123 ストラ獣人を鍛える2
特訓は続く。
砂場は、特訓する上では最適な場所だ。柔らかい砂は踏ん張りがきかず、ただ歩くだけでも必要以上負荷がかかるし、コロコロと変わる足場は体幹を鍛える意味でも有効だ。何より暑さというのはそれだけで心肺機能を鍛えることができる。
スポーツの合宿とかキャンプでハワイや沖縄の海へ行くのには、そう言った事情があるのだ。
まあ、それは海の浜辺のことであって、砂漠でそんなことをすれば命に関わるから真似してはいけないぞ。そんな過酷な鬼ごっこだが、獣人たちは1時間ほど粘った。良くも悪くもまっすぐに全力疾走で逃げ回って、1時間だ。これだから獣人ってやつは。
「うーん、気づかないか。」
仲良く集まって力尽きる5人に歩み寄りながら、私は次の展開を考えていた。
「も、もうだめ。」
「し、死んでしまう。」
「み、水を。」
はいはい、ここで水分補給だよー。と私は用意しておいたガラス瓶を彼らに一本ずつ手渡した。
「疲れ切ったところでコレを飲んでみようか。」
「えっこれ?」
「お酒みたいなもんだよー。」
「「「「「酒!!!」」」」」」
うん、そういうリアクションになるよねー。明らかに高そうなガラス瓶に入ったそれを凝視して固まる5人にパンパンと手を叩いて促す。
「瓶は使い回しで、中身は手作りだから気にしなくていいよー。はいはい、飲んだ飲んだ。」
重いし嵩張るからどうにかしたいんだけど、この世界で安全な水筒ってないんだよね。
「は、はい。」
戸惑いつつも最初に口にしたのはやっぱりサラさんだった。
チロリ、ゴクリ、ごくごく。
最初は少しだけ、だが味が分かるとすぐにごくごくと飲みすぐに飲み干し。
「うま。」
うん、CMに使えるよ、そのリアクション。そんなサラさんの様子を見て、他の四人も次々に瓶に口をつけ。
「「「「うま。」」」」
揃って素敵なリアクションを見せてくれた。
「な、なんですか。これ。めっちゃうまいです。」
ふふふ、特製栄養ドリンクは、味もいいが、自慢なのはその効果だ。
「あれ、なんか身体が。」
「軽い?」
各種薬草とアルコール、ついでにカフェインもたっぷり入った栄養ドリンク(味はスポドリ)。その吸収性と即効性は獣人にも有効らしい。
「疲れが吹っ飛びました。すごいですね。これ。」
「もっと飲みたい。」
口々に感想を言うが、それだけ元気なら、まだ動けるよね?
「じじじ(再開しまーす。)」
そして再開されるハチさん達によるトレーニング。限界まで追い込んでから回復、このく繰り返しこそが「ハニーズアタック2」の真骨頂だ。
「「「「「悪魔だー。」」」」
うん、話す元気すらなくなるまでは追い込まないと、最初のステップは超えられないから。
倒れるまで追いこみ、栄養ドリンクや薬草を伴う短く効率的な休憩。そんなことを3度ほど繰り返していく中で、最初に気づいたのは、クールなイケメン、ハムさんだった。
「おお、やばい、これは。」
砂に足を取られた彼は、迫りくる空気弾を前に距離を取れずに身を低くした。半ば倒れるような動作だったが、空気弾は彼の頭上を飛び越え回避に成功する。
「そ、そうか。」
その結果に何かを閃いたハムさんは、まっすぐにハチさん達を見据えながら立ち上がる。先ほどまでは全力で逃げ回っていた彼の目には明らかに違う光が宿っていた。
「じじじ(ほう、それなら。)」
それを見た兵隊ハチさんは、3つの空気弾を作って打ち出す、狙いは彼の頭と右足。
「おっと。それなら。」
その軌道を冷静に見極めたハムさんは、半身なってその攻撃を回避し、再びもとに戻る。
「じじじじじじ(どんどん行くぞ。)」
「ちょっまっ。いあああ。」
感心して上機嫌で羽を鳴らす兵隊ハチさんは、次々に空気弾を打ち出し、ハムさんはそれを最低限の動作で回避し、回避し。
「ぎゃあああ。」
数回ほど避けたところで、あえなく吹き飛ばされることなったけど、うまい事受け身をとってすぐに立ち上がった。
うん、それが正解。
「いやいいや、勘弁してください。」
「じじ(ダメ。)」
鉄は熱いうちに打てというからね、糸口をつかんだなら、徹底的にだ。
ハニーズアタック2は、体力づくりが目的ではない。自分の限界や得不得意を理解して、自分の動きを見つけることこそが、真の目的だ。
「ハム、お前、器用だな。」
「俺には無理っす。」
他の4人がハムさんの活躍に驚き、足を止めて、真似しようとするが、あえなく吹き飛ばされた。そうそううまくいくものではない。
「みんな、ハチさんをよく見るんだ。そうすれば攻撃が分かる。」
「「「「わかるかー。」」」」
うん、これはハムさんが悪い。不可視の空気弾の軌道を読み切るのって、普通に才能だから。ともあれ、ネタバレはしてしまったので、アドバイスをしてしまおう。
「逃げるのに飽きたり、疲れたりしたら、自分なりの方法で回避してみてね。」
「どうすれば?」
「それを考えるのも特訓だよー。」
ばてたら、ドーピ、ゲフンゲフン。
「ははは、みんなもがんば、ぎゃあああ。」
「くそー。」
「見てろよー。」
お互いに励まし合って、逃げ回る5人を見てると、ハッサム村の訓練を思い出すな―。ケイ兄ちゃんをはじめ、ワルガキもダメ男たちもこうやってお互いを高めあっていた。あの時は何日も鬼ごっこをしたけど、獣人さんたちの成長速度はびっくりさせられる。
次に気づいたのは、サラさんのスィットちゃんだ。姉と同じく蛇獣人である彼女は、なんと砂にもぐって姿をくらませた。
「じじじ(気配がない。)」
砂煙を上げて、目をくらませたすきに砂に潜り込んだ彼女はそのまま気配を消し、追っていた兵隊ハチさんの目を欺いた。よくよく見ると、わずかに露出した口元から呼吸しているのがわかるけど、一度見失ったら探すのは困難だろう。
サパ君とアル君はより積極的な対処法をとった。
「いくぞ。」
「おう。」
小柄アル君は器用に砂を固めて団子を作り、大柄なサバ君がそれをハチさん達に向かって投げる。そうすることでハチさん達の意識をそらして、攻撃を防ぐ。サバ君の腕力もなかなかだが、砂を固めるアル君の器用さも侮れない。鳥獣人とのことだが、その特性か魔法を使っているのかもしれない。
「じじじ(小賢しい)。」
ハチさん達が本気になれば、なんてことのない攻撃だけど、訓練なのでこれでよし。
「つ、疲れたー。」
まあ逃げ回る方が効率がいいと思うけど。
一番苦戦したのはサラさんだった。
「い、いやあああ。」
ハム君の真似をして避けようとするけれど絶妙にタイミングが合わずになんども吹き飛ばされる。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、こっちこないで。」
ときには、潜んでいたスィットちゃんや、ほかの仲間を巻き込んで吹き飛ばされるので大変迷惑だ。
「くそ、見えるのに反応が間に合わない。」
うんうん、見えている。確かにそんな動きをしている。これはあれだね。上半身の動きに関して足運びが遅い、蛇って意外と素早いイメージがあったんだけど。
ただ、このタイプのフォローも知っている。
「サラさーん、これ使ってみー。」
私の近くに吹き飛んできたサラさんに、私は荷物から取り出した木の棒を差し出す。木の棒といっても丈夫な木を削って作った頑丈な護身用のものだ。
「えっ、いいですか。」
「うん、タイミング良くね。」
親指を立てて了承の合図を送り。私は離れる。
「じじじ(行くぞ。)」
それを確認して再び空気弾を作るハチさんに対して、サラさんは棒をもって構える。
「こい。」
気合に応えるように発射される空気弾。サラさんは蛇のような目をしてそれをにらみ。
「せいや。」
バットのごときフルスイングで空気弾を弾き飛ばす。
「よし。」
「じじじじじじ(追加はいりまーす。)」
「ぎゃああ。」
うん、数をこなせるようになれば合格だね。
雑な特訓風景になってしまった・・・。




