11 辺境伯家ではなぜか、先生扱いされているが、私は10歳のお子様です。
すっかり辺境伯家に馴染んているストラさん
私が言うのもあれだが、中途半端に賢い子供に資金と権限を与えてはいけない。養蜂箱の提案から生まれたハチたちとの協力関係、それから諸々の提案のおかげでハッサム村はにわかに活気づいた。都市部に出ていった息子や娘を呼び戻す家や、噂を聞きつけて新たにやってくる商人など、トムソンの顔が赤から青にころころ変わるぐらい忙しくなっている。
まあ一番忙しいのは蒸留酒を自慢しまくって自爆しているガンテツのおっちゃんだけどねー。
「ストラ様、どうするんですか、この事態。」
「どうしようねー。」
ハッサム村はもともと100人もいなかったさびれた村だ。そこで発見された画期的な養蜂術とあれこれ。戻ってきた人達はひとまず実家で過ごせばいいけど、商人たちはそうはいかない。宿がないのだ。
とりあえずで村の倉庫を貸し出しているが、商人たちがハークスさんをスカウトしようとしたり、ハチたちをつかまえようとしたりするから手におえない。ハークスさんは村に愛着を持っているし、ハチたちは無礼なやからには狂暴だから大きな問題になっていないが、外からくる客に対する何らかの対策は必要だ。
「まあ、そのあたり聞けたら聞いてみるね。」
「うう、ずるい、逃げるな卑怯者。」
そんな恨み言を言い合えるくらいトムソンは素直に私に接してくれる。まあがんばれ。
というのも、このカオスな状況で辺境伯家に行ってクレア様の往診をしなければならないからだ。お迎えの馬車も来ているし、待たせるわけにはいかないのだよ。
「ジジジ(楽しみ。)」
「そうだね、メイナ様はいい子だからきっと仲良くなれると思うよ。」
おともにはハルちゃんと数匹のハチたち。荷物は必要と思われる薬を詰めたトランクバック。10歳の子供が1人でとも言われるが、村の現状を考えれば父ちゃんと母ちゃんがついてくることもできない。
「では、先生お乗りください。」
幸い御者を務めてくれる御者さんと連れの護衛の人は辺境伯で知り合った人達なので私は1人で行くことを決意していた。
「ストラ、くれぐれも、くれぐれも失礼のないようにな。」
見送りもそこそこな父ちゃんの言葉に護衛達は苦笑していた。
かっ飛ばす馬車で三日、途中の街で休憩を取りながらほぼ不眠不休で進むと辺境伯家は割と近いと感じる。体感的には、寝て起きたらついたって感じ。
「すげえー、これがファンタジー。」
田舎のデコボコ道だろうと、坂道だろうと揺れない馬車に、一週間は走り続けるという馬。辺境伯家だからこそ用意できるものだが、前世の新幹線並みに快適だった。熟睡できちゃったよ。
「さすがですな、今回のような速度で移動した場合、大人でも驚いたり、緊張したりするのですが、先生は熟睡できるほどリラックスされてました。」
「お供のハチたちも非常に頼もしかったです。夜中でも馬たちを誘導してくれましたし、魔物が近づいたらすぐに教えてくれる。辺境伯家でも取り入れていただきたいものです。」
「それはどうも。」
若干ふらつく身体のまま御礼を言って馬車から降りる。そこは一か月ほど前に色々やらかした辺境伯家の正門だった。そして。
「ストラー。」
私の姿を確認する飛び込んでくるメイナ様とゆったりとしたペースで歩みよる辺境伯夫妻。そしてなぜかあの怖い顔の料理長がいた。
「メイナ様。」
驚きつつも私は彼女を受け止める。うん、子どもって勢いよく飛び込んでくるから気を付けないと腰をやっちゃうんだよねー。でもそんなことで文句は言わない。
「お久しぶりです。今日はまた素敵な髪型ですね。」
「ふふ、そうなの。お母さまとお揃いなのよ。」
きれいなリボンでまとめたサイドテール。見比べるとクレア様は少し恥ずかしそうだったけど、髪型に気を回せるぐらいには元気と分かったのでよし。
「ストラ先生、よく来てくれた。馬車の旅はいかがだったかな?」
「非常に快適でした。それとせっかくのお招きなのに領地から離れられなくてすまなかったと父から伝言を。」
「それは気にしていない。ハッサム村の噂はここまで届いている。むしろそんな状況なのにお呼びして申し訳ない。」
「いえ、これは約束していたことです。送り迎えを保証していただいただけでもほんとにありがたいです。」
往診で子供が行き来できるレベルの距離じゃないんだよ。正確には分からないけど、全力の馬の速度は車と同じくらいだとして、それで三日だよ。
「ジジジ(ストラ。紹介して。)」
「あっそうだった。辺境伯さま、メイナ様、クレア様。御前失礼します。此方は私の友人で、ハッサム村のハチの王女である、ハルちゃんと護衛バチさんです。」
「ジジジ(よろしく。)」
私の紹介に合わせてハルちゃんを中心に並んで礼をとるハチさんたち。そして挨拶代わりにⅤ字編隊で私たちの周りをぐるぐると飛び、私の周囲に留まる。
「す、すごい。」
「ハチたちは賢いと聞いていたがこれほどとは。」
「あらあら、かわいいわね。」
驚きつつもハチたちにほっこりする辺境伯家の人達。護衛の人たちに見せたときもそうだけど、受けがいいのよねーこれ。
「う、うむ、素晴らしい挨拶をありがとう。薬師どの親友というならば我が家は歓迎しますぞ。」
「ハルちゃん?よろしくね。」
うん二人ともハチたちに目線を合わせて声をかけているあたりポイント高いわ。
「な、なでてもいいかしら。」
クレアさまは少し落ち着いてください。なでようとしているのが私の頭なのもおかしいですよ。
手首を触って脈拍を図り、顔色を確認する。足首からマッサージしながら、浮腫みの具合を確認する。
「食欲はどうですか?」
「昔ほどじゃないけど、色々おいしいわ。」
「そうですか。お通じのほうは。」
「そちらもだいぶ。」
クレア様の診断結果は良好だった。前世の脚気に対する知識とじいちゃんから習った診察術の応用だが、少なくとも出会ったときよりも血色はいいし、痛みも少ないようだった。
「熱がでたりとか、吐き気は?」
「そういえば、最初の数日は。」
「ならよかった。身体が正常な証拠です。」
熱が上がるのは、身体がウイルスや病原に対抗している証拠だし、吐き気は異物を拒絶する反応だ。それがあったなら、もうほとんど心配はないのだろうけど・・・
「じゃあ、念のため、薬を処方しておきます。食前に水と一緒に飲んでください。こちらは、頭痛や胃の痛みを感じたら飲んでください。」
心臓もとい血の流れをよくする薬と痛み止めの薬を小分けにしたものを差し出すと、クレア様の顔が若干引きつる。
「こ、これ、やっぱり飲まないとだめ?」
「だめですよー。」
例に漏れずうちの薬は苦い。それでも効き目があるから飲んでもらわないと困る。
「噛まずに一気に流し込むことがおすすめです。」
「わかりました。先生。」
ペロっと舌をだすクレア様。なんとも可愛らしいことをされているが・・・
うん、ちょっと引くほど回復が早いんだけど。食事療法と環境の改善、念のための薬。それだけなのに、死にかけていたあの状態から歩けるほどまで回復している。
プラシーボ効果なのか、それともファンタジー的ななにかなのか。深くは考えないようにしている。
「クレア様、このままバランスの良い食事と健康的な生活を心がけてください。薬もあと一か月は続けてください。二月もすれば回復すると思います。」
当初の見立てでは一年以上かかると思っていた。それだけクレア様の状態はやばかった。
「そうなんですか、気を付けます。」
正直に言う、クレア様。
大丈夫だとは思うけれど、原作ゲームでは、クレア様はメリル様が10歳の時に亡くなっている。死因こそ記述されていないが、その運命を超えるまでは油断はできない。
「今日はここまでです。」
まあそれを口にする気はない。ゲームの知識もあやふやだし、私自身が主人公のストラとはだいぶ違う生き方をしている。だからこそ。
「辺境伯様、飲みすぎですね。量は半分に、あと三日に一日は飲まない日を作ってください。」
「ははは、やはりか。だが薬師どの頭痛薬でだいぶ楽に。」
「その考えは寿命を縮めますよー。」
ついでにとばかりに診断した辺境伯は、飲みすぎで高血圧気味だった。うんこっちの健康の方がまずい。働き過ぎと、飲みすぎと塩分の取りすぎ。
じいちゃんが頭痛薬を苦くしている理由は、今ならよくわかる。
「ちょっと生活を見直しましょうかー。」
説教が必要だわ、これ。
大人にも一歩も引かずに説教する私の信用度はその都度上がっている。
ストラの薬は、生薬、漢方的なお薬です。
そんなこんなで辺境伯家編です。




