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この花は咲かないが、薬にはなる。  作者: sirosugi
ストラ 13歳 王国騒乱編
102/109

101 慢心の南進

帝国側の視点です。

 見切りの丘をめぐる争いは早い者勝ちである。それは帝国と同盟国の間に共通の認識だ。

狭い間道を抜けて布陣する必要のある帝国側としては、丘を獲られるた時点で、損耗を避けつつ撤退するという教えが新兵にまで徹底していることだった。

 マルシェ・ヨビンは、眼下で着実に作られていく同盟国の拠点を前に、苛立ちを強めていた。

「土塗れになって作業とは、後進国らしいではないか。」

 ふんと鼻を鳴らして嘲るか、その内心には焦りが募っていた。

 彼は帝国でも歴史ある家の長男であり、軍略に関してはそれなりに自負があった。見きりの丘での戦いの歴史と地形を学び、山脈へ陣を構えることを提案したのは他でもない彼だった。

「間道を抜けるのではなく、山脈を超えた電撃戦ならば、数的不利はなく、むしろ高所を取っている我々が有利だ。」

 今回の南進、帝国の興亡を賭けた一戦。そこに必勝の策としてマルシェは上層部に訴えた。その訴えは評価され、こちらの陽動作戦の指揮官として抜擢された。

 敵を引き付け、本命の別動隊が王国を攻めることを援護する。敵を引き付けるために山頂に布陣することも許可がでた。自分の有能が認められたと歓喜し、長く続いた膠着を自分なら打ち破れると驕った。

 しかし、現実はそんなものではなかった。

 最新の武具や精兵たちは東側の部隊に回され、マルシェの下に回されたのは、何世代も前の装備と食い扶持を稼ぐために志願した貧民ばかり。兵站もギリギリ兵士達を運用できる程度のもの。道端の草木をはんで空腹を誤魔化しながら行軍している間に、2割の兵士が離脱し、間道を抜けた先で待ち構えていた敵国の襲撃により3割、この時点で任された兵の半分を失っていた。

 それでも撤退をしなかったのは、自分たちが陽動であり、この損耗も織り込み済みだったからだ。

「我らは陽動。今頃は、最精鋭部隊が東から山脈を超えているはず。」

「閣下、別動隊は・・・。」

「それは、敵の欺瞞工作だといっただろ。貴様は黙って陣の維持をしていろ。」

 東側の部隊が壊走した噂は、行軍中から広まっていた。そもそも中央山脈を越えるのは人間には不可能と言われていた苦行であった。だからその成否を疑う声は以前からあった。だが、精強にして最先端の帝国軍ならばそんな人外魔境もたやすく突破するであろうとマルシェは噂を信じていなかった。

「しかし、なんだこの山は、帝国側と違うじゃないか。」

 狭い山頂から見下ろす南側の山肌がマルシェの知る山と違ったことも彼を動揺させていた。木々の生えないはげ山である北側は、傾斜ゆえに登ることは困難だが、下るには楽な道だった。しかし、南側は木々っが茂り見通しも悪く道もない。これでは高所をとったところで、充分な突撃は叶わず、丘へ下ったところで狙い撃ちにあってしまう。

「いいか、我らは待機だ。敵が拠点を作り我らを迎撃していることこそ、別動隊が悟られていない証拠だ。」

 自分自身にも言い聞かせるように大声をだし、マルシェは虚勢を張って天幕へと引っ込んでいった。日に日に目減りしていく兵站に兵士。反比例するように整っていく丘の敵陣営。作戦は失敗、それがわかっていながら引くに引けない自分の立場、それらから目をそらし、ありえない別動隊からの吉報を待つ以外彼にはできなかった。

 そして、そんな彼を見る部下たちの目が冷ややかであることに気づかないほど彼は愚鈍であった。


「豚が、あれだけ怯えていては肉壁にも使えん。」

 天幕へと引っ込むマルシェにそう吐き捨てた副官には、上官へ敬意などなかった。

「おだてられて山から突撃していれば、間道を抜ける隙も作れたかもしれないというのに。

 マルシェはお飾りの捨て大将だった。もとより間道と見きりの丘からの進撃は陽動で、成功すればよし、失敗前提の時間稼ぎ。その隙に東側から、最精鋭にして最強の部隊が王国へ進撃する。

 しかし、攻撃の要である東の軍からの連絡は途絶え、流れてくる噂では、山脈を超えることも叶わず壊滅した。真偽が不確かであるため兵士達の士気は底辺までさがり、マルシェは山脈に布陣するという愚策を強行した。

(使い捨てにするために、情報を制御したのが裏目にでたな。)

 この部隊そのものが捨て駒扱いなのは副官を含めた一部の将校にしか知らされていない。それこそ総大将であるマルシェにも伏せてある。そのために情報網を縮小しているため、副官たちも正確な情報、特に東の部隊の安否については彼らもつかみかねていた。

(山脈越えには失敗した。これは確かな情報。問題はその被害だ、体制を立て直してから再侵攻なのか、最悪のケースとして、侵略の主力が我々だけになっていた場合は・・・。)

 山脈で自然に淘汰された。そんな不名誉な事実を漏らすわけにはいかない。副官も軍人である。その理屈は分かる。何より今回の南進は帝国の興亡を賭けたもの。仮に東側が失敗しても何らかの成果をあげなくては帰れない。

「犠牲は問わぬ。何をもってしても南に、王国へ侵攻し我らの威を示せ。」

 皇帝より直々に賜った命令。彼らは自分の命も含めてそれに殉じる覚悟があった。

 先の冷害による食糧不足は深刻だ。地方だけでなく、王都も餓死者が出始めている。何らかの対策を撃たねば国はじり貧である。なにより。

「皇子様の容態もよろしくない。」

 今回の無謀な侵略を承諾した皇帝の真意を彼らは分かっている。

「王国に住むという伝説の薬師、そしてその霊薬を皇子のために。」

 そのためならばここにいるすべての人間の命を喜んで捧げよう。だがそれをしても、この状況をどうにかできる可能性は限りなく低い。

「忌々しい、なんだあのバカげた築城能力は、せめてアレを止められれば。ボルドを害して隙を作れるというのに。」

 忌々しく思いながら副官や周囲の兵士達が見下ろす先。

 土煙をあげながらドンドンと掘られている行く塹壕と、組み立てられて行く柵と建物。その速さと技術も恐ろしい。それ以上に此方が攻める気はないと確信しているためらいのなさが憎らしい。

「あの連中を、あの連中すらどうにかできれば。」

 不確かな情報と、重い使命。目の前で繰り広げられる非現実的な光景。それら冷静な副官たちの判断力を損なわせていた。

「かくなる上は、一斉に突撃するしかない。その際に、やつらを、きっと重要な戦力に違いない。」

 土煙に紛れて見えない視線の先、そこにいるのがまさか初陣の新兵であること。それでいて手を出してはいけない地雷であることを彼らは知らない。


「じじじじ(不穏、報告)」

 山頂から自分たちは見つめる側だと思い込んでいる彼らを見つめる目は、その悪意を正確に見抜いていた。

 


帝国側にも事情がある。と見せかけて、完全に悪者。

そして、次回から0のエピソードが回収されていきます。

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