106 薬師 子どもと出会う。
すでに、王城を支配しつつあるストラさんな話。
「なんでしょうか?」
余裕が見えるように聞き返す。医者や教師ならばはったりが大事だ。どんな時もニコニコへらへらと元気に先生が教室でいることで、子どもたちは安心できる。医者がびびる病院に通いたいと思う人はいない。
はったりでも他力でもなんでも借りて作った猫による威嚇に、皇帝も王族もドン引きさせてやった。
「薬師殿、やりすぎだぞ。」
「何のことですか?」
パーティー会場から移動しながら、こっそりと寄ってきた国王は真顔だった。
「私は、学園で学んだ帝国の流儀に従って挨拶を返しただけですよ。おもてなしです。」
すまし顔、ただし不機嫌を隠そうともせずに返す。こちとら、忙しい中呼び出された上に、一歩間違えれば即死級の化け物と不意打ちに面会されたのだ。いっそ、城ごと更地にしてやろうかとおもったぐらいだ。
「すまなかった。・・・これはスラートでは手におえないわけだ。」
「おほめに授かり光栄ですわ。」
ほほほと返す私と国王陛下、後は数人に護衛と皇帝のみ。どこへ案内されるかはわからないけど、これ絶対ろくでもないことだよねー。私の存在を危惧した皇帝と国王が私を暗殺しようとしていると考えても不思議ではない。
「薬師様、誤解しないでいただきたい。私はあなたか、アナタのお爺様に治療してほしい人間がいたからこの国へと来たのです。その相手に誓って、私がアナタを害することはありません。」
ちらっとこちらを振り返った皇帝が、そう言う。礼を取らずこちらも見ていないのは、後ろめたいのかそれともそれだけ急いでいるからか?
「それは誰ですか?少なくとも皇帝陛下は健康のようですが。」
規格外に
「そ、それは。」
「患者の情報は多いほどいい、そして治療はいつだって時間との闘いです。」
「う、うむ。」
この期に及んで隠そうとしているのは、皇帝としての矜持やプライドといったものか、それとも相手の情報が帝国にとって不利になるものだからか?まあ知ったこっちゃない。
「協力いただけないのであれば、私は治療をしません。助けられない相手を助けることはできませんから。」
「ま、待ってくれ。治療してほしいのは私の息子だ。今は国王のご厚意で城の一室で休ませている。」
「・・・なるほど。」
合点がいった。確認のために国王を睨みつけると気まずそうに視線をそらされる。
王国と帝国の間の溝は大きい。南の中心である王国は事あるごとに帝国からちょっかいをだされ、そのたびにやり返してきた。その結果流れた血の量は多い。使者を語った暗殺者やテロリストなんかも歴史にはいた。だから、帝国からの特使は、人質を用意して敵対の意思がないことを示す。そうしないと、王国では門前払いどころか即攻撃な案件だった。
国王や国の意図はわからない。だが、この化物がおとなしくしているのは、それだけ息子さんの容態があれだからだろう。
だが、非公式の会見ならば私は断っていた。そもそも面会すら断る可能性もあった。だからパーティーを開き、衆目のある場所で私と皇帝を対面させようと思ったわけだ。
なんとも腹黒い。皇帝もだが、そうやって色んなところに恩を売りつつ、私が断りずらい環境を作ったということになる。
「じじじ(報告、許可を。)」
「許可を、すぐに無力化して。」
そんなことを考えていたら、ハチさんから報告を受けた。
やっぱ、帝国ってくそだわ。
「な、どうした。」
「不届き者がいたようです。それもおそらくは皇帝陛下の息子さんの部屋で。」
「な、せがれに。国王、まさか。」
「い、いや、部屋には皇帝が連れてきた侍女しか出入りはさせていない。」
狼狽する2人を無視して私は、ハチの先導されるままに廊下を駆ける。入り組んだ作りの更に奥、城の一番奥にある貴賓室の一つ。フル装備の見張りがこれ見よがしにいる扉に向かって私は突撃した。
「な、薬師殿。」
「お待ちください。そこは来賓のかたが。」
「危険です。」
「ふるるるるる(じゃかしいわ。無能な三下があああ。)」
止めようとする彼らはフクロウ組の威嚇で牽制し、私は蹴破るように扉を開ける。
「・・・やっぱり。」
中には私の予想した光景が広がっていた。
清潔に整えられた貴賓室。天蓋付きの大きなベットと、ソファーセット。高級ホテルの一室を思わせる豪華さのわりに調度品が少なく、かわりに水差しや食べ物など生活感に溢れた様子部屋は病室そのものだった。
「げほ、ごほ。一体。」
まず目に入るのはベットで眠る男の子だろう。ベットのカーテンで様子は分からないが、その気配は弱弱しい。そして、ベットの近くで倒れるメイドさん、その手に握られた瓶とそれを見張るハチさんたち。
「こ、これは。貴様何をした。」
「だまれ、この泥棒が。息子が死ぬとこだったぞ。」
その様子に顔を真っ赤にする皇帝に、私は怒鳴り返していた。
化物?最強皇帝?なにそれおいしいの?
「なっ。」
「ふるるっるる(貴様、嬢ちゃんを脅してタダで済むと思ってんのか?)」
「ぴゅううう(凍らせるぞ。)」
「じじじ(総員警戒、即座に潰せ。)」
精霊さん達もヒートアップだ。言葉以上に交流のある彼らは、私が連日のストレスで色々あれなことも理解しているし、この状況が私へのひどい裏切りであることも理解している。だからこそ私が手で制さなければ、彼らは城の人間の大半を攻撃してだろう。
彼は私とメイナ様に関しては、それくらい過保護だ。
「みんな、それくらいで。この馬鹿どもには、自分のしたことをきちんと説明させるから。」
そういって、私は倒れているメイドさんの手からガラス瓶を確認して、その中身が減っていないことに安堵する。そして、馬乗りになってメイドさんの頬をグーで殴って叩き起こす。平手、万が一指を傷つけたくないから、やだ。
「う、うう。」
「おい、お前。これの中身が何か知ってるか?」
淑女のマナーも作法もない。起き抜けでボーとしているメイドの胸倉をつかんで上体を起こし、ガラス瓶をつきつける。
「えっ、ええ。お前は?」
「これの持ち主だよ。おまえ、これが何か知っているか?」
いくらすごんでも私の力は、大人には負ける。意識がはっきりしていればメイドさんでも振り払えただろう。だけれど、今の彼女にその余裕はない。
「私が精霊さん達にお願いしたのは、私とメイナ様にたちの護衛、あとは私の薬を勝手に使うバカをとめることだ。おまえ、これが何か知っているか?」
私の言葉を聞いて、慌てていた国王の顔が、狂犬を見る目から犯罪者を見る目に代わる。
「グスタフ殿、今のは話は。」
「こ、これは。」
言い淀む皇帝に、私は察しがついた。
「大方、パーティーの間に私の作業部屋から薬を盗んで息子さんに試そうとしたってところですかね?で、お前、これが何か知っているか?」
「い、い、いや、私は。」
「これが何か知っているか?」
目を白黒させるメイドさん。私に迫られつつも皇帝や国王がいることにも気づき、先が話せないようだが、関係ない。
「これが何か知っているか?」
私は同じ問を繰り返す。自然と怒りが顔から消え、能面のようになっている。人間、怒りが過ぎると感情が抜けおちる。
「こ、皇帝陛下。」
「これが何か知っているか?」
「ひ、ひいい。申し訳ありません。薬師の部屋にならば殿下の病を治す薬もあると思い、私が独断で忍び込みました。」
「そうなんだ、で、これが何か知っているか?」
そんなことはハチさん達からの報告で察しがついた。仮にメイナ様やスラート王子たちに害が及んでいればこの程度の騒ぎになっていない。それこそハチの巣をつついたような騒ぎの阿鼻叫喚となっていただろう。
「こ、この国は万病を癒す薬師がいると。貴族病すら治療し。」
「これが何か知っているか?」
「し、知りません。ですが。万病の」
ゴン。くだらないことをべらべらと話すメイドの頭にガラス瓶をたたきつける。
「これはね、毒なんだ。薬の副産物で後で、安全に処理するために封印してたやつ。」
「ど、毒?」
痛みよりも言葉に驚愕するメイドさんだが、私は追い込む。
「薬と毒は表裏一体。患者や病気に合わせててそのバランスをとって命を守るのが薬師だ。その専門性と危険性があるから、私の部屋は見張りすらおいていない。万が一があるからね。」
メイナ様やスラート王子など信用できる友人が入る時ですら薬品保管庫には近づかせず、常にハチさん達に見張りをお願いしていた。
「だから、王城の人間からもらったとかはありえないんだ。それこそ、誰かがパーティーの隙をついて、忍び込んで一番厳重に保管している場所から盗み出さない限り。あれ、信じられない?なら、自分で試してみたらいいんじゃない?」
「ひ、ひいい。」
叩いて緩んだ線を開けると立ち込めるのはアルコール臭。このメイドなのか、それとも共犯がいるのか知らないが、よりにもよってここ数日で、一番の厄ネタである精霊草の毒素を持ち出しやがった。
「や、薬師様が、新たな病気の対策として万能薬を量産しているというのは、王城内の噂で知りました。殿下をお救いしたい一心で、私は忍び込んで、一番厳重に保管されていたビンを・・・。」
「一本ぐらいないいやと思った?それとも殿下が治療出来たらトンズラするつもりだったとか?」
「ひ、ひいい。」
立ち込める香りをたっぷりと嗅がせながら私は追求する。
「いいよ、あげる。たくさんあるからね。たださあ、殿下に試す前に、自分でその効果を実感してみたらいいんじゃない?私も一度試したけど、飲んですぐ全身に痛みが走って、身体が痒くなるの。すぐに解毒すればそれだけで済むけど、数日苦しんだ挙句、筋肉が動かなくなって呼吸ができずに死ねるわよ。」
「そ、そんな、なんでそんな危険なものが。」
「どっかのバカが戦争仕掛けたり、色々やらかしているせいで、処分する時間が取れなかったんだよ。」
ちなみにこの毒入り酒の症状ははったりである。アルコールに長時間漬け込んだ結果、多少のダメージはあるが、死ぬほどではない。最終的には希釈して肥料にでもしようかと思っている。
「ま、待ってくれ。その者の行動は、我の監督不行き届きだ。謝罪を、謝罪をさせてくれ。」
「はい?自分の息子を殺そうとした部下の浅慮を許されると?」
「も、もちろんだ。その者は危険を覚悟で王国への同行をした忠臣なのだ。この通り、いかなる対価も払う。だから。」
「だ、そうですが、国王陛下?」
「う、うむ。一先ずはこちらで身柄を拘束させていただく。詳しい処分は両国の話し合いという形になるだろう。」
そうですかと、私はメイドの上からどいてポケットにはいっていた軟膏をとりだす。
「顔の傷と首筋にぬっておくといいですよ、明日には腫れが引きます。」
しかし、困った。部屋を荒らされたとなると。
「薬師様、メイナ・リガード様より、お荷物をお預かりしてまいりました。」
困っていたらタイミングよく、私の鞄を抱えた兵士さんがやってきてくれた。あぶねえーブチ切れモードを見られて報告でもされたら、あとでメイナ様に怒られるところだった。
「さて、皇帝と国王はその人のことをお願いします。」
鞄からリボンを取り出しドレスの各所を縛って邪魔にならないようにする、しわになるかもだけど、その場合は必要経費として請求しよう。
鞄に入っていた水と消毒液で手足と首を洗浄し、マスクをつけて髪をまとめる。
いろんな道具で少し重い白衣をきて、袖口を縛り手袋をする。
「そこの兵士さん、部屋全体に浄化魔法を、杖持ちの貴女は廊下と皇帝の止まっている部屋の消毒をしてきてください。隊長さんは、スラート王子に連絡をして、王城全体の健康観察を徹底させてください。対処は麻疹と同じでいいですが、くれぐれもマスクの徹底と水分補給には気を付けるようにと伝えて下さい。」
「「「は、はい。」」」
緊急時の対応として大事なことは、指さしと名指しの指示だ。あとは、事前の訓練と連絡だ。避難訓練やAET研修なんかまさにそれ。麻疹対策で連日、行われてきた行動なので、兵士さん達は即座に動いてくれた。
「お、おいおいおい、俺、国王なんだけど。」
「今更、偉ぶんなダメオヤジ。」
「はっ?」
「はいはい、全員、この布とゴーグルで顔を保護してください。万が一がありますからね。5人分しか予備ないんで、残りは外へでてください。」
「くそ、後で覚えてろ。」
いの一番に、ゴーグルとマスクをひったくったのは国王陛下だった。ゴーフルを付けて口元をマスクで被う。飛沫感染の可能性は薄いが、未知の場所に真っ先に残ろうとしたのはさすが国王である。
「わ、我にも。」
続いては皇帝だ。正直いえば、この化物は外どころか、北へ帰ってほしんだけど、さすがに言えない。
「わ、我々も。」
「いや、私が。」
残った面々は言葉は立派でもおよび腰だった。さんざんやらかしている私がこれだけ注意を促す未知の場所であるという恐怖と、皇帝という規格外と同席したくないという思いが、その態度には現れてる。
「わ、私も同席させてください。」
そんな中、真っ先に動いたのはメイドさんだった。はれた頬に軟膏を塗りたくり止める間もなくマスクとゴーグルをつけてします。
「お、おい。」
「陛下、お叱りも罰もあとで、必ず受けます。ですが。」
「・・・わかった。」
おいおい、なんでお前が許可しているんだよ。皇帝?
「貴女は、みんなとは離れて座ってくださいね。あと、これで手足と口元を徹底して清潔にしてください。」
正直イラっとしたが、外野が言うことでもない。殴ったり脅したりした負い目もあるので彼女がいることも許そう。アルコールをしみ込ませたタオルは染みるだろうがそこは我慢してもらおう。
そうこうしている間に、残った二つは、王の側近と護衛騎士が使うことになった。判断が遅い。
「さて、色々とお待たせしたね。」
自分用のゴーグルとマスクをつけて、私は今までスルーしていた天蓋付きベットへと向き直る。
「あっ、国王陛下たちは絶対に近づかないでくださいね。万が一が怖いです。」
念押しした上でカーテンを開ける。
「ひ、ひい魔女が。父上。」
「失礼な子だねー、まったく。」
目があうなりそう言ってきた皇帝ジュニア(名前を覚える気はない。)の失礼な言葉に、おどけて見せる。慌てて腰を上げる皇帝に手のひらを向けて動きを制す。
「や、薬師様。」
「動くなが気が散る。」
マジでこいつら医療行為ってものを理解しているのか?ことの重大さを理解していないのか?
回復魔法で治らない場合は、大きく3つある。
一つは腕を丸ごと失うなど、欠損。メイナ様とかチートな回復魔法の使い手なら可能だが、失った身体や命までは回復魔法では治せない。
一つは、寿命的な限界。人には寿命があるし、細胞の再生数は決まっている。というのは前世の医学でも有名な話だ。だから高齢になるほど回復魔法は効果が薄まり、ケガや病気であっさりとなんてこともある。
一つは、ウイルスや病原菌など体にいる何かが悪さをしている場合だ。身体を活性化させる回復魔法の範囲は大雑把なものなので、麻疹なども活性、強化させてしまい、イタチごっこが起きてしまう。これは抗生物質と病気の関係に似ているかもしれない。あとは、がん細胞とかもそうだ。エラーを起こした細胞も軒並み回復させてしまうので、これも効果が薄い。
さて、この子はどれに当てはまるか。そんなことを考えながら、私はそっと布団をどける。
「・・・アウト。」
そこにあったのは、最悪の悪夢だった。
ストラ「激おこ」
精霊ズ「やるかおらー。」
ストラ「皇帝、怖い。国王腹黒。」
皇帝・国王「お前が言うな。」
次回、ストラ節満載なクライマックスです。




