114 薬師は留学を希望する。
12歳の夏 ストラさんはまだまだ元気す。
正直、王城にはいい思い出がない。
故郷のハッサム村では権力とか身分で特別扱いされなかったし、貴族社会のマナーとか腹黒さとかを知ってしまった今となっては面倒な場所という印象しかない。そんな場所に関わることなく、のんびりと田舎で過ごしたい。
ただ、正直に言えば、私ことストラ・ハッサムはやりすぎた。
10歳のお披露目の会にて、辺境伯の娘にして、第二王子の婚約者であるメイナ・リガード様の不興を買ってビンタされ、その勢いで、彼女の母親である辺境伯婦人のクレア様の脚気を治療した。
養蜂事業をはじめて、精霊であるハチさん達と仲良くなり王国でも最大の甘味提供者となった。ついでに魔境とも言われる地元の山に住んでいた精霊さん達とも友達になったり、ドワーフとか獣人の一部を舎弟にしたりもした。
12歳で学園に入学したら。トップクラスの成績をたたき出し、一部の生徒からは日々決闘を申し込まれる仲になった。あとゴハンがおいしくなかったので、カレーとか色々な料理を提供したら、エルフとか獣人の王子様に懐かれた。
厄介だったのは、王国へ流行り病が出たときだ。
普段は平穏無事で隠居した老人のようにおとなしい私だが、このときは持てる人脈と能力をフル稼働して、予防と治療に奔走した。おまけとしてエルフたちの間で伝説とか入れている万能薬と大量の産業廃棄物を作ってしまったが、国と友人達を守るためだったので致し方無いことだ。
先日の帝国の侵略では、帝国軍の一部を制圧した上に、帝国の王子様の治療を条件に最強最悪と名高い皇帝を屈服させてしまったが、これは仕掛けてきた相手が悪い。
うん、10歳から3年ばかりのやらかしが特にひどいなー。
義務教育とか少年法とか子どもの権利条約とかどこいった?
なんか、天才とか神童とか言われてるけどさー、それを名目に子供に頼るなよ、生殺与奪の権を子どもに握らせるなよ、ガチで滅びかけたぞ、この国。
田舎の木っ端貴族の娘でしかない私がここまでのことを成し遂げたことには、理由がある。
私には前世の記憶があるのだ。
詳しくは語りたくないが、小学校で教師をしていた。こと小学校の先生というのはブラックだ。朝は授業の準備のために5時に出勤し、放課後は次の日の準備や研修で9時過ぎまで働く。それでも終わらない仕事や地域活動への参加のために休日も出勤。月の残業時間が90時間、100時間越えは当たり前。それを辛いと言えば、そんなことで教師が務まるか叱責され、飲み会ではブラックなことを誇りに思う同僚たちの狂言に気が狂いそうになる。そんな限界な状況でもちょっとしたミスをすれば烈火のごとく攻められるし、生意気な子どもを指導すればそれが歪んで伝わり拡散される。上司である管理職は保護者の言葉を100%肯定でなまじ証拠を残せばなじられるし、残業記録だって真面目につけていたら、「私の立場を考えろ」と言われて抹消された。
うん、思い出すだけで気が遠くなる。前世の最期とか家族、同僚の名前なんてものは思い出せないが、この屈辱的な記憶と教師としてため込んだ知識だけは、今世のストラに引き継がれている。
それもあって幼い頃から賢かった私は、王国で唯一の薬師であったじいちゃんの教えを受けてこの世界での薬学や魔法の基礎を身に着けた。前世の知識も合わせて、この世界では上位の賢さだとは思う。
全ては、将来の不安要素を取り除き、実家のハッサム村でのんびり快適なスローライフを送るというささやかな夢のため。
だから、これまでのやらかしの、すべてに後悔はない。
かっとなってやった感が、すごいけど。調子に乗ってやりすぎた感がすごいけど。
「ええっと、うん、すまん。まじで。」
「ほんと、勘弁してくださいよ、何やらかしてんですか。」
すごく気まずそうな国王陛下に真顔で文句を言うぐらい、私は後悔していない。だって今回も陛下たち大人が悪いもん。
ことの始まりは、一週間前。皇帝襲撃やらなんやらで一か月経ち平和を取り戻した学園。とある貴族が学園の私のもとを訪ねたてきた。
「万能薬をよこせ。木っ端貴族に分不相応な物を私がゆう。」
席に着くなり、傲慢にそう言い放った貴族は、言い切る前にその場に居合わせた学園長によって成敗された。伯爵家の当主だということだが、教師と衛兵たちによって、王都の外に放り出された。
「例の薬をお譲りいただきたい、御礼はこれくらいでいかがでしょうか。」
「祖父の病が悪化して、歩けなくなっておりまして、どうか。」
「ぜひとも我々に協力を。」
それをきっかけに、交渉目的の貴族やら商人が次々と私に接触してきた。彼らの狙いは私の作った万能薬、あるいはその原料となる精霊草。自分や家族の病気を治したいという人もいたが、万能薬を手元に置いてい置きたい、それで儲けたいという人ばかりだったよ。あと、外来植物のごとく繁殖していたので、麻痺していたが精霊草はそれそのものが強力な毒薬なので、魔物対策の切り札として持っておきたいということだった。まあ、嘘だろうけどねー。
ここで不思議なのは、万能薬や精霊草の存在が、秘密であり知る人間は限られていたということだ。存在はともかくとして、製作者は私であることは、最高レベルの機密にすると約束していただいたはずなのだが・・・。
「予防策として行っていた出入りの制限。それを解除した結果、人の出入りが増えてな、そのときに噂が広がってしまったらしい。」
「個人情報ーーーー!」
「ストラ嬢、落ち着いてくれ、対策はしているから、最優先として。」
情報管理は、どうなってんだ。ガバガバじゃないか。
「いや、ストラ嬢の活躍を語らずにはいられなかったものがいたらしくてな。それに先の一件では、王都に入ることもできなかった貴族も多くてな。彼らが情報を集める過程で、その・・・。」
要するに、べらべらと私のことを噂する輩が、うっかり万能薬のことも広めったってことじゃないか。ダメだ、この世界の情報モラルとかリテラシーとかプライバシーとか最低レベルなんだった。
「事前に対策しておいてくださいよ。なにやってるんですか。」
「す、すまん。」
先の一件のご褒美として、私の口調は不問とされている。だから文句は我慢せず言わせてもらうおう。
「ほんと子供に何させてるんですか。私、学生ですけど、未成年なんですけど。陛下や大人は子どもの約束すら守れないんですか?バカなんですか?こうなることぐらい、ちょっと考えれば予想できたんじゃないんですか?口外を禁ずるぐらいのことは言ったんですか?」
「ぐぐ。」
あっこれ、言ってないな。つまり陛下が原因ってこと?
「そもそも学園に所属している間は、身分による特権がない代わりに、学ぶ権利が国によって保証されるはずですよね。面会多すぎて研究はおろか、授業も出れてないんですけど。私の学ぶ権利はどうなってるんですか。貴族が権力で押し切れば、学生を好きにできるって前例を作る気ですか?そのために、偉そうな薬師担当の窓口も作ってませんでしたっけ?」
ぎろりと謁見の間にいる大人たちを見回せば、数名の文官が顔を青くして目をそらす。うん、そうだよねー、気まずいよねー。貴族の相手は我々がする、学生は学生してろって言ってたの君たちだもんね。
「く、すまない。ほんとすまない。だからその辺で勘弁してくれ、対策はしてるから。」
「そんなことは知ってるんですよ。ささっと対策を聞かせてください。現状、手が回わらないから、私も何かしないとけないんですよね?そういった素晴らしい対策があるんですよね?でなきゃ呼び出したりしませんよね?」
「も、もちろんだ。」
自分で言うのもあれだが、私は国の大恩人である。しかも精霊さん達や王妃様達とも仲良しだ。私を怒らせれば大惨事になることを、流行り病対策で関わった人達は理解している。はず?
と、文句をまくし立てつつ、私は落ち着いていた。この事態は仕方ない事だしね。
回復魔法という便利な存在のおかげで、この世界は前世よりもケガの心配が少ない。それゆえに予防とか病気に対する認識が甘く医学は発展途上。回復魔法の恩恵を受けやすい金持ちや貴族からすると、毒や病気が何よりも恐ろしいのだ。そして、万能薬はその恐怖を解決してくれもの。喉から手が出るほど欲しいものに違いない。いくらで注意されても、罰せられようとも、手の届く場所に万能薬や私があれば縋らずにはいられないだろう。
前世の私なら同情と職業的な義務感で、粛々とすべての面会希望者へ対応をしていただろう。だが、ストラ・ハッサムはまだ子どもであり、そんな事情に付き合う義理も優しさもないわけだ。
そして、そろそろ私の忍耐が限界を迎えるのではないか、そう思った国王陛下に呼び出され、今に至る。
対策のずさんさも、事情について話を聞けば納得できなくもない。色々と文句が言えたのですっきりもした。だが、それに付随した国としての対策があまりにお粗末だった。
「ことが落ち着くまでは、ストラ・ハッサム嬢には王都を離れてもらいたい。」
「ほとぼりが冷めるまで、隠れていろってことですか。」
「そうなる。誠に申し訳ない。」
言いたいことは分かる。禁煙や禁酒の一番の対策は、タバコを酒を遠ざけること。危険な遊具は撤去されるし、危険な持ち物は持ち込みを禁じられるものだ。
万能薬は、本来存在しないもの。時間が経てばほとんどの人間が諦め、事態は収まるだろう。
「候補としてはリガード辺境伯領、あるいは天領にある王家の別荘地などを考えている。その間の生活とは王家が保証するし、望むモノは揃えさせる。名目としては、病気療養という形になるが。」
「なるほど・・・。」
病気療養という名目で、王家や守れる場所に囲い込む。そうすることで誰も手出しができない状況を作り、その間に状況をなんとかするということなんだろうけど。
「期間は?」
「半年、いや一年は見ている。」
ちょっと大げさではないだろうか。12歳の少女の貴重な時間をそんなところで飼い殺しにするというのか、この王は。
「こ、これでも悩みに悩み抜いた上での判断だ。理解してほしい。」
不満を隠そうとしない私の視線、それと私に同情的な女王様達、女性陣の視線に陛下はうろたえる。陛下や高官たちの対策不足が招いたことなので、その視線は甘んじて受けておけ。
(場所は悪くないのよね。精霊草の処理を考える時間も欲しかったし・・・あっ!)
陛下をいじめて溜飲を下げつつ、考えを整理していたら、ふと名案が浮かんだ。
「ならば、陛下、しばしラジーバへ遊学する許可をください。」
いっそ国外に出てしまおう。我ながら名案だ。
「「「えっ?」」」」
驚く陛下と大人たち。そこに一気に畳みかける。
「ちょうど、ラジーバ出身の学友がいます。彼らなら快く私を迎えてくださるでしょう。」
「いやいや、まてまて。」
「畏れながら、万能薬とその製法はあまりに魅力的です。その危険性を理解したからこそ、私が墓までもっていくことを許可してくださったのは、他ならぬ国王陛下ですね。」
反論などさせない。交渉に置いては勢いで正論をまくし立てるのがハッサム流だ。
「だからこそのこの状況です。そうなるとどんなに対策しても国内であるならば接触してこようと思う人は減らないのではないでしょうか?」
「そ、それは我々が対策を。」
「そのリソースがもったいないのです。」
そもそも守られるというのは窮屈だ。今だって学園から出られなくて困っているというのに、王国指定の場所に行ったら、さらに窮屈だ。何より隠しておきたい秘密や実験が多すぎる。
「ならば、いっそ国外へ出たほうがいいと思います。万能薬を求める人間の多くはこの国の貴族と商人です、国境を越えてまで接触をしようと思う人間は少ないでしょう。」
「な、なるほど?」
あと一押し。
「大丈夫です、もともとラジーバからは熱烈な招待を受けていましたし、在学中に留学するつもりでしたから、それを前倒しにするだけです。あくまで留学という形ですけども。」
「わ、わかった。我からも正式にラジーバへ依頼をしよう。滞在にかかる費用についても王家で全額負担させてもらう。」
納得してもらってよかった。
「では、すぐに計画書を作らせていただきます。」
こうして、私は、陛下のお墨付きをもらったうえで、砂漠の国、ラジーバへ遊学する許可をもぎとったのだった。
最後の会話の意訳
ストラ(もともとラジーバへは旅行へ行くつもりだったけど、あんまりごねると亡命するぞ。)
国王(それだけはやめて。なんでもするから国籍は残して。)
です。
ストラ「まあ、色々納得ではある。あるけれど。」
国王「マジすまん。」
ハル「じじじ(というか、投稿待たせすぎ。)」
クマ吉「ぐるるるる(他の作品に浮気してた。)」
サンちゃん「ふるるる(名前忘れられたた。)」
レッテ「ぴゅー(プロトはあったのにねー。)」
愉快なストラ一味の冒険がまた始まる。




