9 ドワーフ=酒と安易に結びつく割に、蒸留は知らなかったらしい。
食事事情の改革は、金儲けの第一歩
この世界において卵料理というのは、ゆで卵か、スクランブルエッグしかない。あとは健康食とか言われている白身だけの目玉焼きとかだ。だから、リガード家で私が披露した素材をまぜたオムレツもどきは衝撃的な料理として評価された。
というのも理由がある。この世界、卵ってめっちゃうまいのよ。濃厚かつ、甘い、下手なそれこそ味付けがいらないくらい。
酪農家と養鶏家はハッサム村にも存在する。この世界の養鶏は森や敷地で放し飼いになっているニワトリたちがそこらかしこに産んだ卵を拾うというもので効率はイマイチだった。
しかし、分蜂で増えたハチたちが卵拾いを手伝いだしたことで卵の供給は一気に安定した。
うんほんと、ハチ様さまである。
養蜂箱をきっかけに親愛なる隣人となったハチたちのスペックもあり、ハッサム村は今後とも発展していくだろう。
ここで面白いのは、きっかけが私でなくても良かったかもしれないということだ。
ハークスさんは優れた養蜂家だし、ハチたちはもともと私たちの生活に興味を持っていた。ただお互いに衣食住が足りた生活であったために、それ以上の発展という発想がなかった。例えるならば、農業を知る前の狩猟生活をしていた縄文人たち、スマートフォンや携帯電話を知る前の現代人といったところだろうか? 生活を変えることに躊躇いはあったかもしれないが、この変化はいずれおこったことだと思う。
それは、さておきだ。どうせなら美味しいものが食べたい。
辺境伯家でそこそこなごちそうを食べてしまった上に、その上が期待できないとなると、改革したくなるわけだ。
忙しい日々の間を縫って私は、村で唯一の鍛冶屋であるガンテツのおっちゃんのところを訪ねた。
「というわけで、四角いフライパンが欲しい。」
「却下だ。」
「えええ、ひどい。」
「当たりまえだろ、何様だお前。」
ガンテツのおっちゃんは、10歳の私と同じくらいの身長のくせに上から目線で私の提案を却下した。あっいや、出会うなり四角いフライパンが欲しいと言いました。これから説明します。
「どうせ、ひまでしょ。」
「今は春だ、いや初夏に近いな。そんな時期に鍛冶仕事なんて王都でもなかなかしないぞ。」
えっそうなの。言われてみれば鍛冶場なのに火の気配がない。私の記憶にあるファンタジーな鍛冶場といえばいつも汗をかくほどに熱くて、カンカン、コンコン音がしているものだが
「お前なあー、こんな田舎の村で、そうそう鍛冶仕事なんてあるか、炉なんてたまにしか火をいれないぞ。農具の直しや、包丁の研ぎぐらいだ。」
「ほえー、そうなんだ。」
「そうだぞ、やるとしても暖房替わりに冬だ。そこで一年の仕事をまとめてやって、あとはのんびりと過ごす。田舎のドワーフなんてそんなもんだ。」
「いや、そこは働けよ。」
よく見ればテーブルには飲みかけの酒瓶がある。このやろう、昼間から飲んでやがったな。今更だがガンテツのおっちゃんの身長は10歳になる私と同じぐらいだ。ずんぐりむっくりした体型なのに顔はひげ面のおっさん。ファンタジー世界のドワーフ、まさにそれである。ちなみにだが年齢は不明。ただじいちゃんを小僧扱いするぐらいには古株である。
「というわけで帰った、帰った。お嬢のわがままに付き合う気はない。」
「わがままじゃないっての。」
これは手強い。自分の役目も仕事もきっちりするし、繁忙期の農作業も手伝っているから文句が言いづらい。なによりおっちゃんは職人なのだ。仕事の質を高めるために心身を整える時間と言われたら、村の誰だって反論はできない。
だが、この村で私の望むフライパンを作れるのはガンテツのおっちゃんだけだ。そして私はだし巻卵が食べたい。クルクル巻いて、層になったあの食感を味わいたいのだ。
仕方ない、できれば使いたくなかったけど、切り札を切ることにした。
「ふふふ、腐れのん兵衛め、これを見ても同じことが言えるかな。」
「なんだー、酒瓶か。それなら間に合ってるぞ。」
私が出した瓶の中身が酒なことに気づいたガンテツのおっちゃんだが、テーブルの上の酒瓶をもって無駄と言い張る。
「全く、ドワーフには酒を飲ませればいいっておとぎ話を信じているのか。さすがにバカにしすぎだ、この国のありとあらゆる酒はもう飲んだよ。」
「ぐぬぬ、無駄にかっこいいのにダメ人間なことを言いよって。いいから、ちょっと飲んでみ。」
「おいやめろ、飲み切る前に瓶をあけるんじゃ・・・おいなんだこの香り。」
目の前で瓶を開けるとガンテツのおっちゃんはひったくるように私から奪い取って瓶の中の匂いをかぐ。
「葡萄酒、にしちゃあ酒精が強くてガツンと来る香りだ。それでいて上品な酒の感じもする。」
驚きに目を見開くガンテツのおっちゃんに対して私はニンマリと笑う。
私が用意したのは、村でも一般的に飲まれている葡萄酒を蒸留したなんちゃってブランデーだ。強い酒を消毒液の代わりに使うことは昔から使われている手法だが、薬師は利蒸留をすることでアルコール度数の高い消毒用アルコールを作ることもできる。だから、蒸留器はじいちゃんの作業場にあったし、使い方も教えてもらえた。味は知らんが前世で食べたブランデーケーキみたいないい匂いがしたので、毒見、もとい味見をさせるためにもってきたのだ。
「も、もらうぞ。」
「どうぞ、どうぞ。」
コップに注がれる琥珀色の液体。色も香りもブランデーのそれだが。
「これは・・・うまいな。」
グビっと一口、その次は舌先で転がすようにじっくりと飲む。その後。
「素材そのものは、ありきたりな葡萄だ。だが色も薄いし、香りが段違い。惜しいのは若干の金属の匂いと、味が薄いことか。だがこんなに酒精が強い酒というのは、また。」
どうやら酒を蒸留するという発想はないらしい。これは使えるか?
「お嬢、これどうやって作った?」
「知りたい?」
「おう、俺ならこの酒を何倍も上手くできる。そして、この酒は絶対に売れる。」
「どうしようかなー。」
冗談で作った蒸留酒モドキ、なんちゃってブランデー。これは新たな商売のタネになりそうではある。あるが、
「流通とかはまだいいかな。養蜂が起動に乗ればハチミツ酒だって作れるだろうし。」
「あれは酒じゃない。」
ドワーフは甘い酒には否定的らしい。
「わかった、四角いフライパンとやらを作ってやる。」
「それだけー。」
「・・・他にも何かあれば協力してやる。この前の養蜂箱みたいにな。」
ふふふ、勝った。
ドワーフもいれば、しゃべる動物もいるファンタジー。だけど技術は現代とは異なる。そこら編が異世界転生物の面白さだと思いませんか?




