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この花は咲かないが、薬にはなる。  作者: sirosugi
閑話

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外伝1 昔の話を老人は語らない。

 なんだかんだすごかったじいちゃんのお話。

 サギリ・ハッサム。この名を知る人は意外と少ない。しかし、薬師と言う名を聞けば、知らぬ者はいない。創生教による治癒魔法と迷信的な治療法が跋扈していた王国で、薬草を中心とした製薬技術を確立し、貴族たちの悩みの種だった貴族病の予防と二日酔いの治療薬を生み出し、薬師の祖と呼ばれているかの人は、王国では伝説の存在である。

 もっともその名が広がったのはその孫である腹黒ガールのあれやこれの所為でもあるが・・・。

 ともあれ、これはそんなサギリがまだ若いころ、薬師と呼ばれる前のころの話である。


「この村やべえなあ。」

 日々の農作業に追われる日々の中、俺は確かな危機感を覚えていた。親父と母が北の蛮族をしばき倒した功績で拝領された土地は、国の果ての僻地で草と木ばかりで何もない。拝領と同時にもらった支援金と親父の力業で開墾を進め、母がなんとか経営しながら、親父を慕って移住した10世帯で30人ほどの村人が細々と農業をしている。

「これ、親父が倒れたらアウトだな。」

 人手確保のために幼いころから農作業の手伝いをさせられて10年以上、学園を卒業して改めて戻った故郷は、自分の子供のころから何一つ発展していない。いや関係者が老いてきた分、悪化しているともすら言える。

「まあ、なんとなるから大丈夫だろ。」

「そうね、野営地と比べれば天国みたいよ。」

 両親は当てにならない。取り巻き連中も脳筋な傾向があり、息子や娘の将来を考えていない。最悪兵役につけばいいとか言っている。だが、それは古い、先の動乱はほかでもない親父殿の活躍で収まり、北の2国、特に帝国が王国を攻めるには30年以上かかる。というのが学園の研究者たちの見解だ。

 このままでは自分の代になったときに、この村は終わる。

 俺がそう思ったのは学園へ入学して世間を知ってからだ。だから農業を行い、有り余る自然を生かすために植物学を勉強したが、学園でも畑仕事ばかりで、教授に至っては働く気のないぐーたらエルフだった。それでも色々と勉強し、育てやすい野菜や、金になりそうな植物の知識を蓄えた。その時にイイ感じになった女の子もいたが、ド田舎すぎて嫁に呼ぶのはためらわれた。

「いやいや、ここからだ。発展とまではいかなくても食うに困らないぐらいの稼ぎを作って、あいつを迎えに行けばいい。」

 そう思って故郷に帰り、畑仕事の傍らで森に入って有効な植物を探した。結果として、ハッサム村の周辺にはそこそこ金になる植物や木の実があることが分かった。

 同時にそれを定期的に採取することが困難であることも。

 まず、味がよく高値で取引される木の実がなる木々がある場所には巨大なハチの巣があった。ハチは精霊であり、危険な生き物だ、気に入った木を巣にしてその周辺を縄張りとする。ある程度知識があるのか、無害と思われば取引をしてハチミツを譲ってもらえるそうだが、それには専門家が必要だ。

 次に、調味料にもなり胃の調子を整える薬草が生える水辺はクマの縄張りだった。ハチほど縄張り意識は強くないが、会えば命はないと言われるだけでなく怒りを買えば村が滅びかねない。

 文字通りの命がけでの素材集め、畑作りの結果。作れたのはささやかな薬草畑だった。

「まあ、ないよりはましか。」

 幸いなことに、需要のありそうな薬を作る当ては出来た。だがこんな田舎で商売をするのは難しい。

 薬というのは、胡散臭い物か迷信深いものが多い。そのためよほどの信用がなければ商人に売ることもできない。

 

「いや、いっそ突き抜けてみるか。」

 薬草の生産がある程度落ち着き、数十人分の薬を確保した段階で、俺は学園時代の伝手を頼って王都のとある貴族のもとを訪ねた。

「おお、サギリ。ついに入隊する気になったのか?」

「いやいや、そんなつもりは全くない。小さくても領地には俺の帰りを待つ人がいるから。」

 軽口をたたき合う相手はルーク・ランページ。代々近衛騎士を担っているランページ伯爵家の跡取りで、学園時代の悪友だ。卒業後は父親の跡を継ぐために王国騎士団へと入隊し日々訓練に勤しみつつ、数年後には近衛隊へ昇進が内定している超エリートだ。

「歴代最年少の近衛様かすごいじゃないか。」

「ぬかせ、上の世代をお前の親父が引き抜いたおかげで、慢性的な人手不足なだけだ。」

「いやいや、うちはジジババの保養地じゃないからな。バリバリ働いてるぞあいつら。」

 それでも学園時代が切磋琢磨した仲であり、お互いに遠慮ない会話できる相手だ。

「それで、今日はどんな用だ?」

 しばし思い出話に花が咲いたタイミングで、ルークが切り出してきた。

「ははは、用事は言い訳で王都の空気を吸いに来ただけかもしれないぞ。」

 月日は残酷だ。数年の社会経験を経て俺たちは大人に貴族としての顔もできるようになってしまった。

「ルーク、お前、軍部には多少顔が利くよな。」

「まだひよっこ扱いだけどな。」

 それでも俺の人脈では最高の地位にいる伯爵家の跡取りだ。悪いが利用させてもらう。

「そんなお前にこれを託そうと思ってな。金は要らないし、ある意味は将来性のあるお前への投資だと思ってくれ。」

 賄賂ではない。贈答品や祝いでもない。取り出したのは簡素な箱に区分けして入れた薬の数々だった。

「これは?」

「痛み止めと、増血剤、胃薬に頭痛薬。その他もろもろだ。」

「別に病気じゃないぞ、おれは。」

「わかってる。」

 用意したのは、ハッサム村で生産が可能になった薬、それを数人分ずつ。手間を考えればそれなりのコストだが、あえて無料、いや滞在中の宿の面倒ぐらいは見てもらうけど。

「備えあれば患いなしというだろ。これなんかは二日酔いの気持ち悪さを抑えてくれるから、ちょっとしたときに使ってくれ。」

「はは、父が喜びそうだ。二日酔いに回復魔法は効かないからな。」

 思い出すのは卒業間際にした酒盛りと、次の日に知った二日酔いの不快感だった。

「まあ、超苦いけどな。その代わり深酒のあとでも剣がふれる。」

「そいつはいいな。今度試してみよう。」

 打撲や切り傷といった戦闘や訓練での生傷は回復魔法で治せる。これが世間の常識だ。一方で二日酔いや風邪などには効果がなく、症状が回復するまで安静にするしかない。

 しかし、エルフたちの知識には、草花を組み合わせることでそういった症状に有効な薬が存在していた。学園で出会った怠け者のエルフ、彼に教わった知識は、王国ではマイナーではあったが、その効果は身をもって試したので保証できる。

「もしかして、エルフの秘薬か?」

「大袈裟なだな、材料を用意してレシピがあればいくらでも作れる。」

 学園時代の俺を知っているルークには、この箱の中身の価値が伝わった。まずは満足。

「そもそも材料がそろわないだろ。学園でも量産はまだできていないという話だぞ。」

「それは、あのダメエルフが仕事をしないからだ。きちんと管理すれば薬草の育成は可能だ。少なくともこのくらいの量ならすぐに用意できるぐらいにはな。」

「まじか。すごいなお前。」

 そこは田舎の恩恵だ。土壌がいいのか、それとも精霊がいるからなのか、薬草も雑草も育ちが早い。細々とだが、材料の確保ができたことは大きい。

「これ、どれくらい保存できる?」

「そのあたりもお試しだけど、封を切らなければ1年はもつと思う。」

 乾燥などの処理をしているのでもっともつと思うけど、万が一に備えて控えめにいっておく。

「さらっとすごいことをしているな。お前、この薬の価値が分かっているのか?」

「だからこそ、未来の近衛様、いや信頼できるお前に預けるんだ。好きに使っていいが、あんまり広めないでくれよ。」

 ただ売りに出せば、たちまち模造品が出回ることになる。そうなると薬の価値と信用が保てない。だからこそ、貴族様、それも信用できる人間に託す。

 薬の生産の目途が立った時に思いついたことの一つがそれだった。

「だけど、この量は。金もかかったんじゃないのか?」

「自分で作ればそれほどじゃない。それに必要になってから準備するのは、愚策だろ。」

「備えあれば患いなしか、その通りだ。」

 敵が現れてから武器の手入れをする兵士はいない。常に備えているから兵士なのだ。だからこそルークにも俺の考えが伝わったらしい。

「サギリ、ありがとう。これならランページ家は安泰だ。それに他の兵士たちも。」

「ケガと病気はない方がいいんだけどな。足りなくなったら言ってくれ。次回以降は格安で引き受ける。」

「当たり前だ。父に話を通して、ハッサム村へのルートを整備するように進言しておく。」

「まあ、急がなくていいぞ。俺としては王都に遊びに来る口実が欲しい。」

「任せろ。」

 相変わらず、まっすぐでちょろい。

 

 エルフの秘薬?エルフは怠け者だから、自前の薬以上を作らないだけだ。

 無料、格安? 薬の価値が上に伝わればおのずとハッサム村への支援が増える。

 全種類無料で提供? どうせすぐに使って足りなくなる。

 回復魔法なんて便利なもののおかげで、この世界の人間は健康には無頓着だ。

 

 そんなことを胸に秘めたまま、ハッサム村へ帰ると、再注文の催促の使者の方が先についていた。他の薬はもとより、胃薬と二日酔い向けの頭痛薬は、あっという間に消費されたらしい。

 噂が噂を呼び、直接薬を求める商人なども現れたけど、ランページ家の名前と友情を盾にやんわりとことなり、薬の販売はランページ家とゆかりのあった商人とその弟子に託すか、自分が直接王都へいって処方した。

 それもよかったのかもしれない。処方ついでに貴族様の食生活についてアドバイスをしていたら、「貴族病」が改善したと噂がたった。

 貴族病なんて、運動不足と偏食、あとは加齢でしかないんだけどなあ・・・。

 まあ、そんなこんなで数年ほど王都と村を行き来する生活をしているうちに、「薬師様」なんて呼ばれるようになって、薬の売り上げも安定してきた。色々と面倒なしがらみや嫉妬もあるけれど、本拠地が辺境の田舎であること、あとは親父と母さまが過去の英雄であることで、でしゃばらない分には問題ない。

 とりあえず、当初の目的だった安定した収入というのは確保できたから、後はのんびりと田舎で薬の研究でもしたいと思う。

 だからさあ。

 あの時の約束を覚えていてくれたなら、一緒に帰らないか?

 贅沢は出来ないけど、お前の好きだった植物の研究はいくらでもしていいから。



「というのが、あの人が私にプロポーズした時の言葉だったのよ。」

「それで、ばあちゃんは、この村に?」

「ええ、もともと貴族様なんて柄じゃなおてんば娘だったからね。あの人以外の貰い手なんてなかったんだけど、薬の販売だ、営業だっていいながら、何度も顔をだしてくれたのよ。」

 それはいつのころだったか、たぶん学園への入学を渋っていた時だと思う。珍しく村の集会に参加しているじいちゃんに付き添って遊びに来たばあちゃんが、私を膝にのせて語ってくれた昔話。

 王都や学園での楽しい未来の可能性を示唆したものだったんだろうけど・・・。

(まんま、富山の薬売りじゃん。)

 私が思ったことはそれだけだった。

 江戸時代から行われていたという、薬のサブスク制度。薬箱を家に置いて、定期的に補充してその値段をもらう。人間はなければ我慢する生き物だけど、目の前にあれば使ってしまう生き物だ。じいちゃんはその心理を使って、今の服薬の習慣、いや薬の需要を生み出したということなんだろう。なるほど、製薬技術はじいちゃんよりも前から細々とあったのに、なぜじいちゃんが「薬師様」と呼ばれるようになったのかわかった。

 祖父母のロマンチックな人生よりも、やり手な商売を思いついたことに私はただただ驚くばかりだった。具体的なところはぼかしているけど、きっともっと色々アクドク、いや苦労したことだろう。

「ああ、聞かないであげてね。あの人も孫にはかっこつけたいみたいだから。」

「わかってるよ、ばあちゃん。」

 聞けば教えてくれそうだけど、絶対、藪蛇になる。

 私はじいちゃんの仕事を引き続きつつ、スローライフな田舎暮らしが出来ればいいんだから。


 と思っていた時期だから、絶対学園入学前の話だろう。

 まさか、あんな波乱万丈な学園生活になるなんて、この時の私は思っていなかった。

 数本の外伝後、「この花は咲かないが薬になる」は完結予定です。その後は外伝中のキャラクターを主人公に別の話を書く予定です。

 今回はじいちゃんこと、薬師としての師匠がどのように有名になったかという話でした。やっていることは「富山の薬売り」。彼の活動があったからこそ、ストラが信用されていたという話。ちなみにサギリという名前は今回、初めてだしたはず・・・。


 補足 ルーク・ランページ 本編でオーバーワーカーだった、カイル・ランページ先輩の祖父。現王が幼いころに警備担当をしていた結構な権力者 若い頃にやらかすのがランページ家のお家芸

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