、ところどろこに禿を作って蹲る犬野郎に対する視線には侮蔑が含まれていた。わからない人には、間抜けに立ち回って負けただけ。わかる人には、実力も分からずイキっていた無謀者としか見えない。己の傲慢を悔いながら、これからは謙虚に生きていけばいいだろう。
「ははは、ざまあ。」
ちなみに獣人の毛はそこそこ丈夫だし、高ぶって動いているときは絡まっているのでそう簡単には切れない。まあ、そこは、私がプレゼントしたハッサム村産のナイフだ。酒を対価に、ドワーフ達がその技術を惜しみなく注ぎ込んで作った業物の切れ味は、とても良い。他のメンバーと比べると腕力の劣る彼女がそのナイフを使うと死角から相手の急所を狙うというアサシンムーブが可能となる。
武器や道具で不足を補う。
獣人のプライドなんて、技術の前では無力なのだ。
こうして、私の寄り道は、最高の結果をもって終わりを迎えることになった。
実力を示したサラさんたちは、獣人たちに囲まれ、尊敬と羨望を集めた。特に居合わせた毛無しの人達からの喝采はすごく、英雄のように拝まれていた。
「いや、拝まれているのはストラ様では。」
いやいや、そんなわけないから。がんばったのもすごいのもサラさん達だよ。
「お、俺も、鍛えてください。」「私も。」
だから、弟子入り志願みたいな人達はすべてお断りです。道というか可能性は示したので、今後は出生とか血筋なんてものに惑わされず、努力を大事にしていただきたい。
私はそろそろ、ラジーバ観光旅行に戻ります。
「いや、街の外にあんだけのもん作っておいて、はい、さよならじゃ、すまないぞ、嬢ちゃん。」
気づけば、サラさん達を囲んで宴会のような空気になっていた広場から、そっと逃げ出そうとしていたら、おじさんにがしっと腕を掴まれた。
「色々と教えてもらえるとありがいたいのー。薬師殿。」
「・・・はい。」
うん、まあ説明責任は果たそう。それが終わったら、この街は出発だ。この街はまだラジーバの入口。この先はもっと過酷で愉快な砂漠の世界が待っているんだから。
スイット「勝ちましたー。」
ストラ「私が鍛えました。(ドヤ)。」
犬野郎君「名前すらもらえない。」
犬野郎君も含め、負傷者はストラさんが責任をもって治療しました。




