10 卵の可能性は偉大
レッツクッキングー
卵、この場合はニワトリの無精卵。この世界のニワトリはハチほどじゃないけど賢い。放し飼いをしても作業場や森などの危険な場所へは行かず、天気の悪いときや夜になると鳥小屋に戻ってくる。養鶏場の管理をしているカービスさんの話では、鳥小屋をきれいにしておくと受精卵はそこに産み、フンや無精卵は邪魔にならない場所にひっそりと産むらしい。まるでトイレのしつけが行き届いた猫のような行動だが、20組ほどのニワトリ夫婦が日に20個から30個程度の無精卵を産み。一年一度、その数を増やしているらしい。
「ジジジ(持ってきたよーーー。)。」
「ありがとう。」
今まではカービスさん一家や気づいた人が拾っていた卵だったけれど、ハチたちの協力により私はいつでも手に入れることができる。
「なんだー、その便利だなー。」
その光景に驚くガンテツのおっちゃんだが、そんなことよりも。
「ほらよ、これでいいか。」
「おお、いい感じ。」
ブランデーの製作法である蒸留を教える交換条件として、私は四角いフライパンを要求した。
ガンテツのおっちゃんは、小さめのフライパンに手近な金属の枠を固定して、トントン、かんかんと叩いて埋め込んで、なんちゃってフライパンをすぐに作ってくれた。
「うーん、とりあえずはこれでいいか。」
私でも扱える軽さに四角い枠。周りが邪魔な気がするけれど、それよりも今は卵焼きだ。
「厨房借りるよー。」
作業場に併設されたコンロ。魔法で動くコンロは前世のガスコンロみたいで非常に使いやすい。
「油と、今日は砂糖だ。」
フライパンが温まるまでの時間にボールに卵と砂糖を入れてカチャカチャと混ぜる。
「砂糖をいれるのか、これは菓子か?」
ひょいひょいと覗き込むガンテツのおっちゃんを無視して、枠の中に広げるように溶き卵を入れ、じっくりと観察する。
「いまだ。」
火が通ったタイミングでフライパンを動かしながら菜箸でくるくると巻いていく。
「おお、これは。」
「はい、お待ち―。」
だれを待たしているわけでもないが、ガンテツのおっちゃんのリアクションが面白かったのでつい、こんなノリになってしまった。
皿にひっくり返せば懐かしの卵焼き。包丁で切り分けたときに見える断面が何とも美味しそうだ。
「ジジジジ(いい香り、甘いの?)」
「うまそうだな。卵というよりまるでパンだな。」
ジーとみる一同。分かっているよ。みんなの分もあるよ。
「一つずつよ。」
切り分けた卵焼きを三等分して、ささっと自分の分を確保する。ガンテツのおじちゃんは豪快に、ハルちゃんたちも卵焼きを分け合って、もぐもぐと。
「うまい!!」
ふわっとした生地なのに層になっているので食べ応えがある。砂糖で甘めにしたこの味は、まさしく卵焼きだ。醤油と米が欲しい。
「甘い卵ってのは珍しいなー。ただ酒には合わないなー。」
ネギとか塩で味付けするって調理法もあるが、それを教えるとメンドクサイので今は教えない。
「ジジジ(これすきー。)」
「ジジジ(食べやすい、甘い。)」
ハチさんたちにも好評なようで、ガンテツのおっちゃんの分にまで群がっていた。
「お、おい、俺の分だぞ、それは。」
ブツブツ言っていたが、ガンテツのおっちゃんも気に入っているようだ。
「珍しいもんだ。なるほど、この形にするために四角いフライパンが必要だったんだな。」
「まあね、色々と工夫ができるんだよ。」
卵焼きは専門店があるほど、多彩な料理だった。お手軽な食材として、毎日といっていいほど、卵は食べていた。なんならふわふわオムライスだって作れるぞ。
「しかし、おっちゃんすごいねー。トントンしただけなのに、枠がぴったりで作りやすかったよ。」
丸いフライパンにきっちりとはまった枠。熱の通りとかが心配だったけど、前世の卵焼き用のフライパンと似た感覚でつかえた。
「まあそうだな、その金属は熱の通しがいいからな。本来調理台や、コンロの部品だな。」
「そんなんまであるんだ。」
「鉄を打つだけが仕事じゃないからな。」
自慢気なガンテツのおっちゃんが見せる作業台には、似たような光沢の金属板や枠がいくつもあった。
「これも手作り?」
「おう、きれいな円に金属を加工出来て、ドワーフは初めて見習いレベルだ。目をつむってもできる。」
キレイな輪に整えられたそれは、手作りというにはあまりに精緻すぎた。いやまて、
「これ、使って大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だと思うぞ。消毒はしてある。」
思いつきは大事にしよう。金属の輪っかを軽く水洗いしてコンロに別のフライパンを置く。油を敷いて三つほどならべておき温まるのを待つ。おやベーコンもあるからついでに入れておこう。
「今度は何をするんだ。」
覗き込んでるおっさんやハチたちを追い払いながら、輪っかの中に卵を落としていく。火が通り白くなってきたらコップ一杯の水を注いで蓋をして、蒸し焼きにする。
「あぶねえ、油に水をいれるなー。」
「蓋したから大丈夫。」
ジューと音に驚いたおっちゃんだが、すぐに鼻を引くひくとさせる。
「こいつはまた香ばしい匂いだなー。」
そうだろう、蒸し焼きでベーコンエッグを作ると香りが圧縮されて、濃厚なのだ。
「味付けは、塩、コショウっと、あっパンもあるじゃない。」
これでマヨネーズもあれば最高なんだけど。素人の手作りマヨネーズはいろいろと怖いからね。丸パンを半分に割って、バターを塗ってレタスを一枚、そこに焼きあがった目玉焼きとベーコンを挟んで完成。なんちゃってベーコンエッグバーガーだ。あっハチさんたちは卵だけ、わかった。
「なんじゃこりゃーーーー。」
「ジジジ(美味―――。)」
これまた受けがよかった。個人的にはマヨネーズが欲しい。いやだめだ。あれは危険だ。素朴な味ばかりのこの世界では、ただの卵焼きでもこの騒ぎだ。マヨネーズなんて味覚の爆弾を投下したらきっと大変なことになる。
「よし、これなら卵を無駄なくおいしく消費できるわね。」
「いやいや、これは受けるぞ。今から準備しておこう。」
ガンテツのおっちゃんはそういうが、別に丸いフライパンでも作れるぞ。
「どうせ、これを親方のところで振る舞うんだろ。だとすると50は作っておかないとな。」
火をどうするかなーってやる気のおっちゃんだったけど。
その後、とあるきっかけで、卵焼きとベーコンエッグバーガーは、馬鹿みたいに流行る。そして四角いフライパンがこの村の名物となり、おっちゃんが忙しくなることになる。
まあ、今はその時ではない。
「でだ、お嬢。さっきの酒、あれは何だ。」
「ちっ覚えてたか?」
どさくさに紛れて、蒸留酒というカードはとっておきたかったのだが
「それはそれ、これはこれだ。」
のん兵衛にはそのあたりも通用しないらしい。
仕方なく、私は蒸留の技術についてガンテツのおっちゃんに話した。
「なるほどの大旦那のおもちゃの一つか。それなら作れるな。」
聞いてわかったことは、じいちゃんの蒸留器はガンテツのおっちゃんが作ったという事実だ。
「なるほどな、薬を作る道具で酒を造るとは、お嬢はとんだ悪童だ。」
「思考が柔軟だと言ってほしいなあ。」
そして、ガンテツのおっちゃんの行動は早かった。その日のうちに記憶にある蒸留器を即座に作り、私を伴って葡萄酒を蒸留してブランデーもどきを作り上げ、他の酒でも効果はあるか研究を始めてしまった。
「ものによっては香りが飛んじまうなあ。酒精が強くて、喉を焼くだけの酒は俺らにはいいが、一般向けにはできないなー。」
「これは研究しがいがあるぞー。」
「今度は米で酒を造ってみないか。」
気づけば村ののん兵衛たちが集まってあれやこれとやっている。
「飲みすぎないようにねー。」
「「おう。」」
仕事に支障がない程度なら放っておこう。この世界での酒造りは特に禁止されてないしね。
「ちゃんぽんや、カクテルの存在は、まだ黙っておこう。」
あれこれ迷走しているみたいだけど、私が飲めるようになるまでには自力で何とかするだろう。
ハンバーガーショップなどでみる厚めの目玉焼き、あれおいしいですよねー。あれって枠があるとわりと再現が可能という。ちなみに、自分が飲めないので酒の価値は知りつつも人任せなストラちゃんです。