102 ストラ報告を受ける。
再びのストラさん視点
わりとショッキングな展開です。
王城のエントランスホール。来客が一番最初に通されるその場所は、セキュリティに難はあれど、機密を守る、王国の格式を守る、緊急の謁見を受けるという条件は満たしていた。
「構わぬ、急ぎ謁見を。」
北伐を行うボルド将軍からの急使を迎えにあたり、国王陛下は拙速を選びこのような形での謁見となった。それなりに広いエントランスホールには情報を求めて集まった貴族や、貴族の使いが詰め込まれ
「じじじ(整列、距離取る。)」
「みなさん、入室前と後はここで必ず消毒をしてくださいねー。検温で怪しいと思った人は自主的に。」
ることなく、一定の距離をとりマスクを着けれて整列していた。おかげで統率された列は私の謁見の時よりも見栄えが良かった。
「ストラ様、メイナ様、お忙しい中御足労いただきありがとうございます。」
そんな重要スポットの片隅に私と愉快な王族キッズたちは案内されていた。国王も立ち会われる使者との謁見の場に置いて、万が一があった場合の保険として、立ち合いをお願いされたのだ。
「木っ端貴族を働かせすぎだと思いません?」
「ストラはすぐそういうこと言う。でも実際そうよね、勉強やお稽古の時間が足りないわ。」
用意された椅子に腰かけながら、そんなことを隣に座るメイナ様にそっと愚痴るとやんわりと同意された。王子2人と獣人兄妹は気まずそうに視線を逸らした。
「すまないとは思っている。しかし、万が一、ボルド将軍からの使者が病を運ぶなんてことがあったらと不安の声があってな。」
「将軍の足を引っ張りたい誰かの戯言ですよね?本気で心配なら、事前に私や医者に診察させればいいじゃないですか。」
「そ、それは。」
「そしたら、北伐の最新情報を薬師様が最初に聞く可能性がでちゃう。貴族の面子は丸つぶれだな。」
「はい、ガルーダ王子が正解。ハチミツアメを進呈しましょう。」
「わーい。」
見きりの丘の拠点化にはいくつかの段階がある。
まずは、侵入している帝国軍の排除。これはボルド将軍が到着する前に完了している。
次に、間道を封鎖する形での簡易拠点の作成。塹壕と柵を作り、間道や山頂から攻めこむ相手に対して有利な陣地を作りあげる。
その時点で、帝国兵の脅威がないと判断できれば第三段階へと移行する。
第三段階は、住環境の拡充。兵士たちが休める建物や倉庫を作り住環境を充実させつつ、各地からの街道を整備を進める、同時にスベンが以前から進めていた用水路を延長して、生活用水を確保する。
ボルド将軍は今回の北伐で設定した成功基準はこの第三段階で、その目途が立った時点で報告が上がる手はずになっていた。
そして、第4段階は、見きりの丘での産業を興すこと。豊富な柑橘系と水が確保できれば酒が造れる。ほかにも山脈側は食用には適さないが、加工することで様々な用途に使える自然の恵みが割とある。スベンとの距離を考えれば、流通の拠点にもなりるポテンシャルもあり、以前から見きりの丘の開発は絵空事として語られてきた。
「今回の北伐の最終目的は新たなる産業とその利権。貴族様達はいち早くその情報を掴みたい。かといって従軍する度胸もないから、この場が盛り上がっていると。ラジーバもバタバタしていそうです。」
他国の人間という気楽さからでたマルクス王子の言葉が聞こえていた周囲の貴族たちは気まずそうに視線を逸らした。傭兵という形でもっとも血と汗を流した獣人たちに、距離的に有利なスベン。対して王国は流行り病の混乱もあり、北伐の実態すらも把握できていない状況だ。
まあ、ぶっちゃけると帝国側の動きも含めて、ボルド将軍と直接話をした私が、この中で一番状況を知っているまである。小娘に負ける貴族とか、
「ストラ、顔。疲れているのは分かりますけど、気を引き締めなさい。あなたの村の人のこともあるでしょうに。」
「はい、そうでしたね。」
言われて、私は正面の扉を待つ。聞けば最低限のチェックのみで使者の人はここに現れるらしい。それだけ急を告げる情報というのは、大当たりか大外れか。こうして特別な場を作るぐらいには緊急の出来事だった。
と思っていたんだけどなー。
「リビオン・ルーサー。此度はボルド将軍の名代として、北伐の報告へ参りました?」
「「「んんん?」」」
現れた獣人の使者に居合わせた人間は首を傾げた。特に私と獣人兄妹のリアクションはおかしかった。
「身分の保証という意味ではないが、私はラジーバの一族に連なる者。そしてスベンからの保証もここにある。私の言葉は2国とボルド将軍の間に語られた真実であります。」
掲げるのはラジーバとスベン、それぞれの国を象徴する旗だった。これをもって身分を証明したのだろうけど、私たちはそれどころじゃなかった。
チョコレートのような褐色の肌と、肌色ににた焦げ茶色の髪の上には黒味がかった犬耳とふさふさの尻尾。いつものお調子者はどこへ行ったのか、真剣な表情とボロボロの全身。おそらくはほとんど休まずに見きりの丘からここまでやってきたのである姿はどうでもいい。
「リビオン叔父上がなぜここに?数年前から行方知らずだったはずなのに・・・。」
マルクス王子、それ以上はいけない。
リビオン・ルーサー。忠犬だってばよは、成人への試練として各地を放浪していたラジーバの王族である。ある時からハッサム村の食事と酒にほれ込み、ドワーフに弟子入りした酔狂な獣人である。
「リビオン。それにマルクス王子達の反応。やはりラジーバの。」
「ラジーバは今回の件に王族をだすほど本気だったのか。」
それでも彼はラジーバの王族である。ぶっちゃけるとマルクス王子達のおじさん。つまり獣王の弟、超VIPである。ただの戦況報告が、他国の王族を迎える国交の場になりかねない大物だ。
「私はボルド閣下の下にいる身です。なので、敬意は結構。今はいち早く報告をさせていただきたい。私は行かねばならぬ場所もありますので。」
動揺に揺れる王国側の人間を威圧するように見るリビオンは、殺気立っていた。お調子者だった面影はなく、何かに追われている、そんな状況だった。
「うむ、ボルド将軍からの任、大儀である。さっそく話してくれ。」
その視線をまっすぐに受け止めた上で、動揺のない国王陛下はさすがだった。すでに不穏な気配のする報告を正面から受け止める気だ。
「はい、では、」
そういって、リビオンは、言葉を選ぶために視線を巡らせる。彼の姿に怯えるもの、興味をもつもの、観察するもの、様々な視線と顔を素早く確認し。
「はっ、姐さん?」
隅っこにいる私を見つけて、一瞬だけ素に戻った。おい、駄犬、しっかりしろやと睨み返しておく。
「く、まさか、ここに、いや姐さんなら。」
なんとか落ち着こうと首をふるリビオン。だが、私を見てから明らかに動揺していた。
私はそこで気づいておくべきだった。予想していれば、あんな醜態はさらさなかっただろうに・・・
「国王陛下、報告申し上げます。まず北伐の進捗でありますが、当初の計画通り、第三段階へと突入し、用水路が完成しました。」
「「おおお。」」
気を取り直したリビオンの最初の報告は吉報だった。水の確保が困難だった見きりの丘に用水路が通れば、それは開拓の一歩として大成功である。
「街道の整備も順調で、私がここまで来る道は非常に整備されたものであります。スベン側からも日々物資が送られています。」
「そうか、我が国からもすぐに、増員と物資を送らねばならなないな。して。」
「はい、帝国軍の動きでありますが。定説通りの間道を通る部隊は、ボルド将軍が到着した時点で、スベン、ラジーバの連合軍により撃退、間道はほぼ封鎖されています。しかし、一部の部隊が山頂に布陣しておりました。」
帝国の指揮官はバカなのか? 話を聞いた限りでも山頂に布陣することや山越えが愚策中の愚策だ。帝国側ははげ山の急斜面で物資を運ぶのも命がけ、山頂に登っても周囲に水源がないので、干からびる。意を決して山を下ろうにも木々による視界不良と足場の悪さで効果が薄い。無駄に兵を損耗させるだけの愚策とボルド将軍が話していた。
「我々は予定通りに見きりの丘の拠点化を進めていました。間道を封鎖した関係で帝国側からの妨害はなく、堀と柵といった基礎工事はすぐに完了したのです。」
順調、そのものだ。ボルド将軍たちから聞き出した計画と予想される帝国の動き、何かもが順調なのに、語るたびにリビオンの顔色が悪くなっているのはなぜだ?
それ以上聞いてはいけない。
心のどこか、頭の中で最悪のシナリオが浮かぶが気づかないフリをした。
「盤石になっていく我らに対して、山頂の帝国兵たちの物資は限られており、日に日に衰弱しているのがよくわかりました。」
仮に帝国が山頂に布陣したとしても、何もできない。最新鋭の装備があれば違ったかもしれないが、そのリソースの大半は東側で大自然に飲まれていた。あるのは槍や剣といった原始的な武器のみ。
「敵の指揮官、いや帝国は我らの予想を上回るほど愚かでした。」
うなだれるリビオン。その手が血が出そうなほど握りしめられ、今にも床にたたきつけられそうだった。
「用水路が完成し、堀に水が流れ始めた日。帝国兵は山頂から突撃してきたのです。」
「なんと。」
愚かな。そのあとにはきっとこんな言葉続いたはずだろう。
戦争であり、敵国だ。戦闘があることは驚くべきことじゃない。ただ、自殺とも思える特攻をするとは、さすがのボルド将軍も対応できなかったのではないだろうか?
「幸いにも防衛体制はしっかりしていました。我々の被害はわずかな物でした。十数人程度の被害で帝国兵側の被害は5000人以上、残りの部隊は撤退しました。」
「それは吉報ではないか。」
たった十数人、けが人か死者なのかわからない。それでも戦争をして、その程度の被害で帝国が撤退したというならば、王国の歴史的にも類のない快挙である。
国王は、ボルド将軍と部隊のはたきを賞賛すべきだ。
しかし、報告するリビオンの様子があまりに深刻で、みな次の言葉をまった。
「国王、落ち着いて聞いてください。その突撃、5000人という犠牲そのものが帝国の策だったのであります。奴らは犠牲を無視して一点に襲撃し、我らの目をくぎ付けにしました。その上で半数の部隊は撤退し、此方の要人には暗殺者が差し向けられたのです。十数人とは、その暗殺者たちによって出された被害なのです。」
おいおいおい、ちょっとまって。それは。
「まさか。」
「はい、ボルド閣下と側近が3名が重傷。当日閣下の近くで警備していた数名が殺されました。」
被害はそれだけだが、王国が誇る将軍が害された。これは軍としての面子に大きく傷がつくことだ。
ただ、私は安心してしまった。前線の兵士ならともかく、将軍周辺の警備なんて重大な任務を、新人であるあの人達が任されるわけがない。
「閣下、今すぐ後任の人員を送ってください。ここで拠点化が遅れれば帝国の思うつぼです。」
リビオンが送られたのだって、王族だから手続きがスムーズだからだ。立場と体力、その両方を持つリビオンは、緊急の使者としてこれ以上ない人材だ。
ちなみに重傷というのは、命に別状はないが、全治一か月以上の深い傷や思いケガなどのことだ、骨折などはこれにあたる。重症となるとこれが病気になる。熱中症などはこちらに混ざる。
これが重体だったら私も焦っていた。話した時間は短いが、ボルド将軍はなかなかに面白い人で、尊敬もしていた。今度あったら、骨とか関節に効く薬でも差し入れよう。
「そうか、報告御苦労、リビオン殿は休まれよ。あとのことは急ぎ、我々が。」
「お願いいたします。ボルド将軍の決意を、彼らの覚悟を無駄にしないために。」
テキパキと指示を出す国王と、気が抜けてへたり込むリビオン。
「「リビオン叔父上。」」
騒がしくなるホールの中で、獣人兄妹がリビオンにかけより、彼を支えていた。
「す、ストラ。」
「はい、どうしましたか?」
となりでメイナ様の声がした。はい私は大丈夫ですよ。落ち着いています。
「まあ、私の出番がなさそうでよかったです。ケガを直すのは医者の仕事ですから。」
大丈夫、
大丈夫、大丈夫、ダイジョブ。
「あ、姐さん。」
「あっリビオンお疲れ。」
「・・・っ。」
「もう、私に黙ってケイ兄ちゃんたちもひどいなー。別に止めたりなんかしないのに。」
きっと関係ない、今頃、スコップで穴でも掘っている。
「姐さん・・・聞いてくれ。」
「大丈夫、怒ってないよ。戻ってきたら、ちょっとばかし、報復するかもだけど。」
だから、リビオン、そんなに怯えるなって。お仕置きはみんなそろってからにしてあげるから。
「姐さん。」
いやだ、いやだ。 聞きたくない。
リビオンが意を決して声をあげようとするが、私は子どものように耳を塞いだ。聞かなければ、聞こえなければ、この悪い予感は悪夢で終わるはずだ。それにきっと私の思い込みだ、心配しすぎなだけだ。
「すんまんせん、すんません、俺、守れなくて、ケイの奴が・・・。」
「やめて」
泣き叫んで、耳を塞ぎたかった。
この場がどんな場所なのかわかっている。貴族として人として、あるまじきはしたなさだ。
「ストラ。」「お義姉さま。」
ぎゅっと抱きしめられる。私は地面に蹲って震えていた。まるでこどものように、いや子どもだ。
「すんません、すんません。」
ただただ、謝るしかできないリビオンの顔も涙が濡れていた。その手に握られていた。ぎゅっと握りしめられたい5枚のドックタグ。軍隊が兵士の身元を示すために渡す識別表だ。
「俺がもっと早く気づいていれば。あいつらが身体を貼ることもなかったんです。」
あいつらが 誰なのか、この場で聞く気力はなかった。
ただ理解していしまった。
認めたくなくても、頭の中で冷静な部分がそれを受け入れていた。
十数人の被害者。のちに英雄と称えられるかもしれない、ささやかな犠牲者。帝国という脅威に対してそんなわずかな犠牲で勝利した、歴史的な快挙。
その中の5人は、私の良く知る人々だった。
ストラ「・・・バカ。」
悲しく、時は進む。