105 薬師 最強皇帝をビビらせる。
皇帝目線
武双国家「クラント」 北の厳しい大地を生き抜くために、精霊や魔法といったあやふやな自然信仰を捨て、鉄と科学、機械による発展を遂げたこの国は、徹底した実力主義であり、その理念を世界へと広めることを正義としていた。
その頂点と立つ皇帝は、その象徴であり存在自体が帝国の強さそのものである。家柄や血筋は関係なく、その時代ごとに最強の人間が選ばれる。現皇帝グスタフ・クラント・ライニシュは、そんな苛烈な生存競争を生き抜いた1人であり、その実力は歴代でも最強と言われていた。
齢45歳で息子が一人いるが、その顔と肌は20代のように若々しく、190センチ近い体が放つ存在感と覇気は、ただ立っているだけで相手は圧倒され、自然と頭をタレそうになる。
「グスタフどの、今宵はどうぞ王国の美味を楽しまれよ。」
「うむ、ありがたく。」
並み居る側近が怯えを隠し切れない中、笑顔で対応できていた国王と女王たちは、一国を背負う存在だと感心しつつ、グスタフはその甘さをあざ笑っていた。
突然来訪した、敵国の皇帝であるグスタフを招き入れただけでなく、まともな拘束や見張りもなし、おまけに歓迎のパーティーを執り行っている。
(余裕か、懐の深さを示そうと? 北と東での幸運からの余裕かもしれんが。)
マントと礼服で隠されているが、その体に詰め込まれた筋肉と気力は見るものがみれば化物と気づけただろう。事実、帝国と王国の戦いは帝国の敗北である。たびたびの遠征は失敗し、流れた血の量は帝国の方が圧倒的だ。帝国が得たモノは何もなく、王国は見きりの丘とい重要拠点を手に入れた。傍目には、敗北必至の国の王が、停戦のために頭を下げてきたと見える。
(愚かだな。)
武器は預け、鎧もない。だがグスタフが本気になれば見張りをしている兵士たち諸共この会場の人間を皆殺しにできるだろう。帝国最強の人間を城に招き入れた時点で、王国は詰んでいる。圧倒的な武威を示し、王族以下支配者層を屈服させることもグスタフなら可能。
(ふむ、さすがに一筋縄でいかんか。)
そう思いつつも、こちらを観察する中で一定の鋭さを持つ存在、獣人が気になってしまう。
獣人が相手でもグスタフが遅れを取ることはない。だが、王族とその護衛も潜んでいるとなると無事で済むとは思えない。彼らも相手どるとなれば、それ相応の準備と犠牲を覚悟がいる。
それに今回の目的は、制圧ではなく、交渉だった。力づくで従わせても、目的の情報が得られなければ彼や帝国は緩やかに滅ぶ。
見た目は友好的に、敗残の苦渋と屈辱を飲み込み、相手から必要な情報を引き出す。そのあとは・・・
「おお、あれはストラ嬢か。グスタフ殿にも紹介させていただこう。我らの恩人にして、息子たちの友人である才女だ。きっとグスタフどもの驚かれるぞ。」
「おどろかれる?」
「ああ、下2人の息子が学園で世話になっている女子なのだが。これが恐ろしく優秀でな、ここ数年の王国の発展は彼女の功績なんだ。」
楽しそうに語る国王の視線の先にいたのは、小柄な少女だった。王子たちの友人ということなら15歳にも届かないだろうが、十歳の子どもかと思うほど小さい。それなのに大人向けのナイトドレスを平然と着こなし、どこか達観した様子でパーティー会場を見回す様子はどこか風格がある。
(なるほど、だが小娘だな。)
不機嫌さを隠そうとせず、中座していたことを悪びれもしてない。なにより国王が自分を連れて近づいても面倒そうに眉をひそめるだけで、態度を変えない。
「薬師殿、よく来た。改めて紹介するが。今回のパーティーのゲスト。北方よりの来客、帝国のクラントの現皇帝グスタフ・クラント・ライニシュ殿だ。」
「うむ。」
( 薬師?こんな娘が?)
うなづきつつも驚きを隠すのにグラントは苦労した。身の危険を冒し、多くの犠牲を払っても王国へ侵入した一番の目的、あるいはその手掛かりがこんなにもあっさりと。
「お前か。」
ぼそっ。突然の展開を前にグスタフが驚く中、少女はただ一言、そうつぶやいた。
瞬間、世界が凍り付いた。
国王の意図が分からない。でも、私はラスボスの出現の前に最大限の警戒を表し、それに家族が呼応した。
「ぴゅうううう(近づくな、臭い。)」
足元で寛ぐアイスピグのレフィアが放つ冷気で会場の温度が下がり。
「じじじじ(動くな、近づくな。)」
周辺から集まったハチたちが王たちを取り囲む。
「ふるるるる(遠出してきたかいがあるの大将。)」
「ふるるるる(お前ら、嬢ちゃん達に恥じかかせんじゃないぞ。)」
熱風を纏って梟たちたちがバルコニーから集まってくる。
「な、なんだ。アイスピグに、ホットオウル、それにこのハチの群れは。」
使えるものは何でも使う。
「失礼、最強の皇帝の立つには、これくらい備えて不安なんです。私、小心者なので。」
「うむ。」
ふふふ、こういえばお前は文句言えないよなー。実力主義の帝国では、強いモノに対して警戒心を見せるのはむしろマナー、最大限の歓待である。
「す、ストラ嬢。なんか増えてないか。」
「報告を上げた、例の件で人手が必要だったので、実家から暇そうなのを呼び寄せました。」
「そ、そうか。」
実際は、精霊的な総戦力なんだけどねー、城の外には、クマさんファミリーとハルちゃん以外の女王ばちたちろもスタンバイしている。「万能薬」の材料集め防衛のために、呼べるだけ呼んでみた。その戦力で、この場にこれるのは全部来たみたいだ。いや、今もハチの数は増えてない?
「う、うううむ。」
にこり笑って、これぐらい普通ですよと、振舞う。なんなら先走ったレフィアの冷気が皇帝に届いているけれど、皇帝はそれを堂々と受け入れている。この程度は攻撃じゃなく挨拶だぞと言いたげだ。
「ストラ嬢、悪意はないんだな。」
「はい、驚いてしましましたが、皇帝陛下へ拝謁がかなった感動と歓迎の気持ちを表しただけです。」
流石に顔を青ざめる国王と女王たちに笑顔で言う。
悪意がない限りは私の言動をとがめない。それを認めたのは国王だし、帝国流ならばびびって文句を言った時点で皇帝の負けなのである。
「だ、だがあれだ。そろそろ下げても。他にも来客はいるはずだ。グスタフ殿にもお気持ちは伝わったと思うぞ。ですよな、グスタフ殿。」
「う、うむ。このような歓迎は初めてだが、我のことを正しく評価してもらったと理解した。なるほど、国王が私に紹介したがるわけだ。見事な采配と、実力ですな、薬師殿。」
「おほめに授かり光栄であります。」
スカートを掴んで丁寧な礼儀。精霊ばかりの凍り付く会場の中で、私だけが優雅で支配しているようにも見えるだろう。
でも内心はドキドキでしたよ。
ぱっと見ただけでも、目の前のオッサンがとんでもない化物であることは分かった。あれは人間の形をした猛獣だ。薬師としていろんな人間を見てきた経験から立ち姿で相手の健康状態や筋力かを見抜く目は養われているけど、そんなんなくても分かるレベルでやばい。なんか湯気みたいに覇気っぽいのがあふれてるんだよ、この化物。それでいてこっちを見る目が人間を見る目じゃない。理不尽なクレームを入れるいちゃった目をいれるDQNと同じ輝きなんだよ。
国王はバカなのか? このオッサンは鎖とかで縛って牢屋にぶちこんでおくのが正解だろ。それくらいして初めて対話が可能なレベルじゃない?
「や、薬師殿。」
だから私は悪くない。こっちは電話相談窓口でもなければ、苦情担当でもない。クレーマーは対処するのではなく、その前に叩き潰すぞ。
「た、頼みがある。」
ハッタリ上等、なんなら喧嘩も辞さない。でも実際に戦ったら、生き残れるとは思わない。
「なんでしょうか?」
大事な家族たちをなだめつつ、私は内心から湧き出る恐怖を必死になだめるのであった。
グスタフ「えええ、何。この魔境。」
ストラ「やるなら、やるぞ、こらー。(震え声)」
飛んで火にいる夏の虫。精霊パワーでいつの間にかチートになっていたストラさん。




