99 ストラ、北伐の顛末を知る1
別視点 ストラが流行り病と闘っている裏で怒っていたことです。
新兵や運搬屋の雇い入れ、訓練。行軍ルートの選定と行軍のための物資の確保。
拠点とする場所の選定と、資材の確保。周囲を警戒しながら築城する訓練。
とある少女からもたらされた携帯食の生産とその運用方法の模索。
軍事行動、それも遠征、侵略ともなるとその作業量とコストは際限がない。麦の一粒の無駄もなく、それでいて、末端の兵士や随員が困らないように慎重に、兵站の準備と管理体制には気を使わなければならない。
「まあ、できてしまえば進むだけどな。」
後ろに続く大軍が無事に機能していることを理解し、ボルドは旅の始まりにやや高揚している自分に気づいていた。準備と各地への根回しなどの政治的配慮からの解放感もあって、身体がいつも以上に軽く感じてしまう。
「閣下自ら率いるわが軍の勇ましさは、さすがの一言ですな。」
「ああ、皆元気があってよい。先の冷害ではどうなるかと思ったが、国力が衰えてない証明にもなるだろうな。」
近くを進む側近たちに対する言葉には、それが必要だからしているという意味にも聞こえる。だが、ボルド自身は、自分の軍を兵士達を誇りに思っていた。
王国で兵士と呼ばれる存在は、ボルドと彼の信頼する人間が直接見極め、訓練をした精兵である。武器の質と数こそ、他国に劣るが総合力に置いては負けていないという自負がある。
種族や出身、身分を問わない実力主義の部隊には、獣人もいれば、ドワーフもいる。貴族の子息と庶民が肩を並べて食事をとり、お互いの背中を守る。
生き残るため、生活の場を守るため、勝つため。理由は様々だが、同じ飯を食べ、厳しい訓練や戦闘を潜り抜けた兵士達には確かなつながりがあるのだ。
「任せてください、帝国の機械兵も、エセ宗教も我らが蹴散らしてやります。」
「今回の目的は、スベンへの援軍と、何かあったときの防衛拠点と橋頭保の確保だ。それを忘れるな。」
血の気の多い部下の発言を、ボルドは厳しい顔で諫めた。
大陸を南北に分ける大山脈。大自然と精霊の楽園であり、人間にとっては不可侵の禁忌の場所。王国を含めた3国は、山向こうに興味がない。3国の連携による内政の充実により、危険な山脈や海路を使ってまで行く価値を見出せないからだ。はっきり言えば、失うものしかない荒行である。
対して己の武を示すために周囲にちょっかいを出すのが伝統になっている帝国や、はた迷惑な宗教観を上から目線で押し付けてくる宗教国家は、この荒行を好んで行っている。行軍や巡礼で勝手に自滅したり、双方でやりあっている分にはいいが、領土的な野心のない3国からすると迷惑なものでしかない。
「まあ、王国にも逆に攻めてしまえという論調はあるがな。」
嫌がらせのような行為でも、被害もけが人、時には死者だってでる。その恨みの積み重ねから北側の国を恨んでいたり、逆に、旨味を見出しりしているものが多い。今回の北伐を支援している貴族にはそんな輩もいる。
今も、道理を弁えない痴れ者にお灸を据えるべきと、居心地の良い椅子に座りながら偉そうに述べていることだろうっとボルドは思う。
『大陸全土、世界に王国の威光を!』をなんて愚か者はどの国にも一定数おり、国王やボルドたちの頭痛の種だ。
そう言った輩への方便として、今回の遠征は「北伐」と呼んでいる。しかし目的は北方への街道の整備と、同盟国と連携した防衛拠点の築城である。
大陸を分断する山脈。それを超えられる場所は限られている。その中で最も安全で広い場所は、自由国家スベンと王国の国境の境目となっている、渓谷だ。狭い間道を抜けて緩やかな丘になっている場所は、水はけがよく、レモンなどの果樹が多く育つ穏やかな土地だった。
帝国はたびたびこの地を侵略し、3国へちょっかいをだす。3国は反撃してもこの間道を超えてまでは追い打ちをしない。これが定番であった。
「見きりの丘」と言われるこの場所は、水源が乏しい事もあり、拠点を作るには向かず、緩衝地帯のような役割を担っていた。これまでは。
「見きりの丘に拠点を作り、間道を封鎖します。」
ボルドが王国へ提案した作戦はこれだった。彼と彼の軍隊が積み重ねてきた築城のノウハウと、冷害による北国の弱体化と狂暴化。これらを踏まえた上で、防衛に対する根本的な改革として、拠点の作成による緩衝地帯の封鎖と即時対応可能な街道の整備による充実。かねてから絵空事としてはあった計画を、ボルドは決行したのだ。
仮に拠点が奪われれば、王国への侵略を許すことになりかねない。だが、それは北側への防御を充実させつつ、南からは攻めやすいように拠点を作ればいいだけの話だ。
懸念があるとしたら、拠点作成を悟られれば相手も黙っていないこと。なによりコストがかかることだ。いつ攻めてくるかわからない敵の対応のために、拠点を作り、兵を置けば、維持するコストがかかる。これまでもちょっかい程度で済ませている相手にそこまでする必要はあるのか?そんな反対意見が多い中、ボルドは粘り強く交渉して、今回の北伐となった。
「いずれはここを拠点に、北への侵略を。」
ここにきて、お調子者な連中の舌先が役に立ったのは、なんとも皮肉な話だった。
「まあ、嘘はついてないよな。」
そう言った経緯を思い出し、ボルドは、そう、うそぶいた。3国で事前に交渉は済ませてあるが、「見きりの丘」は緩衝地帯であり中立地帯だ。そこに拠点を作るということは紛れもない侵略行為だ。北の2国も黙ってはいないだろう。衝突は避けられない。
だが、先に手を出したのは帝国である。山脈を越える以前に壊走したが、東部、辺境伯側から侵略を試みた情報は、ボルドもつかんでいるし、冷害での食糧事情の改善のために見きりの丘からの侵略を計画していることは、情報としてある。帝国にとって不運なのは最精鋭の部隊がほぼ何の成果もあげられなかったこと、宗教国家ローレシアが、冷害対策を名目に帝国への援助を絶ったことだ。むしろ3国へ媚びを売るために、帝国の侵攻計画をリークしたまである。
これらの情報から、帝国、海を渡る力は残っておらず、間道を超えられるかも怪しい。仮に突破できても想定される戦力は最前線に立つために先に準備しているスベンの兵力で対応が可能だ。
「逆に言えば、それだけ疲弊しているというのに、戦争をしようとする。帝国の人間が哀れだな。」
ボルトは軍人である。どんな理由であれ、祖国と愛する国民を害するものを許す気はない。彼の思考の一番にあるのは、いかに効率的に敵を排除し、次の争いの根を断つかだ。
そのために、こうしてほうぼうに手を回し、拠点作成という面倒ごとも引き受けた。必要ならば北伐、帝国を根絶やしなんて、虚言も交え、道化にもなった。
ゆえにその本質を正しく理解している人間は少ない。彼に求められる仕事は、敵を排除し、国を守ることであり、周囲が見るのはその結果なのだ。
そんな自虐が浮かんだうえで、ボルトの頭に1人の少女の顔が浮かんだ。
「閣下も大変ですねー。」
学生服に白衣という、およそ軍隊には似つかわしくない姿の子ども。だが、いざ治療となれば、自分の倍はありそうな大男相手にもひるまずに語り掛け、相手が反抗的なら怒鳴りつけていうことを聞かせていた。魔物や敵の大群にも怯えない男たちが、彼女の一喝と、処方される苦い薬には逃げ惑い、最後は飼い犬のようにおとなしくしていたのは痛快だった。
それだけでも驚きだが、彼女は、遠征の内容と目的を理解した上で、「北伐」という言葉の意味を理解して、ボルト相手に、そう皮肉を言ってきたのだ。
「最大の形で漁夫の利を狙おうとしている。まあ、戦わずにして勝てるならそれが最高ですよねー。」
そう言ってそそくさと治療に逃げたあたり、深く話すのはまずいと理解して、自分をねぎらった。末恐ろしい、子どもに対してそう思ったのは初めてであり、それが愉快でもあった。
「此度の遠征。犠牲は出したくないな。」
事実、彼女のもたらしたものは、ボルドの懸念を払拭するものであった。
兵士自身のセルフチェックと栄養管理の意識。野菜ジュースなる携行できる食品や野草の知識。長期の遠征や、その後に控える長い拠点での生活。限られた物資をどのように生かすか、次々と提案する姿は、未来を見据えていた。
それだけお膳立てしてもらったのだ。無様はさらせない。
ボルド以下、側近たちは、かの口の悪い薬師を思い出すたびにそう思うのであった。
そして、1か月後。ボルド将軍の部隊は、離脱者をだすことなく、「見きりの丘」へと到着した。これは王国の歴史的に初のことであった。
北伐編 次回はハサッム村の関係者の視点で語ります。




