0 エピローグ かくして、帝国は魔女に屈服する。
シリアスっぽいけど、シリアスじゃないよ。
貴族向けの豪華な寝室。
その場において、一つの帝国が終わりを迎えようとしていた。
「それは、あんまりではないか?」
「どうして?なんでもするって言ったよね?」
場面でしゃべる1人は、古よりも続く帝国の皇帝だった。40代を超えてもなお衰えをしらないがっしりとした筋肉質な身体と鋭い眼光。だがそのほほと髪だけは心労によって白く痩せていた。
それだけかの問題は、皇帝の心を削り、皇帝はその解決に心血を注いできた。
「お前なら救えるのだろう。なら。」
救ってほしい。ベットで眠る我が子と、それを診察してた薬師を見比べながら皇帝は懇願する。そこには皇帝の威厳はなく、息子を思う親の顔でしかなかった。
「そうだね、この子を救えるのは私だけ。薬を正しく処方して、適切な環境を提案できるのは私だけ。私なら助けられる。でもアナタは、何でもするって言ったよね。」
薬師、少女とも見れる素朴な恰好をした彼女の目は冷たい。だが、彼女が披露してきた知識や救ってきた人々、経歴が彼女の言葉を肯定している。
「そうか・・・。」
だがそんなものを見聞きしていなくても、皇帝は理解していた。人々の頂点に立ち、多くの裏切りや成功を目にしてきた彼の目には、彼女の本気と覚悟を理解していた。
要求を呑まなければ。どんな報酬や脅しを駆使しても目の前の薬師は患者を救うことはない。命も大事な人も、国すらも、そのすべてを道連れにする覚悟をもっている。
「げほげほ。」
それでも迷いを持っていればベットで眠っている患者が咳をした。
「なんと。」
「まさか。」
その様子にそれまで傍観を決め込んでいた側近や、国の重鎮たちが驚きの声をあげる。そうだ、患者は、皇帝の息子は咳をすることすらできないほど衰弱していたのだ。
それなのに、目の前の薬師が簡単に処置しただけで、咳をするほどに回復した?
「この子は生きたがっている。咳というのは体内の異物を出そうとする身体の反応。それをする気力すらなかったのに、今は生きようとしている。それを理解した上で、あなたはどうする?」
ギリリと血が出るほどに拳を握りしめながら薬師は皇帝に問いかける。
彼女にしても、信条を曲げる行為だった。
貴賤も理由も問わず救える人間は救う。それが彼女に薬師としての知識を授けてくれた人の教えだし、彼女の信条だった。だけれども
「私はお前が許せない。お前たちが許せない。」
胸に隠し続けていた黒い思いは消えない。消す気もなかった。
「お前のせいで、ケー兄ちゃんが死んだ。ボルドのおっちゃんも。みんな、みんな。」
地団駄を踏みたい、泣き叫んで糾弾したい。
治療のための薬品をかけて、苦しめてやりたい。
こんな些細な、こんなことのために。
「お前が、お前たちがくだらないメンツなんてものを考えて引き起こした戦争で、みんな死んだんだぞ。」
そう、彼女も戦争の被害者だった。
息子の病を治すための薬草と秘術を求めて皇帝が起こした身勝手な戦争。薬師は攻められた国の田舎貴族で、薬師であった彼女の祖父だ。彼女の親しい人達は侵略から国を守るために徴兵されて、死んだ。
結果として戦争は国が勝利し、終戦となった。
皇帝は敗戦の受け入れてと終戦条約の締結のためにきた、王城で初めて息子の病気のことを打ち明け、助けを求めた。
そして、それはたまたま城へ来ていた彼女からすれば、あまりもくだらなく、あまりも簡単に治療が可能な病気だった。
「ただ、頭を下げればよかったんだ。助けてくださいって。治してくださいって。それだけのことをしなかったのかよ。気づかなかったのかよ。馬鹿野郎。」
秘術だから簡単には譲ってもらえないと思って戦争という手段をとった皇帝。皇帝の言葉をきっかけに侵略を企てて利益をむさぼろうとした側近たち。自称天才と言いながらいい加減な治療と慣習でしか診断できなかった帝国の医師たち。
停戦ということで、あっさりと皇帝の願いを聞き入れた国王と国の貴族たち。国を守るためといって、徴兵された兵士たちの命を顧みずに勝利を誇る将校たち。
「きちんと考えろ。私の意見を聞かないなら、この子だけじゃなく、もっと死ぬぞ。」
この後に及んで、悲劇の王子が助かれば解決すると思っている部屋の面々。
「帝国は即時、国の属国になれ。今後は国への侵略は一切せずに、基礎的な方針は統一しろ。」
それは帝国の終焉を意味する要求だった。
長きにわたる伝統と、教育。それを王子の命と天秤にかけろと薬師は言っているのだ。
「それが甘いんだよ。お前はこの子が助かればいいと思っているけどな。この病気はほかにも広がる。というか帝国に蔓延しているだろ。そこのお前も。」
びしっと指をさすのは顔色が白い王の側近の1人だった。
「帝国と交流が広がれば、国にも広がる。けど国は大丈夫だ。最低限の衛生知識と薬学が存在する。」
結局のところ、王子の病はありきたりなもの。国にではずいぶん前に駆逐されたものだ。
「だ、だからこそ秘術を薬草を。」
「そんなもんはねえ。」
うろたえる側近に、薬師はビシッと伝える。
「それは帝国で語られた昔話だろ。知識として伝えられないから物語にして残した苦肉の策さ。勝手に踏みおいて、自分たちがやばくなったら奇跡だと信じてガタガタになったんだよ、お前たちは。」
結局は簡単な気づき。
隣人に素直に助けを求めること。隣人の言葉を信じること。
己の無知を認めること。
帝国はそれができないから、今のような状況になっている。
ただ一人の少女によって、その行く末を握られている。
「お、おい、それは我が国にも。」
その場に居合わせた国王も顔を青くしていた。そう、戦争に勝利して交流が始まれば国の行く末すら少女の手にゆだねられることになることに今更ながら気づいたのだ。
「そうだよ、どうするか決めて。私は知らない。ちなみにじいちゃんも同じ考え。」
少女は両手を上げて判断をゆだねる。
この手が降ろされて治療が行われるかは皇帝の答え次第。唯一期待できる彼女の師も、いや師は彼女以上に覚悟をもって孫娘をここに派遣したのであろう。
「・・・わかった。」
その覚悟に見合うものが、皇帝には見つからなかった。
己の慢心とあやまち、それによって息子が苦しめられている。それを認めなければならない。
「帝国はここに、王国への無条件降伏を行う。以後は、王国の風土を受け入れて改革を行う。」
膝をついて国王にそう告げて、腕に着けていた王家の証である腕輪を外す。
名実ともに行われた降伏宣言。だが側近たちはそれも受けいれた。
皇帝の言葉はそれだけ重く。
薬師がもたらす知識にはそれだけの価値がある。
「我らも王に従います。」
最初に膝をついたのは薬師によって病を指摘された側近であった。命が惜しい。そんな理由。
やがて、残りの側近たちも膝をつき。
1000年続いたと言われた帝国は、魔女に屈することになった。
果たしてこのエンドにどのようにたどり着くのか、