100 北伐の顛末2
北方戦線 異常なし
見きりの丘についたボルド将軍たちを出迎えたのは同盟2国から派遣された援軍たちだった。
「閣下、待ちくたびれましたぞ。」
「主だった獲物は我々がすでに狩り終えておきましたぞ。」
スベンから派遣された国軍と、獣人国から派遣された傭兵団。事前に情報共有をした彼らは充分な準備をして見切りの丘と間道を封鎖し、狭い通路で立ち往生する帝国兵達に大打撃を与えたという吉報は移動中に来ていた。
「今は山上と間道の向こうに布陣して、こちらを威嚇していますが、ここ二週間は動きがありません。」
そういって肩をすくめる指揮官たちに、ボルドは微妙な顔になった。
「この丘を確保できたので、今回は楽に終わりそうですな。」
はははと笑う一同。油断はしていないが、趨勢は計画通りに決まっていた。
いかに帝国の兵士たちが屈強であっても狭い間道でできることは限られており、出口を出たところを魔法や弓矢で狙い打ちにされれば一たまりもない。帝国が南に侵略するためには、3国が防御態勢を整える前に間道を抜けて、見切りの丘に拠点を作るしかない。
なので今回の遠征は失敗。優れた指揮官ならば即座に撤退を決めるだろう。
しかし、今回はそれでひかずに険しい山道を登って山頂に陣地を作成している。
「愚かなことだ。歴史から学ばないらしい。」
居並ぶ帝国の旗を見上げながらボルドは、愚かな指揮官とそれに従う不運な兵士たちのことを思った。
高所を確保して、情報と地の利を得る。これは戦略として正しい。しかし、この地に置いてそれは悪手でしかない。
「ちょうど、一週間、干上がってるころじゃないですかねー。」
この地での戦いになれているスベンの将校の推測は正しい。
険しい山道を超えて、兵や物資を運ぶのは非常に困難だし、山頂付近には水源がないのだ。水がなければ人間、3日と持たない。苦労して物資を運び込んでもそもそも置く場所がなく、運んだそばから消費するしかない。また、南側に生えている多くの木々の所為で山頂から丘への見通しは悪く、足場も悪いので大群での侵攻できない。間道よりも多くの兵は運用できるが、険しい山道を超え、休息も満足にできない状況で、まともな進軍など出来るわけもない。
「噂の新兵器とやらに期待してなのかもしれませんが、日を追うごとに山頂の兵の数は増えています。」
そう報告をくれるのは鳥の頭をした獣人だった。鳥の頭と鋭いくちばしと特徴的な頭を持つ彼は、鷹のごとく優れた視力をもち、帝国の動きをより正確に陣営に伝えていた。
「兵が増えれば保管できる物資も減る。仮に携行可能な平気だとしても連戦はできない。無論警戒は必要だが、時間は我らの味方だ。」
帝国が諦めていない。その懸念をボルドは否定する。
「先の冷害による食糧不足は深刻らしい。帝国の協力者の話では、王都でも食糧が不足し食い扶持を得るために兵に志願している者ばかり、今回の遠征は成功すればよし、ダメでも口減らしになればという計画らしい。」
「外道が。素直に頭を下げて助けを請うこともできないのか。」
「しかし、それならば山頂付近の兵士たちが軽装なのも納得がいく。帝国自慢のブリキが極端に少ない。」
「あるいは、こちらは陽動で、海路や別の場所からの侵略を考えているのかもしれませんな。」
到着早々に野原での軍議。礼儀とか見栄の前に実利を優先する軍人らしい行動だが、その間にもボルドの部下たちは資材を運び込み陣地作成の準備をしている。
「縄張りを済ませ、我々でも、手の空いてるもので堀の準備を進めている。」
「了解であります。大量の物資と酒も運んであるので、皆様は英気を養ってください。」
物資は分け合い、役割を分担する。国は違えと故郷を守るという目的意識をもった三国連合がちゃくちゃくと防衛体制を強化していく中、帝国の動きは不気味なほど静かだった。
軍人になって、英雄になる。男ならば一度は夢見る願望を、ケイロックが抱いたのは別に珍しいことではない。むしろ、領民思いな領主や、凶悪な娘の活躍によって世の中の情報がたくさん入ってくるハッサム村に住む彼には、その夢が具体的な進路となってしまった。
「帝国の侵略に備えて、ボルド将軍の軍が新兵の募集をしている。」
という噂を聞いたときには、村の仕事をほっぽり出して準備を始めていた。
「お嬢が怒るよ。」
「だから、内緒で行くんだよ。2、3年働いて、手柄の一つでも上げられ上出来だ。」
無謀なようで堅実な彼のプランに、彼と同年代の悪ガキどもが同調した。質の悪いことに、客観的に自分の能力を理解していた彼らは、厳しいことで有名な入隊試験に挑むことへのハードルも低かった。
「まあ、何事も経験だってばよ。」
面倒見のいい獣人リビオンが居たこともあり、旅路は順調。万全の体調で臨んだ試験は、彼らからすれば、えっこんなものレベルだった。
「ははは、うちの村ってやっぱやばいわ。」
「お嬢のスパルタがこんなところで役に立つとはん。」
走り込みや懸垂などの体力試験は、日頃の無茶ブリにすれば鼻歌交じりにこなせるもの。対人戦は慣れていないが、日々、ハチやクマに翻弄されている彼らの生存能力は一般兵士のそれよりもはるかに高かった。
同郷の幼馴染5人と獣人の6人。問題なく入隊試験を合格したときは、歓喜した。彼らの恩人であり、もっとも恐れる少女が陣地を襲撃したときは、居場所がばれないように冷や汗を流しながらかくれんぼをした。
そうしているうちに、兵士生活にも慣れ、北伐がはじまった。
最初は北を目指す一か月の強国軍だった。大量の物資を抱えつつ、周囲の山菜や薬草を確保しながら道を進み、訓練にいそしむ日々。人間の体力とリソースを限界まで使って、気絶するように眠る日々。
「でもあれだな、お嬢の無茶ブリよりマシじゃない?」
「ハチさんたちに言われて養蜂箱を抱えて何日もさまよったり、クマさんたちと追いかけっこする日々と比べるのはちょっと。」
「俺としてはモノづくりができないのがちょっと寂しいな。あれはあれで地獄だったけど。親方怒ってるだろうなー。」
同郷ということで同じグループになった彼らは、そんな日々でもそこそこ優秀であった。それこそ新人としては異常というレベルであった。しかし、
「あいつら、薬師様の村の出身らしいぞ。」
「それってハッサムの?伝説の英雄の村人か。」
「あの薬師様が考えたスパルタメニューで育ったらしい。」
「それなら、あの体力も納得だな。」
彼らの主人である少女の存在のおかげで納得させられたりもした。
一か月以上かかってたどり着いた見切りの丘。すでにいた同盟国の軍隊と山の上に並ぶ帝国の旗には流石に怯んだケイロック達であったが、それを口に出す前にしゃべるを持たされて、堀を掘るように命じられて、泥まみれになっていた。
「なあ、これって兵士の仕事なのか?」
「戦うことだけじゃなく、戦う場と身体を作り出すこと、これもまた兵士だってばよ。」
「まじかよ、リビオンがお嬢みたいなこと言い出したぞ、戦場ってのは怖いなー。」
「そこ、真面目にやれ。」
とワイワイ言っている間もサクサクと地面を掘っていくの彼らはやはり目立っていた。
「てかさ、これって土魔法じゃだめなの?」
「私はすでに使ってるわよ、畑みたく柔らかくしてから掘るほうが早いし。」
「はあ、ずるい。俺もやるぞ。」
さらっと高度なことをしながらもガンガン地面を掘り進んでいく。彼らかすれば地元で、悪魔によってスパルタされたことで身に着けた当たりまえのスキルだ。
それを知らぬ人間にとっては、体力お化け、生きた重機といったところ。
「ふむ、ハッサム嬢にバレなくてよかった。あれほどの人材を確保できたのはよかった。」
予想以上の活躍にボルド将軍はにっこり。
山頂からその様子を見ていた帝国兵たちは、あっという間にできていく塹壕に顔を青くした。
結果として敵味方から重要な存在になっていたことを彼らはまだ理解していない。
ストラ「私の出番は?」
ボルド将軍のもとへ旅立ったのは、
ケイ兄ちゃんとハークスさんのところのレルさんとルドさん、ラッカムさんとこのコトエさんにガンテツさんのお弟子さんのスパルさん、あとリビオンさん。
本来100で、シリーズを区切る予定でしたが、各エピソードのボリュームが膨らんでしまい、もうちょっと続きます。




