104 ストラ 外交官に絡まれる。
薬師大暴れとはならない。
悲しみに浸る時間、そんなものは、私にはないらしい。
帝国の呪い。帝国とエセ宗教国家の侵略イベントこなした後、フラグの状態によって発生するイベントは帰還兵から王都を中心に発生する、謎の疫病である。
発熱と激しい痛み、血が止まらなくなり長く苦しむ様子は、血の涙を流すモブたちというえげつないスチールがあり、その時点で一番ステータスの低い仲間が死亡して絶望するというストーリー。なお、万能薬があると回避可能。
フラグ管理が謎過ぎて、何度かコントローラーをぶん投げた記憶のあるくそイベントだが、なるほど、確かに帝国の呪いである。帝国がボルド将軍たちに仕掛けた毒物がゲーム中でも使われたということだ。
性能とか持続時間がおかしいけど、そこはファンタジーということにしておこう。
「というわけで、帝国の毒は予想以上に危険です。思い出すのに時間がかかりましたが、過去の戦場の記録を手繰れば同じような事例があったはずです。」
「な、そんな恐ろしい毒だったんですか、あれ、リガルドお兄様は。」
「あいつには、毒耐性があるから大丈夫です。おそらくラジーバの獣人たちには効果が薄いかと。」
以前聞いた食生活の違い。蛇やサソリなどを食べる砂漠の民には長い歴史で育った毒耐性があるっぽい。少なくともハッサム村でいろんな薬の実験台にしてもケロッとしていたし。あれなら、渡した薬を飲むぐらいの知恵は働くはずだ。
「ただ、この件ははっきりとするまでは内密でお願いします。今は北伐への支援として薬を作るという体でお願いします。」
毒の危険性だけが不用意に広まれば、見きりの丘への支援が止まってしまう。かといって防疫は必須となるが、それは「麻疹」対策があるので不自然にはならない。
とまあ、頭でグルグルと考えたけど、細かい報告は王子様達に任せ、私は「万能薬」の量産に努めることにした。
材料さえあれば、万が一に備える分ぐらいは作れるだろう。
と思っていた矢先。2日ほど籠って薬づくりに精を出していた私は、メイナ様とお付きの人に担ぎ上げられ風呂に入れられた。
「ふぁい?」
「ごめんなさい、ストラ。王命なの、準備は任せて。」
申し訳なさそうにするメイナ様たちにマッサージされ、もぐもぐと食べ物を運ばれる。なんとも快適な空間にまどろんでいたら、全身を整えられて着替えさせれた。
そして、気づいたら、国王主催の祝勝パーティに参加していた。
「はっここは?」
我に返ったときは、白衣も鞄のなくドレスで着飾られた私は微笑を張り付けて壁際の花となっていた。
「これは一体?」
「ストラ、聞いてなかったの?今日は北伐の成功を祝う祝勝パーティーだって言ったじゃない。一切、しゃべらなくていいからパーティーには顔をだして欲しいって国王様からの王命があったのよ。」
「マジですか、まったく記憶がないです。」
ショックで色々記憶が飛んでいたらしい。ただ思い出せば言われるがままに作業を止めて、ハチさんたちに部屋の警備を徹底するように指示を出しておいた記憶がある。うん、コンプライアンスを大事にできて偉い。
「まだ、そんな状況じゃないでしょうに。」
勝ったと言える状況ではないだろうに。見切りの丘の拠点化と帝国からの侵略者の撃退は成功しているし、しかしボルド将軍の安否が不確かな中、関係者が前線でがんばっている状況で、王城でそれでいいのだろうか?
「それも話したけど・・・あなた、私の話聞いてなかったのね。」
「すいません、記憶が飛んでます。」
だけど、「万能薬」はそこそこできた。パターン覚えればクッキーを焼くように簡単だ。サンちゃんがいないので火力調整があれだけど、大事なのは冷やす過程なので、レフィアちゃんのおかげで捗りまくりだった。いや、私の研究室には数百人分の万能薬と副産物である毒入り酒が溢れていることだろう。
「麻疹の流行も落ち着いてきたし、犠牲はあっても帝国の脅威は退けられた。協力いただいたラジーバやスベンへの感謝を示しつつ、国の力を見せつけることが必要なの。」
「そうやって理由をつけて、騒ぎたい馬鹿貴族の御機嫌取りでしょ?」
うんざりするほど俗っぽい話だ。
どうしてこう貴族ってのはパーティーをしたがるのか、他に娯楽がないのか?
「おやおや、泣き虫はおさまったんですかねー。」
「今度はどんな騒ぎを起こすつもりなんでしょう。」
「スラート様の御学友といっても、しょせんはこどもですねー。」
露骨に聞こえる声で噂話をする貴族たちと、此方を遠巻きに観察する外国からの来客。この温度差は、謁見の間で私が泣き崩れたのを見ていたかどうかによるものだろう。
(見世物ピエロにするとか、王様もなかなかの狸だなー)
かの人の人となりはわからない。初めての謁見で私の言動についてあっさり許可をだす度量と計算高さは分かる。広い王国を支配し、ボルド将軍などの優秀な人間が敬意を払う程度に腹黒い。息子の教育はイマイチな気もするが、下からの報告を聞かないバカではあるまい。
「しかし、北伐のボルド将軍がケガをされたのに、こんなパーティを開くとは。」
「なんでも報告にきた使者をねぎらうこともなく送り返したとか。王国は一体何を考えているのでしょう?」
「おそらくは余裕を見せたかったのでしょうけど、これは悪手、不謹慎と言われてもしょうがないですな。」
一部の良識ある貴族と他国の来客たちからのこの評価。それを承知の上でこんな場を作る意味は一体?
「もしや、ストラ・ハッサム様でありますか?」
おそらくは、釣り。わかりやすい餌を用意して、引きずりだしたい何かがあるのだろう。
「はあ、そうですが。」
「これは、これは、私、自由国家スベンの外交官をしている、ヨリタケ・ラーデンと申します。ストラ様、いや薬師様とお呼びしても?」
「かまいませんよ。」
答えながら一歩前にでて、メイナ様と距離を取る。辺境伯家の娘であるメイナ様より先に私に話しかけるというのは外交的にかなりあれだが、こうすることで気付かなかったという体裁はとれる。
「お気遣いありがとうございます。実は薬師様に急ぎ尋ねたいことがありまして。」
ヨリタケさんはちらっとメイナ様にもうなづき、私をエスコートしてバルコニーへとでる。
「まずは、心の底からの感謝を。薬師様の御指示のおかげで、スベンの大使館と在来のスベンの国民たちは麻疹の脅威に対抗することができました。」
「それは何よりです。」
よく冷えた果実水をだす準備の良さを発揮しながらヨリタケさんが言ったのは感謝だった。
「麻疹は本国でも流行の兆しが確認されているのですが、薬師殿いう感染対策を実施することが議会でも決定され、マスクとマニュアルが配布されています。回復魔法の使用や患者の隔離に抵抗を持つ者がいましたが、王国での実績もあるので話はスムーズでした。」
「さすがの自由国家ですね。有益なものを即座に取り入れる姿勢はうらやましいです。」
「そう言っていただけると。まあ一部の地域では信じていないので患者が増えているらしいですが。」
お世辞を返せば、困ったもんですとヨリタケさんは胡散臭い笑みを浮かべた。
「そういう意識の違いも含めて、病気というのは厄介なんです。だからこそ、医者や薬師は正しい治療法を模索し、人々に伝えていく。と私の師である祖父はよく言っていました。」
「おお、ハッサムの先代様ですね。先代様の調合されるお薬は我が国では秘薬と称されているほど有名なんです。薬師様も。」
「ええ、祖父から一通り習っています。」
「その若さですばらしい。今回の活躍はその研鑽の結果なんですね。」
大袈裟なリアクションで称えられるのは久しぶりだ。普段はこうやって褒められる時間を惜しんで治療しているからなー。
「で、尋ねたいことってなんですか?」
いいから本題に入ってほしい。メイナ様を待たせているし。
「う、こほん。薬師様。できれば内々の話としてほしいのですが。この流行り病、薬師様はどこがはじまりだとお考えですか?」
「はっ?」
ずいぶんと面白い事を聞かれた。
確かにメイナ様が麻疹になったときは、その感染源を探ろうと思ったけど、スラート王子が発症した時点で追及はやめていた。
「王国からと言いたいんですか?」
「滅相もない、むしろ今回の病はスベンから王国へ流れたと私は思っています。」
どうやら責任追及というわけではないらしい。
「あまり気持ちのいい話じゃないですよ。」
やんわりと止めておく。仮に王国から広まったなら、私の提案した治療法もマッチポンプだ。スベンや他国からの流入だとしても、流行り病は自然災害だ。責任を追及してもいいことはない。
「それは百も承知です。同盟3国では、協力はしても責任の追及はしないと話がでています。ですが、」
ああ、なるほど、ヨリタケさんはそれ以外の可能性を危惧していると。
「対策と並行し行われている我が国の調査では、はしかは北から来たと。」
「帝国から山を越えてきたと?」
「海路ではないかと。今は封鎖されていますが、半年前まで帝国からのルートは存在していました。」
それは学校の授業で習った。仮想敵国であるが、他国の物資や情報は欲しい。それを仲立ちしていたのが、スベンと創生教だった。
「ご存じの通り創生教は南側から去りました。その結果一時的に回復魔法のリソースが減ってしまいましたが結果として、薬師殿危惧していた事態が防げたというのも皮肉な話なのですが。」
「北側は違うと?」
言わんとしていることは分かる。北側の二国の仲は悪いが地続きである。だから創生教の回復魔法も帝国では手軽に利用できる。病気やケガの初期対応として回復魔法は一般的だ。
「今回の北伐は、更なる流入を防ぐための封鎖も目的だったとか。」
そんな事情もあったのか・・・。
いよいよ北側はやばくないか?
冷害による食糧不足、侵略とその失敗による多大な出費で帝国はカツカツ。創生教の影響力が減って自国へと引き込んだ宗教国家も、この話が事実ならかなり危ない。
「北から病が来た。まだ不確かですが、その情報を信じている人間が少なからずいるんです。」
「これは、表だっては聞けないですねー。」
ヨリタケさんがパーティーの雑談として私と接してきたのは、内々に情報を得るためだったのか。
「興味深い話をありがとうございます。」
周囲を確認して他に目がないことを確認して、私は頭を下げた。
「実は、学園を卒業する前に、スベンへ観光へ行きたいと思っていたんですよ。」
「それはうれしいです。スベンは観光国家でもあります。お客様は大歓迎です。」
「ベネーチはステンドグラスは直で見てみたいですし、成人したらバガラのグラスでお酒を飲むのが夢なんです。」
「ベネーチとバカラですか。いやはや良き目をお持ちだ。北よりなので主要な都市からは離れていますが、食事も美味しいので避暑地としても最高なんです。私も本国にいたときは、年に一度は家族と旅行へ行っておりました。素晴らしいですよ、あそこは。」
「そうなんですか。」
名言は避ける。言葉だけを取れば観光地の話でしかない。
「・・・ありがとうございます。」
そこに隠された意図。帝国寄りの国家に興味がある。つまりは警戒しているということ。
「では、私はこれで。ストラ嬢、ハチミツの取引もありますので、この件が落ち着きましたらぜひともスベンをおたずねください。最大限の歓待をさせていただきます。」
「ええ、いずれ。」
スベンが観光地としてすばらしいのはまじっぽいからねー。モラトリアムがあるうちに遊びに行こう。
後日、バカラ産の高級グラスセットとか、ガイドブックが贈られたりもした。ちょっとの雑談でもらえた報酬は大きかった。
しかし、これはパーティーの中でのささやかな楽しみだった。
雑談を終えて会場へ戻った直後。私は国王を殴り飛ばす決意を固めることになった。
「薬師殿、よく来た。改めて紹介するが。今回のパーティーのゲスト。北方よりの来客、帝国のクラントの現皇帝グスタフ・クラント・ライニシュ殿だ。」
「うむ。」
突然のラスボス出現、これはさすがにひどいと思う。
ストラ「気づいたら着せ替えられました。」
メイナ「私がこの子を育てました。」
ファンタジーな西洋だと、パーティーは社交の場であり情報収集の場なイメージがありますよねー。いまでいうSNSみたいな感じだったんでしょうか?